第百五十八話「迫る激動の年」「手放さない主導権」
「コイツは───」
男は眼下に広がる惨状に言葉を失った。
そこはつい最近まで『クルシュ』という街だったはずの場所。多くはなくとも住民がいて、そして密かに彼らが潜伏していたはずだった。
コンタクトを取ろうとどうにか帝国に入り、慎重にここまで辿り着いた男を迎えたのは───建物も、そこに住む者たち諸共、跡形も無く破壊し尽くされた無残な光景だった。
「まさか、彼らの動きを察知されたのか? だからってここまでやるのか……っ」
街一つを消すほどの大火力の痕跡。しかし魔力が一切感じられない。時間経過で消えるにしても、これだけの火力を出す魔法なら魔力の残滓があるはずだが、それが無いということは、魔力を使わないなんらかの手段で行ったということ。
「バカな、なにを考えているんだアイツは……!! 自分で集めておいて、自分で消すなんて───」
「それは彼が自身の潔白を証明するためです」
「っ!?」
男は突然背後から聞こえた声に振り向く。
「始めまして、情報屋」
「馬人族……?」
上半身が人間、下半身が馬の女騎士に、男は身構える。女騎士は胸元から首飾りを出して男に見せながら言う。
「警戒は不要です。私も彼らの同士ですから」
「太陽を抱く獅子……その紋章は、まさか『獣王国』のっ!?」
「はい。予定通りあの街にいた彼らが処理されたか、確認しに参りました」
「処理だと?」
はい、と女騎士は頷き、男へ説明する。
「───つまり、ここで死んだのは最初から捨て石にするつもりで集めた人間で、わざと帝国にバレるよう動かし、自身の手で処理することで『四公』や皇太子からこれ以上疑われることを回避する為だったと?」
「なおかつ、もしかしたら他にもまだ第三勢力がいるかもしれないと国内外に目を向けさせ、自身を動きやすくする為でもあります」
大勢の人間を命ごと吹き飛ばし、自身へのマークを外させて、動きやすくする為。そう言われて男は女騎士に詰め寄る。
「いくらなんでも殺しすぎだ。あの街には獣人だっていた。『獣王国』はこの行いを見過ごすのか?」
捨て石にするには多すぎる犠牲者の数。しかし、女騎士は問題ないと首を横に振る。彼女の返答に、男は驚愕した。
「我らが獣王は、彼の行いを全面的に支持する───そう仰いました」
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「うん、だいぶ良くなってきたね。でも驚いたな……得物の各の差があるから模擬刀を使ったとはいえ、まさか私の『絶圏』を無理やり突破するなんて」
ユキナは『訓練場』で大の字で倒れるラウを見ながら拍手もまじえて称賛する。
「ハァ……ハァ……ハァ……けほっ───」
体力を使い果たし、疲労困憊のラウは咳込みながら呼吸することしか出来ない様子だった。いつものユキナなら容赦なく追撃をするところだが、今回ばかりは褒めることを優先した。
「凄いね、ラウちゃんの『身体能力』……任務遂行特化型だっけ。字面の通り任務の時しか作用しないと思ってたけどそこは本人の気持ちしだいでどうにでもなるんだ」
「はい……剣聖様も、言ってたじゃないですか……実戦と思ってかかってきなさいって……。だからカイト様に命じられたという想定でやりました」
「ちなみに聞くけど、カイトくんになんて命じられた想定にした?」
ラウは上体だけ起こしてユキナからタオルを受け取りながら答える。
「なにがなんでも食らいついて殺せ───という命令をくださった想定で、です」
「へぇ?」
ユキナは先ほどまでの戦闘を思い返す。
彼女の『絶圏の剣聖』としての基本的な立ち回りは、待ちからの迎撃。最速で抜刀する"小夜"とそれを連発する"小夜嵐"、あとは技とも呼べぬ雑な抜刀で、己の感覚を頼りに反射的に迎撃する半自動防御陣、即ち『絶圏』を形成する。
得物である妖刀の切れ味も加わり、たいていのものは斬れることもあり、この『絶圏』を攻略することは不可能に近かった。
一番に攻略するのは予想通りレンだった。
派手な技で瓦礫の礫を飛ばし、鞘に仕込ませ、納刀した時に刀と礫を鞘の中で引っ掛けさせて納刀できなくさせるとい狡い手を使ったのは予想外で、同時に、勝ちを拾いにいくなら時には手段を選ばない彼の戦い方がより好きになった───そして『絶圏』を攻略するのは彼だけだと思っていた。
(気持ちしだいで『身体能力』が跳ね上がる特化型の中でも特殊な部類。だとしても、まさか……一瞬とはいえ私の『絶圏』を越え、喉元に喰らいつかんとするとは……。末恐ろしいね、この子)
実力も技量もレンには及ばない。なにか特別な能力があるわけでもなく、なんなら他の帝国騎士にすらも劣る。それを覆すのが彼女の……カイトの道具として役に立ちたいという、その一心のみ。
がむしゃらに、ただひたすらに、ショートソードとピストルを手に前へ前へと突き進む。
それがほんの僅かな一時であっても、ラウの連撃を弾いていたユキナの抜刀を上回る力で押し退け、獣に喉を喰い付かれたとユキナに錯覚させた。
(身の危険を感じたのは久方ぶりだ。加減はしたけど、反射的に『羅刹女』としての力で反撃してしまうなんてね)
ユキナは自身の喉を手で抑え、ラウの力に冷や汗をかく。
『絶圏の剣聖』としてラウの相手をしていたのに、それをやめて『羅刹女』としての力を使ってしまった。それは『剣聖』としての敗北である。
「精神は肉体を凌駕する、か……。いやはや、これだから世界は愉しい」
「……え?」
「なんでもないよ。よし、身綺麗にしたら一緒にご飯食べに行こう。お姉さんが奢ってあげる」
カイトが選んだ唯一の道具。弟子に次いで目をかける彼女の道行きが、彼女にとって満足のいく良いものでありますように───そう、ユキナは願った。
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「やはり、あちらの王はいたッスか」
「はい、確認をとったところ確かにいらっしゃると」
王国でジブリールはグラジオからの報告を受けていた。
「王国、帝国、他の小国の王が不在の中で『獣王国』のみ王がいる……。つまり、かの国のみが今のところ未来が確定されていると。信じがたいですが……」
「母上からの話を信じるしかないッス。この国の『予言者』の中でも、母上は歴代随一の的中率ッスからね」
ジブリールは母から聞かされた法則について考察していた。
未来が確定されているからこそ、存在を確立できる国王。未来が不確定になったが故に、今この国の王は不在という現状。つまり───帝国との戦争が控えている王国の未来はまだ確定していないということであり、敗戦国となるか否かはまだ分からない。
それは確かに僅かながらでも希望の光だろう。
少なくとも負け戦ではなくなったのだから。
帝国がこのまま大陸を統一できるという未来も不確定。小国が帝国に占領されたままという未来も不確定。そして、『獣王国』の未来だけは確定している。
(いったい、なにが確定しているッスか?)
王国は、帝国に負けて地図から王国の名が消えるのかどうか。帝国は、大陸を統一し全てを支配するか。小国たちはその結果しだいで動きは変わるだろう。この辺は目的や狙いから思い描いている未来は予測しやすい。
だが『獣王国』だけは分からない。今年からは特に大きな動きはなく、互いに連絡し合ったのも『魔剣武闘会』での獣人の奴隷解放で動いた時だけで、それ以降は音沙汰がない。
今の『獣王』は理知的な獣人だと聞いているが、それにしたって動きが無さすぎる。もしかしたら、密かに動いているのか。
いずれにせよ、あの国がどんな未来を思い描いているのかが分からず、今はその未来が確定しているということしか分からないことだけが、ジブリールが分かることだった。
「グラジオさん、戦力は今どのくらいになってるッスか?」
「は。各騎士団が急ピッチで進めています。全体の四割ほど進んだところで、昨日から我ら近衛騎士や見習い騎士、あと王都に残った冒険者も動員して進めていますので、かなりギリギリですが春になるまでには間に合うかと」
「苦労をかけるッスね……」
「いえ。ジブリール様の負担を思えば、これくらい」
戦力増強で忙しい中でも自分の為に働くグラジオにジブリールは頭を下げたい気分になった。
「そう言えば、グラジオさんって……かなり前からクソ姉じゃなくてアタシの側に付いてたッスよね。早いうちから見限ってたんスか?」
「はい。勇者カムイが召喚されてから、カトリーナ様の振る舞いに良くない変化が見られましたのであえてそのまま放置し、ジブリール様に権限を委任させ影の支配者のような扱いにした後、徐々にフェードアウトしてもらおうかと画策しておりました」
「ブホッ!?」
まさかの告白にジブリールは吹き出してしまった。
「ち、ちなみにその計画はグラジオさんだけで?」
「いえ、近衛騎士全員です」
「全員……」
「正直に申し上げるなら、近衛騎士全員、カトリーナ様とジブリール様どちらに付くかを顔の好みで選んだ場合も、ジブリール様一択でございます」
「顔の好み……」
王族を守るのが責務の近衛騎士が、二人いる王女のうち片方にのみ肩入れするのは、本来はあってはならないこと。しかも片方を表舞台から消そうと画策し、顔の好みでどちらに付くか決めたというのだから驚きである。
「ジブリール様は仕事が早く、嫌な顔をされながらも王族としての役目を全うしています。性に奔放になり、魔眼の力で好き勝手するカトリーナ様とは雲泥の差。ジブリール様にお仕えすることに、我ら近衛は文句の一つもございません」
「そ、そう言ってくれると、なんか嬉しいような恥ずかしいような……」
特大の信頼と忠誠をぶつけられてジブリールはドギマギしていると、
「グラジオ様!! ジブリール様!!」
慌てた様子で一人の近衛騎士が駆け込んできた。
「何事か!! ノックも無しに、ジブリール様のお部屋に入るなど」
「いいんスよグラジオさん。それで、なにがあったんスか?」
怒鳴るグラジオを手で制して、ジブリールは問いかける。よほど急いで走ってきたのか近衛騎士は息を荒げながらも、ハッキリとそれを口にした。
「『聖女』アリシア様が目を覚まされました!!」
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「動くか……」
ガチン、と持っていたリボルバーの撃鉄を鳴らす。
「カイト様、ワタシの準備はできています」
「私も、呼ばれれば直ぐに出れるわ。カイト君」
唯一の道具と、堕天した黒き天使が片膝をつく。
「よし、大型水晶球を起動だ」
カイトは頷き、またガチンと鳴らす。
あくまでもこの流れの先導は自分であるように。主導権は誰にも渡さない、己が持つ手札を使い切る覚悟で維持するのだ。
『始めまして、誇り高き帝国民の皆さん。───俺の名は『撃鉄公』カイト。これは赦されざる大罪を犯した者たちへの、俺からの宣戦布告である』
───そうして、それぞれがまた一歩、次の展開へと動き出す……。




