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良縁悪縁ひっさげ歩む我が人生  作者: あすか
第二章
138/170

第百三十八話「怒れる狐」「離れたくない猫」

「はぁ、はぁ、はぁ……ゲホッ───」


勝てないことは分かってはいた。


予め聞かされていたし、こうして対峙しただけでも、あの『月鏡刃』と戦った時を思い出すような、明らかな格の差をひしひしと感じるし、()()()()()()との相性が悪すぎるから。


それでも、カイト様がいる洞窟に行かず、ワタシに意識を向けているこの状況は、なんとしてでも維持しておきたい。


既に『サザール騎士団』は洞窟の前まで来ており、デコイで常に数を増やす『ワタシたち』が、ギリギリのところで食い止めている。ここでワタシが倒れれば彼女は洞窟へ行くだろう。そうなればデコイも全滅し、カイト様の目的が阻まれてしまう。


……あと、流石に剣聖様であっても、今回のことは文句の一つや二つ言いたい。


「ぅ、ぐッ……ううぅぅ……!!」

「ふーん、まだ立つんだ。そりゃ帝国騎士だもんね。そう簡単に勝負を捨てるなんてことしないか」


なんとか立ち上がるワタシを、オウカ・ココノエは冷たい眼差しで見ながら言う。ワタシは治癒魔法で重傷のみを治し、どうにか動けるようにしながら、これまでの戦闘を思い返す。


(彼女の基本戦術は、使い魔と連携した魔法戦。種族固有のものなのか未知の魔法を使ってくる。武器は短剣。魔力を込めていて、それを通じて短剣を起点に時間差で魔法を発動。近づけたと思えば囮の幻だったり、本物が近接戦で迎撃してくるこもとある。幻は今のワタシでは見抜けない……)


『月鏡刃』のレンが剣士として一流なら、オウカ・ココノエは魔法使いとして一流だ。


魔法使い特有の近接戦には弱いという弱点が存在せず、そもそもまともに近付けない。そしてワタシは近付くことでしか決定打を与えられない。


(左肩、右股の裂傷。右の手のひらは短剣で貫かれてる。魔法の直撃で、背中は火傷、腹部貫通、軽度の麻痺、全身打撲。右の鎖骨と上腕骨の骨折。鎧は半壊、ショートソードは刃毀れ、残りの魔力は治癒と身体強化に当てるとして、頼れるのは【保管庫】のみ。対してあちらは───無傷……)


これはもう戦いではなく、狩りだ。


心が折れそうになる。


「く……っ、まさか、手も足も出ない、なんて───」

「ねえ、そろそろ諦めたらどう? なにをしても無駄だって、いい加減理解したと思うけど」

「は、はは…………それは、できませんね。全てはカイト様の目的達成の為。諦めるなんて、そんなことはワタシが許さない」

「帝国騎士が、彼の名前を呼ばないで」

「あ、ぅ!?」


後方から飛んできた何かがガツンと後頭部に当たる。一瞬、意識が飛びそうになりながら、ワタシは地面に叩きつけられた。横には血のついた岩の礫。生温かいドロっとしたものの感触が後頭部から感じる。……これは、かなり出血してるかも。


オウカ・ココノエにここまで追い詰められたのは、彼女の使い魔に完全包囲され、死角から魔法を撃たれ続けることが一番の要員。


使い魔は完璧に隠れていて探そうにもそんな暇を与えてくれる訳がない。


その結果が、これ。もし、ワタシではなく、他の帝国騎士ならまだ戦いになっていただろうか。


うん、戦えてるはずだ。───()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


(ワタシは帝国騎士としては出来損ない。それでも、あの方は、ワタシを選んでくれた。他の誰でもない。ワタシを……っ)


歯を食いしばって、ゆっくりと立ち上がる。


「ずい、ぶん……と、帝国騎士が……嫌いなん、ですね」

「帝国騎士は私から何もかも奪った。家族も、友人も、共に海を渡った仲間たちも、全部奪った。だから赦せない。だから生かさない。帝国騎士という存在そのものが……!!」

「……海を、渡った?」

「当時、帝国騎士だった者は当然として、無関係な今の帝国騎士であっても、私と対峙したなら必ず殺す!!」

「……………」


オウカ・ココノエの怒りはとても激しいものだったと同時に、その感情が慟哭でもあるようにワタシは感じた。演技ではない。彼女は、絶望を知っている側の人だ。


(狐妖族の生まれは極東……海を渡った、ということは彼女は極東から来た。話からして大勢の獣人と一緒に。そして、帝国騎士が……?)


奪った───つまりは殺したということだろう。


大勢の獣人を相手にするなら、いくら帝国人でも身体能力の差で押し負けることもある。少数精鋭ではまず不可能。どうあっても大規模なものになる。


(極秘任務ならまだしも、かなりの戦力を動かしたともなればそのように記録が残る。けど、ワタシの記憶では、そもそも人間と獣人とで協定が結ばれてからは一度も無かったはず……)


あれほどの殺意……オウカ・ココノエが嘘を言っているようには見えない。となれば本当に帝国騎士が? もしくは帝国騎士に変装した別の勢力の仕業? いずれにせよ、情報が足りない。


「それにしても……カイトは何を考えてこんなのを同伴させたのか、理解できない。弱すぎる。帝国騎士だからと警戒してたのに、これじゃあただ素早いだけの猫じゃない。カイトには、もっと、私のような……」


それはワタシに向けたものというよりは独り言に近かったのかもしれない。


確かに、この体たらくでは、ワタシだってそう思ってしまう。前衛をつけて守らせるよりは、例えばあの『マクール』のような人たちをつけて、後衛同士にしてそっちに特化させても良かった。


でもカイト様は、ワタシをすくい上げ、副官として選んでくれた。探せばワタシよりも強い人は沢山いるのに、ワタシが唯一である、と。


なのに、この様はなんだ?


情けない。


無様だ。


あのお方の副官として相応しい姿じゃない。


それに今、オウカ・ココノエが言った言葉───カイト様にはワタシよりも自分のような?


「………ぃ…、だ」


ワタシはカイト様が王国騎士だった頃を知らない。でもカイト様、剣聖様、そして彼女の話を聞いて、二人がかなり親しい関係だったことはなんとなく分かる。


ふと、カイト様とオウカ・ココノエが寄り添う光景が脳裏をよぎる。


……ああ、それは、ワタシから見ても、あまりにも()()()()()


ワタシよりも組むなら彼女の方だと理解できる組み合わせで、


それから、それから───



(いや)だ」



あまりにも吐き気がする……っ



「ッッッッ!!」

「え───」


地面の雪を蹴り上げる。オウカ・ココノエとは距離がありすぎてこれでは目眩ましにもならない。だけど、ワタシが蹴り上げたのは雪だけではない。


「リモート爆弾!?」

「吹き飛べ!!」


左手に持ったスイッチを押し、起爆。


すかさず残りの魔力で全身を治癒させ、身体強化を施し、ワタシは爆炎の中へと駆けこむ。


後頭部を攻撃され倒れた時に、ワタシは【保管庫】の指輪をつけた右腕を雪の中に突っ込んでいた。リモート爆弾はその時に召喚し、仕込んでいたもの。


どうせ、この爆弾だけで倒せてはいない。起爆する直前に後退するのが見えた。


……畳み掛けるなら、オウカ・ココノエの視界から外れた今この瞬間しかない!!


「『ワタシたち』、全方位弾幕射撃!!」


爆炎の熱で頬が焼けるのを感じながら、ワタシは『デコイ』でミニガン三人、グレネードランチャー二人、アサルトライフル四人、武装した自身を召喚。円陣を組み、オウカ・ココノエと、彼女の使い魔がいるであろう周辺へ全弾叩き込む。


「厭だ、嫌だ、いやだ!! ワタシはカイト様の唯一の道具、唯一の副官っ、あの人の右腕として恩を返す為にも、ワタシはカイト様のおそばにいたい!! 」


ミニガンとアサルトライフルの弾丸が周囲の木々をなぎ倒し、グレネードランチャーの爆発が吹き飛ばす。遮蔽物となりえる物全てを破壊していく。


「ワタシはもっと、カイト様のお役に立ちたい!! 仕えていたい!! 近くにいたい!! この命が尽きるまで、どんな命令でも、ワタシはカイト様の全てに応えたい!!」


煙の中からオウカ・ココノエが出てくる。弾丸からは逃れられたようだけど、爆発の衝撃までは躱しきれなかったようだ。


「カイト様のそばに、ワタシ以外は要らない!!」

「くっ、いきなり何を言い出すかと思ったら……ふざけたこと言わないで!! あなたなんかにカイトの右腕が務まるわけがないでしょ、この泥棒猫!!」

「なにが泥棒猫ですか!! 残念ですが、ワタシは何度もお褒めの言葉を頂いてますぅ!! そっちこそ、過去の思い出にすがらずに、いい加減カイト様から捨てられたということを自覚したらどうですか、この女狐!!」

「捨てられたかどうかなんて分からないじゃない!! というか、なにちゃっかり独占欲発揮してるの!! 道具だとか言っておきながら本心では、()()()があるんじゃないの!?」

「そ、そそそ、そんな気なんて、ああありませんからあ!!」

「めっちゃ動揺してるじゃん!!」


ひたすらに弾幕を張りながら、弾幕から逃れながら、ワタシとオウカ・ココノエは言い争う。


「『盛夏ノ幻(せいかのまぼろし)』!!」

「デコイ追加!!」


オウカ・ココノエの周りに沢山の子狐が現れ、彼女の姿に化ける。この技は剣聖様に使っていたのを見ていた。それぞれが独自に動き、魔法を放つ、看破がとても困難な幻だ。


「それ、魔法とは別の術も織り交ぜてますね。種族、そしてその出身、恐らくは───妖術!!」


睨み合う『ワタシたち』、そしてオウカ・ココノエとその幻たち。【保管庫】で武装を変更。近距離、中距離に対応できるものにする。対して向こうは手に持った短剣に属性付与(エンチャント)を施す。


「へぇ、知ってるんだ。ユキナから聞いたのかな?」

「いいえ、あなたと同じように、魔法と妖力を使う武人を知っているだけです」

「それはまた気になることを言うねぇ!!」


洞窟の入口では『サザール騎士団』を相手に『ワタシたち』が奮闘している。片端から斬り殺されていき、それよりも早くデコイで数を増やすことで戦線は維持されている。最初に砲撃で足止めし、魔力を消耗させていたのが功を奏した。


問題はこっち。


なんとか悪い流れは変えられた。でも、それだけ。まだ良くはなっていない。


剣聖様の方は激しい剣戟の音がするから、もう助けに来てくれないという前提にして、どうしのぐか判断するしかない。けっこう厳しいけど……。


(カイト様……目的は達成されたのかな───)


つい、気になって、ワタシはチラッと洞窟がある方を見る。


「──────え?」


思わず、二度見した。


「なんなの、あれば……黒い霧?」


オウカ・ココノエも気づいて目を見開いた。……ワタシと彼女の視線の先にある、カイト様が入っていった洞窟がある山全体が、真っ黒な霧に覆われようとしていた。



『……フ、フフフ、ア───ハハハハハハハッ!!』



その霧の向こうから女性の笑い声が聞こえる。歓喜に震えているようで、でも聞く側からは恐怖をあおるような、底冷えするものだった。そして、



『───待たせたな』



たった一言。


それは謝罪であり、感謝であり、労いであり、そしてあの人が目的を達成したことを意味していた。


「よくご無事で。……お帰りをお待ちしておりました、『撃鉄公』カイト様!!」


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