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良縁悪縁ひっさげ歩む我が人生  作者: あすか
第二章
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第百三十七話「"明鏡止水"」「"邪気解放"」

そこは最早常人が立ち入れるような場所ではなかった。剣風が渦巻き、斬撃が飛び交い、一瞬でも気が緩めば即死する剣戟の嵐。その死地の中心に立つのは二人の剣士。


片や、【異法】の奥義に至った蒼光纏う若き剣士。


片や、『剣聖』の名を血に染めし赤紋纏う羅刹女。


手始めに単純に斬り結び、探り合う。若き剣士は奥義の名に相応しい精神で、羅刹女は愉しみながらも交えた若き剣士の刀から、互いに力の正体を看破する。


(妖刀……全身を巡る赤い線……眼に灯る炎……恐らく、あの姿と眼は同じ力によるものじゃなく───)

(斬り結んだ感覚、全て見抜いてるかのようにするりと躱すあの体捌き……単純な身体強化じゃない。重要なのは精神面、だっけ。となれば───)


ガキン、と。


二人が突きを放ち、二刀の切っ先が衝突し火花を散らす。どれほどの威力が込められていたのか。剣士は二度三度と小さく刻んで、羅刹女は宙を一回転しながら、それぞれ後方へと飛んだ。


「うーん、なんとなく……分かった」


口火を切ったのは羅刹女。


「"明鏡止水"……それを奥義と定めた人はかなり高位の剣士だったんじゃないかな。物事の展開、一連の動作、そういった『流れ』とも呼ぶものを自在に操る───そんな感じかなと私は思ったんだけど、実際どうなのかなレンくん?」


問われた若き剣士はやれやれと嘆息する。


「いや、分かってましたけどね。ユキナさんなら数手交えただけでおおよそのことは言い当てるだろうなって」


驚きを通り越して諦めの境地になりそうだと若き剣士は愚痴を零す。まあ見破られたところでか、とも思い、答え合わせを始める。



「『流れの掌握』……それが答えです」




■■■




ほぼほぼユキナさんが言った通りだ。


"明鏡止水"───揺るがない水面の如き心であるが故に、万物が何らかの形で動く際に生じる『流れ』を、僅かなものであっても波として感じ取る。


この【異法】はその波を見極め、己が手中に収めることに特化しており、他の【異法】のような身体を強化するというよりは感覚の強化といってもいい奥義だ。


『ニホン』でこれを奥義として使っていた剣士曰く、"明鏡止水"を極めた者は、己だけでなく相手の『流れ』をも掌握し声一つで相手を無力化する、という。


「"夜風"の鎌鼬の群れには、逆らわずあえて流れに身を任せるように」


嘯風弄月(風に吹かれて歌を詠む)』───即ち、『流れを享受』すること。相手の動きを見極め、それに合わせて動く。右回りの時計の針に当たらないよう、こちらも右回りで行けば当たらないのと同じだ。


「紙一重まで迫った突きは、人を待たぬ時の流れのように」


歳月不待(時は無情に過ぎ行く)』───即ち、『流れを切除』すること。初動から始まり過程を経て結果とする本来の『流れ』から、不要な部分……つまり過程のみを切る。


「斬撃の飛ばし合いは、静かな夜に流れ行く清き風のように」


清風明月(気は風月と共に征く)』───即ち、『流れを放流』すること。刀に流し入れ、漏れ出ないよう堰き止めて充填した『気力』を、刀を振ることで高速で飛ばす。その瞬間、薄く引き伸ばされた『気力』は三日月型の鋭い刃となって顕れる。


「───『流れ』は森羅万象より必ず生じるもの、それを制するのがこの【異法】……"明鏡止水"です」


僕はまだまだ未熟だ。"明鏡止水"を完全に使いこなす域には至っていない。だからまだ自身の『流れ』しか干渉出来ない。それでも、これまでよりも遥かにユキナさんの動きについて行けている。


「なるほど。詳しい説明がなくても、その奥義がどれだけ脅威かが分かる。レンくんがそれを極めた時を愉しみにしているよ。……ところで、私のこれについてはどこまで見抜けたかな?」

「右目に灯る炎に毛先の変色と、全身を巡った赤い模様は別種の力。しかし連動しているように見えます。でもまだまだ力を抑えている、くらいでしょうか」


ユキナさんと刀を交えて分かったことを言っていく。


先ず、単純に力や速さが明らかに上がった。『剣聖』と名乗っていた時とは戦い方が変わり、更に攻撃的になっているのは……たぶん『羅刹女』としての方が素だろう。


攻撃から感じる殺意も濃密なもの。鍛錬してくれていた時よりも容赦が無い。弟子として見ている眼差しは、善き相手を見つけたことへの喜びに満ち溢れ、飛びつきたくなるのをまだ我慢しているようだった。


そして一番気になる身体的な変化だけど、右目の炎は彼女の()()によるものだ。魔法でも、【異法】でもない、なんらかのチカラがそこから溢れて全身を駆けめぐっている。毛先の変色もこの影響だ。


炎の激しさは、恐らく出力を表している。


そのなんらかのチカラに呼応、連動して、妖刀から悪しき気配が溢れ、彼女の体に赤い線となって走り、複雑な模様を描いている。よく見れば、時間が経つほどより複雑に、肌を模様で埋め尽くそうとしていて、まるで意思があるようだった。


「……うん、ちゃんと見分けはついてるね。一緒くたにして同じ力だと言おうものなら、その首を斬り落とそうと思ったけど、良かった、私の眼に狂いは無かった」


一瞬、背筋が凍るような視線になるも、直ぐに笑みに変わる。


「目の炎は、レンくんと同じ『気』によるもの。でも、変質しちゃっててね。『気』だとは直ぐに分からないのはそのせいだと思うよ」


よーく見てごらん、とユキナさんが言う。……確かに、戦闘中は気付かなかったけど、意識を集中して観てみれば僕と同じ『気』だと分かる。妖刀から出る『気』と完全に溶け合った、どこまでも崇高で、禍々しい───異質な『気』だ。


「剣聖から堕ち、夜神の世を歩き、妖刀を得て、私の『気』は『邪気』となった。普段、体の奥底にしまってるそれを解放させる。それがこの……"邪気解放"、だ」


『邪気』……字面から受ける印象とは真逆で、炎はとても綺麗に見えるけど、その実、常人からしたらかなり危険な『気』だということが分かる。


「"明鏡止水"とは違い、これは純粋な身体強化で、レンくんの言う通りまだ出力は控えめだよ。全身全霊で殺し合うに足る相手にのみ、完全解放することにしてるから」


その時は左目も灯るし、もっと燃えるよ、と付け足して次にユキナさんは妖刀を見せる。


「そして、この妖刀……銘は『白喰禍津(しらはみのまがつ)』。羅刹女としての口上でも言ったけど、旅の途中で悪神の骨を拾ってね。それを刀の芯にしてみたんだ」


いや、サラッととんでもないこと言ってません?


「私の戦意が高まるとそれに呼応して、骨に宿る悪神の『気』が溢れ、こうして模様が全身に巡り、私が()()()になればなるほど力を与えてくる。……まあ、こっちが加減したくても、刀が勝手に身体強化してくるせいでうっかり斬り殺しちゃうのが玉に瑕かな」


それはうっかりなのか、とカイトさんならツッコミを入れそうだなと思った。……なるほど、"邪気解放"と妖刀での純粋な身体強化か。今の段階でも、けっこうギリギリなんだけど、それよりも───気になることが一つ出来てしまった。


「悪神、そしてそれを裁いた夜神……あなたはそう言った。ならこの世界には、神は複数存在すると……?」

「ああ、『神教』だっけ。世界を創った、男女二つの姿を使い分けるという唯一神。うん……まだこの大陸しか知らないレンくんが知る由もない、か」


悪神……それは、刀の銘にある『禍津』のことだろう。『禍津』と聞いて思い浮かぶのは、あの神。彼女が嘘を言っているようには見えない。でも、本当だとしたら、唯一神という常識が覆る。


「うーん……私の場合、特殊すぎるからなぁ。明言は避けるよ。もし知りたければ、私じゃなくて、カイトくんに聞いてみればいい」

「カイトさんに、って……」


なんでそこで彼の名前が出るのか分からず詰め寄る。


「教えてください、ユキナさん。……あの人は、カイトさんは帝国に鞍替えしてまで、なにをやろうとしているんです?」

「それも、本人に直接聞くことだ。私も詳しくは聞かされていないしね。……それに、ほら、そろそろ、()()()()の頃合いだ」

「お目覚めって」


ユキナさんが僕から山の方へ視線をうつす。


(あの方角は……『悪魔神像』があった洞窟の───)


鳴り止まない銃声と爆発音。そして大勢の人の気配。オウカさんから詳しい状況は聞いていなかったけど、たぶん騎士団の人たちが戦っているんだろうその場所から、


「あれ、は───」


暗雲にも似た、黒い霧が発生して、山全体を覆うように広がっていた。




■■■




(……うん、文献でしか知らない存在だったから、どれほど邪悪なものか色々と予想してはいたけれど───)


レンくんと一緒に洞窟がある山を覆う黒い霧を見ていると、妖刀がカタカタと震え始めて目を向ける。同時に妖刀の力が刀身の内へと引っ込んだ。……まるで、なにかに怯えているように。


(悪神が引きこもるほど、か……。これはまたタチが悪い存在を身内にしたね、カイトくん。その悪しき力をどう振るうのか、近くで見させてもらうよ)


ひとまず目的は達した(まんぞくした)。私は『邪気』をしまい、その場から去る。


「あ、ちょっと、ユキナさん!!」

「ごめんねー、オウカ行かせた私が言うのもアレだけど、ラウちゃんが心配なのー」


私がどんな性格か、カイトくんも、ラウちゃんも、分かってくれている。


この場面で、私情を優先したらどうなるか分かっていながら行かせた、と正直に言ったらどんな言葉が返ってくるだろう。騎士団の相手をする予定だったところに余計な一仕事押し付けてしまったのだから、やっぱり怒られるかな。


…………うん、まだ気配はある。なるべく早くラウちゃんと合流して、助けてあげないとっ。


「ラウちゃぁぁん!! お願いだから、私が行くまで、どうにか生きててぇぇぇぇぇ!! じゃないとカイトくんにこっぴどく怒られちゃうからぁぁぁぁあ───!!!!」


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