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良縁悪縁ひっさげ歩む我が人生  作者: あすか
第二章
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第百四十三話「もっと派手に登場したかったぜ」「やめてくれ死人が出る」

その場にいた者全てが、この光景を作り出した彼女を目にした。この世界への降臨を望まれ、鮮血で河を、臓物で山を築いた、悍ましき悪の象徴の姿を。


「あ……あ、ァ………」

「ひぃぃ!!」


彼女は悪の象徴であり、恐怖の権化である。


狂信者たちによって存在を確立された、通常とは異なる生まれ方をした()()()()()()。ソレは、当時は偶像崇拝でしか語られていなかったものの、狂信者たちの数々の悪行により生きていた人びとの魂に刻まれ、語り継がれてきた『恐怖』。それを呼び起こす。


玉座の間にいた貴族たちが見たのは代々語り継がれてきたソレのイメージ。幻想だ。多少の差はあっても、必ずソレを語る上では必要不可欠なキーワードというのは存在する。今回、この場で彼らが見たのは鮮血だった。


どれだけ戦闘が好きで、血を浴び、肉を斬り、恐怖を克服したとしても、恐ろしいモノとして幼子の頃から聞かされてしまったら、問答無用でソレは恐ろしいと感じてしまうのだ。


語り継がれた、資料で読んだ等、方法がなんであれ悪魔を知る者であれば、彼女を見た瞬間に問答無用で恐怖と混乱に陥れる。


それが悪魔が持つ能力───『我、斯くあるモノ(ザ・フィアー)』である。



「───皇太子殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう。情けなく縮こまってるクソザコ貴族の皆様には心の底からの嘲笑を。『撃鉄公』カイトと契約した悪魔、ネルガダーヴァ・デモンズ・ブラッドロードにてございます。お見知り置きを、人類共」



漆黒のドレス姿で『撃鉄公』の影から現れた彼女は恭しくカーテシーをした。




「ネルガ、俺に何かしたか?」

「精神が悪に寄っただけ。悪魔(わたし)との契約よ、影響があって当然じゃない」

「それもそうか」


だから内心に留めるだけにせずハッキリと口に出したのかと納得する。


「会えて光栄だ、悪魔。お前のことはどう呼べばいい。そのまま悪魔か、ネルガダーヴァか、それとも敬称がいいか?」


おお、流石はジルク殿下。悪魔の『我、斯くあるモノ(ザ・フィアー)』をくらってるのに顔色一つ変えない。セレネスもか。ネラリア様は直立不動の顔面蒼白だ。


「お好きなように。ただ、ネルガと略称では呼ばないように。これは契約者にのみ赦していますので」

「分かった。では、俺のことも好きなように呼べ。わざとらしく行儀良くやらず、気安くやろう」

「アハッ、なんだバレてんのか」

「人を見下し蔑むような顔を隠そうともしてないお前が何を言う」


うん、コイツの笑みは見ていて正直腹立つ。いわゆるメスガキの顔だ。わざとなのがジルク殿下にバレるや、よく分かりましたイイこイイこ、とテメェ何様だとツッコみたくなるくらいには悪い笑みをしていた。


「ネルガダーヴァ、我ら帝国は大陸統一のために冬が開けた後に王国へ戦争を仕掛ける。その時、王国の抑止力である剣士と勇者の相手をしてもらいたい」

「言っておくけど、基本的にはそちらの要求には応じない。私の力を求めるなら先に契約者に話を通して。あと、タダ働きはイヤ」

「分かってる……代償、代価ってやつが必要なんだろ。なにがいいんだ?」


その問いに、ネルガはニコリと嗤う。この後アイツが吐く言葉に、周りがどんな反応をするのだろうかと思うとちょっと愉しみになるのは、やはり契約した影響だろう。


「頼み事一つにつき一回、必ず、血と臓物で満たした浴槽を用意してこの悪魔に捧げなさい」


あっ、何人か倒れた。


「この国にいる、男でも女でも子供でも老人でも誰でもいい。殿下、テメェが誰を贄にするか決めな。他人の命で悪魔の力が使えるんだ、それくらい安いもんだろ」

「それを皆の前で言わないでくれたら良かったな……」


悪魔の力は欲しい。しかし、その代償として、自国の誰かを贄として捧げなくてはならない。つまりは悪魔に頼るとジルク殿下の裁量で誰かが死ぬのだ。これを聞いた貴族たちは思うだろう、生け贄になりたくないからジルク殿下には逆らわずご機嫌をとろう、と。


(ジルク殿下の為人で成り立っていた帝国の(まつりごと)に恐怖心からくる忠誠という要素が加わった。彼にそのつもりが無くとも、生け贄になるのを避ける為になんだってやろうと貴族たちが勝手に動いて、いつかやらかす。……ジルク殿下には同情するぜ、恐怖政治の末路は悲惨らしいからな)


これで図らずとも一つ、目標を達成した。


「はぁ……それで、カイト。お前の体はどうだ」

「ネルガと契約したことで、これまで消耗した分は戻らず終いだがもう悪化はしなくなった。やっと帝国の為に力を振るえる───その前にまだ一つ、やることがある」

「ああ、その為にもお前はわざわざ鞍替えしたからな。こちらの用意は出来てるからいつ始めてくれてもいい。まあタタルからの報告を聞くに、しばらくは休養、その後に『泰山公』と鍛錬か」

「そうだな。一応、始める前に報告する。あと囚われの副団長殿は今夜中に()()させる、少し騒がしくなるぞ」

「あまり遅くまでやらないでくれると助かるな」


貴族たちを置き去りにして話が進む。隣ではタタルがチラチラと俺を見てくるが、アレか、そろそろドクターストップか?


「ねぇジルク殿下。カイトはまだ本調子ではないの。もう話すことが無いなら、彼を時計塔に戻らせたいのだけど?」

「っと、悪いなタタル。これで最後にするから。……という訳でカイト、改めてお前に問おう」


ジルク殿下が僅かに身を乗り出すようにして真剣な表情を俺に向ける。


「帝国はお前の目的に、お前は帝国の目的に、互いに協力をする。この関係は互いの目的が達成されるまで続行される。……その契約を、違えるつもりはあるか?」


それは、俺に接触してきたセレネスを通してジルク殿下と結んだ契約だ。ダメ元で言ってみたらまさかのオーケーを貰って面食らったのを思い出す。


恐らくネルガと契約したことで、俺が帝国との契約は最早必要なしと考えて単独行動するのでは、と思われているのだろう。確かにこの力があれば目的を達成することは可能だがその場合は帝国とも敵対関係になる。……あとは、ここで俺が契約続行の意思があることを示すことで、帝国にとって味方だと貴族たちに認識させるのが狙いか。


自身の拡張強化という点では帝国との協力は必須。それに色々と帝国でやることがある今、敵対関係になるのは悪手でしかない。


となれば当然、


「もう行く当てもない。この地に骨を埋める覚悟で来たんだ。微力ながら陰から帝国を支えよう。契約が果たされた後もついて行くぜ、ジルク殿下」


迎え入れてくれた者としての感謝と礼儀を尽くす為に肩膝をつく。それ倣ってネルガも、膝はつかないが、貴族令嬢を思わせる洗練された動きで頭を下げた。


「おう、よろしく頼むぜ『撃鉄公』」




■■■




二人の同士、『撃鉄公』と『天輪公』。そして臣下である貴族たちが玉座の間から出ていった後、ジルク殿下は肩の荷が下りたというか解放されたように、大きく、大きく息を吐いた。


「オイオイなんだよあの悪魔。一目見て分かってわ、アイツはやべぇ。王国の抑止力に対抗するどころか、勝てないと言わせたって報告で聞いたが、予想していた以上の異物感だ……」

「あの、わ、わた、私……意識を保つのに精一杯で、その、そそそ粗相とか───」

「ご安心をネラリア様、人間の尊厳は保たれています」


人の目を気にする必要がなくなり、ネラリア様はまるで老人のように杖にすがりつきガタガタを体を震わせていた。流石に彼女に悪魔の圧力は刺激が強すぎたか。


「セレネス、あの悪魔どう見る?」


そう問われて私はさきほどまでの事を思い返す。


「カイトが戻ってきた時にも話したんだ。そんで改めて見たあれの言動。どう扱えばいいと思う?」

「……ジルク殿下との会話で嘘は言ってはいないように見えました。力を求める場合の代償も、狂信者たちの逸話を考えれば妥当。必ず、と念押しするくらいでしたから、契約や約束事に関しては遵守する性質なのかと」


等価交換と言えるのかは定かではないが、報酬となる代償を払うのなら頼みに応じてちゃんと働きはする、タダ働きや代償を払わずにいたならどんな災厄が降りかかるか分からない、というところ。


「約束を守ってさえいれば関係は良好でいられるでしょう。問題は、彼女への報酬として誰を捧げるかです」

「……………死刑が決まってる、もしくは無期刑や終身刑になってる囚人から優先して、だろうな」

「浴槽一杯に、と言っていました。二人か三人くらいでは足りないでしょう。誰がそれを用意するかでも揉めるかと」

「ああ。そう何度も頼れるもんじゃない。……ああしまった、仕事量によって代償の量も変わるのか聞いておくべきだった」


私は直ぐにカイトから教わったやり方で彼とボイスチャットを繋ぐ。確認したところ、仕事内容にもよるからその都度聞いてくれ、とのことだった。


「話が通じる相手で良かった……」

「はい、場合によってはこちらが折れるしかないですね」

「それは仕方のないことかと。あちらは強大な力を持った存在です、私たちの常識では測れません。一度、手頃な仕事をお願いしてみて、様子を見たほうがいいと思います」

「ユキナから聞いたが、カイトが悪魔と契約して洞窟から出てきた時、あいつの刀の悪神が力を引っ込めたらしい。悪神が悪魔を恐れていた、と言ってたな」

「それは……」


ネラリア様が言葉を失う。


ユキナの力は私から見ても異次元だと言い切れるほどに凄まじい。そんな彼女が扱う妖刀の真価は私はまだ見たことはない。しかし、骨になり刀の芯にされたとしても悪の神を名乗る存在が恐れたとは……。



『───ええ、どうぞお見知り置きを。化け物』



「………………」

「ん? どうしたセレネス」

「……いえ、扱いには気を付けねばと思いまして」


あの時、悪魔はそばにいたユキナではなく、私に対して『化け物』と呼んだ。私からすればユキナの方がそう呼ぶに相応しいのだが、あれはどういう意味なのだろう……。


(まあ、今はいいか。悪魔の言葉にいちいち心を乱していてはこの先やってはいけないだろうからな。一先ずは今夜、行われる堕天に備えておくとしよう……)

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