第ニ十七話「一番主人公してるなお前」「なんでこうなった?」
(ここまでやれるんだ。……ふふ、やっぱり彼にして正解だったかな)
フィールドを縦横無尽に蒼い流星が駆け回り、紫電を纏って迫ってくる。
その速さは彼が言った通りに際限なく上がり続けている。まだ眼と気配で追えてるけどそれも時間の問題。このまま長期戦に持ち込まれでもしたら、どこまで速くなっているか検討もつかない。
「ハッ───!!」
右から来る突きを一歩下がりながら抜刀で弾き、
「……っ!!」
彼はクルリと弾いた方向に身を任せるように回転してすれ違う瞬間に横に薙ぐ。突きを弾いた時の妙な軽さから、弾かれると分かっていて弾かれる時にはもう体を回転させていたようだけど……。
「───"霞廻華"」
(突きは見せ技で薙ぎが本命の二段構え。そう分かっているのにまるで二人が連携して突きと薙ぎを同時に仕掛けてきたくらいに隙が無い……!!)
前に見せた燕返しよりもこちらの攻撃を差し込む余地がない。抜刀は諦めて、トンと上に跳んで回避する。
「また一皮、剥かれちゃったなー。どうする? 今ので抜刀で対処することを諦めたからもうレンくんの勝ちでも良いけど」
「まさか、僕はまだユキナさんの刀の刀身を見れてませんよ。それに僕の全部を受け止めてくれるんでしょう?」
あー、うん。確かに言ったね、私。
レンくんの目的は私の刀の刀身を見ること。それは私が抜刀した後に納刀することが出来なかったことを意味する。納刀が出来なければ抜刀は出来ない。つまりは『絶圏の剣聖』としての私のたった一つの攻撃手段を失うということ。
(抜刀での対処を諦めたという勝利条件の最低ラインは越えた。ここで終わっても文句はない。むしろ褒めまくる。でもレンくんが達成しようとしてるのはそれ以外の───)
「って……あ、れ?」
レンくんが、消えた……?
■■■
全力の跳躍。僕がしたのはそれだけ。
"流一心・乱"として肉体に施した強化異法の一つである、どんな地形でも対応し高速で動くものを見逃さない、眼と足捌きを強化する異法"水天一碧"には、もう一つ役割がある。
それが───肉体の強化状態に対する適応、だ。
二重強化によって受ける負担やその状態を『平常』だと思うくらいに肉体を慣れさせる。慣れてきたら強化の度合いを高め、また慣れさせ、更に高める。これをひたすら繰り返すことで際限なく強化の度合いを引き上げ続ける。これによって理論上は無限に強化することが可能となった。
(でもそろそろ、限界……かな……)
どんなものにも限度はある。無限に強化されることに耐えきれなくなれば肉体がどうなるか分からない。そして今回は流石に強化し過ぎた。気を抜くと意識が飛びそうになる。
「この技で、終わりにする……っ」
「上……!?」
ユキナさんが気付く。真上からの突き刺しは、また一歩下がって避けられる。僕の刀は深々と地面に突き刺さる。
「深く刺さった、ね───っ」
ユキナさんの柄を握る手に力がこもる。
「さっきの提案した時点で終わらせてた方が良かったんじゃないかな!!」
そして来る、彼女の抜刀。分かる。これは必殺だ。彼女なりに手加減していようと隙や甘さがあれば容赦なくそこを突いて、僕の手足を、首を断つ。それをされたくないから必死に食いついてきた。
「だから、ここで終われない───!!」
地面に突き刺さった刀の刃はユキナさんに、峰は僕に向いている。左手で柄を握り、右手は拳を握る。
「っ、ハハッ!! そっか、そう来るんだレンくん!!」
僕がやろうとしていることに気付いたユキナさんだけど抜刀しようとしてる手はもう止まらない。
「───"霞廻華・追式天撃腕"」
強化異法を二つ重ね、次は二つの技の合わせ技。隙はあるものの威力は先ほど示した通り破壊力抜群。この技を最後に、僕の体力は尽きるだろう。
体勢を低く、左手で刀を抜いて振り上げる動作をしながら、地面すれすれから峰へ目掛けて残った力の全てをもって拳撃を打ち込む。
「───"廻撃天華"ッッッ!!」
拳撃によって地面に突き刺さっていた刀は付近の土と埋まっていた石や岩を巻き込みながら振り上げられ、
「アハハハハハハハハハハハ!! すごい、すごいよ、やっぱり間違ってなかった、レンくんを弟子にしたのは大正解!! こんなにも輝く原石は他にはいない!!」
ユキナさんは目を見開きながら、狂ったように嗤っていた。
僕が広範囲に吹き飛ばした大量大小の岩石全てを抜刀で真っ二つにしていく。普通なら対処出来ずに岩石の下敷きになって埋まっているのに、彼女は無傷で、僕の前に立っていた。でも……。
「これで終わりですよ、ユキナさん」
「何を言うんだいレンくん、まだ私の刀身を見れていな」
ガキッと、ユキナさんの手元から音がした。
「別に鍔迫り合う必要は無いんですよ。一度でも納刀を妨害出来れば、それで良いんです」
その音はユキナさんが刀を鞘に納めようとした時に発した音。その発生源は鞘に差し込んだ刀身ではなく、先ほど盛大に吹き飛ばした砂や岩石に紛れていた小石。
それが入り込み、引っ掛かって刀が完全に納刀出来ずにいたのだから。
「確かに、見ましたよ。その刀身を」
「…………はぁ、初めからこれが狙いだったか~」
少しの間だけ呆けた後、参った、とユキナさんは両手を上げた。
「おめでとうレンくん。宣言通り、私の刀を見ただけでなく『絶圏の剣聖』としての私から迎撃の抜刀という唯一の攻撃手段を奪った。文句無しの花丸だ、きみが準Aランクに昇格出来るように私が推薦状を出してあげるね」
そう言って笑みを浮かべるユキナさん。そんな彼女を体現するように───赤い線が入った純白の刀身の刀が日の光で美しく輝いていた。




