第十四話「僕と契約して」「言わせねえよ!?」
二ヶ月前、わたしは全てを失った。
『召喚魔法』の名門であるアレイスター家は身に覚えのない理由で王家の近衛騎士と勇者カムイによって屋敷は壊され、取り押さえられたお父様はその日の内に無実の罪で処刑された。
悪い夢だと思った。
夢なら覚めて欲しい。嘘なら止めて欲しい。幻なら消えて欲しい。出来ることなら……わたしの、同じ『召喚士』として尊敬する大好きなお父様を、男手一つでわたしを育ててくれたたった一人の家族を、殺さずに、生かして欲しかった……。
「なあ国王、あの娘はどうすんの? 殺しとく?」
「捨て置け、カムイよ。オルキスと違って『召喚士』としての素質は無い、害にもならん」
あの時の恐怖を、わたしは忘れない。
自分の無力さを、わたしは許さない。
見逃されたわたしは僅かに残った財を持って『平民街』にある、かつてアレイスター家で『召喚魔法』を学んでいた者が使っていた家に逃げ込んだ。長く使われてなかった家はボロボロだったけど、初級の魔法でなんとか生活できるくらいには修復できた。
「……お父様、いつか、いつか必ず……お父様の無実を証明してみせます。今よりも強くなってもっと強い精霊や魔獣を従えて、またこんな事が起きた時ちゃんと戦えるようになって、わたしは復讐を……復讐……を───」
復讐を果たす。その言葉をわたしは言い切ることが出来なかった。『召喚魔法』を学ぶ前にお父様なら言われたことを思い出したから。
『ルイズ、召喚に応えてくれた精霊や魔獣はお前が願う通りにするだろう。誰かを救えと言われれば救い、誰かを殺せと言われれば殺すだろう。だからこそ、その力の使い道はよく考えて使うことだ。決して悪の道には堕ちてはいけないよ、優しいルイズが召喚したものは皆優しい存在だ、そんな彼らまで悪いものにはしたくないだろう?』
召喚された存在は召喚者の精神の影響を受ける。元は害の無い、心優しい種であろうと召喚者の怒りや殺意と同調し攻撃的なものに変貌してしまうのだ、と。
一度、それがどんなものなのか、お父様に見せて貰ったことがある。お父様が召喚したのは小さな人の形をした水の精霊で明るい笑顔が印象的な可愛らしい子だった。その子がいきなり暴れだして、見た目まで恐ろしい姿になってしまった。
狂ったように叫びながら暴れる精霊に目一度を背けて、もう一度見た時、精霊の目から流れる涙に気付いて、胸が締め付けられたように痛くなった。
精霊も魔獣も生きている。人のように性格だって違うし、中には暴力を嫌う心優しい個体も確かに存在するのだ。そんな子にとって、召喚者の激情は毒であり、痛みであり、苦しみである。わたしは彼らにそんな思いをして欲しくはない。
「っ───わたしは、お父様のような立派な『召喚士』になって……お父様の無実を証明して……間違ってるものを正して……アレイスター家を再興させてみせます……!!」
だからわたしは復讐よりも、良き『召喚士』の在り方を選んだのです。
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「───と、そんな感じです」
「きっっっついわ」
口から出た言葉に隣に座ってたオウカが俺の頭をスパーンとひっぱたいた。
「痛い……」
「本人にとって辛い話を言わせておいて一言で片付けるからだけど?」
「きっついしか言えなかったんだよ」
『冒険者ギルド』を後にして俺たちはルイズとレンが住んでいる家に場所を変えた。
先の話にもあった、あちこち修復された二階建ての古い家は『平民街』の隅、ぎりぎり『貧困街』に入っていないエリアに建っていた。『平民街』と『貧困街』が隣り合ってるエリアは何かと揉め事が多いから、元はお嬢様の少女が住むにしては危なっかしい位置ではある。
ちなみに魔獣のロルフは体が大きくて家に入らないので家の前でお座りさせている。
「しかし、社交界デビューもしてない子供が中々にしたたかじゃないか。他の令息や令嬢でもこうはならないだろ」
「お父様の育て方が良かったのよ」
ルイズの年齢は14。まだまだ小さな子供がいきなり天涯孤独とか人生ハードモードにも程がある。なのに悲しみに暮れたりせず、父親の身の潔白に家の再興を果たそうとするその意志の強さは、亡き父親の教育の賜物だろう。
『冒険者ギルド』の前で喚き散らしていた時とは別人だと思えるくらいに落ち着いた雰囲気で、父は凄いのよ、と言いながら紅茶を飲むルイズ。
「なるほど、じゃあレンはいつルイズの従者に? 元々アレイスター家にいた訳でもないだろう?」
「僕は……その……」
レンが口ごもる。なにやら助け船が欲しそうな感じでチラチラとルイズを見ているな。ルイズの身の上話を聞く前に軽く自己紹介をしたが、レンの年齢は17だった。しっかりしろ、明らかにルイズより年上だろお前。
「以前、わたしが『貧困街』の人達に絡まれた時に助けてくれたの。実力もあったし害も無さそうだから、住む場所と服と食べ物を提供する代わりにわたしの護衛として従者にならない? って取引したの」
「なんだ住む場所とか無かったのかお前」
「えっと、はい、そうですね……」
アハハと笑顔を取り繕うレン。
「色々ありまして……」
「そうか、まあ誰だって辛いことや大変なことがあるからな」
レンの言葉に話を合わせながら俺はチラッと視線を部屋の壁へと移す。そこに立て掛けられていたモノを見て、おおよそ見当が付いた。
「んで、そのルイズの従者殿が連れてきた番犬だが……」
人の言うことは聞く。敵意はない。強さも申し分なく番犬としてちょうど良い。そして───レンに従属している。これなら問題ない。
「ロルフを使い魔として契約する、これが一番良い」




