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良縁悪縁ひっさげ歩む我が人生  作者: あすか
第二章
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第百七十話「ああ、オウカが俺を見てる」「なんか、気持ち悪いです……」

二人の戦いは一方的だった。


獣性を解放し、理性という本能を縛る枷を解き放ったオウカさんは、火力に重点をおいた魔法で爆撃を繰り返して相手が怯んだところを素早い身のこなしで接近し、属性付与した短剣で仕留めにかかる。


「アアぁァあアアアアアアアアア!!!!」

「…………」


対するカイトさんはオウカさんとは対極的。身もすくむような殺気を向けられていながらも冷静で、回避は最低限に、蒼く輝く大剣から発生する半透明の障壁で魔法を防ぎ、死角から首を掻っ捌こうと迫るナイフに素早く反応して回避する。


二人の戦いは、一方的ではあった。


見ていて、僕は気付いた。隣でどうしようかとオロオロするルイズもあれっと首を傾げたので、恐らくは彼女も思っただろう。


 ───カイトさんからは、攻めに転じようとする気配どころか、攻めるという意思そのものが全く無いことに。


「───……は」


ひたすら守り、躱す。逃げることはせず、ただただオウカさんの猛攻から目を離さず。それでいいと、安堵するように微笑を浮かべていた。


「ね、ねえレン。これ、どうしたら……」


ルイズが袖を引っ張ってここからどう動けばいいのか聞いてくる。


「魔法の威力が高すぎる。これじゃあ、迂闊に近付けない。戦うにしても、逃げるにしても、オウカさんを正気に戻さないといけない。……もっとも、その前に向こうが邪魔をしてくるか」

「っ……」

「グルルル……」


僕の目線の先を見てルイズとロルフが身構える。


「腕は治ったみたいですね、『月鏡刃』レン・オトギリ」

「ラウ・カフカ……」


激しさを増すオウカさんとカイトさんの戦いに巻き込まれないよう、やや迂回しながらラウ・カフカが歩み寄ってくる。その後ろからは戦いの方が気になる様子のアーゼスさんがついて来る。


思えば……僕は彼女と二度戦って、そのどちらとも驚愕させられた。


初戦は勝ちはしたものの、僕が相手を侮っていたことを気付かされ、その油断を突かれた。二戦目の前回は追い詰められて、倒すのが目的ではないからと見逃されて痛み分け。あれは負けたも同然だ。


満足のいく勝利は一度も無かった。


「……………」


脅威としてか、それとも恐れか。無意識に僕の左手は腰に差した『月夜祓(つくよのはら)』を強く握る。


「前回、言いましたよね。───次こそはその刀を叩き折ると……」

「………っ」


来る───僕の直感がそう囁いた時、ラウへ制止の声をかけたのはカイトさんだった。


「道具が勝手に動くな、ラウ。前回なにを言ったのか知らないが、今は余計なことをするな。隣で騒がれたら気が散る」

「……!? で、ですがカイト様、ワタシはっ」

「俺の道具で在りたいなら、道具らしく使われるその時を待って大人しくしていろ。王国を離れてからやっと得られた逢瀬なんだ。邪魔をするな」

「あ───」


なにを勝手に動いている、と睨みつけて威圧したカイトさんは戦闘に意識を戻す。魔法、幻、奇襲、全ての策と攻撃を簡単に捌いていけるのは、相棒として共に戦ったことがあるからだろう。


「申し訳ありません……」


そしてラウは大人しくそれに従った。戦意はみるみる失い項垂れてしまう。……だけど、邪魔をするなと言われたことよりもなにか別のことにショックを受けたようだった。


「ガ、あアアァアア───ッッッ!!」


大気を震わせるような咆哮と共にオウカさんは燃え盛る短剣を障壁へ叩きつける。その衝撃で障壁に亀裂が入り、砕け散る。


「っと、これを破るか……」

「カイトォおオオおお!!」


驚くカイトさんは大きく飛び退き、オウカさんは追いながら鋭く伸びた爪をたてた左手を振り上げ、切り裂こうとする。


「ちゃんと防げよ?」


しかし、カイトさんはここで右足で石畳の地面を強く踏み鳴らす。


「ギッ……!?」

「ははっ、爆ぜるなら諸共おお!!」


地面から円盤のようなものが飛び上がり、二人の間で爆発する。


(あれは、地雷!? あの猛攻の中、仕掛けていたのか!? あの障壁は明らかに生半可な攻撃は通さないものだったのに、それを信用せず破れることも想定していたなんて)


爆風からルイズを守りつつ、カイトさんの抜け目の無さに驚愕して目を見開く。


「う、あ……っ」

「あちちち……まあ、シールドが削れたが想定内か」


オウカさんは防ぎはしたものの爆発を受けて地面を転がり、カイトさんは無傷で煙の中から出てくる。シールドで爆発から身を守ったようだ。


「オウカさん!!」


ルイズが駆け寄り、治癒魔法をかける。


「よう、少しは落ち着いたかオウカ」

「カイト……わた、し……」

「しかし見ない内に強くなったなあ。騎士団にいた頃は魔法や支援担当の後衛職だったのに、獣化すれば前衛として暴れられるとは。これが獣人の恐ろしいところってわけだ」


カイトさんは向かい合うよう近くに腰を下ろし、笑みを浮かべながら話しかける。ルイズは少し警戒しているようだったけど、治癒魔法は止めずにオウカさんを回復させている。


「実質、無償の自爆ですか。相変わらずズルい方だ、久しぶりですねカイトさん」

「ああ……久しぶりだ、アズマ。帝国騎士が来るまであとどれくらいだ」

「そうですね……あと一時間ほど、でしょうか」

「ん、ならさっさと行っちまえよ、どうせ次の雇用先も用意してんだろ」


二人の会話に僕はそこまで驚きはしなかった。


「アズマさん、やっぱり繋がってたんですね」

「ええ、そうです。そしてそれがどういう意味か、貴方ならお分かりでしょう?」


アズマさんはレジスタンスとして活動している。その人がカイトさんと繋がっているということは───きっとカイトさんも()()()()なのだ。


「まさか決行当日に貴方がたが来るとは思いませんでしたが」


レジスタンスにとって、独自に戦力をもつ有力貴族は邪魔で、可能なら排除したい存在。そしてそれを三人とはいえカイトさんが大義名分付きで始末してくれるのだ。レジスタンスはそれに連動するだけでいい。


更には僕たちが今日きたことに対するその言葉。


これは、聞いてる側によって意味が変わる。


僕たちに対しては言葉通りに。ラウやアーゼスさんに対しては、アズマさんが、貴族を殺す為にカイトさんが用意した協力者であると誤認させるように聞かせている。


……そうなるとこちらも言葉を選ぶ他ない。帝国側に、カイトさんが不利になるようなことにならないようにしないといけない。


「フフ、聡いお方だ。それでは皆さん、善き夜を」


恭しくお辞儀をすると、アズマの体は闇夜に溶け込むように輪郭がぼやけていき、消えてしまった。


「さてオウカ……少しお喋りでもするか、なにか質問あれば一つだけ受け付けるぜ。答えられる範囲内だけな」

「カイト様、彼らに情報を与えるのは……」

「話すのは帝国とは無関係だ。それからラウ、二度も言わせるなよ?」

「は、はい……」


睨みつけられてラウは恐怖で肩を震わせながら引き下がる。アーゼスさんが慰めているが、よほどカイトさんに怒られるのが恐ろしいようだ。


「なんで、私に復讐させてくれないの……」

「いきなりソレか。まあ、お前が一番知りたいのはと言ったら他にはないよな。───そうだな、一つ昔話をしよう」


昔とは言ってもだいたい半年前の話な、とカイトさんは前置きして語り始める。



「俺が、()()()()()を見つけたのは偶然だったのか、それとも必然だったのかは分からない。ただ、人生の分岐路になると思える程度には、その発見は俺に大きな影響を与えた」



アカシックレコード、別名『創焉の図書館』。


カイトさんは騎士団の偵察班として任務にあたっていた時、その場所へ行く為の仕掛けを見つけたという。その仕掛けを使い図書館に行けたものの、同時に仕掛けは壊れてしまい、戻れなくなったと。


「まあ、結界で閉じ込められた訳でもなかったから、自力で戻れたけどな。……んで、その図書館なら知りたいものは大抵調べられると分かり、真っ先に調べたのがオウカの過去についてだ」


海を渡りやってきた獣人の移民たち。彼らを襲った王国と帝国の貴族たち。誰にも知られず行われたそれすらも、図書館には詳細に記されていたらしい。そして、


「オウカ、お前が復讐を果たした時、どうなるかについても図書館には記されていた」

「……え?」

「お前は『特別』なんだとさ。お前は復讐者として最後の公爵を前にした時、感情が爆発し、その力に呑まれる。()()()()()()になってしまう。そう、図書館には記されていた」


それを知ったカイトさんはどうにかこの運命を変えようとした。


「俺は復讐を否定しない。結末が新たな出発点(スタート)であれ、やり遂げて死ぬ終点(ゴール)であれ、過去に囚われ歩みを止めた者がもう一度踏み出すには復讐するしかないからな。俺はソイツを終わらせないよう、手を引けばいいとその時は思った」


初めは寄り添い、復讐の手助けをすることでオウカさんの精神を安定させようと試みた。そうした場合どうなるか、カイトさんは図書館に問うた。


「その問いに図書館は、オウカの復讐譚の結末を書き換えるという形で回答を出した。その結末は……公爵の攻撃からオレを庇っての死だった」


その後も、オウカさんの死という結末を変えるべく、いくつかの展開を提示した。そのどれもが駄目だったと、カイトさんは拳を握りしめる。どうも最後の最後で復讐よりもカイトさんの存命を優先して、オウカさんが死ぬようだった。


「嫌だった、死なせたくなかった……。だが、どうしてもその物語の結末は『オウカの死』でなければいけないらしい。それは駄目だ、そんなのは認めないっ、俺は───オウカには生きていてほしい……!!」


そして、見つけたのが『今』の展開だと。


「ようやく見つけたオウカの生存ルートだ、失敗はできない。俺はお前を死なせない。だからこそ帝国に鞍替えし、悪魔とも契約した。もう、後戻りは出来ない」


カイトさんは立ち上がり、なにか察したラウとアーゼスさんが彼の後ろに並ぶ。ここから去るつもりか。


「待って……カイトっ、まだ聞きたいことが」

「質問は一つだけだ、オウカ。また次の機会があれば話してやるが、あるのかはちと怪しいところだな」


オウカさんはまだ獣化の反動で立てないでいる。ルイズとロルフが手伝っているけど、体に力が入らないようだ。


「レン、邪魔しないでくれて助かったぜ。お前が割って入っていたら全力を出すしかなかった」

「貴方の真意を知りたかったのは僕も同じ、でも部外者ですからね。口を挟むのは憚られました。それに懐刀をチラつかせて僕を牽制していたでしょう」


彼の命令で大人しくしているとはいえラウの力は脅威だ。無視なんて出来ないし、いざとなれば先手をうつかといつでも抜けるようにしていた。


「ククク、よほどラウを警戒してると見える。いつか、お前と再戦するだろうが、その時はお手柔らかに頼むぜ『抑止力』殿」


カイトさんはいつの間にか右手に、薄紫色の光を放つ球体を持ち、それをシャカシャカと振る。


「帝国騎士が来る前にお前らも早くこの街から出ろよな」


最後にそう言ったと同時に、眩い光と共にカイトさん達は姿を消した。今のは彼が召喚した道具だろう。あんなものまであるとは、やはり得体が知れない人だ。


「カイト……」

「オウカさん、今は……」

「うん、この街から離れよう。でもごめん、歩けそうにないかも」

「ロルフ、オウカさんを乗せてあげて。大丈夫だとは思うけど、帝国騎士に見つかるとまずいし走るわよ」


そうして僕たちも街から離れる。未だ燃え盛り、誰も生き残っていない街を最後に一瞥する。


同害報復によって失われた命。


カイトさんによるその行いの結果。


「………ああ、なんて───」


僕はどう思ったのか、無意識に何かを言いかけた。


「レン、置いてくわよ!!」

「今行く」


その言葉、その意味から目をそらすように。僕はルイズの後を追うのだった。

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