第百五十二話「後でゆするね」「ちょっと勘弁してほしいス」
「ルイズさん、魔力精錬の特訓は毎日やって下さいね。それと薬物強化はなるべく控えるように。魔力精錬の妨げになりますから」
「はい、アンリスフィさん。今日までご指導ありがとうございました。頑張ります」
ルイズ、オウカさんとの話し合いの結果、帝国の国境都市までオウカさんの転移で行き、そこから直ぐ帝都には行かず、帝国各所を回って帝国軍の動きを調べることになった。
連合軍との戦争後、戦後処理や占領した場所の監視などで帝国の大部分の戦力が各国に散らばっている今が、帝国に潜り込む好機。そして、その目的の都合上、帝国からは出ることはないと思われるカイトさんとどこかで会うとしたら、直接帝国に行く以外の選択肢はなかったから。
そして王都を出る日。
二重防壁の間まで、フェイルメールさんとアンリスフィさんが見送りに来てくれた。ルイズは、アンリスフィさんとの一時的な師弟関係はこれで終わりなこともあり、ギュッと手を握って何度も頭を下げながら礼を言う。
「オウカが帝国まで転移できるようになってて良かったわ。ルイズやロルフはまだ言い訳がつくけれど、レンは王国の抑止力として知れ渡ってる。顔が知られてる可能性がある以上、関所を容易に越えられないもの」
新たな抑止力として発表されたと同時に王国には僕の似顔絵が大量に出回っている。王国では知らない人はいないだろうし、その似顔絵を入手して自国に持ち帰った者もいるだろう。それを考えると何もせず関所を通るのはリスクがあり過ぎた。
「関所を越えて直ぐのところに国境都市『カリファ』があるんだけど先ずはそこで情報収集する。たぶん、そこだけでもかなり収穫があるんじゃないかな」
国境は、他所に知られて困る情報を塞き止める最後の防壁。そこに入ることが出来れば、きっと僕たちが求める情報だってあるはずだ。
「王国が無関心すぎるのか、帝国の情報統制が完璧だったのか、こっちにはほとんど戦争に関する情報が流れて来ませんでしたからね」
「そのへんはジブリールに任せるしかないわね。……王宮で、なにかあったみたいよ。朝からちょっと騒がしくなったの」
声を潜めてそう言ったフェイルメールさん。つられて僕とオウカさんも、彼女へ顔を寄せる。
「……本当ですか?」
「今朝方、王室の近くまで散歩したらいつもと空気が変わってたの。なにかあった、と私の中で世界が言いってきたから間違いないわ」
「正直、そっちから先に探りに行きたいところですが……」
「ジブリールなら話してくれるでしょうね。彼女、嘘は言わないけど、全てを話してくれるわけじゃないわ。今は情報を出し渋っているのではなく、情報が錯綜していて只今絶賛整理中ってところかしら」
ルイズの家についての話もまだ来ていない。やるべきことが多すぎて上手く事が進んでいない中で、更に問題が降りかかっている……そんなところ、なのだろうか。
「ただ、待たされる身でいるのも……そろそろ我慢の限界ですから。帝国で得た情報を餌に、こちらから催促してみるのもいいですね」
「レンくん中々に強かだね……。まあ、うん、向こうから連絡が来た時にでも圧をかけてみよっか」
「一度深く斬り込むのはアリだと思うわ。わざと無茶な要求をして、本命のものを相手から妥協案として提示させるというのは、交渉事ではよくある手法だもの」
そう、ここまで何も言わず待っていたんだ。多少はキツく当たっても文句はないはず。『穴持たず』の討伐報酬として、存分にたかってやる。
(───それにしても……)
僕はさきほどフェイルメールさんが言った言葉を思い返す。
(『私の中で世界が』……獣人やエルフ、ドワーフのような異種族の人たちが良く使う言葉。いきなり頭の中で聞こえ、その人に様々なことを伝える、純粋な人間にはない異能のようなもの……)
最初はその人一人の能力のようなものだと思っていた。
でも、他の種族の人たちも同じことを言い、具体的ではなくとも、例えるなら『神からのお告げがきた』と同じようなニュアンスで、その人に何かを伝える。そしてそのメッセージは必ず当たるのだ。
災厄のような惨事が起こる直前に見られる、動物達の 異常行動のような───この世界における異種族にしか持たない危険察知能力みたいなもの、なのだろうか。たまに他の冒険者とパーティを組んだ時も、あの言葉で何度か迫る危機を回避できた。初めは疑ってた人間も、あの言葉を聞いて顔色を変えたことから、あの言葉が出るということはよほどの事だ、という共通認識がこの世界の人間にはあるのだろう。
(つまり───王宮で、よほどの事があったんだ。でもフェイルメールさんの様子を見るに、危機的状況というよりは何かしら進展があったけど重大な問題だった、みたいな感じなのか……)
少し気になるが、僕たちは独自に動くことになっている、ジブリール様がしっかり状況整理できるよう邪魔をせず連絡を待つことにしよう。
「また、私から一言いっておくから、あなたたちはやるべき事をしっかりね。気をつけて行ってらっしゃい」
「皆さん、ご武運を」
フェイルメールさんは笑顔で手を振り、アンリスフィさんはペコリと頭を下げて、僕たちを見送る。
「「「行ってきます」」」
そしてオウカさんがパンと手を叩き、光に包まれる。この光が収まればそこはもう王国ではなく敵国の中。強敵揃いと聞く帝国で、僕たちは陰で暗躍する『彼』と会う為の一歩を踏み出した。
■■■
「どういう、こと……ですか……」
王宮の会議室で、ジブリールは声を震わせながら、対面に座る相手へ問うた。語尾に『ス』をつけない素の口調ではないのは、娘としてではなく将来王国を背負う次期王女として、たった今聞かされた話があまりにも重大だったからだ。
「ごめんなさいね、ジブリール。いきなりこんなことを言われて混乱するでしょうけど、状況が変わったの」
「本来は言うつもりは無かったと……?」
「そのつもり……だったのだけれど、ね」
ジブリールの母にして王国の女王レティシアは、ショックを受ける娘への罪悪感から目をそらすも、直ぐに視線を合わせる。
「最初は諦めていたの。これは変えられようもないことだって。でも、とある男が現れたことで僅かながら未来が不確定になった。光明が差したのよ」
とある男。それを聞いて真っ先にジブリールの頭に浮かんだのは今や王国の敵と断定されたあの男───カイトの顔だった。
「カイトさん、ですか……」
「ええ。彼こそが、この大陸が赤に染まるという定められた未来を変えられる、唯一の可能性。もし失うようなことがあれば、王国の名は地図から消え、帝国が全てを支配下に置くでしょう」
「なっ───」
カイトという一人の存在の有無で国一つの未来が変わる。にわかには信じられないことに、ジブリールは絶句する。
(定められた未来? それを変えられる唯一の可能性? なんなんスか、それ……。カイトさんはいったい、いつそんなとんでもないポジに……)
彼を失う……つまり死んでしまったら、王国は帝国の色で塗りつぶされるということ。
しかし、今や帝国の側につき、悪魔と契約し、多くの騎士を殺した彼を許せず殺意を抱いている者が多い。第一級危険人物としたのも、殺意の塊となった騎士団が感情に任せて独断専行しないよう統制する為のものだ。
そんな彼らに、カイトを殺すな、と言ったとしても話を聞いてくれるとは到底思えない。
「幸い、騎士団は大人しくしていてくれていますし、帝国に行った彼も今は王国に来ないでしょう。次にまみえるのは開戦する時……その頃には彼の仕込みも終わるはずです」
「それは、父上もご存じ───」
ジブリールはそこでハッとする。それこそがレティシアに呼び出され、さきほど彼女の口から伝えられたことに繋がるのだと気付いた。
「全ての国の王は、確定された未来に従っている存在───つまり、未来が不確定になったからこそ……」
「ええ……未来が確定されている間は、その存在を確立できる王が消えるのも道理」
気になることがありすぎるが、いつからか国王の姿が消えた理由がやっと分かった……。
確定された未来、それにより存在を確立できる、そういった意味不明なことを、ひとまずは『そういうもの』として無理矢理に納得させ、これまでのレティシアとの会話から導き出した答え。
「……ジブリール、帝国との戦争に備えて、シム騎士団長と共に動いているようですが、今のままではまだ足りません。さらなる努力が必要です」
「はい、直ぐに彼らと協議します。……そうだ、カイトさんを生かすなら彼と交わした契約は?」
「破棄はせず、そのままで構いません。悪魔と契約したのは契約による呪いから逃れる為でもありますが、あの力は彼がこの先戦い抜くには不可欠です」
さらりと出てきたカイトが悪魔を求めたその理由にジブリールは目を細める。
「…………母上はどこまで知っているんです?」
『マルカ村』での一件の報告にもなかった情報。
理解しがたいが無理矢理に納得させた未来と王の法則。
なにか、自分のあかり知らぬところで何かが起き、それを全てか少しかは関係なく、この母は知っているとジブリールは確信した。
「……………」
レティシアは一度目を閉じて思案してからゆっくり、聞き取れるようにハッキリと、ジブリールに言った。
「嫌でも見えてしまうのです、未来が……」




