第百四十九話「カイトは姑息デス」「うんうん(スタッフ一同)」
「ではカイト殿、我から決闘について軽く説明させていただきます」
『訓練所』のフィールドに立ち、相手の三男坊と向かい合う俺へ、イブキが茶を啜りながら言う。
「どちらかが死ぬか、意識を失い戦闘不能になるまで、決闘は終わりません。参った、降参だ、と申されましても見届人である我は止めません」
「そしてこれが神聖な一対一の決闘である為、部外者や協力者による援護や乱入は御法度。それが確認された場合、たとえそれが図ったもの、仕組んだものでなかったとしても、やった側の負けとなる。そうだな?」
「左様。それらを守ってさえいるのでしたら、あとはなにをしても構いません。───さて、決闘を始める前に、なにか相手に言いたいことはありますかな? ズズー……おっと、ラウ殿、お茶のおかわりを」
「あ、は、はいっ」
おい爺さん、うちの副官を茶汲みに使うな。
「父親の仇討ち、狂犬娘の飼い主としての責任、だったか。俺に決闘を申し込んだ理由は」
「そうだ!! 俺が欲しいのは貴様の謝罪とその命!! この国は外付けの力だけで成り上がれるほど甘くはないことを思い知らせてやる!!」
「外付け、ね……まあ確かにそうだな。俺は自分の力がどの程度なのか理解している。必死に努力して質を上げようとしてもとうに打ち止めなこともな。だが、そう理解した上でなお今よりも強くなる必要があったから自分でなく別のものに力を求めた」
人はいつでもどこでも選択を強いられ、自分がもつ手札の中でやりくりするしかない。手札一枚一枚の質を高めることはできても限界がある。俺は『ファストナ』で盤外戦術をするようになってからというもの、質よりも量、つまりは手札を増やすことに専念するようになっていた。
「だから正直、帝国人が羨ましい。個人差があるとはいえ、産まれながらに強者の素質があるってのはな」
軽く体を動かす。
この休養期間、ただベッドに横になっていたわけじゃない。『サザール騎士団』にいた頃の習慣で、早めに起きては柔軟体操に筋トレにランニングと、体力と筋力が衰えないようにしていた。それでも少し衰えたのは感覚で分かる。それに義手も新しくなり、まだ接合部の辺りの感触は慣れない。
いくら相手が見習い騎士でも下手すれば負けるのはこちらの方だ。
それでも、やるからには勝つ。
アイツの言う外付けの力には頼らず自力で、だ。
「───ところで、開始の合図はあるのかな?」
「ないですぞ、カイト殿」
「わぷっ!?」
腕や肩を回しながらイブキの返答を聞く前にはもう地面を蹴り上げた。
このフィールドは学校のグラウンドのように押し固められた砂地だ。慣らして平らにしてあるが、度重なる訓練であちこちに凹凸や沢山の小石が転がっている。ちょうどいいことに、つま先が軽く引っかかるくらいの凹みが足元にある。
俺はイブキへ質問する素振りをして三男坊の視線を足元から遠ざけ、その隙につま先を食い込ませ、三男坊の顔面めがけて砂を蹴り飛ばした。
「き、貴様───」
「オラァ!!」
上手いこと目に入ったようなので何か言う前に三男坊へ左義手によるパンチを見舞う。
「ぐべらっ!?」
よろめく三男坊の頭を両手で掴んで下を向かせ、
「フッ!!」
「ごぶっ!?」
「うわぁ……」
右膝蹴りで鼻を潰す。それとラウ、なんだその『うわ引くわ』って目は。ちょっと傷つくぞ。
「ラウに喧嘩売って殺されかけたんだって? まあ、その体たらくならそうなって当然か。ククク……親子揃ってたった一回の不意打ちでやられるとは───、っ!?」
鼻血を噴射して仰向けに倒れる三男坊に近寄った時、背中からゾワッと悪寒がした。そして、頭の中で俺の脚力が『B』から『S』へ一気に強化されたことを理解して、急いでフィールドの隅まで後退した時、
「ッ───『グランド・クレイモア』!!」
地面から巨大な岩の大剣が何本も突き出てきた。
(魔法……それも中級クラス、それも『詠唱破棄』による即時発動か。『脚力強化』が無かったら当たってたな)
三メートルはあるそれを見ながら分析していると三男坊はゆっくりと立ち上がり、鼻血を袖で拭う。血はもう止まっていた。
「フン……直前で躱したか、勘はいいようだな」
「そっちこそ、殴られながらも意識は魔法の構築に集中していた。膝蹴りもあまり効いていないようだし、そういう芸当は帝国では当たり前なのかな?」
「代々、男女問わず頑丈なのが取り柄だ。だからこそ『詠唱破棄』で魔法が使える。貴様にはできないだろうがな」
魔法の発動に必要な詠唱。
それを無くし、ノーモーションで行うのが『詠唱破棄』。
高等技術に分類され、魔法使いの中で出来る者とそうでない者の間には明確な差が存在すると言われている。魔法とは、詠唱の通りに形作られた魔力。魔力は詠唱に従い形をなし、魔法として完全する。そういった意味では詠唱は言霊のようなものと言ってもいい。
詠唱は魔法の階級が上がるほど長文になる。戦闘中に毎回長々と詠唱する暇があるとは限らない。その為の『詠唱破棄』なのだが、これする上で最も重要で大変なのがイメージだ。
『詠唱破棄』は発動する魔法を、完璧に、細部まで、頭の中で想像しそこに魔力を乗せることで魔法とする。───ちなみに勇者カムイの『完全破棄』は、詠唱もイメージも必要なく、ノーモーションノータイムで魔力を消費するだけで魔法を使うというチートである。
死の危機が目前に迫っている状況で、対処する為の魔法の選択、魔法として完成させる為のイメージを、刹那の内に済ませなければいけない。
俺には到底ムリな芸当だ。
(まあ、そもそも魔法の適正が無いからな。魔力だってネルガと契約したから得たもので、アイツの言う通り外付けの力だ。勝つだけなら簡単だが、完全に屈服させるのならネルガの力は使えない)
俺に残された武器は転生したことで得た【設定変更】に【保管庫】に脚力特化型の【身体能力:B】と、あとはこの義手くらい。これらも外付けの力に該当するんだろうか。そうなったら困るなぁ……。
「決闘の最中に考え事かっ!!」
三男坊が剣を抜いて斬りかかる。身体強化の魔法を使ったのか僅かに体が輝いている。動きも早い。だが、
(レンほどじゃないな)
【脚力強化:B→A】
当たれば頭から股下まで斬って両断しそうな振り下ろしを小さなステップで横に回避。同時に、右拳で三男坊の頬を殴る。
「ブッ───おのれぇ!!」
「耐えるねぇ」
刀身を寝かせての横薙ぎをバックステップで躱し、トントン小刻みに跳ねながら三男坊の後ろへ。回り込むように逆側から裏拳がくるが、これを屈んで空振りにさせ、空いた脇下をくぐり抜けワンツーとボディブロー。
「くそっ、ちょこまかと!!」
怒りが込められた突き。こんな至近距離で、腕を引くという初動を見せられたら回避なんて簡単だ。頭を僅かに傾け、顔の横を刀身が通った瞬間、
「シッ!!」
「が……ッ、───」
右拳によるフリッカージャブ。三男坊の顔面をとらえ怯ませたのを見て、そのまま打ち込んだ右手を開き、襟を掴んで引き寄せ、
「もう、一発ッ!!」
渾身の左ストレートで殴り倒した。
───ボクシング、デトロイトスタイル。それが今やっている戦い方だ。前世で色々と危なっかしい連中と会う機会が多かったから護身術として、現役プロボクサーの知人から教わった。
『Very nyse!! ユーは覚えが早いデース、教えガイがありマース。とてもキレッキレな動きでコザカシく、見ていてハラたちマース』
わざとなのか、素でそれなのか。英語は流暢で、片言の日本語で話す、とてもお喋りな奴だった。それなりに長い付き合いになって影響されたのか、俺もたまに英語で一言いうようになってしまったが。
「you are too weak」
この世界で英語が通じるのか知らないが最大の嘲笑でまた倒れた三男坊へ言ってやった。
「なんで魔法を使わない。剣と一緒に使えば少なくともここまで殴られることはなかった。まさか一度に一つのことしか出来ないほど、帝国人の頭はスペックが低いのかな?」
「ッッッ───!! 殺す、殺す殺す殺す殺す!! この俺を侮辱するなァァァ!!」
煽り耐性は無しか。
「貴様の戦い方は覚えた。ちょこまかと、その小賢しい動きが出来ないように、先ずはその足から潰してやる!!」
三男坊の周りの空気が急に冷え込む。
「もうまともに動けるとは思うなよ、"大地よ、零度に覆われ凍てつけ"───『ブリザード』!!」
「っ、そうきたか!!」
咄嗟に跳ぶ。その瞬間、フィールドはツルツルの蒼い氷で覆われる。これ跳んでなかったら足が凍りついていたな。それに着地したら滑って転倒する。
「チッ」
どれくらい硬い氷なのか不明。よって自傷覚悟で、一先ずこの着地を成功させる。そしてこの手段で発生する爆炎を利用して、次の一手を打つ。
インベントリではなく【保管庫】から直接、ロケットランチャーを召喚。着地しようとするフィールド、俺の真下へ撃つ。凍ったフィールドに着弾し爆発。氷は砕け散り、
「カイト様!!」
爆発に巻き込まれる俺を見てラウが叫んだ。
(シールドが100から60も減ったか。ミニポで回復してる暇は無いな。───さぁて、魔法戦に切り替えたのならこっちも派手にやってやるさ!!)
シールド値を確認しつつ、煙の中で俺はニヤリと嗤い。そしてインベントリから出した両手一杯に抱えた手榴弾をまとめて放った。
「It's show time!!」




