第百七十一話「なんか金貨貰った!」「おいお前だけ羨ましいぞ!」
アドソン侯爵を殺した翌朝、俺は間髪入れずにクライト公爵へと向かった。戦場となるのは帝都近郊、公爵家が所有する広大な土地。
最早、街一つ作れるようにさえ思えるそこには、公爵一家が住む大きな豪邸と、公爵に仕える執事やメイドや公爵に忠誠を誓う近衛騎士が寝泊まりする隊舎、その他にも施設が多々あるが、どれも権威を象徴するような、やや頭の悪さが垣間見える金銀財宝まみれな装飾で飾られている。
派手さで比べるならまだ王国貴族のほうが控えめだ。
……まあ、あちらは表面は綺麗にしててもその裏側が欲望でドロッドロだ。バカ正直に前面に押し出して清々しい分、まだ帝都がマシか。
「ちゃんと隔離させてるな、だいぶ心労もたまってるようだ」
現在、この土地をまるっと俺のデコイ部隊が取り囲み、公爵が外部と接触しないよう物理的に閉じ込めている。更に魔導騎士隊───『赤枝騎士団』の中でも魔法に秀でた帝国騎士たちをセレネスに頼んで派遣させて結界を張り、魔法による脱出や連絡なども封じてある。
「『撃鉄公』様、昨夜から何度か転移しようとしたのか中で魔力を感知しましたので、全て無効化させておきました。それから、あちらで『撃鉄公』様にお会いしたいと……」
後詰の魔導騎士隊が待機している場所にいくと、一人の騎士がそう言いながら大きな天幕を指差す。ご苦労さん、とソイツに金貨一枚を手渡しながら天幕へ行くと、
「よう……俺がいない間に派手にやってるじゃねぇか、また街を一つ消したらしいな」
物資が入った木箱に腰掛けながら、片手を上げて話しかけてくる男───『悪路公』ガーシュはやや疲れた様子で、煙草を吸っていた。
「戻ってたのか、ガーシュ。てっきり今も羽虫のように国外を駆け回ってるモンだとばかり」
「向こうの天気が本格的に荒れてきたから、帰れなくなる前に戻ってきたんだよ。それに……クライト公爵は『マクール』に一時期とはいえ援助してもらっていた、最期の見送りだけはしたい」
ガーシュが率いる特殊部隊『マクール』は、元々『赤枝騎士団』の中でも隠密・索敵・工作に秀でた者がいることを知ったセレネスが、彼らを集めて諜報活動を主とする特殊部隊を創らないかとジルク殿下に進言し、それに賛同したクライト公爵が創設に必要な資金などの援助するという申し出が出たことが後押しとなり創られた部隊だ。
最初は、そのような部隊ができたところで無駄。なにをされようとも、いつものように真正面からぶつかり武力で叩き潰せばいい……他の貴族から反発されたようだが、
『今後の為にも、目の届かない場所・手の届かない場所を知る手段は我らも必要になる。武力のみでは、この大陸を完全に支配できない。武力で反発する者の体に痛みを、諜報で悪意を秘めた心に恐れを、そうして完全に屈服させてこそ完璧な支配だ』
クライト公爵はそう力強く言い放ったと、議事録には記されている。
「『マクール』があるのは公爵のお陰でもある。部隊を仕切る者として、今生の別れには立ち会いたいだけだ」
「なるほどな……まあ、邪魔さえしなければ好きにしてくれて構わない。恩や借りがあるにせよ、それで犯した大罪を帳消しには出来ないからな」
「分かってる。邪魔はしねぇよ。獣人移民の大量虐殺は流石に擁護できねぇ、人間と獣人による大戦争に繋がりかねないし、そうなったら俺たち人間側の負けだ」
「帝国人から見ても獣人はヤバい存在か」
この世界の人間が恐れるものとして、まず獣人や魔獣が真っ先に候補にあがる。それ以外では事故、自然災害、魔法、精霊……そして悪魔と、人それぞれだ。
恐ろしいと知ってはいても、悪魔や精霊などそこにいるかも分からない不確かなものよりは、いつ遭遇するか分からない魔獣や、種族として人間よりも高い次元にいながらも今のところは共栄している獣人の方が一番恐ろしいとされている。
心変わりでもして襲われれば人間はなす術なく負けるからだ。
(獣化、だったか……あれは確かにヤバかったな)
人の姿のままで、祖である魔獣の力を発揮するという、獣人のみが使える力。
最近ラウが習得し、ユキナや、あともしかしたら他の『四公』も使うかもしれない、人間種が到れる武の最高到達点『心焔』それの獣人版で───獣人の誰もが使える力。
『心焔』は限られた者しか到れないのに対して、獣化は獣人全員が使える。これこそが獣人を恐れる最たる理由だ。
一人や二人、戦場で人間が無双しようとしても。
対する獣人全員が無双者となり、暴れ散らかす。
多少の力にバラつきはあってもそんなものは些事だ。街や国の人間なんて直ぐに狩り尽される。その気になれば、大陸を支配下におくことだって容易いだろう。
『帝国人も獣人には下手に触らない』
どんなに頭の悪い馬鹿でも、獣人がいかにヤバいか理解させられるこの言葉があるくらいには、恐れられているのだ。
(オウカの動きは騎士団にいた頃にずっと見てきた。行動パターンは予測できるし、攻める時の癖も知っている。だからアルティメットブレイドの防護壁と、回避でなんとかしのげた。もしあれが初対面の戦闘なら……)
あっさり瞬殺されて喉元を食い千切られる自身を想像し、喉に手を当てる。
「そういえば、今日は一人なのか? お前を崇拝してる優秀な部下はどうした」
崇拝って……いや、まあ実際それくらいの目で見られてるのか。俺があいつを副官にしてなかったら、今頃は物言わない肉人形として、生きてるか死んでるかも分からない状態だったに違いない。
「『心焔』に至ったらしいな。まだ二十歳にもなってない小娘が、今じゃ『赤枝騎士団』の中でも上位の実力者。上官として鼻が高いんじゃないか?」
「強くなってくれる分には文句はない……だが、その弊害かやや我欲が出始めた」
『心焔』を使えるようになった日からだ。
従順に俺の言うことを聞く優秀な道具だったラウは、俺の指示に対して直ぐそれに応えるのではなく、自身の意思を伝えようとしてきた。しかも、待機と命じたはずなのにレンを見た途端に戦闘を仕掛けようとした。
それは許されないことだ。あってはならないことだ。
俺がラウに求めているのは戦士ではない。求めているのは、一番最初にラウが俺に誓ったように、命じたこと全てに応える唯一の道具、だ。
それ以上のものは要らないし、それ以下となればなおさらだ。
「あー……なるほどな、成長した若手の騎士がよくなりがちになるパターンだ。強くなったのが嬉しくて、もっと力を発揮したいという欲求に駆られ、少しだけ話を聞かなくなる」
「だから今回は留守番だ。王国から連れてきた堕天使と、ユキナが付き添ってる。一人にさせてるとなにをしでかすか分からないしな」
「なら、俺が来て正解だった。一応あの小娘はお前の監視役だ。それが不在となれば後々問題になりかねない。代わりに俺が見張っててやるよ」
「これはまた嫌な奴が代役になってしまったな。お前の部下の、あの四人とかの方がまだマシだったぜ」
ガーシュは俺と似たタイプの人間だ。帝国人でありながら、奇策や罠、裏工作、暗殺など、勝つなら手段を問わないやり方を選べる人間。
(あまり手の内を知られたくないからこそ、不安を煽って国外に行かせていた。公爵との関係も知っていたから、こっちに来ることも分かってた。もう少し早ければ見られずに済んだんだが……)
しかし、幸いなことにレンたちが帝国にいることについてはまだ知らないようだ。
レンたち───特に、レンとルイズはお嬢に言われて帝国に来たんだろう。王国の為に、秘密裏に俺と連携しろとか、そんな感じに。オウカはフェイルメールの代わりの引率、あとは俺へ会いにか。
ラウが勝手にジルク殿下やセレネスに報告してもいない。するとしても、公爵を殺し終えた後になるか。聞かれたことには素直に全部話すだろう。それはちょっと困る。
なにか対策しておかないと、な。
「……そろそろ行くか、ガーシュはどうする。近くにいるか?」
「いや、遠くから全体を見てる。流れ弾が俺に飛んで来そうだしな」
よく分かってるじゃん。
「そうだ……分かってると思うが、公爵を守ってるのは確実に獣人だ。狩られないよう注意するこった」
「ご忠告どうも」
天幕を出て俺はのんびりと公爵邸に向かって歩く。
「ネルガ、残りの命はまだ余裕あるよな?」
足元の影に潜んでるネルガに声を掛ける。影が揺らめき、赤い眼光を光らせて、ネルガは頷いた。
「ええ、もちろん。でも、多いに越したことはないんじゃない? これが済んだら今度はあの皇太子にお仕事頼まれるんだろうし? 補充ができるならやったほうがいいと思う」
「そこで『派手に全部使っちまおうぜ』と言わないあたり、お前の性格が出てるよな。使い所をちゃんと考えてるというか、真面目というか」
「うるせー、そもそもテメェが節制気味どころか頻繁に戦いもしねえからストックが有り余ってんだよ!! 派手に使ったとしても、減った分よりもたくさんの命を補充するもんだから余計にね!!」
腕を振り回してジタバタと動く影。……まあ確かに、ネルガの言う通りか。
「今も俺たちが殺し回ってる分も補充されてるんだよな」
「そうよ。微増ではあるけれど、ね」
「だよなぁ……よし、俺の戦争も大詰めだし、ここでパーッと派手にブチまけるか」
「イェーイ!! 久々に雑魚の血肉が弾ける様を見られるぜ!! あの銃ってやつ、見た目も殺しもクールなのに硝煙と臓物の匂いが混ざってとっても素敵な惨状を作るんだもの、もうハマっちゃった」
不機嫌からご機嫌へころりと雰囲気が変わるネルガ。言ってることは常人には理解しがたいが、最近は退屈そうにしてたから、ここいらで景気よくやっておいてテンションを上げておくとしよう。
「ネルガ、目標以外は好きに喰っていい。ここで見ている奴らにお前の力を見せつけてこい」
「キャハハハハハ!! それ、最ッ高!!」
ネルガは興奮気味に笑い、影から飛び出てきた。ジルク殿下の前に現れた時と同じ服装で、わずかに浮遊しながら、俺の隣に並ぶ。
「なら早速、仕込みをしちゃいましょう。仕込みと言ってもクソ昔に信者共が済ませてんだけどな。第二の惨禍───『魔は夙に、心象を喰む』、起きろ」
悪魔は嗤い、永い時を経て再び人類へと牙を剥く。




