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良縁悪縁ひっさげ歩む我が人生  作者: あすか
第二章
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第百三十三話「白夜の片鱗」「黒き契約」

深夜、『マルカ村』に近づく三人組を見つけた見張りに立っていた冒険者は、一旦仲間にその場を任せ、村の中に張った大型テントへ向かう。


「アリシア様、客人です」


中にあるキングサイズベッドの上、虚ろな目をした全裸の男たちに囲まれて情事にふけっていた一人の美女は、その呼びかけに動きを止める。


「ようやく、ですわね。フフ……」


覆いかぶさっていた男を押しのけ、隅に待機させていた女冒険者たちに濡れたタオルで体を拭わせる。彼女たちも男たちと同じく目は虚ろで、まるで操られているようだった。


「わたくしが対応し、予定を伺います。恐らくあちらから指示があるでしょうから皆様はそれに従いなさい」

「はい」


アリシアは聖女としての服装に着替えるとテントから出る。既に客人の三人組は村の中に入っており、アリシアを見つけると黒衣の男が手を振った。


「お久しぶりでございます。共犯者様」

「ああ、久しぶりだな、聖女様」


生涯でたった一人、アリシアの寝所への誘いを断った、他の人間とはどこか違う男。彼を見て先ず思ったのは『窶れた』だった。


(王族と交わした契約の罰ですか。それに加えて左腕の欠損。心身共にかなり消耗しているはず。となれば、連れのお二人は共犯者様の補助、しかも片方が()()()()とは……)

「色々と余裕はない顔ですね、共犯者様。直ぐに向かわれますか?」


マスクで顔を隠しているが、明らかに以前顔を合わせた時よりも生気が感じられなかった。立つことすら困難なようで、帝国騎士の少女が心配そうな顔でそばに控えている。


「そうだな、たぶん俺がこの村に向かうことに王国が気付いただろう。朝方には来るんじゃないかと思ってる。前に伝えた通りに頼む」

「はい、心得ておりますわ。ではどうぞ───」


アリシアはにこやかに両手を広げる。


共犯者たる男は頷き、残った右手に黒鉄の武器を持ってアリシアへ向ける。そして引き金に指をかけ、


「……痛いじゃ済まないぞ」

「王国はわたくしを見殺しにはできません、だから大丈夫ですわ。あとは共犯者様しだいです」

「ククッ、そりゃそうだ。───『聖女』アリシア、俺とお前の関係はこれで終わりだ」


アリシアの心臓を狙って、男は引き金を引いた。




■■■




「まだ息があるぞ、早く治癒魔法を!!」

「カイト、あの裏切り者め、今度は聖女を狙うとはっ!! アレでも王国にとっては必要な存在だと言うのに……っ」


『マルカ村』まで『転移』した私たちが見たのは、まるで自決したようにナイフや短剣を手に持って死んだ冒険者や騎士たちと、彼らの血で出来た池の真ん中にて胸を撃ち抜かれて横たわるアリシアの姿だった。


幸い、心臓からはズレていたようでアリシアは助かったものの、出血が酷く意識は戻らなかった。出血量から見て撃たれたのは深夜、薄れゆく意識の中、自身に『治癒魔法』をかけていたのが助かった要因だとのこと。


「ジブリール様が言うには、彼女とカイトは共犯らしい。用済みになったから始末しようとしたのか? いや、だとしたら、他の奴らが自決しているのはなぜだ?」

「自決しているように見せる為とも考えられるけど……仮に、本当に彼らが自決したとして、その原因がなんなのかが分からないね」


シム団長と並んでこの惨状を見ながら頭を悩ませる。


「チッ、アイツが何を考えてやっているのかイマイチ掴めん。国中で起きた騒ぎだってただの思い付き、あまり深く考えずなんとなくでカイトが起こした……とジブリール様は言っていたしな」


仲間や、国にとって重要な人物の死という、決して無視できない状況。そして、自決の可能性と銃による殺害という異なるやり方。なぜこのような惨状になったのか、どうしても考えてしまう。


その考える時間が長くなればなるほどカイトが好きに動ける時間を与えることになる。


時間を稼げるのなら手段はなんでもいい。


それこそ雑にでも、適当にでも、逆に策を練ってでも。時間を作り出せるなら、なんでも。


「やれやれ……しっかり考えなければ駄目か、考えても無駄なのか、その二択を迫りながらもアイツならどちらでも構わないって結果になってそうだ……」

「団長、山の方へ出ていく足跡を見つけました。サイズから見てカイトのものかと。『悪魔神像』がある洞窟へ向かったと思われます」

「ようし、分かった。聖女の回復の為に数人残して、残り全員で───」



「おっと、それは困るなぁ。今、彼は大事な用があるから誰にも邪魔されたくはないんだ」



その瞬間、今まで感じたことのない悪寒と共に、視界の端で銀色の何かが閃いた。


「『春ノ羽衣(はるのはごろも)』!!」


私は二本目の尾を出し、出し惜しみせずに『仙狐』としての力を解放。魔力で編んだ桜の花弁による羽衣で騎士団全員を覆う。そして、


「うおおおおっ!?」

「これは、斬撃!?」

「でも花弁が防いでくれた……?」


宙を駆ける死の刃と花弁が衝突し、その衝撃の大きさに空気が震える。


「っ───ホント、ふざけた威力してる……。これで挨拶のつもりとか言うんじゃないよね、ユキナ!!」


飛ぶ斬撃を防ぎきった後、私は先制攻撃を仕掛けてきた相手の名を叫ぶ。


「アハハハ!! 何人か首を飛ばすつもりだったのに全部防がれるなんてね。強くなったじゃないか、オウカ!!」


楽しそうに、子供のように笑って、私へ刀の切っ先を向ける『絶圏の剣聖』、ユキナ・レイズ。彼女が着ている赤いコートにはとぐろを巻く赤い竜……帝国の紋章が刻印されていた。


「他所のAランク冒険者……それ以上のことを聞かなかったのはこちらのミス。でも戦争中だというのに弟子の為に王国に来るなんて、よほど帝国は戦力に余裕があったんだね」

「ん? ああ、勘違いしないでね。私は、この大陸において武力では最上と聞いたから、帝国に滞在しているだけの根無し草だ。たまに力を貸す代わりに私のお願いを聞いてくれる約束で、ね」


カチンと刀を鞘に納めながら言うユキナ。


「では、初めて会う人が多いし、自己紹介といこう。───私は『絶圏の剣聖』ユキナ・レイズ、帝国に厄介になっている、しがない剣客だ。よろしくね」


剣聖と聞いて全員が身構える。


過去に戦った人間や魔獣と比較しても、それらを遥かに上回る圧倒的強者だと、先ほどの攻撃の衝撃から感じ取ったからだ。そして、その称号がどれだけ特別なのかも知っているから。


剣聖という称号はAやSランクの剣士なら誰でも名乗れるものじゃない。


剣の道を生き、剣を極め、悟りの境地へ至るほどに剣と向き合い続けた者だけが、剣聖と()()()()()()を得られるのだから。


「『サザール騎士団』の団長、シム・アルバレストだ。剣聖よ、随分と手荒い歓迎だが、貴殿に構っている時間は我々には無い。そこを退いてもらえないか」


私の育て親でもあるシム団長も、若い頃は剣聖を目指していたと、アーゼス副団長から聞かされていた。でも結局は剣以外のことも取り込み、王国の騎士となることを選んだ、と。


「ああ、貴方が団長さんか。ふーん……見た目よりは若いように見える、でも……うん、強いね。セレネスが『友』と呼ぶんだし、当然か」

「老け顔と言いたいのか」

「実際そう」

「オウカ、お前……っ」


かつて自身が目指した存在を目の前にして、彼は羨望の眼差しを向けながらも、その脅威度から最大限に警戒した様子で、退いて欲しい、とユキナに声をかける。だけど


「悪いけど、退くことは出来ないかなぁ。ここから先には行かせるな、ってお願いされちゃっててね。ゴメンね」


ユキナは抜刀の構えを取る。目を見開き、興奮で口角が上がり、今にも突撃して来るような気の高まりに、シム団長は声を張り上げる。


「そうか……ならば力づくでいかせてもらう。───総員、抜剣!! これより剣聖に挑み、なんとしてでも突破する。何があろうと恐れるな、振り向くな!! この戦いは王国の命運を左右するものであると心得ろ!!」

「「「オオオオオオッ!!!!」」」


騎士団の各々が剣を、槍を、弓を、盾を、杖を手に、己を奮い立たせるべく雄叫びを上げる。


「フフフ、アハハハ……イイねぇ、帝国じゃあはしゃぎ過ぎてすっかりビビられてしまっていてね。活きのいい相手は久しぶりだよっ!!」


ユキナは倒れそうなくらいの前傾姿勢から、一気に加速する。重装備だということを感じさせない素早い動きで、即座に横一列に盾持ちの重騎士が並び、構わずユキナが刀を抜く。



「先ずは一閃───"夜のしじま"」



 ……その抜刀に、音は無かった。重騎士はその大盾と鎧ごと体を斬られ、膝をつき、地に伏した。


「無音の抜刀、我が刃は音をも殺す。……うん、調子は悪くない。さあ、呆けてないで、隊列を組み直すんだ。彼らのように、あっさり死にたくないならね」


()()()()()()()()()()()()()()、彼女は再び、刀を鞘に納める。


(これが、剣聖……)


いや、恐らく剣聖の中でも彼女は異常だ。強化魔法も使わず、ただ己の身体能力のみで、目で追えない速度を誇り音すら斬り殺す抜刀を繰り出すなんて、人間がなせる技じゃない。


でたらめ。規格外。怪物。


剣聖というその称号、その枠に収まらない、得体のしれない何かだ。


(みんなじゃ戦いにならない、犠牲が増えるだけだ!!)

「───『春ノ微睡(はるのまどろみ)』」

「おや?」


『野狐』を十匹、ユキナの周りに配置。相手の精神に直接働きかけ、強制的に意識を『眠り』へ誘導する魔力の波をぶつける。


「っと、アハッ……流石に予想外だったかな、オウカ。そうさ、私を抑えるならキミが動かないと!!」

「強くなってるのは私だけじゃないってわけだね!!」


僅かに動きを止めるだけ。だけど、彼女の意識は私へ向けられた。短剣を抜いて私は肉薄する。


「あなたは私が倒す、そしてカイトがいる場所に行くんだ!!」

「うーん、それは難しいとは思うけど……まあヤル気があるまでは付き合ってあげる。だから、どうか簡単に死んでくれないでよね!!」




■■■




「カイト様、始まったようです」

「ああ……ラウ、お前も行ってこい。ここからは俺一人で行ける」


洞窟も前まで来たところでずっと肩を貸してくれていたラウから離れる。


「ユキナが相手をしていない方の足止めをしろ。かなりの激務になると思うが、だからこそソレをお前に一時的に譲渡した。上手く使え」


それだけ言って俺は洞窟の中へ入る。暗いな、何か照明になるもの持ってくれば良かった。


「カイト様、どうかご無事で!!」


ラウがそれだけ言って走り去る。


……ご無事で、か。まあ大丈夫だと言っても流石に不安にはなるか。これから会いに行く相手が悪の権化だと知ればなぁ。


「あァ、体が重い、というか力が出ない……キツいなあ」


契約の罰則が朝になってまた強まった。お嬢の仕業だろう。俺の目的が『悪魔神像』と知って、何かやったに違いない。駄目だ、倒れるな、今ここで倒れたら、たぶんもう起き上がれない。


「ゲホッ……っ、はぁ、はぁ、ああぁ───」


咳き込み、吐血し、しかし転ばないよう気を付けながら俺は洞窟の奥へと進む。そして、



「……よう、予約まだ有効かい?」



 ───ええ、待っていたわ。テメェのツラそうに歪んだ顔も堪能させてもらったし、これからその呪いを味わえると思うと最ッ高にアガるぜ───



「そうかい。そんじゃあ、さっさと始めよう。正直、もう立っていることさえキツいんだ」



 ───任せろって、ちゃあんと要望には応えてあげる。もちろん代価は求めるけど、他の悪魔のようにぼったくるようなことはしない。さあ、手を神像に当てて、そして望みなさい。テメェがやりたい事を───



「ああ。───俺が差し出すのは、背中の呪いと死者の血肉。望むのはお前の、悪魔の力。後は応相談だ。この契約を、結ぶか否かを問う」



 ───キャハハハ!! いいぜ、その契約、結んであげる!! せいぜい私を愉しませな!!───



そして、俺は漆黒の闇に包まれた。


次にここから出た時、俺は完全に『悪』となるのだろう。悪魔という厄ネタを身に宿し、その力を使って、必ずやり遂げてみせる。


殺すべき者を、残らずこの手で殺す……個人的で、あまりにも勝手で、アイツの思いを無視した、このひどいひどい計画を───。

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