第百六十一話「致命的な一撃」「立ちはだかる黒翼」
ワタシは戦闘の最中だと言うのに、空を見上げていた。今日は曇り。積雪はあれど雪は降っておらず、やや肌寒い。帝国の冬は気まぐれだと、昔両親から教えられていたっけ。
「──────」
それは不思議な感覚だった。
間近で二番手が魔法で攻撃して『月鏡刃』が応戦しているというのに、その衝撃はそよ風のようで、その轟音は風で擦れる草の音のようで、直ぐそこで起きているのにどこか遠い、そんな感覚。
体力、気力、共に良し。かつてないほどのベストコンディション。
人の二倍はあろうかという、両手に持った特大包丁は、まるで長年使った自分の得物であるかのようによく手に馴染む。
───そうか、これが……ワタシの『最高』……。
視界の端で僅かにちらつく焔。……おそらく、剣聖様が言っていた『心焔』というものなんだ。人間種が至れる武の最高到達点。
今、ワタシは確かにそこにいる。
「───フフ、アハハハハハハッ!!」
さあ征こう。
さあ戦おう。
そして、この力を存分に振るおう。今ならあの剣士にだって、遅れを取ることはない!!
「くっ……オウカさん、ここは任せます!!」
「うん。レンくん、気をつけて」
無視できないと見たのかレンがこちらへ来る。
「ラウ・カフカ……まさか、その領域に踏み込んだなんて……」
「以前のようにはいかないと思ってくださいね。『月鏡刃』……レン・オトギリ!!」
特大包丁を振り上げて、飛びかかる。
対して彼は、名前を知られていることに驚きながらも、迎え討とうと体から蒼い光を放った。
■■■
相手を見て、出し惜しみは出来ないと悟った。
「っ───"明鏡止水"!!」
本来は詩を詠み、心を研ぎ澄ませてから使うこの奥義。しかし悠長にしてはいられない相手と状況。王都でセレネスと戦った時のように、全ての工程を最速で行う。
(足りないか……っ)
感覚強化の"明鏡止水"のみでは、彼女の攻撃を受けるも、流すも、あと一つ足りないとすぐに分かった。迫る特大包丁……それを振り下ろす攻撃に対して、奥義のみでは対処は不可能だ、と。
(どちらも無理なら、反撃あるのみ……)
「"明鏡止水"・伍式───『五月雨式』」
『流れを断続化』の盾を当てて振り下ろされる特大包丁を一瞬だけ停める。続けて、
「"明鏡止水"・参式───『歳月不待』」
停まった特大包丁を足場にしてラウの頭上に飛びながら、
「───我、竜の如く跳び天を往き、虎の如く臥して地を行く者。刃に縛りなく、定まりし型も無し。具現。同化。追従。我が身はここに、彼のモノたちをここに、共に駆け、共に翔び、牙を剥こう───"竜跳虎臥"!!」
同時にこの上級強化異法の口上を唱えるまでの『流れを切除』する。
「竜に、虎ッ!?」
ラウが振り向く。
以前よりも反応が早い。
しかし、停止が終わり空振りとなった特大包丁が広範囲に亀裂をつくりながら深く地面にめり込んでいる。直ぐに引き抜けるとは思えない深さ。
当てるなら、このタイミングだ。
「我が腕、風土を伴い破壊を為せ───"刻肆虎"!!」
『月夜祓』と鞘による突き、そして風土の虎による前足での暴風を炸裂させる掌底。これらで繰り出す、上下左右、瞬間四点同時攻撃。これで仕留め───
「『グランド・クレイモア』」
突如、特大包丁がめり込んでいた地面が爆発した。
───後々に知ったことだけど、この魔法は本来は巨大な岩の大剣を作り出す、クレイモアという剣の名を持つ魔法。しかしラウが使ったものは同じ名前でもその現象は違った。
彼女が参考にしたのは剣ではなく地雷。
『グランド・クレイモア』……指定した場所の地面を文字通り爆発させ、それによる衝撃と、瓦礫や土砂による二次被害で敵に損害を与えるように作り変えられた、改造魔法だった。
「な、にっ!?」
特大包丁の周りの地面で爆発が起き、その衝撃でラウは特大包丁ごと上へ飛んだ。
(今のは魔法!? 地面を吹き飛ばして特大包丁を掘り起こしながら、衝撃を利用して僕の上を取った!?)
「土属性付与!!」
爆発で周りに飛び散った瓦礫や土砂が特大包丁を覆い巨大化。最早、斧と言ったほうがいい形になり、横に薙ごうと体の後ろへ持っていく。これは、まずい。
「我が一刀、水雷纏いて弧を画け───"抜弧竜"!!」
攻撃の出始めを狙っての、水雷の竜と繰り出す抜刀。これであの斧を弾き飛ばして、
「"発破"」
「ぁ──────」
その一言の後、異様な加速と共に、これまで経験したことのない威力にあっけなく押し潰された。
■■■
「レン───!!」
ルイズちゃんが悲鳴にも近い声で叫ぶ。
「まさ、か……」
ラウ・カフカの一撃でレンくんが遥か彼方へと飛ばされた。追い打ちをかけようとラウは後を追って行き、僅かに遅れてルイズちゃんがロルフに乗ってジュリアンと共に追い掛ける。
「ルイズちゃ───」
「行かせないわ、オウカ」
牽制するように前方に黒い槍が上空から降ってくる。
「っ、アーゼス副団長……」
「もう副団長じゃないわ、ただの一兵卒よ」
滞空しながら彼女は『ガルガンチュア』を振り下ろす。
「『春ノ羽衣』!!」
高密度の魔力で編んだ花弁で構成したヴェールで防ぐ。
上級魔法の習得はあらかた完了させている。しかし、上級防御魔法一つでは、あの『ガルガンチュア』は恐らく止められないと思ったのが幸いした。
『春ノ羽衣』を構成する花弁の一つ一つが上級防御魔法クラスの硬さを誇る。ユキナの斬撃を防げたことからも自信を持って良いはず。しかし、あの闇属性に変質した『ガルガンチュア』は、この守りごと、私を押し潰そうとゴリ押してくる。
(防いでもお構い無し、ってことだね……っ)
二撃目が来る。両腕を受け止められる気がしないので、守りを解いて大きく後退する。巨大な籠手は安々と地面を抉り飛ばす。
「『盛夏ノ幻』!!」
「『フォールンレイン』」
陽炎を発生させ、その揺らぎに紛れながら『野狐』たちを召喚して大量の分身とし、魔法による斉射を行う。それに対抗するように黒い槍が雨のように降り注ぎ、魔法と相殺させる。
「なるほど……『仙狐』になって、強くなったのね。でも」
「っ!?」
『ガルガンチュア』が動き出す。
「これをどうにかしないと、私を突破するのは不可能よ」
そう。今の私には、あれを完璧に防ぐこともままならず、破壊するほどの高い火力を持つ魔法もない。上級魔法を習得したとはいえ、それを使いこなすほどの習熟度ではないのだ。
だからこそ『春ノ羽衣』のような、既存にはない、種族固有でもつ妖術を織り交ぜたオリジナルの魔法でどうにか凌いできた。
「オウカ、オリジナルもいいけど、既存のものをちゃんと使いこなさないと習得した意味がないわ」
「………………」
「その顔から見て、言われなくても分かってはいるみたいね。じゃあ、ここで貴女に試練を与えるわ」
「試練っ?」
アーゼス副団長は頭上に手を上げると、『ガルガンチュア』は向きを変えて『メノウ』の……特に家屋が密集している場所へと向けられた。
「『ガルガンチュア』は貴女を狙わない。代わりに、一度でも私にオリジナルを使ったら、これは都市にいる人々を押し潰すわ。もちろん全力でね」
「アーゼス副団長、本気ですか!!」
「その呼び方はもうやめて。今の私は、悪魔に負けた天使擬き。ただのアーゼスよ」
上空に大量の黒い弓矢が現れ、隊列を組むように並ぶ。
「私は堕天使として、貴女に立ちはだかる。ここで駄目ならこの先、戦い抜くことはできないと思いなさい」
表情や声音から感情は読み取れない。
でも、彼女の言う言葉からはほんの僅かだけど、私を案じ、どうか強くなってほしいという願いが込められていると感じた。
思い出すのは騎士団に入団する為の試験を受けた時のこと。アーゼスさんが試験官として私と戦い、なす術なくめった打ちにされて倒れる私へ向けて、言ったあの言葉。
『───不得手だからと言って、基礎を疎かにして、小手先の技術だけを考えてはいけない。そんなんじゃ、勝てる相手にも勝てないわよ……』
……また、私は同じことを繰り返している。他より劣るところを別の要素で補うばかりで、それ自体を少しでも改善しようとはしなかった。したとしても、足りていなかった。
「はは───なにが『仙狐』なんだか……格が上がって強くなったからって、他者が弱くなったわけじゃないのにね……」
認める。少しばかり思い上がっていた。これから戦っていく相手は全員、もっと自分を高めていかないと勝てないというのに。
「絶対に越えてみせる……っ」
短剣を持って刀身に火属性付与を施す。そして体内で魔力を練り上げ、高純度の魔力で全身を強化。獣としての本能を呼び覚ます。
「グ、ゥゥア───!!」
「獣化ね……。人の姿のままで、祖である魔獣の力を発揮するという、獣人のみが使える力」
目を見開き、牙を剥き、爪を立てて。凶暴な獣としての側面を出した私を見てアーゼスさんは剣を抜く。
「さあ、来なさい。今は敵同士だけど、久しぶりに私がレクチャーしてあげる」
「私は負けない。ここを乗り越えて、必ずカイトのところに行ってみせる!!」
降り注ぐ黒い矢の雨の中、私は勝ちを拾うべく、全てを出し切るつもりで駆け出した。




