第百四十八話「手が出てしまいました」「出ちゃったか……」
帝都の名物は、と問われればほとんどの人が同じことを言うだろう。その建造物は王国から流れてきた転生者たちと『天輪公』の共同で、わずか三ヶ月という恐るべき早さで建てられた、帝都いやこの世界で最も高い四面時計台───通称、時計塔。
……大方、デザイン担当した奴らの中にそこの出身か、これしかないと推した人間がいたんだろう。帝国らしさを兼ね備えているが、その見た目はかの有名なビック・ベンである。
「魔法ってのはなんでもありだな……」
俺は時計塔のクロック・ルーム、鐘楼よりも上の、塔の一番上にある小部屋から外を眺めながら呟く。
この小部屋……というよりは屋根も窓もない、落下防止のフェンスがあるだけの物見櫓だが、展望台のように全方位を見渡せるパノラマビューとなっており、魔法によりこの部屋は外からは見えないように隠されている。
高所故の強風に目を瞑れば狙撃地点としては絶好の場所だ。ハイグラウンドを取った者が有利となる『ファストナ』では、高い所はいつも取り合いになるが、この世界でも魔法職や弓使いなどはその傾向にある。だが、ここまで極端な高所は取らないだろう。高すぎるが故に狙うには遠すぎるからな。
(こんだけ高いと、わざわざ単騎を狙うより範囲攻撃魔法でまとめて吹っ飛ばした方が手っ取り早い。弓だと、普通の弓なら強風で矢が飛ばされるから、魔剣クラスの代物……魔弓とかだったら狙い撃てそうだ……)
そして俺なら、この場所から、強風を受けつつ、どう狙撃するか考える。
(目安となるものがあったほうがいいな。あと、なるべくネルガの力に頼らず、自分の技量で出来るようにしたい。狙撃訓練は場所を変えて継続するとして、風向きの変化については直に体験しつつ調べよう)
今日は久しぶりの快晴。まあ、一日晴れた程度で場所によっては五メートル越えの積雪が綺麗になくなることはないだろう。下を見れば、ほぼ全ての国々が雪に沈むこの季節の珍しい晴れ模様に、帝都民は大喜びで外を出歩き、せっせと雪かきをしている。しかも、
(スノーモービルが開発されるくらいだから予想はしてたが、まさか異世界で除雪機を見ることになるなんてな……)
『天輪公』タタルからこの世界の冬の厳しさを聞かされていた転生者たちは、冬になる前に急ピッチでそれらを開発した。試作段階でもかなりの高性能だったらしく、ジルク殿下が大層気に入って資金援助したとかなんとか。
明らかに帝国の現代化が進んでいることを実感しながら、俺は小部屋の真ん中にある梯子で下に降りる。下は鐘楼で、大きな鐘の横を通り、階段で更に下へ。時計の針を動かす機械室つまりクロック・ルームの中を抜け、
「旦那様、さきほどラウ様がいらっしゃいました」
扉の前にいたヌルが俺を見ると恭しくお辞儀をした。
「外での喫煙はいかがでしたか?」
「風が強すぎて火をつけるのが面倒だった」
「風除けの結界を張ることが可能ですが」
「いや、そうすると風向きが分からなくなる。クロック・ルームで火をつけてから、はお前がいい顔をしないだろう。我慢するさ」
「ご配慮感謝いたします」
長らく喫煙していなかったから外で気持ちよく吸おうとしてヌルに案内されたのがさっきいた小部屋だ。結果は言った通り、多少面倒だったが景色が良かったから楽しめた。
「ラウはどこに?」
「ラウンジです。……たった今、タタル様もいらっしゃいました。試作の義手が出来たようです。ラウンジに入られました」
「分かった。直ぐに行こう」
「かしこまりました」
再度、お辞儀をしたヌルは、パンと手を叩き俺を連れて転移する。
「カイト様!!」
「よう、ラウ。久しぶり───」
ラウンジに転移して直ぐにラウが飛びついてきた。帝都に戻ってから直接顔を合わせるのはこれが始めて。面会謝絶ではなかったものの、気を遣ったのか、ゆっくりお休みになって下さいまたご指導お願いします、とヌルを通して伝言がきただけだったからな。
「お前、その血はどうした」
目に喜色を浮かべるラウの頬に、僅かだが血が付着していたのを見て、俺は突っ込まずにはいられなかった。
「あ、これは───」
「『訓練所』で一悶着あって、その結果死闘に発展しちゃったのよ」
「死闘だぁ?」
言葉に詰まるラウの代わりに傍にいたタタルが答えた。視線を向けるとタタルはハァイと手を小さく振り、事の経緯を説明する。
「この子が一人で魔法の練習をしてたところに、一人の見習いが突っかかってきたの。ほら、前に貴方が心臓を吹っ飛ばした教官がいたでしょ? あれの三男坊が見習い騎士なんだけど、どうやら貴方に対する悪口を言ったみたい。それに怒ったラウが手を出したの」
「アイツがっ、カイト様を『情けなくも悪魔などと言う悍ましい力に頼り、逃げることしか能のない、卑怯極まりなく卑劣な手段でしか勝てない、性根の腐った下賤な男』だと侮辱したんです!! 許せるわけがありません!!」
なんてことだ、一つも反論できねーぞ。
「それで死闘になったわけか。つか、死闘ってことはその三男坊は死んだのか?」
「いいえ、辛うじて生きてるわ。これが決闘だったなら止めなかったけど今回はそうじゃなかった。だからラウがトドメを刺す前に見兼ねたイブキが止めたの。たまたま近くに私がいたから、ササッと治癒魔法で全快にさせたわ」
「あー、そういうのって、帝国だと頻繁にあるのか?」
頷く二人。そっかー、あるのかー……。
「回復した三男坊は今度は貴方に決闘を申し込んだわ。こんな野蛮で卑しい部下を野放しにしている責任をとらせる、とかなんとか言ってたわね」
今度は俺かーい。
「……イブキはなんて?」
「『カイト殿の判断に任せましょう』だって。受けるかどうかは別にして、私はこの義手を取り付けに来たの。お望み通りの仕上がりにしてきたわ」
タタルはテーブルに置いてある横長の大きなケースを開く。
「性能を試すにはちょうどいいと思わない?」
ニコッと笑うタタル。おい、ワクワクと目を輝かせるな、当然やるよねって腕を掴むな。こちとら病み上がりだぞそれでも一応は医者かっ。
「……医者目線から見て、どの程度動ける?」
「そうね……室内で軽くトレーニングしていたとしても体力は少し落ちたでしょうね。でも懸念点はそれくらいかしら、ファイトよ」
「やるとは言ってないんだが……まあいい、そろそろ体を動かしたいと思ってたところなのは事実だ」
「申し訳ありません、カイト様……」
「ん? 別に謝ることはないだろ、向こうが安い喧嘩を売ってきたから、こっちはデカいお釣りが来るよう買っただけなんだ。気にするな」
タタルがケースから義手といくつかの工具を取り出す。俺はそう言いながら、作業しやすいようにと上着を脱いで仮拵えの義手を捻り、ガクンと義手と繋がっていた感覚が無くなったのを確認してから外す。
「……っ」
ラウが思わずといった様子で背中を向けた。
「ラウ、先に『訓練所』に行って決闘を受けると伝えてこい。準備ができたら直ぐに向かう」
「は、はい」
言うが早いかラウは猛ダッシュで部屋から出ていった。
「まだ気にしてる様子ね」
「……まあ、仕方ないさ。アイツにとってはかなりショッキングなことだったからな」
ゆっくり休ませる為に面会はしなかった、というのは恐らく建前だろう。本当のところは、この義手を見てあの時のことを思い出してしまうから、もう二度あんなことにはならないよう強くなりたかった、そんなところか。
「アイツの特化型としての力は気の持ちようで大きく変動する。こうして目に見える失敗を嫌でも見せつければ、あんな思いはしたくないと死に物狂いで物事に取り組むだろう。優秀な道具の出来上がりだ」
「酷い上司だこと。でも、そんな綱渡りなやり方を続けてたら危険じゃないかしら? もしまた失敗することがあれば、簡単に縄が切れてドン底まで落ちるわよ」
「そうだな、だからこそ、それを支える誰かが必要になる。これからはラウとあの人のツーマンセルで使う予定だ」
「あの人……ああ、なるほど」
肩口に埋め込んだ接合部に真新しい義手を差し込み、工具で小さな部品を取り付けながら、タタルは笑う。
「案外優しいところもあるのね」
最後にガチャンと音がして、同時にビリッと静電気よりは強めの刺激と共に、ビクンと義手の左腕が跳ね上がる。
「痛かった?」
「いや、気つけにはちょうどいい。……悪くない、見事なもんだな。なにか気をつけるべきことは?」
「そうね……いくつかあるわ───」
各関節部を動かして動作確認しながらタタルから注意すべきことを聞く。まだ試作ということもあるし、設計を頼んだ時に予め聞かされてもいたから、予想していた通りのものだった。
「よーし、把握した」
『保管庫』起動、【設定変更】でプリセットCを読み込み。追加オプションのスカルフェイスを装備。近中距離用武装をインベントリへ。
【プリセットC『エンパイア』に変更しました】
【追加オプション『スカルフェイス』を装備しました】
【指定された武装をインベントリへ収めました】
……うん、義手がそこまでゴツくないから普通に袖に通るな。一見右腕の太さとそこまで変わらない。この中にあれだけ詰め込むとなればそりゃそうなるわな、と頭の中で先ほど聞いた注意点に苦笑いする。
「さあて、そろそろ行くとしますか」
「私も行くわ。試作第一号の初陣だもの、製作者として見逃せないわ。ヌル、転移お願い」
「かしこまりました。陰ながら応援しております」
ヌルが手を叩き、俺とタタルは『訓練所』へと転移する。
「やっと来たか、卑怯者め!! この俺に殺される覚悟はできたようだな!!」
「開口一番にその喧しさ。……うん、確かにあの教官殿の息子だわ、お前」
シム団長ほどではないがデカい声に顔を顰める。
「『撃鉄公』カイト、決闘を受諾する」




