第二十話「時には逃走も大事」「逃がさないし離さない」
(あっ、カイトさんだ。オウカさんもいる)
習慣にしていた朝のランニング帰り。沢山の人たちに見送られながら、王都の防壁をくぐって行く『サザール騎士団』の面々の中に見知った顔があった。
「あの、騎士団の人たちはどこに?」
「ん? ああ、また遠征だそうだ。北にある廃村に盗賊団が集まって拠点を作ったらしくてな。商人とかがよく使うルートに近いとこにあって、けっこう被害も出たから国王が征伐を命じたんだってよ」
防壁の門番をしているおじさんに聞いたらそう返された。
「また、ですか」
「最近こういうのが多くてな。『冒険者ギルド』の方にも協力依頼として、盗賊や魔獣に関する情報を買って集めてるみたいだぜ」
あー、それは僕も見たことがある。
魔獣の討伐依頼よりも、盗賊団の拠点捜索や大型魔獣の目撃情報が本当かを確かめるものなどの方が多くなってきていた。その依頼主が騎士団のもので報酬が『冒険者ギルド』だけでなく騎士団からも貰えるとあって、冒険者たちが依頼書を巡って取り合いから大乱闘に発展することもしばしば。
(まあ僕としては討伐依頼をやりたい放題だから良いんだけどね)
この世界───『オースティナント』に召喚されてから二ヶ月、年下の女主人ルイズから色々と教わってなんとかこっちでの常識にも慣れてきた。幸運にも出会いに恵まれて手を貸してくれたことで、今のところは生活で困ったことはない。
それに新たな戦力として銀狼のロルフが加わり、ルイズがロルフを使役して戦えるようになったことで金銭面にも余裕が出てきた。ルイズと僕が組んで一つの依頼を受ける必要が無くなり、今では低ランクではあるけど討伐依頼ならルイズ一人で行けるようになったからだ。
僕は僕で少し高めのランクの依頼を受けられるから単純に懐に入るお金が増えて、これまで以上に家の修繕費にあてられるし、家賃の為に節約する必要も無くなった。
(ロルフとの使い魔契約を提案してくれたカイトさんには感謝だなぁ。ここまで楽になるとは思わなかったし、ルイズも表情が明るくなってきた)
ルイズが僕を召喚したことに責任を感じ、自分ではまともに戦えないことに思い悩んでいたのを知っていた。戦う手段が圧倒的に足りていなかった。強くなることを望んでも、このままでは彼女の目標に到達するまでにどれだけの期間が必要になるか全く分からない。
『───わたしがもっと強ければ、あなたを召喚することも、あなたに負担をかけることも……なかったのに……』
『今のわたしにはあなたの力になることも、元の世界に戻すことも出来ない』
『あなたに頼るしかない無力なわたしを、どうか……』
『どうか……許して…………』
『ごめんなさい……ごめん、なさい……………』
聞くつもりはなかった。夜、喉が乾いて水を飲もうと自室を出た時、隣の部屋で独り涙を流しながら懺悔する小さな女の子のその言葉を聞いてしまった。
いつもは大人びた雰囲気で気丈に振る舞う様子からは想像出来ないくらいに弱々しく震えた声。
(責めるもんか。僕は自分の意思で召喚に応じたんだ。むしろ感謝したいくらいだ。あの時、終わろうとしていた僕を引っ張り上げてくれたんだから……)
この世界なら、もしかしたら───召喚された時に僕はそう感じて、ルイズを守ろうと、助けを乞う小さな手を取ったのだ。
「おーい、レンくーん」
家に戻ろうとしていた時、大声で僕を呼ぶ声がした。
「この声は……」
声がした方を向く。朝から賑わう市場の人混みの向こうで、赤い袖の腕が大きく手を振ってピョンピョンと上下に跳んでいる。そして段々その人は近付いて来て、
「レエェェ───ンくぅぅぅ───んっ!!」
「よっと……」
両手を広げ猛スピードで迫って来たのでサッと横に避ける。
「レンくん、久しぶりだね」
「あぁ……はい」
しかし直角に進路を変えて僕はその人に力一杯に抱き締められた。
「久しぶりと言ってもたった一週間会ってないだけなんですけど……」
「私が会いたかったの。うんうん、元気そうでなにより。『冒険者ギルド』で聞いてきたよ、あとちょっとで準Aランクに上がるんだってね」
熱い抱擁から今度は腰に手を回して密着してくる。
「最年少ではないですけどね。それより近いので離れてくれませんか、ユキナさん」
「はーい」
特に反抗することもなくパッと離れてくれた。
「……それで今日会いに来たのは?」
「うん、ちょっと私用で来たんだけど昇級の話を聞いてね。次の段階に進んでも良いと思ったんだ」
「───ッ」
笑みを崩さないユキナさん。昇級を自分のことのように喜んでくれているのはこれまでの付き合いから分かってはいる、分かってはいる、けれど……。
「近くの店でお茶飲みながら、今後の予定を決めようか。ねぇレンくん?」
彼女の名前はユキナ・レイズ。
真っ白な長い髪に、赤い瞳。体のラインが出る黒の強化スーツを着て、その上に赤いコートを羽織った年上の女性。
この世界で会った冒険者の一人にして、僕と同じ刀を使う者。どこを気に入ったのか何度も会いに来ては鍛えてくれる師匠のような存在。
そして、同じ剣士として僕が目指す目標にしながらも、そこに到達するのは不可能なのではと思えるくらいに異次元な強さを秘めた自称『剣聖』のスパルタ女である。
「ふんふん、ステータス上では変わってないけど……たいぶ仕上がってきたね」
【名前:レン】
【性別:男】
【年齢:17】
【種族:人間(上位種)】
【職業:法剣士】
【所属:神聖アテリア王国 冒険者ギルド】
【能力:■■】
【身体能力:A(万能型)】
僕のステータスを教えるとユキナさんは満足そうに頷いた。
「能力の【いほー】はまだ変化無し?」
「そうですね。ちゃんと読めるのに、字では現せないままです」
「うーん、流石に私にも異世界の力は分からないからなぁ」
「ですよね……」
僕の能力は不思議なことに文字で書き記すことが出来ない。でもちゃんと言葉にして言うことは出来る。それが異法の力だ、と。
「まぁ、特に異常は無さそうだし今は置いておこうか。もし何かあったらその時にどうするか考えるしかないよ」
ユキナさんはルイズとカイトさんと同じく僕が異世界の人間だと知っている人で、この三人にしか知られていない。カイトさんには明かしたというよりはバレたんだけど……。
そして彼女は他国から来た冒険者だからか、王国と勇者に告げ口する必要も義務も無いよね? といった感じで誰にも言わないでくれている。
「それで本題、レンくんの修行なんだけど。一度、私と手合わせしよう!!」
「───ッ!!!」
僕は逃げた。
「はい残念」
ダメだった。




