第百六十八話「悪魔の一手」「同害報復」
アズマから聞いた戦争の顛末。
戦争の発端となった『抑止力』の兵器。
なるほど、それなら戦争が起きたのもあっという間に連合全てが帝国に侵攻されたのも納得がいく。
兵器を開発して『抑止力』とするのはともかく、敗けのはそれを誤った位置で起動させた上層部の戦犯と言えなくもないが、戦力の大部分を失ったところを、帝国が一気に攻め立て、残らず支配下に置いた速さは驚嘆に値する。
そして───起動された兵器を、核ごと両断したという規格外な力の持ち主にはもう心当たりしかないし、恐らくはその核の欠片をカイトが所持しているのだろう、と話を聞いて予想した。
「ねえ、アズマ。帝国はどうやって『ウロボロス』の存在を知ったと思う?」
「秘密裏と言いながら噂程度には末端の私の耳にも届いていましたし、上での情報管理が些か杜撰だったのだと私は思います。そしてずっと前から、もしくはちょうどよく、帝国の『マクール』が潜入して知られてしまった……そんなところかと」
短期間で開発したやる気だけは評価しますがね、と付け足すが、その評価を帳消しにするほどのことをやらかした上層部を思う彼の顔は嘲りで満ちていた。
「真っ向勝負が好きで攻めっ気の強い帝国が、身分を偽装して潜入するなんてするはずがない、と思ってましたが……あの男が元帥なってからどうも戦力を上手く使うようになりましたね」
あの男、とは間違いなくセレネスだろう。
「彼は元々王国の、国王直属の騎士団長だったの」
「っ……そうなのですか? 道理で雰囲気が帝国人とは違っていたのですね」
「セレネスと面識が?」
「侯爵様が帝都のパーティーに出席する時に同行した際、遠目に見ただけですがね。帝都人にありがちな気迫や圧の強さよりも、王国騎士によく見られる気高さを感じましたから」
……あー、アズマは王国騎士をそう見てるんだ。参ったな、シム団長とか、気高さとは無縁なんだけど。
「なるほど……だから戦力の使い方が丁寧なのですね、帝国騎士にしては統率が取れているなと思ったら、そういうことですか。……っと、コホン、それよりも今はそちらの目的ですね」
アズマは咳払いをしてから姿勢を正す。
「『撃鉄公』と接触するため、ですか?」
「先に侯爵を殺してからだけどね」
「ああ……なるほど、あなたがあの生き残りでしたか───オウカ・ココノエさん」
ゾワッと毛が逆立つ感覚だった。
今まで『変化』を見破られることはなかった。『仙狐』である今なら、人間にはバレることはないと思っていたのに、なぜかアズマは私の本名を言い当てた。
「私は───」
「驚かせたようですみません。私は戦う力はありませんが、見抜くことなら少々自信がありまして」
見抜くこと……『魔眼』の類いか、もしくはそういう能力なのか。知られず部屋に入って来たことといい、どうも彼は油断ならない。
「しかし、侯爵様の殺害が目的なら、様子見などせず早めに動いた方がよろしいかと」
「なぜ……?」
「とある筋から情報を得まして」
アズマは窓のカーテンを開ける。
指さした方向には『メティス』の街があり、夜にも関わらず明るかった。……そして、その明かりがランプなどではなく、列をなす松明であること、その列がこの屋敷に近づいていることに気づく。
目を凝らしてよく見て、私は絶句した。
カーウェル領の領主である、アドソン侯爵は人が良く、特に『メティス』に住む住人たちを好いているという。だからこそ、この一手を打ったのだろう。
それは確かに有効だった。しかし、ここまでするのかと、私は怒りと悲しみで手を握りしめる。
「アドソン侯爵、愛する『メティス』の住人たちを目の前で殺されたくなければ、家族全員、俺の前まで来い。三十分経っても来ない場合、五分ごとに一人ずつ殺す」
老若男女問わず、大勢の、拘束された人質を連れて、屋敷の前でカイトは声を張り上げてそう言った。
「さあ、侯爵様をお守りする御三方。私は侯爵様にこのことをお伝えしてきますので、戦闘の準備をお願い致します」
「あなた、知ってたの?」
「まあ、大雑把には。その拘束も演技か誤魔化しなのでしょう。侯爵様をお連れするまで、しばし時間を稼いでもらえますか」
フッと笑って部屋を出ていくアズマ。彼、まさか、これを知っててわざと話を長くした?
「会って直ぐに殺るべきだった……。レンくん、ルイズちゃん、行こう」
舌打ちしながら窓から飛び降りる。
『変化』を解く。私は元の姿に戻り、レンくんの拘束具は『月夜祓』に、ルイズちゃんの拘束具はロルフへと姿形を変える。
たとえ元の性質を備えたまま形を変える、生物でも無機物に変えられるのが私の『変化』。
しかし、その逆のことをすると、形は変えられても元が無機物である為に、ただの人のカタチをした置物になる。使い所としては、囚われて身動きが取れない状況とかならカモフラージュとかかな。
「………………ったく、俺なりに早く来たつもりだったが、一足遅かったか」
屋敷の前の大きな広場。人質を前に横一列に並ばせて、カイトは私を見ながら僅かに目を見開いてそう言った。彼の後ろにはラウ・カフカと、アーゼスさんが立っている。
「『月鏡刃』、レン・オトギリ……」
「ラウ・カフカ……」
新たな得物だろう。最早大剣とも言えるような大きな鉈を担ぎ、ラウ・カフカがレンくんを睨みつけ、レンくんはいつでも抜刀できるよう、腰に差した『月夜祓』の柄へ右手を寄せる。ルイズちゃんとロルフも、直ぐ動けるよう臨戦態勢だ。
「侯爵は殺したのか?」
「ううん、まだ」
「そうか」
「ねぇカイト、その人たちは……」
「言った通り人質さ。ああ……どうかそこから動かないでくれよ? 俺はビビりだからな、うっかり引き金を引いてしまう」
人質たちの足元が揺らぎ、長めの銃身が伸びてくる。銃口はそれぞれ額に押し当てられ、
「ひ、っ……」
「たす、け、て……」
「…………っ、……」
悪魔としての力も相まって、彼ら彼女らは恐怖で体を震わせ、涙を流す。
「俺が殺すのは、侯爵とその家族だけ。他の無関係な奴らはなるべく殺さない方向でやりたいんだ」
「なら、どうして前回は砦の衛兵たちを殺したんですか」
「……ん? ようレン、ラウに一本取られたんだってな。怪我は治ったのか?」
レンくんが今にも斬りかかりそうな剣幕で問いかける。
「答えてくださいっ!!」
「なにもしてこなければ殺しはしない。逃げるならなにもしないって、一応は衛兵たちに伝えたんだぜ? それでも反抗してきた、なら相手するしかないだろ」
「だから今回は、人質をとってまで侯爵を表に出て来させようとした、と……? 悪魔になって、とうとう外道に成り下がりましたか!!」
「それは侯爵にも言えることだろう。自らの欲の為、多くの獣人たちを殺し、弄び、穢し尽くした。民から好かれ、良き領主と名高いヤツが裏ではそんなことをしていたんだ。獣人たちに与えた痛みと苦しみを、今度は向こうが味わう番だ!!」
珍しく感情的になるカイト。激しい怒りで満ちているその目を見て、改めて彼が本気で今回の件をやりきるつもりなのだと知る。
「カイト、それは……その怒りは、私の───」
「お待たせしました」
バンと屋敷の大扉が開かれ、中からアドソン侯爵とその妻、まだ若い二人の息子たち、そしてアズマが出てくる。
「『撃鉄公』……私が、アドソンだ。望み通り全員来たぞ。だから、頼む。皆を解放してくれないか」
アドソン侯爵は死を覚悟した顔でカイトへ言う。でも、やはり怖いのか手は強く握り締め、僅かに肩が震えている。
「早かったな。あと五分遅かったら、気が変わって誰か一人の頭が吹き飛ばしていたかもだ。ラウ、アーゼスさん、拘束を解いてやれ」
「はい」
「分かったわ」
人質たちは自由の身になると、一度侯爵を見てから何か言いかけ、そのまま逃げ出した。
「感謝の言葉もなかったな、侯爵殿?」
「いや、当然の結果だ。大罪を犯したのだ。いぜんのように接してくれるなど、そんなことはありはすまい」
「当然だ。今の時代、お前らがやったことは、誰がどう聞いても納得する大罪中の大罪。『獣王』もお怒りでな。たとえ異国から来たとしても、同じ獣人を虐殺した罪はあまりにも重い。怒りをおさめるのに、首謀者たちの命だけでは到底足りないとさ」
「………………」
『獣王』と聞いてアドソン侯爵は恐怖で顔が青ざめる。
「そこまで恐怖する相手が後ろにいるのに、なんでやってしまったのかねえ。……さて、そろそろ人質たちは街に着いた頃か」
徐ろにカイトは私たちに背を向けて街のある方を見る。
「俺は今回、お前たちをどう殺すかで一つ決めていることがある。それは……被害と同じ程度の報復を行うこと、だ」
「カイト……?」
なにか、嫌な予感がした。これから起こること、そしてそれを見てどうなるか。それが楽しみで仕方がないとばかりに笑みを浮かべながら、彼は肩越しにこちらを見る。
「グローブ侯爵は、歯向かった獣人の一家に対して特に酷く扱った。だから同じことをしてから殺した。そしてアドソン侯爵……お前がしたことは、覚えているだろう?」
「ま、まさか───……や、やめろ、やめてくれぇ!!」
なにか思い出したのかアドソン侯爵が慌てて止めようと駆け出す。だが、もう遅いとカイトは、それこそ悪魔のような笑みを浮かべる。
「獣人移民たちの仮の住処に魔法を打ち込み、火を放ち、歯向かう獣人を残らず虐殺したんだったな」
「やめろぉぉぉぉぉ!!!!」
叫ぶアドソン侯爵を無視して、ゆっくりカイトが手を上げる。
「大切な家族、善き仲間、愛する者たちを、お前は亡き者にした。それを見ていることしかできなかった者の胸中は想像を絶する。なら、たとえ多くの無関係な奴らを殺すことになっても……お前には同じ思いをしてもらわなければ、なあ?」
その瞬間、
「───俺は魔法は使えないからな。でもまあ、結末としては同じようなモンだろう」
街の至る所で爆発が起こり、響き渡る住民たちの悲鳴と、それを消し去る豪雨の如き無数の銃声が、夜から静けさを奪い取った。




