第十九話「害悪大好き」「運営さんコイツです」
夜、月は無く僅かな星明かりのみが照らす森の中を駆け抜ける影。それは霧が集まったように人の形をし、音もなく木々の間をすり抜ける。
(職場としては悪くない、むしろホワイトなんだけど……たった一人でも嫌な奴がいるとストレスが溜まるなぁ)
砦の調査をする前に偵察班のメンバーと軽く打ち合わせをしようとしていた時に予想通りと言うべきかベルン先輩が割り込んできて、偵察班全員でいくよりも少数の方がリスクは低いのではないか、なんて俺を見ながら言ってきた。
要は言い出しっぺの法則だ。作戦の立案者が実行するべきであるというアレだ。
初めは偵察班のメンバーが反対していた。普段なら俺も反論するところだ。でもあえてベルン先輩の言葉通りにすることにした。俺が偵察に失敗して逃げ帰るのを笑うか、敵に見つかって返り討ちにされて死ぬ俺をやはり笑うかするんだろうが、
(敵に見つかるようなヘマをするほど俺は未熟じゃない)
たった半年でも過ごした時間は濃密だった。
この世界を生き抜く為に俺が出来ることの全てを把握して、実戦に活かせるようにオウカや偵察班のメンバーに手伝ってもらって特訓を繰り返してきた。
今回がその集大成と思えばやる気も沸くというもの。
(着いたな……)
森を抜ける直前で足を止め、茂みから城壁を伺う。
(四方の城壁それぞれに造られた門。門には二人ずつ、砦を囲う城壁の四つの角に立てられた見張りの搭には一人ずつ配置。交代は三時間ごとで次の交代はは五分後、だったな)
夜になるまでの間もオウカの『野狐』が監視をしてくれたことで見張りが交代する時間が判明した。三時間ごとに交代とわりと頻繁なものの、今のところ交代する盗賊全てが違う顔だった。
一回の見張りに出すのは十二人。三時間ごとに交代で夜になるまで六時間待ったから二回は代わった。更には陣地で作戦立案を任された時にオウカは使い魔の目を通して見張りが交代したのを見た。合計で三回見張りが代わって今見張りをしているのを合わせると四十八人。次の交代で六十人だ。
ここまでくると休息に必要な時間が取れるのかちょっと心配になる。頻繁に交代しても十分に時間が取れるくらいに数が多いんだろうか。そんな所に複数で侵入したら誰かしら気付きそうだし、やはり一人で来たのは正解だったかな。でも単独ってのもバレて囲まれたら終わりだしなぁ……。
「おい、交代だ」
「やっと来たか。これで寝れるぜ」
門が僅かに開き、二人の男が出てくる。時間通りだ。他の門でも同じく交代するところだろう。これで六十人。もうこれ百人いてもおかしくねえな。
(行くなら、今だ)
元々いた見張り役と新たな見張り役が軽く会話して視線が外に向いていない隙に茂みから出て城壁に突っ込み、
(───壁抜け)
ぶつかることも無く俺の体はすり抜けた。そしてカチンと手に持っていた物───黒塗りのバトンにヒビが入って砕け散る。
シャドーバトン。『ファストナ』に存在する道具の中でも特に愛用していた物で、実装してから僅か一週間で下方修正された。通称『害悪七つ道具』の筆頭だ。
見た目は新体操とかで見るバトンだ。これを使用すると自分が操作するキャラクターが人の形をした黒い霧の集合体『シャドー』という形態に変化する。この『シャドー』形態がくせ者で移動速度が上昇、移動中に発生する音は無くなり、立ち止まってると完全に透明になる。しかもダッシュボタンで壁を通り抜ける『壁抜け』が発動する。なんならそのままバトンで殴れて、そのダメージもでかい。使用してから十分その形態が続くとあって実装当初は壊れ武器として注目されていた。
しかし、このゲームはFPS。銃を使ってこそだ。
互いに集中して撃ち合っているところに見えづらいバトン持った霧が現れて撲殺されるとか堪ったものではない。おまけに透明状態になると発見すら出来ないからお手上げだ。でも俺は使った。勝ちたいからね。
(そんで十分永続は長いからと短縮されて五分になり、威力も半減、透明状態は削除された。入手方法も宝箱からではなくフィールドに現れるCPUからミッションを受けてのクリア報酬で入手、しかも確定じゃなくなった。流石に団体からの批判となると運営も無視は出来ないからな。存在そのものを削除しなかったのは団体側の恩情とかか?)
シャドーバトンに一番反応したのが新体操の選手や選手が所属する団体だ。競技で使う道具を武器にされたことが許せなかった、と公式サイトで見た覚えがある。
あとは純粋にFPSを愛するプロゲーマーがバトン一強の環境に苦言を呈したりと色々あったっけ。
(まあいい、今はやるべき事をやるとしよう)
『保管庫』もとい『場違いな人工物』から再度シャドーバトンを召喚して効果を使用する。効果はきっちり修正後のもの。その辺りはしっかりと最新のデータ通りにしてあるようだ。くそぅ。
見たところ城壁の内側は砦と倉庫らしき建物だけ、倉庫は後で調べるとして先に砦だ。『壁抜け』で侵入し、地下に降りる道を探す。人を閉じ込めるならそれは地下と相場が決まっているのだ。そして大量の金品や奴隷を運ぶのならそれなりに大きめの搬入口とも言える場所があってもおかしくはない。
「ここだな」
探して直ぐに一際大きく螺旋状に地下に向かう通路を見つけた。シャドーバトンの効果時間はまだ余裕がある。でも念のために、もう一本召喚してベルトに引っ掻けておく。
(リーコンスキャンは音が出て気づかれる、素直に降りるしかない……)
『キュッ』
その時、小さく可愛らしい獣の声と共に俺の肩に何かが乗っかった。
「おっ、コンも来たのか。なんだ、俺が心配だからってオウカから頼まれたのか?」
『キュッキュ』
頷く半透明の子狐の姿をした『野狐』の内の一匹。オウカの使い魔のはずなのだが、この半年で妙に俺に懐いた子狐だ。俺はコンって呼んでる。
ちなみにオウカの『野狐』はたくさんの『野狐』と契約した訳でなく、多数の子狐たちで一つの個体らしい。群れにして個、個にして群れってやつだな。
「後ろからついて行くから先行して盗賊がいないか確認してくれ」
『キュッ!!』
コンが肩から飛び降りてテテテテッと通路を進んでいく。
「やれやれ、心配してくれるのは嬉しいけどちょっとは信じてくれよ相棒」
コンが来るとは聞いていない、オウカが勝手に送って来たんだろう。まあ心配だと思ってくれるってことはそれくらいに大切にされてるんだろうなと思っても良いよな。
「戻ったら頭撫でてやるか」
撫でた時にオウカがどんな反応を見せるか楽しみにしながら俺は慎重にコンの後を追うのだった。




