第百四十七話「ふふ、目指す場所は」「空にありました」
「王国はこれからカイトさんや帝国騎士に対抗する為に戦力増強に専念するッス。大陸の中でも豪雪エリアに加え、連合軍との戦後処理がまだであると考え、帝国から妨害工作しようと来る可能性は低いと見てまスからね」
転移が使える人が単騎でちょっかいをかけてくるかもしれないッスけど、と懸念事項を言ってジブリール様は少し考える。
「転移持ちは貴重な移動手段ッス。それを単騎または少数精鋭で動かして、うっかり失うことがあれば痛手になる……流石に無いッスよね」
「あの、私は単独で動いて相手の拠点を爆破してきたんですが……」
「オウカさんは例外ッスねー」
「フフ、そうね。通常の覚醒ではないとはいえ、『仙狐』になった狐妖族はとっても強力よ。ちなみに聞くけど、爆破した拠点には結界が張ってるはずだけど、どう突破したの?」
フェイルメールさんがそう聞いてきて私はその時のことを思い出す。
帝国の発展に大きく貢献している『技術開発局』には侵入者泣かせともいえるくらいに、強力な結界が各種張られていた。それぞれ一層ずつだったのは、その維持に必要なリソースとかで判断したんだろう。その結界を私は、
「別に、突破はしてませんよ」
「へ? どういうことッスか?」
首を傾げるジブリール様に分かりやすく説明する。
「出入りする関係者を催眠魔法で操って、そこから遠隔で爆破魔法を使っただけですから」
部外者がバレずに侵入するのはほぼ不可能だった。でも逆に言えば、関係者に対して結界はなんの効力もないということ。だから私は勝手口から出入りして結界の外に出た関係者を催眠効果のある闇属性魔法『ヒュプノス』で操り、施設のあちこちを歩かせ、その人を起点に設置型火属性魔法『エクスプロージョン』を仕掛けた。
「仕掛け終わったところであとは爆破するだけ───だったんですけど、操った人と離れすぎると催眠効果が途切れるのでどうしても拠点に近づく必要があって、そのせいで警備隊に見つかったのが唯一の失敗ですね。念の為に逃走経路を用意しておいて良かったです」
侵入できないなら侵入しなきゃいい。結局のところ、侵入とは手段の一つでしかなく、爆破できるのなら他に手立ては無数にあるのだから。
「侵入不可能な場所で、内部からの犯行。あちらはどうやって侵入したのかとさぞ混乱していることでしょう。……ふふふ、傷手を与えるならもっと派手に吹っ飛ばした方が良かったかな、でもあの怒り狂った顔はとても見応えがあった」
「オウカさんオウカさん、カイトさんみたいな悪い顔してるッスよ。怖いんで引っ込めてくださいッス」
「あ、はい。すいません」
指摘されて私は頬に手を当てる。そんなに怖いのかな。
「……とりあえず、王国はカイトさんを敵として対応するッス。でもレンさん達は独自に動いて欲しいんスよ」
「それは……」
「戦争を回避できるならそれに越したことはないッス。その為のなにかを彼は手に入れた。でも帝国と連合軍が争うことになった原因となれば、まともな代物ではないはず」
帝国と連合軍が戦争することになったのは、連合軍が所有していたとあるモノが、帝国にとって脅威であったから、だ。それ以上の情報がなぜか王国は得られないまま戦争が続き、帝国の勝利で終わった。
武力において勝る帝国が脅威と感じるほどのなにか。それがどんなモノであれ、危険なのは確かだ。
カイトはそれを個人で使って戦争を回避させようとしている。
「カイトさんが帝国に協力している手前、彼と表立って連携することはできなくても、それとなく周りを誘導させれば、彼の狙う盤面にすることはできるはず。それを皆さんにお願いしたいッス」
彼女のお願いを断る理由はなかった。
元々、カイトを探し出して本心を聞き出すつもりだった。裏切ったことは許せない、けど彼のことを好きなままなこの心にケリを付ける為にも。
戦いは避けられないだろう。
対話拒否されるかもしれない。
それでも、私は彼のことを諦めきれない。必ず捕まえて、全部聞き出して、一回ぶん殴って、そしてまたいつか相棒だった頃のように───。
「じゃあ、お願いするッスよ。もしなにかあったら直ぐに連絡するッスから、その時はお手伝い頼むッス」
私も、レン君達も頷いたのを見て、ジブリール様は笑ってそう言う。そして、よっこらせ、とジブリール様は『黒兎亭』から出ていった。……外から、会議ダルいッス!! と嘆きの声が聞こえたけど触れないでおこう。
「さて、当面の方針はできたことだし、ねぇレン……続きを聞かせてくれるかしら?」
「はい」
「お姉ちゃん?」
ジブリール様がいなくなったところで、フェイルメールさんが手帳を見てそう言った。
「ジブリール様が話していた時、手帳の表紙が二重になっていることに気づいたんです。見たら、フェイルメールさんへのメッセージで……」
レン君が手帳をフェイルメールさんに手渡す。
「『小さな相談役へ。お探しのアカシックレコードは天空にある浮島……【はじまりの地】にある。まだ帝国にも見つかってないから、取り戻すなら早めに来て欲しい。あと、何度か使わせてもらった。すまん』……そう、変に物知りだったのはそういうことね」
「アカシックレコード? これ、どういうことですか? お探しのって……」
「私がレンと一緒に行動することにした理由よ。私はこれを探してて、国中を駆け回るレンについて行けばもしかしたら見つかるかもって思ったの。でも、地上には無かったなんてね」
フェイルメールさんは窓に近づき、空を見上げる。
「アカシックレコード、別名『創焉の図書館』───この世界の創世から終焉までに起こる全てが、そこに記されているわ」
その言葉に目を見開く。
この世界にはまだ未知のものが沢山あるにしても、世界が始まってから終わるまでの全てがある、という話をいきなり聞かされたら脳の処理が追いつかない。
レン君とルイズちゃんは互いに顔を見合わせて目をぱちくりさせているし、私も頭を抱えて、なんとか理解しようと脳をフル回転させた。
世界が始まってから終わりまで……つまり、過去、現在、未来で起こる出来事の全てが分かるということ? いや、過去と現在なら、随時更新される仕様って感じなのかなってなるけど、未来のことまでってなに!? それが本当なら、この世界は───全てが仕組まれた通り、予定通りに進む、ただそれだけの機構でしかないのだろうか……。
「多くは話せないけど私はそこの管理人だったのよ。でもある日、図書館に不具合が生じた。どうにかして修復しようとしたけど、あと少しのところで私は図書館から弾き出されて、気づけば草原に一人。図書館がどこにあるのか知らない私は彷徨うことになり、その道中でアンリスフィと出会ったの」
「図書館がどこにあるのか知らないというのは?」
「言葉通りの意味よ。私は管理人だから図書館の中のことは知っていても、それ以外のことはなにも知らなかった。外の世界も、図書館がある場所も、なにもね」
「もっと詳しく聞きたいところですけどなにか事情があるんですね?」
「ごめんなさいね、レン。これ以上は聞かないことをおすすめするわ。───とっても危ないから」
「あぅ」
やけに強調して言ったその言葉には、体が強張るような不気味な響きを孕んでいて、私とレン君は息を飲み、ルイズちゃんは一瞬白目を剥いた。
「まあ、みんなには関係のないことよ。気にしすぎるのはいけない。……だから、ね? どんな時も自分の意思を貫きなさい。後になって自分が後悔しない選択をしなさい」
「場所が分かった以上、私達はもう一緒には行けません。これからは別行動です。でも途中で出会うことがあれば協力しましょう」
一先ず、深く関わってはいけないことは分かった。理解しがたい話だけど、フェイルメールさんの言う通り、気にしすぎていては何かのドツボにはまるような感じがするから、この話はもうしないほうがいいのだろう。
「……なら、ここからは私がレン君達に付き添います。私一人だけではやれることも限られますから」
「よろしくお願いします、オウカさん」
「オウカさんがいれば百人力ね」
どうしても荒事が避けられない時がある。その時、私だけでは厳しい状況でも、彼らが一緒なら心強い。
「そうね、その方がいいわ。───それじゃあ、今日まで一旦お疲れさまと、これからまた頑張りましょうってことで、豪勢なお食事会にしましょうか」
パチンとフェイルメールさんが手を叩く。
「アンリスフィ〜?」
「準備、オーケーです」
いつの間にかエプロンをつけたアンリスフィさんがフンスとおたまを片手に親指を立てる。
「暫く休業にしててあまり食材は残ってませんが、どうせまた休業になるので全部使います。食べきるまでは返しません。お残しは許しませんよ」
「安心して下さい、ここには食べ盛りの従者と使い魔がいますから!!」
「ワオン!!」
「つまりキツくなったら押し付けるってことだねルイズ」
「あはは……頑張って食べ切ろっか」
そうしてお食事会が始まった。在庫処分も兼ねて次々とテーブルに並べられる料理を、私達はひたすら食べ続けた。見た目、味、香り、全てが食欲を刺激していくらでも食べられた。
(……………あれ?)
レン君達と談笑しながら食べ進んでいる時、私は何か足りないことに気づく。
(そういえば、スレイさんがいない?)
小さな店主と料理人に雑用係として働いている男性。カイトに紹介する前から顔見知りだった彼は、今どこにいるのだろう?




