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良縁悪縁ひっさげ歩む我が人生  作者: あすか
第二章
139/170

第百三十九話「テメェ、出番少なくね?」「言うなっ」

そこは、石壁に取り付けられた燭台の蝋燭くらいしか光源が無い真っ暗な螺旋階段だった。不思議と呪いの影響は無く、なにかに誘われるように俺は階段を下っていく。



『初めて人を殺したのはいつ?』



一段一段降りていくと、俺をここに呼んだであろう相手からそんな問いを投げられた。いきなり()()から聞くのか。


(………転生前。間接的に、だな)


殺すか殺されるかの戦闘とかじゃない。


俺が『縁』を活用して活動する上でたまに出てくる、こちらの仕事の妨害をして、利益を得ようとする『邪魔な人間』。その対処をそれとなく知人に頼んだら、巡り巡って結果的にそうなったことが何度かあった。


転生してからは、良くも悪くも機会に恵まれた。さっき言った前世での話と、こっちでの騎士団の仕事もあって、いつの間にか手を下すことには慣れてしまっていた。


まあ、撃てはするけど、その後は決まって命を奪ったという実感で精神的に参ってしまってたな。


『灰街』で買った薬で気を紛らわすか、胸の奥に押し込んでただ耐えて、アイツの前では平然を装ったもんだ。


(住む世界が違ったからな。たいていのことは直ぐ慣れるモンなんだが、この世界の価値観に慣れるのは流石に時間がかかった)


特に、騎士道。あれは性には合わない。


華々しい活躍。正義の象徴。騎士を素晴らしい者だと、みんなが口を揃えて称賛し、憧れる。


だがそれは戦場を、人を殺すということの意味を、何も知らないから言えることだ。前世で俺は知った……人を殺すということは、ソイツや、ソイツの家族、友人、仲間、関わりがあった全ての者からの憎しみを買うってことだと。そしてその憎しみの矛先は、決して自分にだけ向けられるものじゃない。


憎しみは増大するし、増幅する。膨れ上がった汚泥は大きな波となって敵を飲み込み、戦火となって全てを焼き尽くす。自分や、自分が守りたいものも、全てを。


騎士はな、国を、民を守る、正義だなんて言われてるが実際は違う。


口では綺麗事を言いながら、国よりも守りたいものがあるから戦って、人を殺すんだ。国を守れることで結果的に本当に守りたいものを守れる、と。そして敵から向けられる憎しみを受け入れて、いつか殺した者たちの手を取って堕ちて行く。


(……話を戻すか。この体が、人殺しをするのを拒んでいるのは分かっていたんだ。命を奪うだなんてやりたくなかった。殺すって行為が怖くてたまらない)


だが、俺は撃てた。敵を定め、策を講じ、敵を盤の上から消し去ってこれた。─── 一言でいえば『体がその行為に慣れた』んだ。嫌がりながらそうすることも、最後に俺がやった行為を再認識し、極悪人であっても人を殺したという事実に胸を痛めることすらも……()()()()()()、と。


処理を任せる時、知人からは、声音が機械のようだと生前に言われたことがある。なにを馬鹿なことを、と鼻で笑ってやった。


機械が自分がしたことに罪悪感を抱くか?


苦悩するか?


……俺は中途半端だ。


慣れたとはいえ、殺すことを恐れ、死者の命を背負えるほど心は強くもない。機械になれず、外道にもなりきれない、どうしようもない半端者。


だがこれからやることは、今の───半端者のままでは不可能だ。だから、俺は、



『だから私と契約して完全な外道に、って? 一応聞くけど、『なる』のか、『なりきる』のか、どちらなのかちゃんと判断できてんだよな?』



(……………………)



『そこを間違えると後が悲惨だからせめてハッキリさせとけよ? ……とは言っても『完全な外道に』って言ってる時点で、真人間としては間違いだから悲惨なのは確定なんだけど、その様子だと分かってはいるのね』



(分かっている。分かった上で、俺はお前の力を求める)



『ふーん。……まあ、私としては貰えるものは貰えるから別にいいけど。言っておくけど、相応の覚悟がないと目的を達成することはできないぜ? ここを出た瞬間から、テメェは全てから恨まれ、憎まれる』



(……だろうな。なにしろお前という存在はこの世界で一番の嫌われものだ。そしてそれを求める俺も、そのブラックリストの仲間入りになる)



『いまさら有象無象からなにを言われて気にするテメェじゃねえだろ。ああでも、特にあのキツネからの眼差しだけは一番キツいんじゃね? ……そうして沢山の『負』を一身に受けて全部片付くまで、テメェのザコい心は今のままでいられんのかよ?』



そう問われて俺は笑う。そもそも、ここに来た時点で覚悟は決まっている。



(やることやって全てが終わるまで、俺は悪魔にも外道にもなってやるよ───そうして最後は背負った(いのち)の手を取って、奈落の底に落ちるさ。あと、どうせ殺されるならアイツの手で……)



『……本当に、どこまでもバカな野郎だぜ。大事な女の為にとか、正気の沙汰じゃないって』



(別にアイツの為じゃない。……まあ、大事なのは否定はしないけどな。なんだ。こういうのは嫌いか?)



『いいえ、嫌いじゃない。むしろ好きよ、そういうの。テメェみたいなのが一人くらいいた方が、このつまらない世界史に彩りが出来て盛り上がる』



長い長い螺旋階段を、ようやく降り終える。


そこは無限に広がる暗闇、地面を埋め尽くす大量の血と臓物。怖気が走り、吐き気を催すその中心。血で満たされたバスタブから、一人の女が出てくる。


鮮血のような赤く艶のある長い髪、白磁のような柔肌、起伏のある肉体、黒目と白目が逆転したつり上がった細目、残忍さと妖艶を備えた、嘲笑うかのような笑みを浮かべる、美女だ。


伝承にある悪魔の姿とは違うが、彼女がそうなのだろう。



『私の力は───『闇影』、あとは悪魔としての基本的な力を使える。対価は血と臓物、そしてテメェに刻まれた『王国の契約』から出る呪い。それでテメェは私と契約している限り生き長らえ、その代わりに人の道を外れて魔に堕ちる。誰もが怖がってチビっちまう最悪の象徴になる』



人差し指で額を突かれる。すると一瞬の頭痛がした後、彼女が言った能力の知識が流れ込んできた。ふむ……なるほど、これはいい。銃と合わせればけっこう凶悪だな。



(予約から長らく待たせてしまったな。契約して早々派手に、とやるつもりは無いんだが……控えめにしつつも景気よくやるぞ)



『えー、もう、仕方ない……イイぜ───さあ契約者、外に出て、悪魔の再臨を宣言しましょう? 愉しく、優雅に、血染めのダンスを踊ろうじゃない!!』



悪魔は目を赤く輝かせ、暗闇の空間に亀裂が生まれる。直に外に出るのだろう。


(さて、と……)


王国でやることは終わった。


あとは帝国でも同じことをやるだけ。


暫くは飼い犬を演じて、隙を見て事を進めていくことになるか。途中でセレネスとかに気付かれて、邪魔されないといいが……。


それから、今の王国と帝国では戦力差があり過ぎるのが気がかりだ。このまま戦えば王国は負けてしまう。徴兵や新兵を募って増やしても意味がない。たった一人で戦況を一変させられるような、それこそ勇者やレンのような、大きな力がもっと必要だ。



『あっ、ならちょうどいいヤツを知ってるわよ。警戒されるのは間違いないけれど、たぶんテメェの狙い通りに出来ると思う』



(そんなヤツがいるのか?)



『知ってるとは言っても面識はないわよ。何ヶ月か前に、やたら強い光の魔力と、やたら生気に満ちた二人の人間がいきなり現れたのを感じ取っただけ。この世界の人間じゃないのは確か』



(つまり俺やレンのように、別の世界から召喚か転生でやって来た人間ってことか。……って、その組み合わせ、たぶん『アイツら』だよな?)



『んん?チッ……なあんだ、もう会ってたのね。ならもう案はないわ。それで王国側につくように頼むの?』



(いいや、選ばせる)



先ずは相手の性格を理解してからだが、選択肢を与えながらも王国側を選ぶような言い方と状況をなんとか作る。そうして一度でも盤の上に立ててしまえばこっちのもんだ。


盤から出たくても出れないよう、絶えず状況を動かし、自身から戦火に飛び込ませる。



『なるほどね。それならあとから何を言われても、選んだのはそちらだ、って言い訳できる。選択肢があるように見えて実際は一つのルートだけのクソ仕様。いい性格してんな、テメェ』



お褒めに預かりまして。


亀裂から光が差し込み、風が吹き込んでくる。そういや外の状況はどうなって、


(アァ……?)


状況把握。ラウがやべぇ、あとユキナを一発はたく。その為にもやっぱ初手から派手にやろう。やれやれ、今まで大人しくしてたから大丈夫だと思ったのに。


(───『霧よ。影よ。魔の手よ。絶えず広がり、太陽を遮り、全てを黒く染め、光なき闇の箱庭を、我が狩り場を作り出せ』……)



『あら、なによ、やっぱり派手にやるんじゃない』



(状況がああでなかったら控えてたんだがな。ゆっくりしていられなくなった。『闇影』……お前の力、使わせてもらうぞ)


影、闇、光のない暗い場所。それはどこにでもある。悪魔にとってそれは目であり、手であり、口である。光を遮り、暗闇を作り出せば、そこは文字通り俺の狩り場だ。


(そうだ、お前の名前は?)



『今それ聞くのね。まったく、ちゃんと覚えなさい、私の名前はネルガダーヴァ・デモンズ・ブラッドロード。契約者のテメェは特別にネルガと呼ぶことを許すわ』



(それは光栄なことで。それじゃあネルガ、これはお前に出会えたことを祝う祝砲代わりだ。死は招かないが、全員がお前の前に跪くだろうさ)


手を伸ばし、掴む。影を通してラウに貸した【保管庫】の指輪がオレの手に戻ってくる。そしてネルガの『闇影』と掛け合わせる。


暗闇が目なら、そこを通して標的を見れる。


暗闇が手なら、両手が使えずとも銃を持てる。


暗闇が口なら、銃口として利用できる。


この世界の能力が額面通りではないことは分かっている。見たままに囚われず、見る角度を変えれば違った解釈ができるように、自由度が増すのだ。



「……さあ、悪の誕生だ。尽くを抉れ、第一の惨禍───『魔は独り、騒乱に酔う(ディクテイター)』!!」

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