第百六十五話「なんか生やすらしいッス」「生やせるのか……」
王城の地下へと続く螺旋階段をゆっくり降りていく。
日が差し込む窓も、階段を照らす明かりもなく、頼りになるのは持ってきたランタンのみ。うっかりコケようものなら奈落の底へ真っ逆さま。一段一段慎重に降りていく。
落ちても魔法でどうにかなるって? お生憎様。ここは結界が張ってあり、魔力の制御や放出を封じるので、魔法の発動はできない仕様になっているのだ。
あえて落ちてショートカットしたいなら、落ちても問題ないくらい頑丈な体を手に入れてからやりましょう。
「まあ、一生無理そうッスけどね……」
下を覗き込むと恐怖で体がブルっと震える。うん、やらない。
「なーんで最下層に幽閉しちゃったッスかねー。いや、やったのアタシなんスけど」
やっとのことで到着。ここは大罪人を幽閉し、死ぬまで閉じ込めておく地下牢獄。いくつか階層があり、それなりの人数を収監できるが今いるのはたった一人だけ。
「───また来たのか。第二王女サマはずいぶんと暇なんだな……」
牢屋の中で鎖に繋がれ、手足を枷で拘束された男が、アタシの気配を感じて話しかけてくる。
「暇なんかじゃないッスよー、これでも大忙しッス」
「フン……近衛も連れずになんの用だ。まさか、俺を使って王国の危機で溜まりに溜まったストレスを発散でもするつもりか?」
「人をいたぶる趣味はないッスね。あの痴じょ、コホン……『聖女』アリシアが目を覚ましたッス」
「───……そうか」
僅かに安堵したのを感じる。
「それだけッスか? 肺を撃ち抜かれてて、あと少しで死ぬところだったんスよ?」
「アリシアがそう簡単に死ぬような女じゃないことはよく知ってる。その程度の傷、彼女なら直ぐに治癒できる。大方、質問攻めされるのが面倒だからと惰眠をむさぼっていただけだろう」
備え付けのベッドの上で、壁に背を預けながらそう言う彼。……やはり緊張というか、張り詰めていたものが解けたような、そんな雰囲気を感じさせる。多少なりとも気がかりだったな、さては。
「色々と、知りたいことがあったんで、自白剤も使いながらアリシアと、ついでにクソ姉からも聞き出したッス。特に───アレイスター家を潰した件について」
「ああ……それについてか、俺がぜんぶ洗いざらい吐いたくせに、しっかり裏取りもするとは。抜かりないんだな」
「クソ姉は自白剤飲んだのに抗って話そうとせず、危うく舌を噛み切ろうとしたんで断念。代わりにアンタとの濃厚で熱く激しい時間三日分、休憩無し、ご飯有り。これを条件にしたらアリシアがあっさり喋ったッス」
「………、………精のつくものある?」
「栄養ドリンクつけておくッス」
あっ、避けられないと理解してる。アリシアの底なしの性欲を知ってるから、せめて食べ物で対策しときたいんだな。
「───共感はできる話だったッスよ。たった二人にだけ話した、かつてのアンタの境遇……」
魔力を喰らって強くなる『魔剣グナロッグ』に選ばれた者。
魔剣は強力な力を所有者に与える代わりに、大きな代償を要求する。その性質が故に、味方も、協力者も、自身を産み育ててくれた実の両親からも恐れられた。
人生は狂い、魔剣の代償を払おうにも魔獣の魔力だけでは足らず、あらゆる手段を使いながら、闇討ち同然に人間をもその手にかけて。奪った命から魔力を得てどうにか生きてきた孤独な人間───それがカムイ・カリオスという人間だった。
「聖剣に選ばれてこの世界に来た時、やっとツキが回ってきたと思った。聖剣からの無限に続く魔力供給という恩恵で、忌まわしい魔剣の代償は無償になった。……やっと、魔剣の代償から解放されたんだ」
カムイは喜色をたたえて言う。
「もう代償に苦しめられることはない。もうおぞましいことをしなくてもいい。そう言って、カトリーナとアリシアは俺を優しく受け入れてくれた。それがどれだけ嬉しかったか……」
「記録にあるッスよ。アンタが聖剣に選ばれて勇者として召喚された時、何かを悟ったような反応と共に号泣したって」
「それ消せる?」
「嫌ッス」
召喚された後、その場に同席していたクソ姉と聖痴女はカムイの境遇に同情して温かく迎え入れ、勇者としての役目を全うする。魔獣の大群を聖剣と魔剣の力で薙ぎ払い、世界を救った。多くの人々から称賛と尊敬を一身に受けて凱旋。人生は薔薇色。三人は幸福に満ちた自由な生活を送る、はずだった。
「アンタは魔剣のせいで心が歪んでしまったんスね」
古今東西、魔剣のような『魔』を冠するものが関わる逸話は山ほどある。初めは強大な力で栄華を極めるも、力に酔いしれて乱用し、最後は決まって代償による破滅や絶望で終わる。クソ姉がいい例だ。
『支配』の魔眼で思うがままに生き、気に入らない者を駒として使い潰して、結果その代償を支払うハメになる。
今、彼女は王城の片隅にある塔の最上階に幽閉している。彼女の人生はこの国の為に有効活用させてもらうつもりだ。
そしてカムイは───今まで不幸で、息苦しく、穢れた生活を送ってきた分、自分は幸せになるべきだ。だからこの先なにをしても許される。……そう、考えてしまった。
「あの世界で俺の周りには自分を苦しめてきた人間しかおらず、人としての在り方はそれしか知らなかった。だから俺がそう考えるようになったのはある意味、必然なのかもしれない。だが……」
カムイは言う───たとえ魔剣のせいで心が歪んでいたとしても、それだけを理由や言い訳にしたくはないと。
「……なにが『勇者』だ、これでは俺を選んでくれた聖剣にも申し訳がたたない」
カムイは項垂れ、膝を叩く。
「生まれ育った世界は違っても、同じ異世界人じゃないか。……あの時、カトリーナとアリシアが俺にしてくれたように、彼らを受け入れて、あの嬉しさを与えられるような心を持っていたなら───」
「たらればの話をしたところで現実は変わらないッス」
「それは、分かっている……」
「でも、どうしてこんな目にって不貞腐れるよりはマシだと思うッスよ。アタシは」
カムイは、そうか、とだけ言って少し考えてからアレイスター家の件について改めて話す。
「前に言ったが、俺がアレイスター家を潰したのは、俺よりもまともな勇者や、異世界人を召喚されるのを恐れたからだ。勇者を選定する聖剣が、いつ他の人間を選ぶか分からない。もし新たな勇者が見つかって聖剣を失えば、また魔剣しか持たない……かつての俺に戻ってしまうと」
「だから、徹底的に転生者を排斥して、異世界人を召喚できるアレイスター家の『召喚師』を排除したと」
「そうだ……『勇者召喚』ができるのはアレイスター家の当主のみと聞いて、ならソイツを処刑し、せめて勇者になり得る異世界人が来ないようにしようと国王と結託した」
あまりにも自分勝手で自分本位。そのせいで一人の少女が不幸になり、この国は優秀な『召喚師』の安定供給を失った。王国の未来を考える者として断じて許せるものではない。しかし、
「しっかり罰を受けてもらうッスよ」
「分かっている。俺自身、去勢されただけでは足りないと思っているからな」
カムイは、変わろうとしている。
もしここで思い通りにいかなかったからと喚き散らかすようものなら、クソ姉と同じように、人権や意思など無視して搾取し続け、国の為に使い潰すつもりだった。少しは意思を尊重してもいいかもしれない。
「アンタにやってもらいたいことがあるッス。引き受けるのであれば、ここよりはマシな場所に移してやらないこともないッスよ」
なに? とカムイは視線をこちらに向ける。
「今、帝国との戦争に備えて戦力増強してるんスけど、その為に必要な魔力が足りてない。それこそ魔力炉にも匹敵するほどの魔力がほしいッス」
「なるほど……聖剣を持った状態で、俺に炉心になれと」
「そういうことッス。半ば無理やりに魔力を抜き取るんで、かなりキツい激務になること間違いなしッスね」
「引き受ける」
ありゃ、あっさり引き受けた。
「減刑が目的ッスか?」
「いや、最早それはどうでもいい。……ただ、なにか俺の中で答えが出そうなんだ。それがなにか分からない。けど、ずっとここで考え続けるよりも、誰かの視線にさらされ、意思や感情をぶつけられれば、きっと───」
彼は立ち上がって鉄の格子に手を置いて話を続ける。
「だから頼む……。俺を、民衆の前に晒せ……!!」
「っ、それは───」
「石打ちって刑があったな。あれを俺に執行しろ。そして石を投げる者がいなくなるまで続けろ。もちろん、お前たちには協力する。どう両立させるかは……悪いがそちらで考えてくれ」
罪を犯した者の中には、更生するよりも、己が犯した過ちに耐えられず、あえて辛い刑罰を受けて死にたがる者がいた。
彼らの目は罪悪感や恐怖、現実から逃げ出したいという思いで濁り、そう簡単に楽にはさせないと加減して、生き地獄を味あわせてきた。
しかし、目の前で懇願するカムイの目は、そんな彼らとは、明らかに違った。
罪悪感や恐怖から解放されたいという思いは無い。全てを受け入れて、耐え続ける覚悟。その果てにあるかもしれない『答え』に何かを見いだした彼の目は、夜空に薄らと輝く星のような、僅かながらも光を宿していた。
「……………本気、なんスね」
「ああ……」
頷くカムイ。
「分かったッス。そんなに苦しんで、痛めつけられたいなら、そうしてやるッスよ」
カムイに背を向け、地上に戻るべく螺旋階段を上がる。準備とか、相談とかで、まあざっと二日あればイケるだろう。
「途中で泣き言いっても聞いてやらないッスからね」
「吐いた唾は飲まない。……あとアリシアには、しばらくお預けだと言っておいてくれるか」
「良いッスけど、そうなると三日三晩抱くだけじゃ足りなくなるかもッスね。ファイトッス」
「そういえば、俺はもう去勢された後なんだが。アリシアはそれでもいいのか?」
「知らせてあるッスよ」
カムイをここに閉じ込める前に去勢手術は執行された。そのことを彼女は予想していたらしく、少し残念そうにしながら、しかし直ぐに満面の笑みでこう言った。
『───無いなら無いで構いません。こちらが生やせばいいだけですわ。ふふふ、わたくしの熱い愛、たくさん注いで差し上げますわ、カムイ様』
「とのことッス」
「キャンセル可能か」
「嫌ッス」




