第二十一話「私の美貌はAランク」「でも常識はランク外」
ユキナ・レイズ。他国からやって来たAランクの女冒険者はそう名乗り、同じ武器を使う者のよしみだと半ば強引に僕の師匠になった。
そして互いを知るにはこれが一番だ、と彼女と手合わせすることになり、その結果手も足も出ずに一方的に叩きのめされた。
彼女の実力は本物だった。
どこから攻めてもユキナさんは僕を視界に収めることなく、抜刀する動きが無いにも関わらず僕の斬撃を弾いた。実際にはちゃんと抜刀していて弾き、鞘に納めていたらしいんだけどそれが僕には全く見えなかった。僅かに光を反射して煌めく刀の閃きが見えただけだった。
圧倒的なまでの実力の差に震えた。ユキナさんという強者への恐怖ではない。その『領域』に至るまでの道程があまりにも長く、一人の人生の中で到達したのだという信じられない事実に。
これほどまでに強い人は『ニホン』にはいない。
そんな彼女に鍛えてくれるのなら、僕はどれだけ強くなれるのだろうか、そして今度こそ僕は踏み外さずに済むに違いないと期待と確信で胸が一杯になった。
「Aランク冒険者はけっこう引っ張りだこでね? ずっと王国にいる訳じゃないから、どうしても修行は濃いものになる。あと私も気をつけて教えるけどアガってきたら加減出来なくなるからその時はごめんね?」
彼女自身、弟子を取ったことはないらしい。だから手探りで、冒険者としての仕事もあるから短時間の詰め込み教育でやるとのことで初めはどんな修行になるのかと楽しみにしていたんだけど、
「まずは身体能力の底上げだね。最低でもAランクじゃないとこの世界は生きていけないから、一日でワイバーンの群れを百ほど無傷で倒してきてよ」
まあ自分の耳を疑ったよね。
「でもユキナさん……」
「え? まだCランクだからワイバーンの依頼は受けれない? それにワイバーンは群れるとランクはAランク相当になって危険? アハハハ、あんなの羽の生えたトカゲじゃん、王国のワイバーンなんて雑魚だから余裕よゆう~!」
「………えっ………そ、そうなんだ?」
『冒険者ギルド』に加入した時に受けた初心者用の講習で教わったこととは全く違う常識に驚いた。
王国は比較的安全だからBランクでも大丈夫だけど、他の国だととても強い相手がうじゃうじゃいて安心して夜道も歩けないという。
それから言われた通りにしてみたものの、まだ召喚によって人間の上位種になった僕の体は完全には身体能力を発揮出来ずあっさり返り討ちにあった。百どころかその倍の数が襲ってきた。二百は聞いてない。
「あちゃー、流石にいきなりはキツかったかな。ワイバーン以外で定番だと赤毒蠍とか鋼蟻を狩り尽くしたりとか、狂暴熊を五十頭とか……」
「ユキナさん、この際戦う相手は気にしないとして、その倒す数が、ちょっと多すぎませんか?」
「そう? でもこれを一時間で終わらせるくらい強くないと大人に舐められるよ?」
「なん……だと……」
つまり大人はこれが出来ると? 大人、すげぇ……。
───といった感じで、ユキナさんが僕に会いに王国に来てくれた時にはこの質も数も異常な修行をこなしていった。ユキナさんから教わった常識すら異常だ、とルイズに言われて目が覚めたのは……僕の冒険者としてのランクがそろそろ準Aランクに昇級するけどいくらなんでも早すぎますよと受付嬢から説明された後のことだった。
「あの日以来、レンくんが私を避けるようになって悲しかったなぁ」
「…………………」
あの時のルイズは怖かった、というかツラかった。
受付嬢と組んで懇切丁寧に一般常識を僕に叩き込み、無言の圧力でテストを受けさせられ、満点取れなかったら最初から授業はやり直し。無限ループだった。
(ルイズの機嫌直すの大変だったなぁ。一週間は口を聞いてもらえなかったし、ご飯も日に日に少なくなっていって最後には泣かれた……)
どうもルイズの涙には弱いらしい。流石に目が覚めてユキナさんの常識が一般とはかけ離れていると実感してからは憧れと尊敬の他に、ほんのちょっとの恐怖を抱くようになってしまった。
「それで、どこで手合わせするんですか?」
「実は『冒険者ギルド』の訓練所を貸し切りにしてるんだ。ちょっと渋ってたけど金貨積んで黙らせて、一時間は貸し切りにしてもらえたよ」
『冒険者ギルド』に隣接する訓練所はほぽ毎日利用者で溢れている。それを一時間だろうと貸し切れるのはユキナさんがAランクだからだろう。
達人級のAランク冒険者は少ない。所属する国としては貴重で強力な戦力だから他国に移り住んでしまえば将来的には脅威となるかもしれない。だから優遇して冒険者の機嫌を損ねないように言うことを聞き、国にいてもらうようにするのだ。
そうでなくても他国のAランク冒険者を冷遇したり怪我をさせようものならそれを宣戦布告として戦争に発展した前例もあるらしく、どこの『冒険者ギルド』もAランク冒険者には慎重に接するのだ、とルイズから聞いたことがある。
「終わるまで誰も入れないよう言ってあるから、レンくんの【いほー】も使っていいよ。なんならそこのレンくんも大歓迎……でもそれだと訓練所がもたないか」
「勘弁してください」
楽しみだな、とユキナさんは笑ってるけど目だけは違う。
「刀と【異法】……この二つで、今度こそユキナさんの刀を見てやりますよ」
「へぇ……」
白い瞳はまるで満月のようで。
「そこまで言うならやってみるといい。───私の刀、その刀身を止めて視界に収めてみせてよ、私のかわいい弟子くん」
「もちろんです」
正気と狂気が同時に存在する眼光を、僕は目をそらさず受け止めた。