第二十八話「煙草吸えるの?」「もちろん吸えゲッホゴホゲホ!?!?」
「よう、煙草はあるかい?」
「シンズならあるぞ」
『平民街』と『貧困街』の境目というのは何かとグレーだ。一見、法的ルールに則っているようでいて抜け道がある。
「紙はうちの、葉はアルスト。金貨二枚だ」
外国では売られていてもまだこちらの国では販売が認められていない商品や、仕入れが公には出来ない商品が数多く出回っている。その中でも人気なのは使い方を間違えなければ良い効果がある嗜好品だ。
「じゃあそれを一本、あとビャクで手頃なのを頼む。紙はアンタのとこで」
「そうだな…………だったらキャッスルとロイヤル一本ずつだ」
「おっ、今日はついてるな。金貨四枚だ」
「……毎度」
ボロい小屋で怪しげに嗜好品を売る細身の兄さんから金貨四枚で煙草を三本買った俺はマントについてるフードを目深に被って小屋から出た。
「すっかりここの常連だな、こっちとしては飲み食いに困らないから良いんだが」
小屋の外から兄さんが声をかける。
「まあ、一人じゃ出来ることに限度があるしな。使える物はなんだって使うさ」
「ここにハマりすぎて、身を滅ぼすヤツは沢山見てきた。でもお前はその辺りちゃんと一線引いて深い所までは来ないようにしている。オヤジが言ってたぞ。こっち側じゃないのが残念だってな」
「それは褒められてるのか微妙な所だな。……じゃあ、また来るぜ」
手を振って扉をしめる。
(【設定変更】───スキン『黒羽』とオプションの迷彩マントの色をプリセットAに変更)
【プリセットA『ワーク・ナイト』に変更しました】
『平民街』に出ると同時に真っ黒なマントは真っ白に、その下の『黒羽』衣装は白のラインが入り、黒塗りのプロテクターは銀色の『サザール騎士団』としての俺の格好になる。あとはマントの内ポケットにしまっていた騎士団の腕章をつけて変身完了。
(流石に色だけ変えてもいつかバレそうだな。『灰街』に行く時だけは別のスキンにする方がいいか。とりあえず欲しいものは手に入ったし、このまま隊舎に戻って吸うとするか)
砦になった廃村での征伐から一週間。砦の再利用の為の準備に駆り出され、廃村と王都を行ったり来たりでいつもの如く忙しかった。俺の分の仕事は昨日終わって、今日からまた連休だ。
まだ全ての工程が終わった訳ではないが、予定よりも早いペースで砦の改修が進み作業完了まではあと少しのところまで来ている。あとは人員さえ確保出来れば『サザール騎士団』や他の騎士団に冒険者の手を借りずに機能する新たな騎士団になるだろう。まあまだ先の話なんだけどな。
「戻りましたー」
「おう、今日はもうここで待機か?」
「夜に外食しに行くくらいですね」
先輩騎士に声をかけてそのまま部屋に直行。
「えーっと、まずはシンズから……」
ナイフで煙草に切れ目を入れて、葉を取り除き、紙を広げる。そこにはびっしりと文字が書かれている。
「相変わらず、よくここまで調べたもんだよ」
これはただの煙草ではない。煙草を売っていた兄さんもただの煙草売りではない。煙草を隠れ蓑に客が求める情報を売る商売人。金を払えばどんな情報でも煙草として買える、一風変わった情報屋だ。
今回のシンズで言うと、名前の意味はそのまま『罪』のシンズ。つまり何かしら罪を犯した者についての情報。そして煙草の紙はその情報屋のことを差し、よその紙と言われたらそれは別の情報屋から買ったもので自分では確かめてないということ。葉はその情報の発生源、主に地名となる。
シンズ───罪を犯した者。
紙はうちの───あの兄さんが直接調べたもの。
葉はアルスト───これは王都の南にある港湾都市『アルスト』。
そして紙の裏側に書かれてる文字はその詳細。これに目を通すと取り除いた葉と紙は勝手に燃えて、煙草特有の匂いを発しながら灰となってしまった。
「やっぱり、あの先輩やらかしてやがったか……」
俺は忘れない内に紙に書かれていた内容をメモ帳に書き記す。
「次はビャクだな……」
ビャクの意味は白。善人の住む表の世界と悪人が蔓延る裏の世界を白と黒で色分けしビャクは表の世界での情報を、裏の世界での情報は黒のコクと呼び、俺が頼んだビャクの手頃なのとは『兄さんが苦労せず入手した表の情報』のことを言う。
「キャッスルは王宮もしくは王族の、ロイヤルは貴族の情報……これを自分で調べるとかバレたら即処刑だろうに、立ち回りというか引き際が上手いんだろうなあの兄さんは……」
欲に負けず情報を一つでも手に入ったらそれ以上は求めない。情報の出所次第ではたくさんの人がそれを欲してその情報が大金に変わるのだから、無理する必要はないってことか。
「───ハッ、兄さんめ、俺が来るの待ってたな? こんな情報、俺以外に誰が買うかよ。今後ともご贔屓にってか」
その内容に思わず笑みを浮かべる。こちらもメモ帳に書き、灰は窓から外に投げ捨てて煙草の匂いで一杯になった室内を換気する。
シム団長とかがたまに煙草を吸ってるから団に所属している獣人の先輩騎士らは匂いに慣れてるようなのだが、我が相棒はまだ苦手らしく顔をしかめるのだ。前に一度だけ面と向かってくさいと言われ、俺のガラスハートが砕け散ったことがある。これからも煙草の情報屋は利用するから匂い対策は必須だ。
(あとで浄化の魔石でも買っておくか……)
他人からの悪口やマイナスのイメージは痛くも痒くもないのに、オウカからとなるとなぜか心に甚大なダメージを受けてしまう。アイツにだけは嫌われたくないというか、良い格好をしていたいというか。そんな思いが気付けば胸の内にあった。
「アイツの色んな顔を見てきたが、やっぱ笑顔が良いな。うん」
ふと外から声がして窓から顔を出すと、王都に帰る俺と入れ違いで砦に食料を運んで行ったオウカが戻ってきていた。
「あっ、カイトー!!」
俺の視線に気付いた彼女が笑顔で手を振る。俺も手を振ると、周りにいた先輩騎士たちがニヤニヤとイヤーな視線を送ってくるが無視させてもらった。
「一番はあの見事な二つの果実だな」
いいぞ、もっと揺らしてくれオウカ。
「今夜、行くんだよな?」
「そのつもり!!」
今日はオウカと前に約束していた食事所に行くことになっている。かなりオウカの相棒となった俺が気になるようで彼女にしつこく言ってきたらしいが、果たしてどんな人なのやら。
「まだ夜まで時間がある。少し休んでから案内してくれ」
「うん、行く時は部屋に行くから!!」
「ああ、分かった」
しかし、なんだ、お互い二十歳過ぎた身だというのにこの青春してるような雰囲気はちょっと恥ずかしいな。あと先輩方、どっちかというと生暖かい目で見てくるのやめてくれませんかね!?
その後、身支度を終えて俺の部屋まで来たオウカに連れられ食事所『黒兎亭』に案内されたのだが、
「いらっしゃいま───せ……」
「……なんでここにいんの、兄さん」
「…………」
厨房の奥から出てきた爽やかスマイルのイケメンに俺は思わずつっこんだ、どう見てもあの情報屋の兄さんだったからだ。




