第十八話「バレなければ」「良いんだよ」
王都『エイドス』を発って三日。太陽がのぼりきって今は昼、我ら『サザール騎士団』は目的地である廃村を高所から見えつつもなるべく離れた山の中腹に陣地を作り、テントを張った。そして今後の流れについて我らが団長からの指示が出るのだが、
「カイト、お前に任せる」
「はぁ?」
曰く、騎士団に所属して半年経った新人には必ずやらせる儀式みたいなもので、俺は前から騎士団に所属していることになっている身だがそれは王宮を騙す為でありそれはそれこれはこれ、らしい。
「これまでの任務では偵察班の一人としてオレたちを支えてくれたが、今回はその逆だ。お前が作戦を決めて、オレたちがそれを実行する。指揮はオレも手伝うし、問題があれば直ぐに指摘するから安心しろ」
「えぇ……」
なんか一日駅長みたいなノリで作戦立案を任されたんだが? しかもやるのは廃村に集まってる盗賊団の殲滅、つまり捕縛か皆殺しだ。当然戦闘になって戦うことになる。もしかしたら誰かが怪我をしたり、最悪死ぬかもしれない。その責任がのし掛かるのは作戦の立案者だ。入団して半年のヤツにやらせるようなことじゃないだろ。
「大丈夫だ、カイト。無茶な作戦でないなら文句は言わねえよ」
「俺たち全員この儀式は経験済みだ、どんな作戦でも笑ったりしない」
「そうそう、それに作戦立案はその人の性格が出てくるから、カイトくんがどんな作戦でくるかちょっと気になるんだよねぇ」
「やはりカイトさんの武器を活かした感じになるのでしょうか?」
「いや、オウカとのコンビプレーを全員でやるんじゃね」
「それともまだ見ぬ道具の出番かな」
先輩方の明るい表情にとても心強さを感じる。
……そうだ、この世界じゃこういう戦闘は十代の冒険者でも経験している。戦いのない世界で生きてきたただのゲーム好きな野郎と縁がないことを、彼らは乗り越えてきた。
「はい……頼りにしてます。サポート頼みますよ、団長?」
「ハハハ、おう任せろ!!」
団長の言うことに何を言っても無駄なのはもう十分に分かってる。それに半年経った。俺もそろそろ、前世での普通からおさらばする時か。
「はぁ……じゃあ、なんとかやってみます」
先ず俺は地図で廃村の周囲を確認する。
周りを山で囲まれた盆地の中心に廃村はある。いや、今は砦か。砦を城壁で四角形に囲い、四ヶ所の見張り台としての塔。その内側にレンガ造りの砦がそびえたっている。
この規模の砦を造るには数ヶ月かかるのだが、事前に聞かされた情報ではある日突然そこに砦が出現したという。恐らくは魔法によって造られたもの。よって盗賊団の中には魔法を使える者がいてその数は少なくとも十人以上はいるだろう、と団長は教えてくれた。
「盗賊の数は五十人以上。既に七件、被害が出てる。商人や奴隷商から金品や奴隷を奪っていっている。この砦に運んでからは一度もそれらしきものは出てこなかったから砦の中に保管・拘束してあるんだろう」
先輩の一人が報告書を読んで俺に渡す。
「これまで相手にしてきた盗賊団よりも多いな……」
「生き残りや、まだ捕まえてない盗賊団が手を組んだと言われても不思議じゃないね」
「オウカ、もうやってる?」
「もちろん」
オウカは右手で右目を隠すようなポーズをしながら左手で指を四本立てて頷いた。
俺が作戦立案を任された時にはもう独自に砦の監視をしていたのだ。
彼女は獣人、その中でも幻惑や変化の魔法を得意とする『狐妖族』。
そして彼女の使い魔は霊体の狐である『野狐』。特技の分け身で体を四体に分け、砦の四方に一体ずつ配置、それぞれの視界をオウカは共有している。
「魔法使いを警戒してあまり近付いてないけどね」
「それでいい、どんな感じだ?」
「見張りがさっき交代した。たぶん時間を決めて交代制でやってるね。武装は普通の盗賊にしては良い物を使ってる。たぶん盗品」
良い武装に、魔法使い多数、囚われた奴隷たち、そして砦。
無策に突撃したところであっさり返り討ちに合うだけ。それに囚われた奴隷の安全を考えると威力の高い武器や魔法を使うのは避けたいがそれは奴隷たちがまだ生きていたらの場合だ。
「団長、期間はどのくらい貰えるんですか?」
「王都からそれなりに近い位置にある。それに砦はそのまま使いたい。砦の損傷は軽く、なるべく早い解決をお望みだとよ」
騎士団の馬は足が速いから三日で来れた。普通の馬ならプラス一日か二日、休み無しの超特急なら三日と半日くらいになるのか? まあ近いと言われれば近いのか、魔法の強化もあればもっと早くなるんだろうし……。
「先ずは囚われたと思われる奴隷の安否確認からやりましょう。囚われている場所、そして人数も把握したい」
「オイオイ、奴隷なんかどうでもいいだろう。あんな、いてもいなくてもどうでもいい薄汚れた奴らなんか助ける価値もない」
わざとらしく声を大きくして言ってきたその人物に俺はまたかと内心で呟き、オウカはサッと俺の後ろに、他の先輩や団長はやれやれと嘆息する。
「人命であることに変わりはないでしょう、ベルン先輩」
「奴隷は道具、それが当たり前だ。人として扱うそちらの方がおかしいと思うがね、カイトくん」
金髪碧眼の美形。常に見下すようにやや顔を上にするのはもう癖なのか。
やたらと俺の言うこと為すことに文句を言う邪魔者、騎士団の一班に所属する重騎士のベルン・タチアナ。歳は28。貴族の生まれだ。
「やりたくないなら残って結構ですよ。ご自分のテントで全部片付くまでこもってて下さい。なんなら取り巻きの方も作戦から外しましょう」
チラッとベルンの後ろに集まる三人の先輩方にも声をかける。
「それは出来ないな。我々先輩は後輩であるカイトくんの働きを評価しなければならない。実際にこの目で見なければ正当な評価が出せないじゃないか」
なーにが、正当な評価だ。この前オウカにしつこく言い寄っていたのを俺が見かけて邪魔したから根にもってるだけだろうに。オウカを助けた事に後悔は無いが、あれから何度も俺の前に現れては有り難くもない小言で俺を煽り散らかす始末だ。
(どうせ作戦中も文句を言って俺を苛立たせて、最終的に作戦失敗させてやろうって魂胆だろ。こういう奴は先ず無視だ、それで何かやってきて害が出たならその時は───)
「……っ? なんだいその目は……」
「いえ、何も。……奴隷の救助は生存していた場合で、既に死亡しているのなら砦の制圧をするまでです。救助する際は、というかこの作戦中は一切そちらには頼りませんのでお気になさらず」
「…………フン、若造が」
そうして作戦会議は微妙な雰囲気のまま終了した。
一先は夜間に偵察班で砦の調査をすることにし、夜になるまで待機だ。
「オウカ、ベルン先輩に憑けとけ……」
「……もうやった」
「流石は相棒」
みんながそれぞれのテントに戻る中、俺とオウカは取り巻きを連れて移動するベルン先輩の背中を見ながらニヤリと笑った。




