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良縁悪縁ひっさげ歩む我が人生  作者: あすか
第二章
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第百三十六話「名刀は己が完成の為」「妖刀は己が愉悦の為」

「良かったんですか、オウカさんを行かせて?」

「んー、まあ、良いか悪いかで言えば悪いだろうね」


走り去る狐妖族の女性の後ろ姿が見えなくなったところで、僕は対峙する剣聖に問う。彼女は笑い、感心した様子で答えた。


「オウカは強くなったよ。勝ち辛くなったいうか、しぶといというか、『これは確実に殺った』と思った攻撃を何度も致命傷に抑えるんだもん。しかも傷は直ぐに癒えるし」

「その頬の傷はオウカさんの?」

「うん、傷を負ったのは久しぶりだ。あれはまだまだ強くなる。想い人に会いたいが為なんだろうね」


頬に出来た一筋の切り傷を指先でなぞりながらユキナさんは言う。


「久しぶりといえば、レンくんと会うのは『悪魔神像』の件以来かな? 見ない内に纏う空気が変わったね、ちょっとスッキリした顔だ」


並の戦士なら卒倒しそうな気迫を放ちながらも、初めて会った時と同じ、優しいお姉さん口調。せめてカチカチと鯉口を切る動作を止めてくれないかなと思う。


「『穴持たず』をひたすら狩って、その時に失態を一つ……。ルイズに助けられてしまいました」

「なるほど、あの子か。きみの顔を見ればなんとなく察するよ。申し訳なさと感謝、それから恐怖に、新たな決意……。過去は変えられないし、忘れられない。ふとした時に鮮明に思い出す。嫌な記憶であってもそれも含めてきみを構成する大事な要素だ」


なんで顔を見ただけでおおよそのことを察するのか。まあユキナさんだし、今更気にすることでもない。考えるだけ無駄か。


「……僕は心のどこかで、過去を無かったことにしたいと思っていたのかもしれません。とても悲しく、受け入れられなかったから。でも今回、その気づきがあったからこそ、もう一つ気づけた───」


月夜祓(つくよのはら)』を逆手に持ち、柄を上に、切っ先を地面に向ける。


「我が奥義……これの完全なる会得は、剣技よりも精神面が重要。邪念や雑念のない、揺らがない水面のような心にするには、過去を受け入れないという思いは枷なのだと」


その堆積した思いは小さな島のようにポツンと有り、僕の心に波を作っていた。そして邪悪の眼(イヴィルアイ)との戦いでそれに付け込まれて暴走、ルイズに全て吐き出し、全て受け入れたことで島は洗い流された。


有るものは受け入れて、在るがままに。


水底から浮上する感情全てを余さず【異法】の力へ変換する。


「アハハハ、そうか、魔獣討伐はちゃんときみの成長の糧になったようだね」


これからやることに気付いたのか、()()()()()()()()()()()、ユキナさんは嬉しそうに笑う。



「─── 成るは明鏡、為すは止水 ───」



月が照らし、延々と続く夜空と波一つない水面。そこに突き立てられた、一振りの刀。……僕は始まりの一節を唱えた時、その光景を幻視する。



「蒼月は夜天に在らず、しかしてその輝きは我が刃に宿りけり」



ああ、そうだ。()()()()()()()()、と理解する。業物として完成することもなく、仕上げる暇もなく戦い続けた、傷ついた(からだ)



「舞えや月下に。踊れや黒夜に」



それは望んでいる。己の完成を。



「響けや刹那に。捧げや永久に」



それは求めている。良き戦場、良き相手を。───ならば今日この日、この戦いをもって成そう。



「是即ち、我が奥義。───"明鏡止水"なり」



僕という一振りの完成を!!



「そう、そうだ、それだよレンくん!! 私はその姿が見たかった!! 」


ユキナさんが鞘から刀を抜く。『絶圏の剣聖』である彼女は攻撃方法を抜刀のみに縛っていた。その縛りを、解いたのだ。


「ラウちゃんには悪いけど、きみと戦場で出会ったならこちらを優先する。そんなものを見せられたら我慢できない。『絶圏の剣聖』という立場も、もう必要ない。やっと、()()()()で戦える───!!」


抜き放たれた赤い線が入った純白の刀。抑え込んでいた感情の昂りと相まって、抜き身の刃となった彼女が『本気』が襲い来ることを告げる。



「我、剣聖の座を血で紅く染め、羅刹となりし者」



まるで鼓動するかのように彼女の刀にある赤い線が明滅する。その純白の下に、なにか、悪しきものが抑え込まれているように思えた。



「幾千幾万、果てなき夜の世を征き。夜神(やがみ)に裁かれし悪神の骨を拾いて妖刀『白喰禍津(しらはみのまがつ)』と為し、我が身は漸く鬼へと至る」



その赤い線と同じものが、ユキナさんの肌にも浮かび上がる。鬼……羅刹……あまりの強さにまさかとは思っていたけど、やはり、あなたは常人ではなかったか。



「竈門の火は煌々と燃え上がり、やがて全てが白き夜となるまで、この身が喰らい尽くす───それこそが我……『白夜の羅刹女』なり!!」



美しかった白い髪は血で濡れたように毛先があ赤くなり、右目に灯る炎は勢いを増し、赤い線は全身を巡り複雑な模様を描く。恐ろしくもどこか美しく、神々しいとさえ思える姿に僕の手は震える。


これが恐怖なのか武者震いなのか。


それに気にする暇は、無い。


「さァ、殺し合おうレンくん……。そのつもりはないけど、ちゃんと私を抑えなきゃミンナが巻き込まれることになる。気を引き締めることだ」

「流石に余波で騎士団を壊滅させられたらたまったものじゃないですね。どのみち僕はあなたを抑えるつもりでしたし、僕という刀の完成の為にも、全身全霊でもって相手をしましょう」


ユキナさんは右手に持った刀の切っ先を僕に向け、こちらは『月夜祓(つくよのはら)』を中段に構える。


これから始まるのは殺し合い。


一瞬でも隙を見せれば死ぬ。


見送ってくれたルイズたちのもとへ帰る為にも、負けることだけはあってはならない。必ず生きて、完成に至ってみせる。


「いざ!!」

「尋常に───」


「「勝負!!」」





 ───僕がここに来たのは、騎士団の人から連絡を貰ったからだ。


王都に戻る道中だったという騎士たちは、邪悪の眼(イヴィルアイ)との戦いの後、療養していた僕たちのところに立ち寄ってくれて、そこでカイトさんがやろうとしていることを教えてくれた。


カイトさん、ラウ、そして白髪の女剣士の三人が『マルカ村』に向かっている、そこにある『悪魔神像』でなにかをやろうとしている、と。

 

でも、ルイズは未だ薬の副作用で魔力すら扱えず、フェイルメールさんはアンリスフィさんに付きっきり。心配で離れたくなく、でも置いてはいけない。どうしようかと迷っていた時、


『いいから行きなさい』


そう言ってルイズが僕の背中を蹴飛ばした。


『白髪の女剣士……どうせあの女よ、帝国との大戦に備えてる騎士団があの女と戦ったら間違いなく壊滅するわ。あなたがなんとかしてきなさい』


僕はルイズの言葉に従った。護衛としてロルフを残し、最速で向かう為に移動速度強化系の【異法】を使い続けて夜通し駆けた。


そうして『マルカ村』に着いたところで僕が見たのは、尋常じゃない気迫を放ち、右目に炎を灯して、オウカさんを圧倒する女剣士───予想通り、ユキナさんだった。僕はオウカさんを庇うように割り込み、簡潔に状況を聞いて、ユキナさんと戦うことになったというわけ。


「はあッ!!」

「シッ───!!」


いつもの抜刀ではない。


僕の喉を貫かんとする突きを『月夜祓(つくよのはら)』の柄頭で下から弾く。即座に上げた腕を振り降ろすことで縦一閃、刀を返して斬り上げるも、この二連撃は鞘で防がれる。


(……鞘を使った擬似二刀、あなたも使うのか)


僕も左手に鞘を握るとユキナさんは愉悦に目を輝かせる。……そして、始まる連撃の応酬。刀の斬撃と、鞘の打撃。二つの音が辺りに木霊し、その衝撃で近くにあるものが吹き飛んでいく。


「"夜風(よかぜ)"!!」


ユキナさんが妖刀を無造作に薙ぐ───たったそれだけで、無数の鎌鼬が密集した暴風が発生する。


彼女は刃を立てて振ったのではない。刀身を寝かせて()()()()、風を起こしたんだ。仮に手や団扇を使ってやるならともかく、いやそれでも微風程度だろうけど……暴風を引き起こすなんてデタラメにもほどがある。


当たれば全身斬り刻まれるどころの話ではない。


文字通り、細切れだ。


「"明鏡止水"・弐式───『嘯風弄月』」


目を凝らす。暴風の中にて乱れ狂う鎌鼬の一つ一つを判別する。くぐり抜ける隙間なんて無くとも、その向きや回転などの法則(リズム)が分かってしまえば、あとはその通りに『流れを詠む』だけ。


「一息で、いける……」


トン、トン、トンと。鎌鼬だけ避けてしまえばただの風。地を蹴り最短ルートで跳んで暴風の中を進む。そして抜けたのなら、


「"明鏡止水"・参式───『歳月不待』」


ユキナさんの目の前まで駆け、胸を貫く突きを繰り出すまでの『過程を省略』。相手からすればいきなり目の前に現れたと思ったら攻撃を受けているという展開になる。


「アハハハ、見事!! 」

「っ───これを防ぎますか……」


しかし、ユキナさんは驚異的な反応速度で妖刀と鞘を交差させて完全に防ぎきった、というか防ぐんだアレを。


「うーん、今までの【異法】……移動や攻撃を何かしらに特化するようなものとは違う。鎌鼬を見極めて"夜風"を通り抜け……刹那の内に眼前まで迫った攻撃……セレネスと戦った時の物真似……その"明鏡止水"という奥義自体の力、というよりはその後に続く言葉がこれらを可能にした、そんなところかな?」

「僕がルイズに召喚されたことはともかく……【異法】まで明かしたのは失敗でしたかね。ああでも、数手見せれば直ぐ理解しますか、あなたなら」


でも、完全に理解したわけじゃないようだ。手の内を理解される前にどれだけ押し攻められるか分からないけど、やれるだけやって早く満足して帰ってもらおう。


「"明鏡止水"・肆式───『清風明月』」


互いに擬似二刀で手数は今のところ互角。


でも先の"夜風"という暴風や斬撃を飛ばされたらこちらは回避か『嘯風弄月』で抜けるしかない。


僕は斬撃を飛ばせない。『炎還ノ水月』を使い、刀身に纏わせた炎を飛ばすしか方法が無い。遠近共に対応できるようにすれば、この戦いの難易度は多少は下がるはずだ。


だからこそ───『剣気を充填』する。


「ユキナさん、飛ばし合いに興味は?」

「もっっっちろん!!」


言うが早いかユキナさんが斬撃を飛ばす。


その数は、まるで雨のように膨大でちょっと数え切れない……ので、回避できるものは回避しながら、こちらも飛ばす。放った斬撃は空を走り、加速。薄くも鋭い刃となり、水滴同士が当たって弾けるように、ユキナさんの斬撃とぶつかっては形を失い消えていく。


「ん〜、なんて清い風、なんて綺麗な一閃!! 剣技でその人の性格が分かると言うけど、レンくんの剣は人斬りとしての冷たさがありながら、どこまでも輝かしい!!」


顔の横スレスレを僕の斬撃が通り過ぎ、それを肌で感じ、身悶えしながらも、ユキナさんの攻撃の手は緩まない。近接戦もしながら斬撃を飛ばし合い、僕とユキナさんは戦いに夢中になっていく。


「賞賛の言葉として受け取っておきます、よっ」

「おおっと、いい狙いだ。さあさあ次はもっと速度を上げていくよォ!!」

「はい、どこまでも付き合いますよ。ユキナさん」

「ああもうレンくん大好き!!」


戦闘は激化し、周囲は攻撃の余波で破壊されていく。その中心で僕とユキナさんは、やるべきことを忘れ、この死闘を───愉しんでいた。

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