第十五話「レロレロレロレロ」「舐めすぎいん」
魔法を行使できる者なら誰でも使える、他者を使い魔として自分と契約させること。それが以前に俺が見回りの途中で遭遇した案件で、一つの解決案として当事者に提示したものだ。
そいつは、傷付いた翼猫という魔獣を保護して無断で王都の自宅で看病をしていたところを隣人に見られてちょっとした騒ぎになり、そこをたまたま見回りしていた俺の腕章を見て、騎士団の人間だと分かるや頼ってきた。
翼猫は成体でもDランクの温厚な魔獣だ。読んで字の如く、翼を生やしただけで飛べる分すばしっこいだけの猫。看病してくれたことに感謝しているのか、べったりくっついて離れようとしなかった。
それでも魔獣だ、と隣人は処分することを求めた。
王都は言うなればペット禁止の超大型マンションって感じだ。魔獣が近くにいることを嫌う人間が多く、特に……国の中心という安全地帯で苦労を知らない裕福な生活をしている貴族が大半を占めている。彼らからしたら自分の庭に入り込んだ野良の動物、家を蝕む蟲。見つけたら直ぐに追い出すか排除すべき存在。
だが生憎と俺はそれに応じなかった。魔獣とはいえただの飛べる猫、怒らせて他者を引っ掻き、噛み付くことはあれどそれ以上のことはなんて出来ない小動物だ。きちんと飼い慣らし、躾を怠らなければ問題はない。
だからこその使い魔契約。
その契約で交わされたことは魂に刻まれ、絶対に破られない。基本的には屋内から出さない。決して他者を傷付けず、自分の言葉に従う。そういう内容で契約し、隣人も納得して、この案件は解決した。
「レンは魔法は使えるのか?」
「………………いえ」
間があったが、それならそれで良い。
「そうなるとルイズ、キミがロルフと契約するんだ」
「わたしが、ですか……」
「召喚者の願いに応じ、その一時のみ、気に入られたならそれからもずっと、召喚されたモノは善き友人として召喚者と共に戦うことを誓う……『召喚魔法』はある意味で、一世一代の契約みたいじゃないか」
あくまでレンが主とした代理契約だとしても、その魔法を、召喚に応えたモノを大切にしている彼女なら、ロルフとも良い関係を築けるはずだ。
「番犬が欲しいってことは、従者のレンだけではまだ守りは不十分だと思ってる。それにさっきの身の上話で国王が言っていたのが本当なら、キミは一人で戦う術も守る術も不足している。違うか?」
この問い掛けに対してルイズは悔しそうな顔で視線を下げ、小さく頷いた。
「そう、ですね……今のわたしはせいぜいCランクの小型しか使役出来ません。それ以上のランクは召喚出来ても制御できなかったり、召喚自体が失敗してしまいます。攻撃魔法と防御魔法もどっちかと言われれば不得手で、レンにはいつも負担を……」
二人は『冒険者ギルド』の依頼を受けて稼いでいるが、ルイズ自身の実力の低さからレンが彼女の護衛をしながら目標との戦闘をするという、負担がかかるやり方になっているという。
それがとても申し分なく思い、怪我をしながらも気にするなと言って見せるレンの笑顔が余計に辛い、とも。
「ロルフは強い。Aランクの魔獣との契約し使役したなら、きっとその経験がキミの力に良い影響を与える。心強い戦力が手に入って、レンの負担も大幅に減ると良いことだらけだ。レンだって、そう思って行動したんだろうし」
「ルイズに、日頃のお礼がしたくて……」
「レン……」
照れ笑いしてるがねぇレン君や、お前が連れてきたのがただの野良犬とかならわざわざ俺やオウカが動く必要は無かったんだよ? 人の大事な連休初日の予定が丸潰れよ、そこんとこ理解してんのかなァ?
(……まあ、そんな恨み言は水に流すとして。ここまで言えばもう大丈夫だろ)
チラッと横にいるオウカを見る。
(こんなんでどうだ?)
(問題無し)
オーケーいただきました。
「それじゃ、外で待ってるロルフと契約してこい。あそこまで懐いてるなら決まり事は必要無いだろ。新たな仲間、家族として温かく迎えてやりな」
「「はい!!」」
元気よく返事をして外に出ていく二人。待ってましたと尻尾をプロペラのように大回転させて飛びかかるロルフに二人は支えきれず、そのまま押し倒された。
「ちょ、アハハ、そんなベロベロ舐めないでって」
「ひゃあああ!? あなた、やめっ、やめて、やめなさいって言ってるの聞こえないの!?」
「もう、ロルフくん。ちょっと落ち着いて。二人が起きれないから」
大型犬よりもでかいから起き上がるのに苦戦するレンとルイズを見てオウカも思わずといった感じで笑いながら救助しに外に出る。
「はは、なにしてんだか……」
俺は家の中からその様子を眺め、
「この字……そう、だよなぁ……」
先程見た、壁に立て掛けられていたモノ。その『鞘』に刻まれた文字が俺の見間違いでないことを確認した。
「───『蒼白ノ水月』……」
その武器はこの異世界で見かけることはあまりない。存在してはいるがそれを使う者は少なく、それを打つ者もまた同じ。『極東』という遠く離れた異国から伝わったその長く反りのある片刃の剣───刀。
別にこの武器を使ってるだけなら問題は無い。
ただこの異世界の文字と、この鞘に刻まれた文字の違いが問題だ。
これはどう見ても日本語だ
Aランクの魔獣を従属させる実力。
何か隠してるようなはっきりとしない物言い。
そしてこの刀に、刻まれた文字。
ここまで揃うともう確定と見ていいだろう。
「ねぇカイト、ルイズちゃんとロルフくんの契約が終わったけどこの後はどうする?」
「……ん、もう俺たちの出番は無し。撤収撤収」
「二人に声をかけなくていいの?」
何も言わずに去ろうとする俺にオウカが首を傾げる。
「今はロルフに構うのに忙しそうだし、また会った時にでも様子を聞けばいいって。それから、俺は連休中だいたい空いてるからそっちの都合が良い時にまた誘ってくれよ」
「まあ今から当初の予定に、って感じでもないしね。じゃあ私はちょっと買い物してから隊舎に戻るから先に行って隊長に報告してくれる?」
「ああ、分かった」
また隊舎でね、とオウカは手を振って去って行く。そして彼女の姿が完全に見えなくなった所で俺はくるりと振り返り、未だにロルフと戯れる二人に声をかける。
「おーい、お二人さん。言い忘れてたことがあるんだけど」
「なんですか、カイトさん?」
「うん、その前にレン、お前は顔を拭け。ロルフの涎でベッタベタだから」
全く、どんだけ舐められてんだこやつは。
レンがルイズから手渡されたハンカチで顔を拭いた後、あまり聞かれたくないことだから、とロルフは外で待機させ二人と一緒にまた家の中に入る。
「先ず前提として、今から話すことは『サザール騎士団』のカイトとしてではなく、カイトという一個人として話す。だからあまり身構えず、でも心して聞いて欲しい」
頷く二人に、俺はやや声を小さく、でも聞こえるように言った。
「レン、お前……ルイズに召喚されたな?」
「やめなさいレンっ……!!」
美しく輝く刃が俺の首に当たる瞬間、ルイズの制止の声が響いた。
「─────」
瞬く間に刀を手に持ち抜刀、居合いで俺の首を落としにきた青年の目は、まるで闇夜に蒼白く輝く月のように美しくも冷たかった。




