第二十六話「訓練所はいつ再開するん?」「当面は無理ですねー」
二重強化"流一心・乱"───これは最適化の"水天一碧"と高速化の"一気呵成"の二つの強化異法を重ねたもの。
これまでの僕は幾つかある強化異法を複数同時に使えることが出来なかった。
けど転生もしくは召喚により異世界にきたことで僕は人間の上位種になりステータスが高めになったこと、そしてユキナさんの無茶苦茶な修行で鍛えられたことでなんとか二重強化が出来るようになった。
でもこの二重強化はそう簡単に出来るものじゃない。強化異法一つ一つを完璧に理解して、体の中で力の流れを見極め、仮に組み合わせるとして二つが偏りなく同時にどちらも制御出来るようになって初めて成功と言える。
(『ニホン』でこれが出来るのは世界で数人、ユキナさんの修行は大きな経験値になったけど最大の要因はやっぱり召喚されたことによる上位種としての高いステータス。これがあったから出来てるだけ……このステータスが無かったら二つの強化異法を同時に制御するところで詰んでいる)
同時制御はかなり頭と体力を使うし、肉体に負担をかける。だから二重強化の習得の為にあれこれ試そうとすると直ぐにとんでもない疲労で動けなくなるところを、上位種としてのステータスで『とんでもない』が『なんとか動ける』程度の疲労に抑えられた。
(体は激流が乱れ流れるように、刀は空気の壁を割る雷のように、ただただ一心不乱に怒濤の連撃を───刃の風雨を、竜巻を起こせ!!)
「っ……アアアアアアアアア!!」
バチィッと動く度に紫電が音をたて、纏う青い光が尾を引く。フィールドを駆け、僕は四方八方からフェイントも混ぜながら攻撃を仕掛けるけどユキナさんはその全てを抜刀のみで対処する。
何十、何百と刀同士がぶつかる度に金属音が訓練所に響き渡り、衝撃で風が巻き起こる。
「おー、速い速い!!」
「まだまだァ!!」
刀を体の後ろに流した状態からの斬り上げは不可視の抜刀で弾かれ、
「………へぇ?」
弾いたと同時にくる上段からの振り下ろしに、ユキナさんが笑みを浮かべながらも、こちらの刀身に抜刀を当てることで横にずらされた。反撃はないと分かってるけど僕は一度ユキナさんから離れる。
「下と上からの同時攻撃……『極東』で聞いた燕返しってやつかな。まるで獣に噛み付かれるようだった。腕の振りと体重移動に加えてその【いほー】による速さが可能にしてるんだね、すごいよレンくん」
興奮気味にパチパチと拍手を送るユキナさん。
「……その同時攻撃を、というか合計二百三十七回の斬撃全てを律儀に抜刀して納刀してと一回一回弾く手段をとったのはまだ余裕ということですか?」
「んー、まあ、ちょっと予想以上に強くなってて驚いたけどまだ余裕かな。レンくんもちゃんと数えてる辺り思考に余裕がある様子だし、今のが限界じゃないよね」
「もちろんです。別に加減も出し惜しみもしません。この二重強化が今の僕の『最高』ではありますが───」
再び上段の構えになり、柄を握る右手は弛め、代わりに左腕に力を込める。
「際限が無いんですよ、これ」
今の僕をユキナさんからはどう見えただろうか。
「は、や……っ!?」
先程とは比にならないほどの速度で詰め寄り、左腕のみで真っ直ぐ振り下ろす。
対応が遅れたユキナさんが抜刀しようとした瞬間に合わせて、僕は柄から手放した右手で拳を作り、振り下ろしている刀の峰に目掛けて拳撃を叩き込んだ。
「───"天撃腕"」
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その日、訓練所はフィールドの整地の為に使用不可となり、何事かと興味本位で中を覗いた冒険者は仲間にこう言ったという。
───竜か巨人が全力で一発ぶちこんだのかと思うくらいにでっかい窪みが出来ていた、と。
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「けほっけほっ……あっぶなーい、流石に今のは弾こうとしてたらアウトだったね」
「今のを、流しますか……っ」
土煙が立ち込めパラパラと砂が落ちる中、軽く咳き込みながら安堵する無傷のユキナさんに僕の心はショックで折れそうになった。
「刀同士がぶつかる瞬間に峰に拳を打って威力を高めただけ……言ってしまえばそれだけなんだけど、肉体を【いほー】で速度を強化した状態の場合は最高速度から瞬間的に更に加速して高い威力を生み出し、こんなことになると……」
ユキナさんは自分の足下を見ながら感心した様子で言う。
爆心地、クレーター、そこを見たなら誰もがそう思うだろう。
僕が繰り出した一刀はフィールドに大爆発で出来たような大きな窪みを作り、蜘蛛の巣のように無数の亀裂がフィールドの端にまで達していた。
"天撃腕"はユキナさんが言った通り、自分が振った刀の峰に拳を叩き込むことで瞬間的に加速し高威力にする技。今回は振り下ろしに対して使ったけど刀で防御すると見せかけてこれを使い相手を吹き飛ばすことも可能。
「加速させたにも関わらずそれに対応して横に受け流すなんて……」
「フフン、私の眼は刹那だろうと機を見逃さないよ」
なんて得意気に言ってるけど僕だって分かったことがある。
「この技に対して、弾くことを諦めましたね?」
ユキナさんは弾こうとしてたらアウトと言っていた。あの安堵も声音も、どちらも演技ではなく彼女の正直な感想だ。
「抜刀のみという縛りはまだ破ってないにしても、真正面からの対処を諦めた。『絶圏』の一皮、剥いたと思って良いですか?」
「うん、見事だよ。『絶圏の剣聖』として活動してきて高い威力の一撃は何度も見てきたけどこうして諦めたのはレンくんだけ。本当に、よくここまで育ったね。あと口も達者になったかな?」
こてんと首をかしげるユキナさん。可愛らしい仕草なのにその眼は手合わせを始める時よりも濃密な狂気を宿している。
「誉めるのはユキナさんの刀の刀身を見た後にしてください。言ったでしょう、この強化は際限が無いと───!!」
「ハハッ……良いよ、今のレンくんの全部、受け止めてあげる!!」
駆け出す僕にユキナさんが抜刀の構えで迎え撃つ。
ユキナさんとここまで斬り結んだのは初めてだ。それがとても嬉しくて、楽しくて、でもまだユキナさんは本気ではないことに未熟さを感じながら、今は勝利条件の達成の為に全力を出しきるのみ。
「ハァァ───ッ!!」
「ふっ……!!」
この時、手合わせの終わりが近いことを、僕とユキナさんは微かに悟っていた。




