第百六十六話「ほら、どんどん魔力出すッス」「俺が望んだとはいえ容赦ないな!!」
「───んで、なんでこうなってるか分かるな?」
「は、はい……」
場所は帝都の時計塔。今、ラウンジのソファに座っている俺の前でラウを正座させている。
「連携しながら戦うようにと、カイト様から厳命されていたにも関わらずワタシが単身で突っ走ったから……です」
恐る恐るそう言いながら俯くラウ。明らかに、なにをしていたんだ自分は、と自責の念でいっぱいで涙目になっている。犬の耳でも付いてたらペショッと垂れてるんだろうなと思ってしまった。
「そうだよなぁ? なのに聞いてみれば、お前がレンを吹っ飛ばした後、アーゼスさんを放って追いかけたみたいじゃないか。命じたこと全てに応える───お前はそう言ってたと記憶していたが、俺の勘違いだったか?」
嘘をつかれたからこうして怒っているわけではない。
今回は堕天使アーゼスさんの初陣でもあり、今後は二人を組ませて運用する為の第一歩にしようと思っていた。だというのにこの結果である。
いや、ラウが『心焔』という、いわゆる覚醒ともゾーンとも言える状態になってレンを吹っ飛ばしたのは純粋にすごいとは思っている。それについては、よくそこまで強くなってくれたと褒めてやりたい。でも、それはそれ。これはこれ。
ラウは俺が命じたことの全てを応えなかったのだ。
「まあまあ、カイトくん。それくらいにしてあげなよ。ラウちゃんは初めて『心焔』を使ったこで、かなり肉体的に負担がかかってる。休ませないと」
初めからそこにいたかのように、俺の隣に座った状態で現れるユキナ。隅で控えていたヌルがビクンと体を震わせてユキナを見ているから、全く感知されずにここまで来たんだろう。
「そうなのか?」
「『心焔』は人間種が辿り着ける武の最高到達点。肉体から枷を取っ払い、限界を越えた力を得る。でもその力に肉体が耐えられない、特になりたてはね」
なるほど、やっぱゾーンみたいなものか。今までの全力を優に超える力に体が振り回されるせいで、そのなりたては特に肉体的な疲労がハンパない、と。
「最初はツラくても、何度か使って慣らしていけば加減も覚えてこの負担は軽減できるし、体に馴染んでいけばより強力になる。この子はまだまだ伸び代があるよ」
「そうか。……ラウ、すまなかったな。気づいてやれなくて。自分でも理由は分かってるようだし、これ以上のお小言は無しだ。帰って休め」
「………………」
「ん? ラウ、どうした?」
ラウが正座したまま俯いて動かない。
「ラウちゃーん?」
ユキナが立ち上がり、歩み寄り顔を覗き込む。
「け、けんせいさまぁ……体が、うごきませぇん……」
「あー……」
涙目でユキナに助けてと懇願するラウ。うん……そうだよな、『心焔』の負担で今は酷い筋肉痛みたいな状態なんだもんな。ごめんな、正座させて。
「ヌル、確か予備の寝室あったよな。ラウをそこで休ませてやってくれ」
「かしこまりました、旦那様。ラウ様、失礼いたします」
「あっ、ヌルちゃん。後ででいいから紅茶飲みたいな。ここで待ってるから」
「かしこまりました、ユキナ様」
ラウを抱き上げてヌルが退室する。
「やー、まさかレンくんを負傷させるとはねぇ。ここまでやれるって予想してた?」
ユキナは向かいのソファに腰掛け、問いかけてくる。俺はラウが強くなろうが弱くなろうが、レンに立ち向かえと命令する。だから予想したところで、って話なんだが……。
「お前や、親切な魔女から色々と学んでるのは知ってる。だから、必死に食らいついて直ぐ負けはしないだろう、としか思っていなかった。……正直、驚いてる」
まさか、"明鏡止水"を使ったレンに真正面からゴリ押しで勝つとは予想外だった。しかも『心焔』を使いこなせるようになればまだ強くなるというのだから、俺は本当に良い道具を得られた。
「レンの"明鏡止水"は感覚強化に近いんだったよな? 身体強化をしてるわけじゃない。だから、純粋な力で圧倒したのが勝因になったのか?」
「たぶん、それだけじゃないね。一番の勝因は、魔法だ」
ユキナは言う。
まず、『心焔』を使えるようになった今のラウは、単純な力比べだけなら、既に帝国の中でも上位に位置するくらいである。そして恐らくは私よりも、と冷や汗を流す。
んで、『異端』の怪物から特大包丁を奪い、レンに振り下ろすも外れてしまい、後ろを取られる。特大包丁は地面に深くめり込み直ぐには抜けない。レンは攻撃してくる。そこでラウが使ったのが、魔法───改造したという『グランド・クレイモア』。
「まずここで、ラウちゃんは武器の回収と回避を同時に行った。魔法というのは使い方しだいで望むこと以上の結果を生み出せる。おまけにレンくんの頭上を取ったのだから、これは一石ニ鳥どころか一石三鳥だね」
確かに、一回の行動で三つもアドを取れるのは、と言ったら魔法くらいのものか。やっぱやべぇな、魔法は。
「そして土属性付与による武器の形態変化で、元から大きな武器を更に巨大にした。振りながら武器の一部を炸裂、その衝撃で加速させることで、後の先を取ろうとしたレンくんの抜刀の速度を瞬間的に上回り、吹き飛ばした」
属性付与で武器強化と、初見殺しの加速。ここでも一つの行動で二つアドを取ったと。これが無かったら、たとえ上を取っても初速の遅い攻撃が当たる前にレンの抜刀で斬られていた。
「ラウちゃんがやったのはそこまで高度なものじゃない。魔力消費も少ないはずだよ。だから、魔法の有無が勝敗を分けた感じかな。それにレンくんは魔法を駆使する相手との戦闘経験が少ない。巨大化した武器とラウちゃんへの警戒で、戦闘中に魔法を発動する予兆……魔力を感じ取る余裕は無かったんじゃないかな」
でも、とユキナは言う。
「レンくんは賢い。なぜ追い詰められたのか、その要因について直ぐ理解して、最後は仕留めるまでには至らなかった。"明鏡止水"の新しい技に、技の併用までやったとなれば、次またラウちゃんが勝つとは言い切れない」
やっぱそうなるか、と思いながら煙草に火をつける。
倒さなくていい。そもそも勝てないだろう。でも戦え。───そうラウに命じてきて、その度にレンを脅かしてきた。当然警戒する。次はこうはいかないと奮起して強くなる。
そうでなくては困る。
レンには、まだまだ強くなってもらわないとな。
「だからこそ、あの堕天使の騎士さんと組ませたんだよね。今回は失敗したけど」
アーゼスさんは戻って直ぐにいつもの部屋に監禁してある。従属しているものの、なにやら思惑があるようだったからネルガを近くに置いて、余計な真似はしないようにしている。
「基本、善人だからな。ラウのサポートもちゃんとやってくれるだろ。堕天使の力もなかなかのもの。しっかり役立ってもらうさ」
「うわー、悪い顔してるー」
「失礼します。紅茶をお持ちしました」
ヌルが戻ってきてユキナに音をたてずにティーカップを置く。
「ありがとねー。そうだ、ラウちゃんは?」
「ベッドに寝かせた後、直ぐにお眠りになりました」
「だろうな。ヌル、明日の朝食はラウの分も用意しておいてくれ。疲労を和らげるものがいい」
「かしこまりました」
あとは甘い菓子とかもあればいいだろう。いくつかヌルに買い物を頼み、下がらせる。
「───そうそう、カイトくん……」
「ん?」
ズズーっと紅茶を飲みながら、ユキナは俺を見る。
「なにやら王国で動きがあったみたいだよ」
「そのようだな」
「あれ、カイトくんも知ってたんだ?」
「俺に流れてくる情報から推測しただけだ。戦力増強の最後のピース、王国はそれを手にした。これならギリギリ間に合いそうだな」
『勇者』へ、石打ちの刑を執行。
俺が苦労して構築した情報網。そこを通じて流れてくる情報の中で、一番目を引いた情報がそれだ。
王城の壁に拘束具で立った状態で固定し、聖剣を持たせた状態で、無理やり魔力を吸い取りながら民衆から石を投げつけられ、死にそうになったら執行官が治癒魔法で生かしているらしい。
気になるのは聖剣を持たせて魔力を吸い取りながら、というところだ。聖剣があれば、無限に『勇者』から魔力を吸い取れるだろう。
なら、吸い取った魔力の行き先は?
「殿下たちはこのことを知ってるのか?」
「まだだと思うよ。でも、近い内に知るだろうね。カイトくんが煽ったからガーシュたちが国の外を注視してるし」
「そういえばそうだった。となると、こっちもぼちぼち動く必要があるな。やれやれ……まだ俺の戦争は終わってないってによ」
立ち上がってポールハンガーにかけていたマントを手に取る。
「お出掛け?」
「ガーシュの目がない今しか自由に動けない。今夜のうちにやれることはやっておうと思ってよ」
「なら、私もついて行こうかなぁ」
紅茶を飲み干し、ユキナがそんなことを言い出す。
「私が適当に目眩まししてあげるよ」
「……なんのつもりだ」
「手伝いだよ。行くのは東の戦略兵站基地でしょ? 協力者がいた方が、カイトくん的にも良いんじゃない?」
「それは───」
正直、そのとおりではある。一人でやれなくもないが、助力してくれるのであれば成功率は格段に上がる。断る理由は無い。無い、が……。
「……薄々分かってたが、お前、ほんとに帝国の側の人間ってわけじゃないんだな」
「むふー」
なぜそこで自慢げに笑う。
「まあいい、出入りの時だけ穴を作れ。出る時はまたボイスチャットで伝える」
「うん、心得たよ。ちなみに、戦闘する予定とかは───」
「無い」
ユキナの頭を小突きながら時計塔を降りる。
空はすっかり暗くなり、月もなく、全てが闇に染まっている。悪魔と契約したことに加え、夜型な生活リズムを転生前から送ってきたから、どうも頭が冴えてしまうな。
「さて、軽い遠出といくか」
「前みたいに基地まではフロートボードを使うの?」
「そうだな。もっと早いやつも出せるが、隠密性があるのはそれしかない。また周囲の警戒を頼むぞ」
「もちろん」
ユキナへ右手を上げ───首を振って、手を下ろす。全く。今になってこの癖が出たか。ここにアイツはいないってのに。
「……………行くぞ」
ユキナが意味深な笑みをしてくるのを無視し、俺は『保管庫』からフロートボードを二つ召喚。二人で夜道を駆け抜け、帝都を発った。




