第百四十一話「ねえねえカイトくん」「鯉口を切りながら来るな!!」
山を覆う黒霧を俺の周囲だけに集め、念の為にレンと、手足を撃ち抜いたシム団長たちを拘束する。『魔は独り、騒乱に酔う』によって発生させた黒霧は、単純に『闇影』の能力を無制限に使えるようにする程度の技。その力がどれほどのものかはレンとの実戦で把握した。
「レン!? それに、カイトっ、お前……!!」
レンに銃口を突きつける俺を見てシム団長が声をあげる。
「すみません、シム団長……」
「一応拘束してるが抵抗はオススメしないぜ。シム団長、それに先輩方。あっ、団長の声デカいんで口は塞いでおくわ」
「モゴモゴ!?」
シム団長の口元を黒霧を『手』として覆う。それだけで、モゴモゴムームーと唸る声が漏れる程度に抑えられ、あの大声量で耳がイカれることはなくなった。
(ディクテイター……独裁者、か。詠唱にその名前も聞いたこともなかったのに淀みなく言えた。転生した時と同じ、あの悪魔に与えられた知識……)
『闇影』……光が届かない影、暗闇、暗い場所、そういった場所を介して好きにやれるとは、だいぶ壊れた性能だ。まさか、ノーモーションで、相手の服の下の肉体に直接銃口を当てられるとは思わなかったが……。
「やっほー、カイトくん。ちゃんと目的は果たせたみたいだね」
「なにが『やっほー』だ、好き勝手やりやがって。あとでラウに詫びとけよ。そんなになったのはお前が原因だろ」
「カイト、様……ワタシ……」
「よく凌いだな、ラウ。よくやった」
「はい……」
足音をたてずに現れたのはユキナだ。全身傷だらけのラウを背負っている。あの暗闇の空間から外の状況を見た時、ここでやらかすのかあの女ァ、と思ったね。レンがここに駆け付けたことは予想外だったし、ユキナはレンにご執心だから、避けられなかった展開だったわけだ。
ラウの状態は言ってしまえば重傷で出血も酷い。よくまだ意識を保っていられると感心する。医療キットを召喚し、ユキナに手伝わせて、手早くラウの全身に厚い包帯を巻く。
「これで傷は完治した。ただ、失った血と体力は回復しないから安静にしとけ。ユキナはラウをちゃんと背負ってろよ」
はーい、と返事をするユキナ。そもそもお前が私情を優先しなきゃこんなことには……いや、もう過ぎたことだし、小言は後にしよう。今は、アイツの相手をしなきゃならんわけだし。
「───カイト!!」
「…………そりゃ、来るよな」
少し離れた高台の上、そこからこちらを見る狐妖族の女性。種族固有の『格上げ』によって二尾となり、レンの強さに目が行きがちだが、魔法に関してなら最高の位置にいると言ってもいい術師。俺の相棒として、かつて騎士団で共に戦った、最愛の人……、
「久しぶりだな、オウカ。会えて嬉しいぜ」
「カイト、本当に……帝国騎士になったんだね……」
「ああ、セレネスからは同士と呼ばれ、しかも役職つきと好待遇だ。そうだ、改めて名乗っておこう」
複雑な表情のオウカ。しかし、アイツの短剣を持つ右手を見れば、微かに震えて左手で押さえつけている。オウカの中で、俺が『殺すべき帝国騎士』か『告白したかつての相棒』の二つの感情がせめぎ合っているのか。そんなに迷っていられると、こっちも『もしかしたら』なんて変な可能性を思い描いてしまいそうになる。
「俺はカイト、『撃鉄公』の名をいただき、帝国最高戦力、通称『四公』───そこに五人目として新たに加わることになった、王国の裏切り者だ」
だからこそ、ここで立場の違いをはっきりさせる。俺とお前は敵同士で、かつてのような関係は終わったのだ、と。
「っ……う、ぅぅ、うああぁあああ───!!」
ほら来た。オウカの、帝国騎士に対する殺意の強さはよく理解している。完全に敵として認識させれば、俺であっても容赦なく攻撃してくる。
(そうだ、それでいい。俺のルートは一つだけでいい。俺を恨め。俺を憎め。殺したいほどに。今がその時ではなくとも、俺を殺すのはお前以外にいない……)
燃え盛る短剣を、黒霧を『手』の形にして受け止める。
「攻撃したな」
「っ、あ……」
「お前は間違ってない。正しい行いだ。俺は王国を裏切り、大勢の貴族と仲間を殺し、帝国騎士になった。お前が殺すべき対象だ」
「く───ぅぅ、あああああっ!!」
オウカは目を見開き、両手で短剣を持って力任せに振り下ろすと、黒霧は斬り払われる。
「形を与えたのが駄目だったか。まあ、形あるものは壊れると言うしな。いやこれは単純に『仙狐』の力が上回ったのか……?」
「なにチンタラやってんだテメェ、いつになったら帰るのよ!! あと、力の使い過ぎ!! これ以上やったら贄の追加だけじゃ済まなさねえからな!!」
「!? この声……」
突然、足元の影から甲高い声がした。
「悪い悪い、もう帰るってネルガ。───ユキナ、近くに」
「うん」
『闇影』の特性、そしてネルガと契約したことで獲得した魔力、この二つがあれば転移の真似事だって可能だ。……場所はススランカ宮殿の中庭でいいか。足元の影を拡大する。それが『口』であるなら出入り口としての役割だってなせる。入口と出口、その二つの地点を指定すれば、その間に必ずあるべき繋がり……つまり道が生まれるはず。
「カイト!!」
「カイトさん!!」
オウカとレンが叫ぶ。ラウは……気を失った、か。
「最後に一つ。帝国は戦後処理で忙しく、今後更に慌ただしくなる予定だ。王国との戦争の準備にも影響は出るだろう。だからそちらも余裕を持って、でも急いで、準備を進めることだ」
「カイト、待っ───」
影の『口』を開く。
穴に落ちたような感覚と共に俺とユキナ、背負われたラウが影に沈み、視界は真っ暗となる。
「おお……」
何か感じたのか、ユキナが声を上げる。そしてグンッと体が持ち上がるような感覚に変わると、影は『口』から俺たちを排出。出てきた場所はさっきまでいた山間部ではなく、目的地であるススランカ宮殿の中庭だった。
『セレネス、中庭に来てくれ。一応医療班も』
『同士? ……なるほど、直ぐに向かおう』
ボイスチャットでセレネスに連絡を入れる。少し驚いたような反応だったものの、直ぐに白衣を来た男女数人と『天輪公』タタルを連れて、中庭に駆け付けてきた。
「ラウを頼む。かなり無茶をさせた」
「っ、……お任せください」
「……カイ、ト、さま………」
医師らしき男と看護婦たちが俺の顔を見てギョッとするも、直ぐにラウを担架に乗せて運んでいく。見えなくなるまで彼らを見送って、
「───っと……はぁ、疲れた」
俺はようやく気を抜くことができた。
「長旅ご苦労だった、同士よ。目的は果たせたようだな」
「ああ……直ぐに殿下に報告したいところだが、俺もそろそろ限界だ。もう歩けねえ」
「セレネス、詳しい話は彼が回復してからにしてもいいんじゃない? 私から殿下に、これまでのことをざっくり話しておくからさ」
「それでいい。ジルク殿下も、同士の体のことは知っている。『目の前でブッ倒れられても迷惑だから寝かせてやれ』とのことだ」
気遣い痛み入る、ってもんだぜ……。
「タタル、俺の『左腕』は?」
「転送してきたカチカチの左腕をもとにとりあえず試作品は作ってあるわ。あとは一度繋げて調整、そちらの要望も取り入れながら仕上げていくだけよ」
「なら、寝てる間にもう繋げといてくれよ。お前なら施術の負担を最小限に抑えるくらい余裕だろ」
タタルの技術力は調べがついている。魔道具の開発において彼女に勝る技術者はおらず、兼任で医者もやり、兵器開発と医療の二つの面で帝国を支える才女。戦いが好きなこの国では彼女の技術はあまりにも有用なのも含めて、な。
「腕一本繋げるくらい容易いわ。任せなさい。あなたのお陰で『キビシス商会』から格安で商品を買えるようになったし、借りを返さないとね」
「なら安心、だ──────」
そうして俺の意識は暗転する。
倒れる直前、セレネスが俺を支えようと手を伸ばたところに影が阻んでネルガが出てきたが、それを気にする余裕は無かった。
「───ふむ、貴女が同士と契約した悪魔か」
「ええ、どうぞお見知り置きを。化け物」
セレネスを睨みつけながら悪魔は言う。
「なにか勘違いをしているようだ、私は彼に対して何かやろうという意思はない。早急にタタルに治療をしてもらおうと思い、彼を運ぼうとしただけだ」
「……そのようね。私はそういった意思には聡いんだけど、純粋に急いで運ぼうという意思しかない。テメェの化け物っぷりに思わず体が動いたわ」
「なるほど、同士を守ろうとしたのか。同士が死んでしまえば貴女は消えてしまうから」
把握した、とセレネスが頷くと、ハァ!?と悪魔は声をあげる。
「それこそ勘違いってものよ。守ろうとしたんじゃないわ。せっかく契約して現界できたのに、その日に終わりを迎えるのが嫌なだけ!!」
「では、そういうことにしておこう」
「なにその『ハイハイ分かった』みたいな顔はァ!! あと、生暖かい目で見てんじゃねえ!!」
「してないが?」
「してるから言ってんだよ、クソが!!」
ムキーッと悪魔がまくしたて、セレネスが平然と受け流し、それが余計に悪魔を苛立たせる。
「ねぇタタル、私たちでカイトくん運ばない?」
「そうね、なんか長引きそうな感じがする……」
大人しく待ってるわけにもいかず、ユキナはタタルに手伝わせてカイトを運び出そうと背負う。そして、去り際にチラッと横目に見ると、
(うん、少なくとも私のことは、彼女から警戒されてはいないみたいだね)
カイトと契約した悪魔の女。彼女はセレネスに向かって盛大にキレ散らかしながらも、体を影にして、ジェスチャーでユキナに伝えていた───『早く行って』と。




