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良縁悪縁ひっさげ歩む我が人生  作者: あすか
第二章
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第百四十二話「ある意味、勇者には感謝ね」「アイツほんと馬鹿」

「───よくもまあ、ここまで耐えられたものね」


寝台に乗せて寝かせた男の体を診る。一見、傷一つ無い、ほどほどに鍛えられた体。左腕を斬り落としたにしては皮膚は綺麗で、もとから片腕が無かったのではと思うほど。


「あなた、確か他者に気を分けられたはずだけど……彼にはやらなかったの?」


見学したいと言って部屋の隅にいる剣聖に声を掛ける。


「やろうとしたんだけど、無駄だと言って断られてしまってね。でもやらないとマズいなーって思って、彼が寝た後にこっそり、バレて怒られるのも嫌だから軽く、何回かに分けて気を与えたよ」

「それがなかったら彼は道中で衰弱死してたでしょうね。……彼が結んだという契約、見ただけで分かるわ。かなり高位のものよ。流石は王族の秘術」

罰則(ペナルティ)はどういったものなんだい?」

「精気を少しずつ奪う呪い。早く帰ってこれて良かったわ。あと数日遅ければ、彼は生きた屍になるところだったもの」


寝台の横にいくつものメスなどの道具や器具を用意しながら彼女は分析する。


「まあ、これからはあの悪魔がこの呪いを餌にするらしいし、これ以上の悪化はないと見ていいわね。問題は、この弱った体が施術の負担に耐えられるかなんだけど……」


一番の問題はそこだった。今、男の体は非常に弱っている。さっきまで立って話していたのが信じられないくらいだ。転生者、つまりはただの人間ではなく上位種だったのも、生き長らえた要因なのかもしれない。


「やれるのかい、タタル?」

「私を誰だと思っているの、ユキナ」


そう問われて彼女───タタルは不敵な笑みで応える。


「四公が一柱、『天輪公』。そして『ガザリア魔道技術開発局』の長を兼任し、三世代は先の魔道具と医術二つの技術を手繰り寄せた女よ。これくらい、どうってことないわ」


タタルは物作りの天才だった。


帝国生まれだが、攻めっ気の強く力こそパワーだと素面で言う帝国人には無い柔軟な考え方を、彼女はちゃんと持っていた。生粋の帝国人に蔑ろにされてきた技術者を率いて、その若さで数多の画期的な魔道具を開発して、その界隈では知らぬ者はいないと言わしめた。


しかし、上手くいっていた反動か、ある日を境に彼女はスランプに陥った。何をしても上手くいかず、新しいアイディアが思いつかず、失敗を繰り返すばかり。天才もここまでかと落ち込んでいた時、王国が勇者と共に異世界人を徹底的に排斥していることを知る。


()()()()()()……異世界の、天才の自分でも知らない知識にタタルは活路を見出した。直ぐにジルク皇太子やセレネスに直談判し、行き場のない異世界人を帝国で受け入れるよう求め、各地に散ってしまう前に多くの異世界人を迎え入れることに成功する。しかも幸いなことに、彼らの中には医療に精通した者、分野問わず開発に携わっていた者といった……高度な技術を持つ者がいた。


歓喜したタタルはそんな彼らを集めて『好きに考え、好きに開発し、好きに追求し、高め合う』のスローガンの下、『ガザリア魔道開発局』を設立した。


「この施術だけじゃない、その後のフォローも、完璧にやってみせる。部下が言ってたんだけど、こんな時、異世界ではこう言ってたらしいの───『失敗しないの、私』」


最後にそう言ってタタルは執刀を始める。


「気が散るからここからは話しかけないでちょうだい」

「はーい」


そこから五時間、目の前の患者を助け、そして恩を返すべく、タタルは己の戦場で戦い続けた。




■■■




タタルは医者であると同時に義肢装具士でもあった。


血の気の多い帝国人は何かにつけて戦いだ決闘だと争いごとを起こし、変な負けず嫌いが発症して無茶をして、体のどこかを欠損するなどよくあることだった。しかもその状態でまた戦うのだと言って戦場に行ってはまたどこかを失うループ。最後はダルマになって戦えないのでは生きる意味はないと、舌を噛み切って自殺する者が出る始末。


そんな状況にタタルは何かいい解決法はないかと考え、思いついたのが、どれだけ激しい戦闘をしても壊れない義肢装具だった。


部位欠損や後遺症のハンデを無くし、戦いたいという患者の願いにも応える、しかもただの肉体では持ち得ない拡張性まで得られるとなり、一時期は謎の義肢装具ブームとなるほど。


「すげぇな、ちゃんと動く……」


左肩から伸びる球体関節の左腕を動かしながら呟く。


俺が目を覚ます頃には帝国に戻ってから一週間も経っていた。


「仮拵えだけど防水・防塵加工もしてあるから問題なく日常生活することが可能よ」

「流石に戦闘には向かないか」

「当たり前よ。それに、先ずは体力を回復させることが最優先。かなり危険な状態だったんだから、貴方」

「だろうな。感謝するぜ、タタル先生」


見覚えのない豪華な部屋のベッドに寝かされていた俺は、様子を見に来たタタルから診察を受けながら、色々聞かされた。


先ず、俺がいるこの部屋は、帝都にある時計塔の天辺にある『カイト専用部屋』だということ。この部屋は、なるべく高く帝都を見渡せる場所に部屋が欲しい、という俺の要望に応えてセレネスが用意してくれた部屋だ。恐らく、別の部屋には長くほったらかしにしていた『あの人』が軟禁されているだろう。


次に俺よりも二日早く目を覚ましたというラウについて。俺が眠っている間、ラウは体力回復に努め、復帰すると直ぐにユキナに頼み込んで鍛錬に励んでいるらしい。これまで勝てない相手との戦いばっかりだったから、直接文句を言うことはなかったが、アイツの中では思うことがあったはず。


だが強くなってくれるのであればラウの『用途』も増えて助かるというものだ。


「うわっ、悪い顔。その目と相まって余計に悪人面に見えるわ。───うん、接続部や関節に異常無しね。そうだ、起きて直ぐで悪いけど宮殿まで来てくれる?」

「あー……殿下への報告か?」

「そう、先にユキナがある程度のことは話したけど、殿下は直接話を聞きたいらしくて。万全ではない状態だろうから私も付き添う」

「まあ話をするくらいなら大丈夫だろ、行くか」


ベッドから降りる。軽く身支度を終えると、タタルは天井へと顔を向けて、


「───ヌル、私と彼を宮殿まで転移させてくれる?」

『かしこまりました』


パンッという音と共に、俺とタタルは『ススランカ宮殿』まで転移で飛ばされた。


「ヌル……ヌル……ああ、時計塔の……」

「その通りよ。ほら、行くわよ」


タタルの後をついて行く。途中、すれ違う高官らしき人たちが俺の顔を見て腰を抜かしたり、驚いたりして逃げていくのを見ながら大きな扉の前まで来た。


「玉座の間か」

「この先に殿下、ネラリア様、セレネス、あとは大勢の貴族がいるわ」

「うへぇ……」


扉が開き、中へと入る。


「ようカイト、具合はどうだ?」

「はっ、報告が遅くなり申し訳な───」

「おいおい忘れたのか? んな堅苦しいのはやめろ、目が覚めて間もないんだ、楽にしてくれていい」

「んー、だったらそっちから来てくれてもいいだろ。病み上がりに無理させんな」

「貴様ァ!!」


ジルク殿下だけでなく、大勢の貴族が両サイドに並んで俺を見ている手前、不慣れだが礼儀作法はしっかりしようと肩膝をつく───前に止められる。そんで殿下がそう言うのならと、畏まらずに、正直なことを言うと横から貴族の怒号が飛んできた。


「そう怒るな、レグルス公爵。俺が良いと言ってるんだぜ?」

「それについてはいいのです!! しかし、殿下の立場を無視したようなあの者の返答は断じて許せるものではないでしょう!!」


殿下と接する態度じゃなくて怒ってるのはそっちかぁ。


「タタル、これ謝った方がいい?」

「へーきへーき、いつもの流れ。お約束ってやつよ」

「なら良いのか」


皇太子殿下はとても寛容でいらっしゃる。


「───さて、ユキナから大まかには聞いて状況は理解している。ただお前の口から直接話を聞きたいってやつがそれなりにいてな。特に、悪魔のことをだ」


なるほど、と俺は周りを見て納得した。随分と警戒されていたからだ。


「世界中の人の恐怖の象徴……そんな存在が帝国に入ってきたのにも関わらず、なんの説明もなく一週間音沙汰無し。そりゃストレスがたまるのも無理はないか。しかし、まさか……っ、……」


変だな。以前までの俺なら、()()()()()()()()()()()()()()


「同士よ……」


心配してくれたのか、それとも気付いたのか、ジルク殿下の後ろに控えているセレネスが声を掛けてくる。


()()()()()()()?」

「いや、ちょっと、可笑しくてな。ふっ、ク、クク……はははははっ!!」

「貴様、なにが可笑しいというのだ!!」


レグルス公爵とやらが怒鳴り、俺はなんとか落ち着かせようと大きく息をはく。そして俺は思っていることを包み隠さず、我慢できず、正直に言った。


「はーっ、いや失礼。まさか、王国以外の国を支配し、今や大陸統一に王手をかけている、武において他の追随をゆるさない気高き帝国貴族の方々が、まさかたった一匹の悪魔にビビる小心者の集まりだったなんてな!!」

「なっ───貴様、我らを侮辱するか!!」


その瞬間、ジルク殿下、ネラリア、セレネス、タタルを除く他全ての貴族たちが怒りで顔を真っ赤にし、各々腰の鞘に納めていた剣を抜いた。




■■■




(……ほう?)


セレネスはこの事態に驚きながらも冷静に分析する。


(カイトなら、一応はと無難な言葉で謝罪して場を収め、それから本題に入ると思っていたのだがな。……いささか、らしくないぞ)


この場にいる者全てを嘲笑うような彼の態度はジルクが一番嫌うものだ。厳密にはジルク『を』嘲ることが厳禁だが、それを承知の上で、しかも貴族たちの前でやるとは思っていなかった。


「殿下」

「いや、あれは俺に向けてのものじゃない」


念の為、ジルクに確認する。そう、カイトが笑っている対象は貴族だけ。それはジルクも分かっていた。


「しかし驚いたな、アイツはもう少し考えてから行動するタイプだと思っていたんだが……」

「見たところ完全に本心から笑っています。タタルの困惑した様子から、ここに来るまで変わった様子はなかったのでしょう。そうなると、恐らくは……」

「お前にギャンギャン喚いたっていう悪魔、か」


ジルクが原因と思われる要素を呟く。それに応えたのかは定かではないが、カイトの笑い声に変化が生じる。



ククク(フフフ)はははははは(アハハハハハ)───!!」



カイトの笑い声に、誰かの、女の笑い声が重なって聞こえ始めると同時に───玉座の間は鮮血で赤く染まった。

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