第百七十二話「メタルゲ◯スじゃねーか!!」「だれがメ◯ルゲラスだ!!」
それは突如、起こった。
「う、うぅ───おオオオォォォ!!」
「グッ、が、アァァ!!」
「なんだ……から、だ、カッテにぃいいい!!」
カイトの宣戦布告から今日まで。ずっと敷地内に閉じ込められていた、クライト公爵に忠誠を誓った親衛隊たちに異変が起こる。
「隊長、これは……っ」
「いったい、何が起きているというのだ!!」
「なんらかの精神汚染か!? ええい、致し方ない。総員、彼らを無力化しろ。無理なら殺して構わん!!」
いつでも動けるように武装して待機していた親衛隊たち。その中の数人が、いきなり黒い影に覆われ、暴走状態となって味方を襲い始めた。
理性を失い、持っていた武器で、あるいは素手で、まるで何かを払いのけようとするように、狂い叫びながら味方を攻撃し、無残に殺していく。これ以上戦力を失いたくないと、やむを得ず親衛隊隊長は指揮をして対抗するが、
「な、に……っ!?」
黒く染まった親衛隊を一人殺した瞬間、その亡骸から黒い影が伸び、近くにいた別の若い親衛隊を覆う。
「ぐ、っお、オオオオオオオオッッッ!!」
「や、やめろ!! お前までそんな───ぎゃあああ!?」
そしてその若い親衛隊も、同じように片っ端から近くにいた味方へと攻撃し始める。
しかも不運なことに、その若い親衛隊は、親衛隊の中で唯一の転生者つまりは人間の上位種で、実力も秀でていた。止められる者は限られていて、次々と殺されていく。
「殺しても変わらんということか……っ」
親衛隊隊長も剣を抜いて応戦する。
「皆、奴らを殺すな!! 殺せばあの黒い影は近くにいる者へと宿主を変える、魔法で拘束もしくは手足を斬り落とせ!!」
「「了解!!」」
『赤枝』のような正式な騎士ではないものの、公爵を守る為に存在する彼らの実力は、一人一人が準Aランクに相当する。謎の現象に狼狽え、目の前で仲間が殺されていこうとも、冷静に、状況を打破すべく立ち回る。
「屋敷から遠ざけろ!! 我らの後ろ……公爵様がいらっしゃる屋敷には、絶対に近づけさせるな!! 恐らくは『撃鉄公』の仕業だ、なんとしても食い止めよ!!」
守るべきものを背にして立つ騎士はどんな強敵よりも強敵だ。たとえ忠誠を誓った主が、どんな大罪を犯していたとしても、公爵に大恩がある彼らは絶対に退かない。
帝国人の負けず嫌いな気質、そして騎士としての誇り。
この二つが合わさった彼ら親衛隊は黒く染まり暴走する同胞へと容赦なく、しかし嘆きで歯を食いしばりながら、その手足を斬り落としていった。
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「へぇ、やるじゃん。あのまま殺し殺され、みーんなドロドロのグチャグチャになってくれたら鼻で笑ってやったのに」
少しずつ制圧していく様を見ながら隣でネルガが感心感心と手を叩く。
「『魔は夙に、心象を喰む』……抑圧者、圧制者か。権力や暴力などで、他者を不当と残虐で苦しめて、自由や機会……尊厳を奪う者。あの黒くさせるのがそうだと?」
「ええ、そうよ。効果範囲は自由。個人のみ、または多数へ狙い撃ちもできる精神汚染攻撃。対象者がかかえている『悪魔への恐怖』を増幅させ一定値を越えると、あんなふうに影で覆い支配するの」
それはまた、エグいものを。俺は内心そう思いながら奮闘する親衛隊を眺める。
「『我、斯くあるモノ』……方法がなんであれ悪魔を『恐ろしいモノ』と知っている者であれば、見ただけで恐怖と混乱に陥れる悪魔の能力。そこからの派生だな。ああ……だから『夙に』か」
夙に───ずっと以前から、と言う意味を持つ言葉だ。悪魔は大昔から人々を恐怖させてきた。その次点でこの能力の仕込みは済ませていたのだ。
「恐怖を増幅……一定値を越える、ってことは、恐慌状態になるってトコか。あと、影みたいなのが平気だった奴を覆ったアレはなんだ?」
「おっ死んだ雑魚の精神汚染を抽出・物質化した泥よ。一番近い対象に向けて飛びかかり、理性を侵食、問答無用で恐慌状態に変えるの。おもしれーだろ」
向こうは殺しに来るのにこっちは絶対に殺すなってルールを強制すんのか。
「おもしろいけどよ、やっこさん……初見で法則を見破ったな」
「オマケに、今はあそこにいる……ざっと数えて百人か、その全員に仕掛けてるんだけど、思ったよりも効きは薄いわね。ちょっとイラついてきた」
『悪魔への恐怖』は永劫語り継がれ、その魂に刻まれる。だが、生きていく上で、恐ろしいモノというのは悪魔以外にも出てくる。……そのせいだろう、どうしても世代を重ねるごとに薄まってしまうのだ。
あとは当人の精神面の強さ。指揮する者からの、または共に戦う仲間からの鼓舞。魔法による精神強化による対策───そういった外的要因。
恐らくは悪魔対策をして備えていたのだろう。
だからこそ、犠牲者がネルガの予想よりも少なかった。
「もうさ、お前もあっちに行ってこいよ。『我、斯くあるモノ』と『魔は夙に、心象を喰む』の同時攻めすりゃ良くねぇか? 見たら恐怖、ンでその恐怖を増幅でちょうどいい混沌状態の完成だろ」
そう言うとネルガはバッと目を見開いて俺を見る。目をキラキラと輝かせ、あっ、と口を僅かに開ける。
……うん、その顔は見たことがある。
今までは片方だけで十分だったから、そうする思考に至らなかっただけで、やろうと思えば出来る方法ではあった。俺としては本当にできるか分からなかったから言ってみただけなんだが。
レンに負けた『勇者』カムイみたいな───元が強すぎたが為に工夫や努力をそこまでしてこなかった、ネルガはそんなタイプなのだ。
「…………天才か、オメー?」
素直に人の意見を取り入れられるところはカムイとは違うコイツの美点か。
「お前が親衛隊共の相手をしているうちに、俺は公爵を殺ってくる。適当に遊んでろ」
「そうするわ。私、昔は捧げられてた側で見てるだけだったから、ああいう雑魚を自分でグチャグチャ踏み潰してみたかったの」
「血で汚れるだろそれ……」
「フットバスみたいなものよ」
「うん、たぶん違う」
ネルガは背中から黒い翼を生やし、敷地の真ん中で大立ち回りしている親衛隊へと一直線に飛んで行った。
「親衛隊の数は……死んだのも含めて百人ちょっとか、またストックが増えるな。一番最後にした分、公爵側も備えてるだろうし、ここいらで血を流すかもしれない。最悪何回か死ぬか」
不死身とか、攻撃無効とか、そんな都合のいいチート能力なんてない。あるのはどこまでも血みどろで汚濁まみれな、借り物の悪魔の力。
(……これが終われば、あとは帝国の道具)
それを演じながら理想の盤面になるよう動き、そしてど真ん中で鍵を解き放つ。そうすりゃ戦争なんてする場合ではなくなるだろう。あと気になる点といえば、
(俺以外にも、俺のより小さいが鍵をもってる奴がいることか。大方、宮殿にいる帝国貴族の誰かだろうな。使うタイミングとすれば……ネルガの生贄になった際の反抗、王国との戦争時に戦果欲しさに投入、俺の始末か)
小さいからと言って油断はできない代物だ。
ずっと懐にしまっているわけにもいかない、きっと俺と同じくどこかに隠している。あとで持ってそうな奴と、隠してそうな場所の予測も立てておかないとな。
そこまで考えて、頭を横に振って思考を切り替える。───今は目の前の獲物を狩ることだけを考えよう、これが最後の俺の戦争。しっかり勝ちで終わらせなければ意味がない。
「さあて、俺も行くとするか」
『保管庫』から召喚するのはお久しぶりなシャドーバトン。『シャドー』形態となり、物陰をつたって公爵邸へと近づいてダッシュ、スキルの『壁抜け』が発動して中に潜入する。
公爵邸の中は静まり返っている。
脱出したとは思えない。完全に囲って閉じ込めていたからな。となれば、きっとどこかに隠れて閉じこもっているに違いない。
殺すのはクライト公爵とその家族だけでいいが、敵意をもって攻撃してくるなら、たとえ使用人であろうと構わず処理するのみ。念の為、敷地内の影を『目』としてどこにいるのか探ってみ───
「テメェが悪魔憑きか」
視界が暗くなり、自分よりも大きな何かが背後にいると理解した瞬間、体の左側から衝撃が走り、景色が物凄いスピードで横へ流れていく。
「っ、ぐ……!!」
僅かな浮遊感の後に床に落ちて転がり、ようやく止まったところで顔を上げる。さっきまで俺がいた場所であろうそこには、大柄の何かがいて、どうやら俺はソイツに薙ぎ払われたようだ。
【シールド:100→20】
シールドが大きく削れている。この減り方だと、生身でくらったら骨折どころじゃ済まなかったと理解し、危機感が込み上がる。
【脚力強化:B→S】
うん、だよな。俺ビビりだもん。
「ンだよ……生きてんのか、今ので終わっとけば良かったろうに」
少しダルさを感じる、低くめの、男の声。いや、スピーカーを使っているような音声。
「霧みたいにモヤモヤしてたから適当にぶったにしても、骨が折れた感触もねェし、血も流れてねェ。なにかしらの防御魔法か……。面倒だが、死ぬまでぶち込めばそのうち死ぬだろ」
ファンタジーなこの世界では聞いたことのない、ウィーンガシャンと擬音が合いそうな、というか実際にそんな音をたててソイツが近づいてくる。
その音に違和感を感じながら、体の状態を確かめながら立ち上がる。幸い、超過ダメージはない。義手も無事だ。追撃に備えて身構える。
「脳筋が……嫌いじゃないがな、そこまでいくと。ところで、その図体でどうやって俺の後ろをとったのか聞きたいところだ」
「なんてことはねェ。ただのステルスだ」
「す、ステ……?」
そして、ソイツは俺の前まで来たところで立ち止まる。
「クライト公爵の護衛をしている、サイノスだ。見ての通り動物機械人で、異世界からこっちにきた転生者。俺はお前に恨みはないが公爵からの指令だ、テメェはここで潰れ死ね!!」
ソイツ───赤く点灯する双眸、メタリックな装甲で全身を覆った、動物のサイを人型にしたような姿で、関節部からプシューッと蒸気を噴き出しながら、ブッピガンとサイノスはポーズを決めた。
「ろ………」
「あ? ろ?」
「ろ、ろ……」
「ロボットだぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!?!?」
俺の中の男の子の部分が沸き立つ。オウカの巨乳を見た時に次ぐほどの衝撃、そして大興奮だった。




