第百五十六話「ね、ちょっと私と死合いを」「来るな戦闘狂」
「宣言通り、か……」
残った死刑囚が周りを見て呟く。
「ああ、アンタは他と違って別格だからな。どこまで通じるか試したい」
「ふっ……別格と分かっていたのならどさくさに紛れて俺を殺せばいいだろうに、試したいときたか」
殺すのは最後にすると言った死刑囚は愉快そうに笑う。
「セドリック・クロクス。四十二歳。冒険者から傭兵に転身した【身体能力:A】の万能型。傭兵団の長と揉め、単騎で傭兵団を壊滅。その傭兵団はとある貴族がたいそう気に入っていた為に貴族は激怒し、壊滅させたお前を捕らえ、死刑が求刑された」
「よく知っているな。調べたのか」
「俺だけじゃ手が足りない時とかに、減刑目的の受刑者を使って、色々と調べたりするからな。その時にアンタを知った」
その点、死刑囚にはそういうのは無い。
受刑者はまだ改善の余地ありとして自ら奉仕活動を願い出たり、減刑の代わりに依頼を受けることがあるが、死刑と決まった以上は減刑も何もないのだ。
そこにセレネスから出された、俺に一撃与えれば死刑は回避されるという機会。セドリックと既に殺した四人の死刑囚たちは考えるまでもなくそれに縋ったのだろう。
───たとえ一撃与えても、結局どうなるかは俺の意思しだいだというのにな……。
タクティカルショットガンとハープーンをインベントリに仕舞う。そして右腕を顎の前へ、義手の左腕を下げる。ボクシングのデトロイトスタイルに構え、トントンとステップを刻む。
「見たことのない構えだ」
「俺がいた世界での、殴り合いで使う構えの一つさ」
「なるほど、それは興味深い───なッ!!」
セドリックが仕掛ける。
「ヌゥン!!」
体を回転させての裏拳。彼の腕の長さから間合いを割り出し、回避ではなく僅かに下がることで空振りにさせる。裏拳を外して体が開いた状態、ここで即座に左腕でのフリッカージャブ。
「シッ───!!」
斜め下から打ち込むそれを、セドリックは防ぎもさずに受ける。ガンガンッと鎧へ当たるも、これでダウンを取れるはずもなく、セドリックは両手を広げ、掴んで絞め殺そうとしてくる。
「流石に退くか」
「それは普通に死ねるからな」
【脚力強化:B→A】
セドリックを飛び越えて距離を取り、足元にある小石を拾う。それなりに尖ってる部分もあり、当たったら痛そうなそれを頭上に投げる。
「なにを───」
投げた石が自分の頭に当たる。その瞬間、
【脚力強化:B→A】
「ッ───オォラ!!」
「ぐ、ぬぁ?!」
強化された脚力でセドリックに迫ってからのドロップキック。片腕で防いだが、凌ぎきれずに蹴り飛ばすことに成功する。
「うん、やはりだ。この手の能力は認識しだいでどうにでもなるようだな」
■■■
「自分で自分を目掛けて上に投げた石を回避することで脚力を強化した、か。へぇ……そういう使い方もありなんだ」
それは思いつかなかった、と剣聖様が面白いものを見たような顔で呟く。
「確かカイト様の特化型としての力は……」
「回避か、危機的状況でのみ、脚力が強化される。……でもその一文には、なにを回避するかとか、危機的状況がどんなものか具体的なことは書いてないよね?」
「あっ、確かにそうです……!!」
解析器で出てきたカイト様のステータスを以前、見せてもらったことを思い出す。剣聖様の言うように、脚力強化については、その二つの条件しか記されていなかった。
「言葉を額面通りに受け取らない。明記されてないなら、他に何かあるはず。そう考え、解釈を広げて、カイトくんは自分の能力を検証してきたんだろうね」
「解釈を広げる、ですか。これ、かなりの大発見になるのでは?」
「うーん、どうだろう……気づいてる人がいないとも思えないし、能力によっては特化型だとしても細かく定められている者もいるから、全ての者に影響を与えるわけでもない。大発見、革命と言えるほどではなさそうだ」
でも、と剣聖様はワタシを見る。
「自分の力を見つめ直す、というのは時に新たな発見をもたらしてくれる。あらゆる可能性を探るのはいいことだと思うよ」
その言葉は、この解説を聞いている者に対してというよりもワタシに向けて言っているような気がした。
■■■
危機的状況による強化は条件が限定的で検証はなかなか出来なかったが、回避による強化は、騎士団にいた頃の戦闘する機会の多さから、かなりの回数を検証することができた。
回避するのなら、回避する方向は自由。
回避するのなら、なにを回避するかの判断も自由。
回避するべき物を定め、これは避けると意識するだけで、この脚は力を発揮するのだ。
「……脚力特化型か、その義手を見て判断を誤ったな」
「殴り合いに意識を持って行かせたからな。なかなかに効いただろ、俺の蹴りは?」
「ああ、なかなか良い蹴りだ。鎧の上からでも、その威力が凄まじいのが分かる。それでもまだ殺すには足りないな」
そりゃそうだろう。あの鎧は、Lのショットガンでも凹ませる程度で破壊はできず、Rでありながら対物性能はヘビースナイパーライフルに次いで高いハープーンでやっと破った硬さだ。Aランクまで強化された脚力での蹴りで壊せるとは思っていない。
「それに一瞬だが、魔力を感じた。……お前、俺を蹴る一瞬だけ強化を施したな?」
セドリックが立ち上がり、身体強化の魔法を使う。
「オォッ!!」
深い足跡ができるほどの強い踏み込みから一気に俺と迫る。振り上げた拳を上から叩きつけようとし、俺は即座に回避。セドリックの拳は地面に激突し、大きく陥没させた。
「今の回避よりも、先の蹴りの方が僅かに速かった。なにより魔力が感じなかった。なるほど……帝国人には考えもつかない手法だ」
たった二回だけ見て直ぐに見抜かれたか。
やれやれ、これだから魔力というのは使いづらい。魔法に適性をもつ人間が比較的多いこの世界で、簡単に知覚される魔力はあまりにも不安な要素すぎる。
義手のではなく、自分の魔力を使った身体強化魔法……俺のカスみたいな魔力量では、戦闘中ずっと使うことは出来ない。だから使い方を考える必要があった。
そこで思いついたのが───動きの初動のみ、攻守で使う体の一部位のみ、瞬間的に、部分的に強化することで燃費を抑えるというものだ。
言うなれば、局所強化といったところか。
「一瞬だとしても魔力を使えば敏い者は気付く。魔力消費を抑えるにはいい手法だが、同時にそれは『魔力が少ない』という弱みが露呈することを意味する……」
セドリックが前傾姿勢になり、両足に力を込める。それは今にも突進してきそうな闘牛を想起させ、
「当然、相手は魔力量の差を活かし、最大出力で圧倒しようとする。───俺のようになッ!!」
一歩踏み込んだ瞬間に地面が爆ぜる。
交差させた両腕で頭を守りながらの猛突進。当たれば大岩を砕くどころか、粉砕するくらいはするだろう。
そんなのを人間がまともに食らえば、大型ダンプに撥ねられて即死するどころではない。シールドとHPどちらのゲージも一瞬で消し飛び、俺の体は弾け、そこら中に肉片を撒き散らすだろう。
【脚力強化:B→S】
全身の毛が逆立つように溢れる危機感に、脚力はもう一段階強化され、直ぐに回避行動を取る。一歩大きく踏み出して突進してくるセドリックの進路から逃れ、軽く跳ねるように地面を蹴っての二歩目でセドリックの背後へ回る。その間、僅か二秒。
「今のは特化型の力だな。身体強化も使ったか。強化が二段階もあるとは、特化型の中では破格の力だが、いつまでも逃げられると思うな!!」
セドリックは急停止して向きを変え、また突進。溢れ出す魔力は輝きながら彼を包み、その圧倒的な魔力量の違いを見せつけてくる。
(速度が上がった。アイツ、魔力消費を増やしてでも俺を捕まえに来る気だな……!!)
身体強化の魔法の基本出力はステータスのランクを一つ上げるくらい。たとえ【身体能力:B】でも【身体能力:A】と同格になる便利な魔法だ。……だが、それは相手が何もしなかった場合に限る。【身体能力:A】が使えば当然【身体能力:S】になるのだから。
どれだけ【身体能力:C】が魔力をありったけ使ってランクを一つ二つと上げて【身体能力:A】に迫ろうと、相手の【身体能力:A】は少しの魔力を使って一歩先を行けばいい。
つまるところ、近接戦闘とは、自身の【身体能力】と身体強化魔法によるランクの競い合いなのだ。そこをカバーするのが戦術・戦略なのだろう。
(俺にセドリックを上回れるほどの強化をする余裕は無い。このまま強化を許せば、いつか捕まる。特化型なら対策は容易なんだが、万能型は欠点がない分、本当にやりづらい!!)
目の前まで迫るセドリックの大きな手を辛うじて躱していく。
「だいぶ迫れてきたな。もう少しでお前に攻撃を当てられる。そうすれば俺は死刑は回避できる!!」
欲しいものが目の前にあるとなってセドリックは更に魔力を使う。彼の目的は死刑回避。セレネスのことだ、それが嘘とかではなく、本当に彼の死刑を取り止めるんだろう。
俺が試験の相手の条件として出した、死んでも困らない人間。死ぬはずだった人間。でもここで『撃鉄公』に一撃与えたとなれば箔が付くのは確実だろう。
───ああ、クソ喰らえだ───
「カイト様!!」
立ち止まって片膝をつくとラウが身を乗り出して叫ぶ。
「魔力が尽きたか。なら、これで終わりだ!!」
勝利を確信したは俺の前で立ち止まり、全力の拳撃を繰り出そうと振り上げる。それを見ながら俺は言う。
「やれやれ……俺が言ったことをもう忘れたのか、セドリック?」
「なにを───」
言い切る前に、セドリックの頭が吹き飛んだ。
肉片と血が顔に付着するのを感じながら俺はゆっくりと立ち上がる。見物人はなにが起きたか分からず隣にいるやつと顔を見合わせて、ユキナはつまらなそうに、ラウは目を輝かせて俺を見ている。
気づいているのはあの二人と、セレネスたち『四公』あたりか。ジルク殿下は笑いながらなにか悪巧みをしているようだった。
いったり何をするつもりなのやらと思いながら、フィールドの外───遥か先に見える時計塔を見る。
(スナでの狙撃、いい感じだな)
時計塔の天辺にある俺専用の物見櫓。そこにはスナイパーライフルを持たせた俺のデコイを配置しておいた。セドリックと死刑囚二人を撃ち抜いたのは、デコイによる狙撃である。
(今もなお『訓練組』の経験は俺に蓄積し続けている。時間はかかったが、やっておいて正解だった)
うんと頷き、深呼吸を一つ。
「試験はこれで終わりか、同士よ? 一応、死刑囚を追加で出せるよう準備していたが」
「ああいや、大丈夫だ。この試験で俺の限界は把握できた。イブキとの訓練は継続するが、もう復帰していいだろう」
セレネスが隣に来てフィールドを見回す。
「限界を把握、か。まだまだ奥の手を隠し持っていそうだがな」
「試験では出番が無かっただけだ。……っと、そうだ、死体を片付けないとな。───ネルガ、綺麗な死体だが要るか?」
───貰うわ───
「むっ……」
フィールドに転がる五人の死体の影が突然広がり、死体を包みむ。圧縮するようにソレは縮んでいき、最後には何も残さず消えた。……あ、いや、ペッと吐き出すように鎧だけ出てきたわ。
「悪魔に捧げた、というわけか」
「ここんとこ何もやることがないからって、俺の影に引っ込んで惰眠をむさぼってたからな。今頃、楽しく死体の解体ショーでもしてるんじゃないかね」
「お前の影の中で、か?」
「俺の影の中で、だ……」
やめてほしいのが正直なところだ。
「これから殿下と話せるか」
「ああ、そうだろうと思ってこの後のスケジュールは空けている」
「用意がいいことで」
俺はセレネスと共にフィールドから出て、先に戻ってるというジルク殿下の下へ向かう。ここからはノンストップ。休む暇無く、目的達成の為に俺の全てを使い潰すのだ───。




