第百五十三話「なあ煙草」「いらんと言っている」
帝都から遠く北にある山間部。緩やかな傾斜に簡易的な拠点を作り、麓にある川と向かいの山を注意深く双眼鏡で見渡す。拠点の周囲には、魔獣が接近したのを知らせる手作りの鳴子を仕掛けてあるからこちらに集中できる。
(まあ、いるよな……)
集団で川の水を飲んでいる小型の竜種。全身を覆う白い鱗は雪に擬態する為のもの、小さな頭に対して両目はやや大きく、強靭な脚力と鋭い爪牙をもつ魔獣───雪群竜。
恐竜のヴェロキラプトルのような見た目で、常に群れで行動し、数で勝ちつつ自身より弱いものを獲物として狩る習性を持ち、必ず群れには指揮をする大型が一体いる。
(他の魔獣に比べて少食で、小さな肉片でも食べられれば暫くは空腹にならず活動するからこそ、群れでも少数の獲物に狙いを絞れ、安全に狩れるのか……)
よくそれで飢えたりしないもんだ、と思いながら双眼鏡からスナイパーライフルに持ち替える。
(頭は小さいから論外。退化した左前脚の付け根のやや後ろにある心臓を狙っての一撃必殺、もしくは脊髄と骨盤の交点のやや前を破壊して行動不能にする)
大型の雪群竜が水を飲もうと川に近づき、配下の小型が周囲を警戒している。草木やペイントでカモフラージュしているが、奴らは目がいいから早めに終わらせないと気取られる。
「──────」
ゆっくり深呼吸。大型がこちらに背中を向けた。これは心臓を狙うより脊髄を撃ち抜いた方がいい。
(風は微風、狙撃に影響無し───照準は距離的にやや上へ───集中───息を吐ききり、手の揺れに逆らわず、狙うべき所に照準が合わさったタイミングで引き金を───引く)
ダァン、と山間部に銃声が響く。
「ギャオオオン?!」
銃弾は狙い通りに。大型の脊髄を撃ち抜き、行動不能となった。配下の小型はボスがやられたと分かるや、あっさりボスを見捨てて蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
───その光景に、かつての自分の姿が重なる。
動けず倒れた大型は動く上半身を頼りに動こうともがく。頭を振り、助けを求めて必死に叫んでいる。脳裏にチラつくそれを記憶の片隅に追いやり、大型が頭を上げて一際大きく叫んだところを、
「悪く思え───」
そう呟き、二発目の銃弾が吸い込まれるように大型の頭に命中、とどめを刺した。
(狙撃の命中率も安定してきたな。中距離・近距離での銃撃戦はもう少し特訓が必要、だが武器のレア度はEかLでないと一発で仕留めるのが厳しい。低レアはよほど至近距離じゃないと致命傷にすらならん……)
散り散りになった小型共の掃討後、拠点を片付けて、帝都にある酒場で軽食をとることにした。
「同士か、ここ空いてるぞ」
「なにしてんだお前」
酒場に入るとなぜかセレネスがいた。
「最近は執務ばかりだったから外の空気を吸いたくてな。時間に空きができたことだし、小腹もすいたから、どこかで外食しようと思ってここに来た」
「わりと庶民派なのか?」
「私は元々平民の生まれだ」
「初耳なんだが」
避ける理由もないし、新情報について聞きたくて、セレネスの隣のカウンター席に座る。
「店主、コイツと同じのを」
「あいよ」
セレネスはキンキンに冷えたジンジャーエール、塩をかけた蒸した芋、太いソーセージ二本をのんびり食べていた。元帥という立場に、宮殿での貴族然とした佇まいから、酒場や屋台にいるようなイメージがつかず、どうも違和感を感じてしまう。
「おい、元帥に新顔の『撃鉄公』がいるぞ」
「なんで揃ってここにいるんだ?」
「お前話しかけてこいよ」
「俺に死ねと申すかっ!!」
「静かにしろ!! 目をつけられたらどうする!!」
遠巻きにこちらを見ながらヒソヒソと話す客たち。セレネスはともかく、俺はそこまで疑問に持たれるほどじゃないだろう。ここに来るの今日が初めてじゃねえぞ。
「私は王国の地方出身だった。毎日、村に入ってくる魔獣を大人たちと協力して追い払っていたら、私には剣の才能があると分かってな。どこから聞きつけたのか、王都から執務官がわざわざスカウトしに来た。そして見習い騎士なってからはトントン拍子で団長にまで成り上がった」
「んで、才能のある奴を見つけては必要以上の努力を強制させたんだったか。お前にとっては良かれと思ってのことなんだろうが、当人にとっては───」
「ああ……私と彼らでは、努力量の認識に大きな隔たりがあった。それを理解できないまま強制し続け、結果、多くの見習い騎士をリタイアさせた。『未来の破壊者』と呼ばれるようになったわけだ」
「そうして王国を追い出された後、帝国に拾われたと」
その辺からのことは帝国に来てからちゃんと調べた。
各地をさまよい、商人の荷物に紛れて帝国領に入り、たまたま馬で遠乗りしていたジルク殿下一行が魔獣に襲われているところに出くわた、と。……まあ、なんかよくありがちな話だが、この世界ならではなんだろう。
魔獣を倒した後、ジルク殿下の護衛として同行していたイブキの提案でセレネスは帝国正規軍に入り、王国騎士団長になったほどの実力を持っていたこととイブキの教えにより更なる成長を遂げ、誹謗中傷は全て実力で黙らせて、ついには元帥にまで上り詰めた傑物。
彼の技───特に【鏖殺ノ戦剣】は有名だな。最大射程は地平線の彼方まで及ぶ。その名前の通り、全てを鏖殺して戦場を更地へと変えてしまう戦略級剣技。他にも【戦剣】があるようだが、それは追々見せて貰うとしよう。それはそれとしてソーセージが美味すぎる。
「そうなると、爺さんは正規軍でかなりの古株なのか?」
「ああ。名前からも分かる通りイブキは極東出身で、戦に負けて全てを失ったところを拾ってくれた殿下には感謝してもしきれない大恩がある、と。殿下とはもう二十年の付き合いになるんだったか……」
「……………、ふぅん」
二十年、ね……。単なる偶然かもしれないが、爺さんとは話しておいた良さそうだ。
「ちなみに、ガーシュとタタルは私がスカウトした。帝国の在り方は嫌いではないが、そのままではいつか他国から裏をかかれる。暗躍する者たちや、それを支える者を充実させるべきだと殿下に進言した。幸い、殿下は柔軟な思考をもつお方、二つ返事で私の案は承認され、徹底的に改革を行った」
「だから帝国はここまで発展した訳だ。お前の改革、ガーシュの裏工作、タタルが技術屋の転生者を引き連れて……そりゃ近代化が進むってもんだ」
「同士から見て、今の帝国は、同士のかつて生きた世界にどこまで近づいている?」
「そうだな……」
少し考える。俺がいた世界は魔法が無い、あっちでは何年とかかるものを、こっちでは魔法を使って数ヶ月で終わらせちまうからぁ……。確か時計塔ができた年と俺があっちにいた時の年の差が───
「だいたい二百年いくかってくらいの差か」
「かなり差があるな」
「だがこの世界には魔法に異能がある。個人差があるのは同じだが、身体能力だって明らかに高い。二百年の差なんてあっという間に埋まるだろうさ」
帝国を発展させ近代化をはかる───セレネスが戦後処理に奔走しながらも、それに力を入れているのはなんとなく気付いていた。……もしかしたら、それがセレネスなりのジルク殿下への恩返しなのかもしれないな。
「そうだ、セレネス」
「どうした?」
俺は顔を近づけ、周りにいる客に聞こえないよう小さな声で言う。
「好戦的で、それなりに強く、かつ死んでも困らない人間を五人くらい用意して欲しい」
イブキとの特訓のお陰で能力を使わずともだいぶ動けるようになった。義手の方もタタルから、完成したから実戦をやって微調整したいと連絡が来ている。目的達成の為、あと諸々のことの為に、そろそろ動きたいと思っていたところだ。
「活動再開前の最終試験てやつだな。人選は任せる。多くなっても構わない。……頼めるか?」
「分かった、用意ができたら連絡しよう。殿下には私から話を通しておく。同士は試験に備えて準備するといい」
「ああ、ありがとよ」
残りの芋とソーセージを食べ、辛口のジンジャーエールで流し込んで、懐から銀貨十枚を取り出してテーブルに置いた。
「店主、コイツの分も置いとく。また来るぜ」
「あいよ」
「おい同士───」
「色々と話を聞かせてくれた礼だ。次は奢ってくれよな、んじゃ」
セレネスがなにか言う前に俺は酒場を出た。
……とりあえずはこれで良し。奢ったという事実と、次はセレネスの奢りという約束を取り付けた。多少強引だが、まあ、セレネスなら、仕方ないなと苦笑する程度で済ませてくれるだろう。
アイツとの話は中々に面白く、新情報も小出ししてくる。気を許してくれたいる証拠だ。その情報が、俺が今まで集めたものと繋がっていくことがあり、そこから新たな気づきを得たりするから楽しいんだよな。
まあ、俺にとってセレネスは絶対強者には変わりないので、寝首をかかれても痛くもかゆくもない、という自信の現れでもあるんだろうが……。
「……っと、すまないね」
「こちらこそ失礼」
すれ違った老人と肩が当たる。───その瞬間、手に握らされる紙片。
「………………」
俺はその紙片を見ずにポケットに入れ、指で触れる。
(三角に開けられた穴……気づかれたか? いや、流石に早すぎるか。だが『意図せぬ動きの疑いあり』と現場が判断したのなら、次の一手を打つまでだ)
まだ確定ではないが、備えておくに越したことはない。正直、実行に移した場合の、その後のことの方が面倒だから避けたかったんだけどな。
疑惑を晴らしつつ、今の俺の力を知らしめるには、方法は一つしかない。
『俺だ、木箱に石を詰めろ』
ボイスチャットで連絡をいれる。
返事は必要ない。
こちらの指示を聞き、実行してくれるならそれ以上のことは求めない。もししくじって捕まり、問い詰められても、全部アイツに言われてやったことだと、指をさして俺を売ればいい。
出来るものなら、な。
「俺の初仕事はこれで決まりそうだな。最終試験、そして初仕事って流れになるか。仕掛ける前に標的に俺の力を見せつけるというのもありだな」
この先の予定を予測しつつ、俺は準備の為に時計塔へと戻った。




