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良縁悪縁ひっさげ歩む我が人生  作者: あすか
第二章
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第百六十三話「私の出番これだけか?」「まあほら、俺倒されたし」

「ちっ……」


俺は大広間の中で思わず舌打ちをする。


「どうした『撃鉄公』……顔に焦りの色が見えるぞ」

「そっちこそ、強がってる割にはえらく慎重じゃないか」


対するはツルツル頭な黒衣の神父。大広間の真ん中で足元に魔法陣を展開し、その中心に立ち、魔道書を片手にこちらを見ている。


「やれやれ、面倒な相手が出たもんだぜ……」





全国放送直後に俺はグローブ侯爵の居城を襲撃した。


デコイの俺に帝都から放送させ、予め潜入して衛兵に扮していた本体の俺が、隙を見て『魔は独り、騒乱に酔う(ディクテイター)』による黒霧で城塞を覆った。外で警備していた衛兵は黒霧から出した銃火器で一掃しつつ完全封鎖。そして俺は中に入り、グローブ侯爵を殺すべく、攻撃してくる衛兵たちを一人一人銃殺する。


正規軍には及ばないものの、その実力は折り紙付き。流石は侯爵が直々に選んだ者たちだ、と感心していたが、屋内というやれることが限られる場所に加え、数日前から潜入して見て回っていたので戦略上の要所はおさえている。ついでに至るところにリモート爆弾を仕掛けていたので、戦闘ではこちらに分があった。


グローブ侯爵とその家族は最上階に避難している。


衛兵を殲滅し、残るは彼らのみ。ようやくこの手で殺せると愉しみにしながら、最上階の大広間に着いた俺を待っていたのが、


「Aランク冒険者、『放浪神父』───ジスカール・シュルツトハイム、根無し草が金で雇われたか……」

「神の信徒であっても先立つものは必要でね。それに相手が悪魔の徒であるなら、私が祓うべきだろう? ───『縛り給え(バインド)』」


足元の魔方陣から光り輝き、鎖が何本も飛び出して俺を雁字搦めにする。俺は天井の照明で出来た鎖の影からヘビースナイパーライフルの銃身を呼び出し、鎖を撃って破壊。インベントリから同じものを出してジスカールへ撃つも、


「『護り給え(プロテクション)』」


ジスカールの周囲をドーム状の光が覆い、ヘビスナの弾丸は破ることなく反らされる。……対物ライフルの弾でも無理とか、どうすんだアレ。


「『裁き給え(ジャッジ)』」


頭上に魔方陣が展開され光属性の純魔力照射を躱す。その回避先には既に第二射が行われ、間一髪で飛んで逃れる。


「よく躱すものだ」

「そっちこそ。いやらしい攻めしやがるじゃねえか」


さっきからこの流れが何度も続いている。


足元の魔法陣から来る鎖で拘束する『縛り給え(バインド)』。


自身を光のドームで覆い防御する『護り給え(プロテクション)』。


頭上から魔法陣を展開して光属性の純魔力を照射する『裁き給え(ジャッジ)』。


鎖は破壊できてもドームを突破できず、頭上からの照射と、回避先への置きビームで攻撃を中断させられる。


そしてなによりも───この大広間に満ちた光属性の魔力のせいで黒霧が消されてしまっているのが問題だ。おかげで攻め手に欠けている。


「闇属性にはより強い光属性……対策など、これだけで済む。加えてこの城塞はとても立地がいい。お前に今の私を倒すことは不可能だ」


自信満々に言い切ってくれる。


だが、確かに今のままではヤツを倒すのは不可能か。まだ鎖が破壊できるだけマシだが、これでは永遠に時間稼ぎされる。


大広間に満ちた光属性の魔力。減っているようには見えないジスカール自身の魔力。……なにか裏があるな。ヒントになるといえば、立地がいいという言葉くらいか。


(魔力、立地───ああ、そうか……)


ああ、あるわ。


この二つを結びつけるものが、一つだけある。


「敵を前にして考え事かね?『裁き給え(ジャッジ)』」


頭上のから魔力照射。これ自体に殺傷能力はない。ただ当たれば精神に直接ダメージを与え、意識を断つ。俺の場合はネルガの力が浄化されかねない。


「……っ!!」

「本当によく躱すものだな、『縛り給え(バインド)』」


これまでとは比にならないほどの量の鎖が迫る。おまけに鎖の先端には銛だ。サソリの尻尾みたいに湾曲していて、ちょっと恐怖心を煽る。


「『裁き給え(ジャッジ)』」


『脚力強化』をいかして鎖の隙間を縫うように躱したところで、頭上から光属性の魔力照射。狙いは正確。タイミングも良い。これは、完全に誘導された。


「ぐッ、おおおおおォォ───!!」


なす術なく光を浴びる。


意味もないのに腕で頭を庇ってしまう。まるで全身を押しつぶされるような感覚に襲われ、俺のHPゲージがみるみる減っていく。


「そのまま斃れるといい、悪魔の徒よ。悪魔という忌み嫌われる存在は、地上に生きる全ての安寧の為にもこの世から消えなくてはならない」


頭上に魔法陣が無数に展開。ジスカールは『裁き給え(ジャッジ)』の追い撃ちで仕留めようと、腕を振り上げる。


「故にこそ、私は我が神の代理人として、悪魔とお前に神罰を下す。神の威光に焼かれ、塵も残さず消えるのだ───『終わり給え(エイメン)』」


いや、ただの追い撃ちではない。


それは『裁き給え(ジャッジ)』の魔法陣を幾重にも重ねて威力と効果を高めた魔法。悪霊への必殺を、神に誓った時にのみ放つジスカールの奥の手だった。これを受ければ確実にやられる。


出し惜しみすることなく動きが止まったところへ即座に使うと判断したのは流石としか言いようがない。鎖や置きビームで動きを見て、タイミングを合わせて直撃させてからの大技で確実に仕留める。


神父と言いつつ、その思考は狩人のそれだ。


やはり、ろくに魔法が使えず銃火器のみというのは中々につらいな。あとは自分の手で殺すことにこだわり、この大広間だけなにも仕掛けなかったのは失敗だった。


「これは、参ったねぇ───」


最後にそう呟くことしか、俺には残されていなかった。




■■■




照射を終えると、もうそこには何も残っていなかった。


「口程にもない……」


ジスカールは呟く。


グローブ侯爵に雇われたのは数日前。悪魔と契約した王国を裏切った騎士が、かの『剣皇公』の同士となったことは聞いていた。そして侯爵は悪魔が何をするか分からないからと不安になり、たまたま近くの宿にいたジスカールを雇った。


悪霊の相手はしたことがあっても悪魔と戦ったことはなく、そもそも存在しているのかという認識だったジスカールだったが、大金欲しさに了承。この大広間を対悪霊用に強化を施した。


悪魔も悪霊も弱点は同じ。


どんなに恐ろしくても高密度の光属性の純魔力で満ちたこの空間の中なら勝てると思った。


「ここまで大仕掛けにする必要は無かったな。あの程度、そこらの悪霊と変わらないではないか。……さて、侯爵に報告しなければな」


こちらの心を不安にさせるような圧に、未知の鉄の武器、城塞を覆った黒霧、優れた機動力、警戒する要素はあったものの、対処に困るようなものでもなかった。


もう少し苦戦するものだと思っていたジスカールは肩透かしを食らった気分で大広間の扉を開ける。


グローブ侯爵とその親族は、足止めしている隙に隠し通路から居城を離れている。迎えに行くのは手間だが、他の衛兵たちが全滅していて、動けるのは自分しかいない。


この際、新しく衛兵を集めるまで、侯爵の護衛として働くのも悪くないかと思いながら大広間を出て、



「は……?」



ジスカールは自分の目を疑った。


彼の記憶では確かここは廊下のはずで、綺羅びやかで、窓もあった。なのに今は夜のように薄暗く───床一面に見るも無残なモノが散乱していた。


それは肉片であり、どこかの臓物であり、誰かの流血。


おおよそ一人の人間だけではないと断言できる量の残骸。その中にキラリと光が反射する。ジスカールは一歩踏み出し、目を凝らして見ると、それは自分を雇った侯爵の指輪をはめた太い指のように見えて……。


「そんな、これ、は……っ?」


一歩踏み出したのが、彼の運の尽きだった。バタンと勢いよく扉が勝手に閉まる。



「俺からの贈り物、気に入ってくれたかなジスカール」



廊下の奥から誰かが話しかけてくる。その声を忘れてはいない。しかし、信じられなかった。ついさっきまで戦って確かに消滅させた者の声が、どうして今、聞こえてくるのか、と。


(この悪寒……明らかに、先ほど比べ物にならないっ)


暗闇の向こうで赤く輝く眼光を見た瞬間、ジスカールは体が硬直したと錯覚する。呼吸は荒くなり、体は震え、直ぐに逃げ出したいのに、動けば死ぬという恐怖心で足がすくむ。


「大地の血管とも言える、地中深くにある膨大な魔力が絶えず流れる『地脈』。この居城はその真上にあり、建造に伴い『地脈』に歪みが生じ、魔力の吹き溜まりができていた。大広間に満ちた魔力とお前の魔力が減らなかったのは、吹き溜まりにある魔力を使っていたから。お前が立っていた魔法陣を門として、魔力を持ってきていたわけだ」


声はゆっくり近づいてくる。


「人間には無尽蔵に等しい魔力供給……負けるはずだ、敵わないはずだ。やはり魔法は反則だな」

「これをやったのは、貴様か……っ」

「ああ。隠し通路から逃げようとしていたグローブ侯爵御一行を待ち構えて始末し、お前に見せようとわざわざ運んできてから散らかした」

「あ、ありえん!! お前は確かに私が消し去ったはずだ!!」

「簡単な話だ。お前が相手をしていたのは俺の分身体ってだけの、な」

「な、ぁ……」


分身体と聞いてジスカールは絶望する。


「あァ……その顔だ、ジスカール」


僅かに顔が見えてくる。大広間まで戦っていた男と同じ顔で、同じ姿で。より恐ろしいナニカをその身に宿している。


「悪魔と契約してからどうも誰かの絶望する顔を見ると心が躍る。子供のように無邪気に、笑いながら、小虫を踏み潰す感覚に近い」

「く、来るなぁ……っ」

「ありがとう、『放浪神父』。お前が悪魔対策をしていたおかげで、今後相手がどう俺を対策してくるかある程度は予想できる」


ジスカールは逃げようとするが、足が動かない。恐怖心で足がすくんでいるのではない。明らかに何かに掴まれている。まさかこの暗闇そのものが、ジスカールの体を押さえつけているとは考えもしないだろう。


「か、かか神よ、どうか私めに救いをおおぉっ!!」


動けないと分かるやジスカールは跪いて神に乞う。


「それは無理なんじゃねぇか? お前の『終わり給え(エイメン)』は必殺を神に誓って放つもの。誓ってしまった以上、必ずそれをなさなければならない」

「──────あ……」

「必殺を誓ったのに、俺は生きている。つまり誓いに背いたんだ。どれだけお前が敬虔な信徒だとしても、神はもうお前に一瞥だってしないだろうぜ」


ゴリッと銃口がジスカールの脳天に押し当てられる。


「改めて、貴重な対悪霊戦闘を経験させてくれて感謝する。せいぜいあの世で俺を恨み、憎みながら、神に許しを乞うんだな」


銃声が響き、また一つ骸が出来上がった。




(……さて、先ずは一つ。残りはこう簡単にはいかないだろうな。コイツは盤の上から動かないタイプだったから、わざと、というか負け確だったが……負けたふりして戦闘が終わったと思わせ、大広間という盤から出すしかなかったし、厄介な相手はまだまだいそうだ)


魔は独り、騒乱に酔う(ディクテイター)』を解除しながら、銃殺した骸が転がる血濡れの廊下を、ゆっくり彼は歩く。


「なるべく向こうの準備が終わる前に終わらせたいが、急いでいては足元をすくわれるか。まあ、いつも通り……軽く妨害を入れながら策をねるとするかね」


最後にそう言って、彼は外に出る。後の事後処理は皇太子がやってくれる。あとはここを去るだけだ。



「あっ……そういや、ラウたちはどうなった?」


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