第百五十七話「仕事はその日の内に」「だからって戦車使うか?」
「───『撃鉄公』に仕事を頼みたい」
ジルク殿下がいる部屋にいくといきなりそんなことを言われた。部屋にはジルク殿下、ネラリア、そして腹立つ笑みを浮かべたガーシュがいた。
「帝都の南方にある『クルシュ』という小さな街に正体不明の勢力が集まりつつある───そう『悪路公』から報告があった」
「正体不明?」
「『悪路公』の部隊が、帝国内で怪しい動きをする者たちを見つけ追跡したところ、その街に集結しているようだ。監視役として常駐させていた我が軍の騎士からは『異常無し』と定時報告がきているが、本当かどうか怪しいところだな」
『クルシュ』───周囲を森で囲われた小さな街で、住人たちが総出でその森から木材を集め、商人に売って細々と暮らしている。人口も年々減り続けており、近い内に廃れて消えるだろうと言われているとか。
「帝国を内部から荒らそうとするどこぞの国の手先……そう俺たち『マクール』は判断した。これから調査に向かう、テメェも来い」
ガーシュが問答無用とばかりに言う。
「調査……具体的にはなにを?」
無視してジルク殿下に聞く。
「調査というのは表向きの話だ。王国との戦争に備えているところに現れた不穏分子……これに主戦力を動かせば、王国に悟られかねない。そうなればこの状況を利用し、外と中から帝国を攻め崩そうとする可能性もある。よってお前には───少数精鋭での殲滅を命じる」
なるほど。帝国騎士とユキナの手により、王国と『獣王国』以外の国の戦力はほぼ壊滅させ、少数は捕虜として捕らえている。そしてそれらの監視や、占領した国や領地の管理をするべく、最低限の戦力と高官や書記官を派遣している為に、帝国に残っている戦力は半数もない。
今までその正体不明の勢力が集まれたのも、帝国内の戦力が減ったことで多くの抜け道ができたからだろう。つまり向こうはある程度は帝国の現状を知っている可能性が高い。
ここで戦力の大半を動かすのは得策ではない、という判断か。
「ガーシュ、街にはまだ住人はいるんだよな?」
「もちろん」
「住人と始末するべき相手の見分けはつくのか?」
「元々住んでいた若いヤツらは他の街や都市に出ていって、もう年寄りしかいない。だから逆に言えば、それ以外が始末するべき相手ってことになるな。ただ、変装されているのなら見分けるのは少し面倒だ」
「なるほど……」
少し考える。
「…………殿下、一つ確認したい」
「なんだ?」
「どうやるかは俺の自由でいいのか?」
その問いに、殿下は頷く。
「殲滅できるのなら文句はない」
はい、何しても良し、と言質頂きました。
「ガーシュ、今回は俺に全部やらせてくれ」
「いいぜ、お前の力……見定めてやる。こっちの準備はできてる。いつでも出発できるぞ」
「ああ、じゃあ行くとするか」
そうして、俺はガーシュの転移で直ぐ『クルシュ』へと行き───そこで懐かしい顔ぶれと再会した。
■■■
「殿下、戻ったぜ」
ガーシュが戻ってきたのはその日の夕方だった。
「『悪路公』か、早かったな。それでどうだった───突如現れた勢力はカイトが秘密裏に集めていたものなのかどうかは?」
ジルクの問いにガーシュは苛立ちを隠さず頭を掻きなが答える。
「殲滅は完了。数は二百三十七人。全員武装していたが、カイトが街の外から集中砲火を浴びせて、文字通り更地にした」
今回、カイトに仕事を任せたのには理由があった。
まずは正体不明の勢力が無視できず、手早く排除するなら、王国の騎士団を一人で無力化したカイトの力が最適だと思ったから。そして何よりも───その戦力を集めていたのが、他ならぬカイト自身かどうか、確かめたかったからだった。
正体不明の勢力が確認されたのは、カイトが帝国に来て、暫く休養していた辺りの頃。体を動かしたいからと理由をつけては時計塔から降りて都市を歩き回り、あちこち行っては誰かと取引のようなことをしていたのをガーシュは見ていた。
なんの話をしていたかは、その気になれば直ぐ調べられるが、同族の放つ雰囲気をガーシュは感じ、深入りはしなかった。
「殲滅できるなら文句はないとは言ったが……その口ぶり、街に住む者たちもまとめて、カイトは全て吹き飛ばしたのか?」
「遅かれ早かれ、街が廃れ消えるのを分かって残った者たちだ。街と共に死ねるなら本望だろうよ、だとぬかしやがった」
カイトが行ったのは至ってシンプル。
『クルシュ』を囲うように、大量の戦車と呼ばれる大型機動兵器を配置し、木っ端微塵に吹き飛ばした。
カイト曰く、悪魔の力を使うまでもない、今までは世界観を大事にしたかったからやってなかっただけ、あと命じたのはお前らだからな、とのこと。
僅か数分で街は更地になり、手分けして残った残骸から人数を数えることのほうが時間がかかった、とガーシュは語る。
「殲滅できるなら文句はないと言ったからな、こっちからはなにも言うことはない。カイトの疑いは晴れたか、ガーシュ?」
今回、戦力を集めていたのはカイトだ、と一番疑っていたのは他ならぬガーシュだった。
僅かでも躊躇いを見せれば即座に拘束し、洗いざらい隠していることを吐かせるつもりだった。なのにカイトは顔色を変えず、むしろ乗り気かと思うくらいで、躊躇いも容赦もなく、街を破壊し尽くした。
生き残りがいないか探しながら、残骸から勢力の人数を数えていた時、カイトの顔を見てガーシュは戦慄した。
『フッ──────』
『っ?!』
血と土で汚れた肉片を眺め、笑っていたのだ。
愉悦や、狂気によるソレではなかった。日常風景でなにか面白いものを見つけた時のような、あまりにも普通の笑みだった。
「住人含めた二百三十七人……簡単に捨てられる数じゃない、まともな奴なら躊躇うところを、あの野郎は乗り気で殺しやがった。まともじゃねぇ。戦力を集めているのがあの野郎じゃなかったとしても、俺はカイトを警戒するぜ」
元からか、悪魔と契約したからなのか、それはこの際どうでもいい。今のカイトはまともではない、まともな人間のフリをしている異常者だと、ガーシュは思った。
「そうか。……ならカイトに同行して、アイツがやろうとしていることを見ながら、おかしなことをしないか見張ったらどうだ?」
「そのつもりだ。仕事がまだ残ってるから全て見届けることは出来ないから、その時はうちの部下共をつける」
「ちゃんと仕事をしてくれるなら、あとはお前の好きにしていい。今日はご苦労だった、戻っていいぞ」
頭を下げてから退室し、自室に戻ろうと長い廊下を歩く。
「───よう、報告は終わったか?」
窓から差し込む夕日の光に照らされた廊下。まるで光を避けるように、陰となっている部分に立って、その男は言った。
「ジルク殿下からのお小言は無しだ」
「そりゃ良かった。言質とったとはいえ、街一つ消したから何か言われるかと思ったぜ」
「何もかも吹っ飛んだからな。家も、命も、そして証拠も」
「証拠? なんの話だ?」
首をかしげるカイト。顔は逆光になっていてよく見えない。だが、僅かに喜色が含まれているのを感じる。
「あの勢力、お前が集めたんだろう? 帝国の戦力が減っている今なら他所から連れて来るのは簡単だからなぁ?」
「誤解を招くような言い方はよしてくれるか。二百人以上の戦力を、なぜ俺が集めなきゃいけない。お前も見ただろ、俺のたった一人の軍隊を……」
「っ───……」
そう、カイトの能力なら容易く、無制限に武器や兵器を召喚し、自身の偽物を作り出すことが出来る。なにか企んでいたとして、わざわざ目を盗んで他国に残った戦力を帝国内に集める必要なんか無いのだ。
「領土を取り戻す為か、一矢報いる為か、どこかの国々が少しずつ戦力を送り込んできたんだろう。ご苦労なことだ。僅か数分で街ごと更地になったと聞いたらどんな顔をするんだろうな、ククク……」
カイトは愉快そうに笑いながら背を向ける。
「そうだ……俺なんか見てるよりも、国の外に目を向けた方がいいんじゃないか?」
ふと、思い出したように肩越しに言う。
「なんだと?」
「占領された国々にはまだ抗う意思があると、今回の件で証明された。まさかこの一回だけで終わると、お前は思っているのか?」
「それは───」
「落ちるところまで落ちながら、それでもと上を睨みつけてくる輩のしぶとさ。甘く見ない方がいいぜ」
「チッ……」
ガーシュは急いでその場から走り去る。
終わり、だと思っていた。占領した小国の僅かに残った戦力は全て現地の牢に閉じ込めている。だからもうこれ以上、正体不明の勢力が帝国の地に足を踏み入れることはないだろう、と思っていた。
だが今のカイトの言葉を聞いてどうしようもないほどの不安に駆られた。
今直ぐに部下たちを総動員し、帝国内だけでなく、帝国の外も注視させなければというかつてない強迫観念。そしてなによりも───自分では思い至らなかったこの先起こり得る展開をすでに予測しているのが、あの異常者だということが、なによりも苛立たしい!!
「クソが……!!」
そう吐き捨て、今直ぐにでもこの手で殺して消し去りたい衝動を抑えながら、ガーシュは待機させている部下たちのところへと向かうのだった。
「───これで少しはマークが外れる。便利なもんだな、お前の力は」
「フフフ……『我、斯くあるモノ』……見た者・聞き知った者を恐怖で震わせ、語らう者を不安・心配で煽る。人を動かすにはピッタリな能力だろ?」
足元の陰がユラユラと揺れる。
「ああ、上手く使えば愉快なことになりそうだ。それでどうだネルガ、二百三十七人の贄は」
「あんなに沢山の贄は初めて、おかげで満腹よ。派手な爆発で地面に肉片がぶちまけられる光景もとっても見応えがあったぜ!!」
「そりゃ良かった。じゃあ、その贄の数を屠るまでは無条件で力を貸してくれよ?」
「ええもちろん。先払いでも、後払いでも、契約を反故にしない限りは力を貸す。悪魔はそういうものだもの」
それを最後に声は聞こえなくなり、陰は元に戻る。カイトは時計塔に戻ろうと廊下を歩き、懐から煙草を取り出す。
「そうだ、明日あたりに『宣言』やっておくか」
殺すべき者を知り、探し、己の標的とし。
力を求めて鍛え、取り入れ、己の物とし。
人の道を、居場所をくれた国を、愛してくれた女を捨てて。
ようやくここまで来ることが出来た───俺という、唯一つの『兵器』。
その名に恥じない殺戮を。
その名に相応しい殺戮を。
これから始まるのだ、俺の為の戦争を───!!
「さあ、撃鉄を起こそう」