第百三十一話「爆破っていいね」「とっても迷惑だがな」
夜、警報が鳴り響き、サーチライトが周囲を照らす帝都近郊にある巨大な鋼の城から脱出した黒髪の女は、追いかけてくる帝国騎士を殺す気持ちを抑えて撤退する。
(3……2……1……)
そして城の各所で大規模な爆発が起こったのを音と衝撃で確認。
帝国騎士がそちらに気を取られている隙に、予め地面に埋めていた発煙筒に魔力を送ると、瞬く間に煙幕が周囲に立ち込めた。発煙筒には乾燥させて粉状になるまですり潰した薬草が入っていて、吸い込んだら暫くはくしゃみが止まらなくなる。
これなら余裕で逃げ切れる、と女はほくそ笑んだ。
(帝都近郊に建造され、これまで帝国の発展を一手に担う『ガザリア魔道技術開発局』……なるほど、帝都があそこまで発展したのも頷ける)
煙幕を吸い込んで大変な目に合っている帝国騎士を肩越しに見ながら、女は積もった雪に足跡を残さず駆けて、その場から離れるのだった。
■■■
「……ふむ」
早朝、戦後処理も終盤に差し掛かったな、とセレネスは減ってきた書類を見ながら思っていると、ノックも無しに勢いよく扉が開かれた。
「セレネス!!」
「おはよう、タタル。昨夜は大変だったな」
入って来たのはいつもの深紅のロングドレス姿の美女。魔法や魔道具に関してなら帝国で随一を誇る魔女として『天輪公』の称号を持ち、セレネスが同志と認める実力者、タタルだった。
「大変だったな、じゃないわ!! これは明確な破壊工作よ!!」
彼女の素晴らしい美貌も怒りの形相になれば台無しだな、なんてことは口にしたら後が怖いので心の中だけに留めて、セレネスは頷く。
「報告は受けている。タタルの居城の各所が爆破され、魔道具や兵器の生産ラインが完全に破壊されたとな」
「一番手酷くやられたのが量産手前まできていたスノーモービルのところよ。増築工事までやって、人員もかなり投入して、ここまで大規模にやるのは初めてだったからうちの開発陣も気合い入っていたのにぃ!!」
技術開発局はタタルをトップに、自分の発想を現実にできる確かな技術を持つ者や、専門職を生業にしていたり、将来はそういった職に就きたい者をかき集めた組織だ。
帝国人がほとんどだが、中にはこれに該当する異世界から来た者もいる。特に、我らが帝都が『近代化』するに至ったのはその異世界人の、故郷の記憶や当人の技術があったからこそだった。
そんな彼ら渾身の一作であるスノーモービルは、毎年厳しい冬を迎えるこの大陸において、正に革命ともいえるもの。
それが一夜にして全て吹き飛んでしまった。
「開発陣の心中お察しする。あとで私も顔を出そう。……それでタタル、わざわざ管轄の違う私のところまで来たのは愚痴を言いに来ただけではあるまい?」
「……ええ、徹夜して爆発した原因とか諸々調べたから、あなたにも知らせようと思って。これ、調査報告書」
「拝見しよう」
タタルから書類の束を受け取り、一枚一枚確認する。
「───なるほど、爆発は魔法によるものか。それに女の侵入者……」
「研究室の窓から出ようとしていた何者かを、トイレから戻った私の部下が見つけたの。そして外まで追いかけたところで爆発が起こった。爆発する直前に僅かに魔力が走ったのを開発陣の多くが感じ取ったから、恐らく侵入者が設置型の魔法を仕掛けたのよ」
「そして逃げるタイミングで爆発させ、煙幕まで使い逃亡を確かなものにした。……被害は建物だけ、盗まれたものも無いとなれば、確かにこれは破壊工作だろう」
発見時は既に出ようとしている、その時。それまでこの侵入者は誰にも悟られることなく、魔法まで仕掛け、見事逃げおおせた。あの城にはタタルがいたのにも関わらず、だ。
「確か侵入者を検知する結界が幾重にも張られていたはずだが……」
タタルは悔しげな表情で首を横に振った。
「まったく気づかなかったわ」
「私でさえ追えぬユキナの気配を、タタルの張った結界は捉えられる。なのに気づかないとなれば、相手はユキナの隠形に匹敵ないし超えるほどの実力者ということになる。狙いが暗殺ではなく破壊工作のみだったのは幸いか」
そうなると素性はある程度は絞り込めるが、とセレネスは考える。
「あの結界は侵入者検知だけじゃなく、転移無効、変装・偽装無効の効果もある。虫一匹入る隙なんて無い!! なのに、なのにぃああもう!!」
キィーッと頭を掻きむしろうとして、すんでのところで止めるタタル。怒りよりも美意識が勝ったらしい。
(侵入者は女で、黒髪の人間か。これが男だったらカイトの顔が浮かんでしまうな。……しかし───彼女の張った結界に悟られることなく、どうやって侵入したというんだ?)
どのような手段を用いて侵入したのかが分からなければ対策しようがない。
「結界に付与する効果をもっと増やせるか?」
「出来るけど、そっちにリソース割くと結界そのものの強度が落ちるわね」
「なら、結界を二重三重にするのは」
「あのねセレネス、大規模な結界ってだけでも維持するのが大変なのよ? それを重ねるって正気?」
「言ってみただけだ」
やはり無理か、とセレネスは結界の改善案を頭の中から消す。
(確か、王国の勇者は攻撃魔法の陣を織り込んだ三重の結界を使うと聞いていた。防御型のもあるらしいが、聖剣の力があるからこそ出来る芸当。そして魔剣を使えば私と同じ対軍攻撃を得意とする。……やはり反則だな、だからこそ王国は生かしているんだろう)
勇者に加えて、新たな抑止力であるAランク冒険者の『月鏡刃』までいるとなれば、王国との戦いは簡単にはいかないだろう。数も質も勝っていると自負しているが、二人はそれらを覆せる可能性を持っている。しかもカイトによれば、王国には何か隠し玉があるとのこと。
(軍備の拡張……戦力である騎士の増員や強化、戦略級または戦術級魔法、兵器の開発といった辺りか? その時間稼ぎの為に破壊工作をした、と)
こちらは戦後処理で各地に人員を派遣している為に、迫る開戦へ向けての準備が予定よりも進んでいない。我らが殿下は政務で大臣たちにまた戦争を始めるべく説得中だが、これが終われば直ぐに進軍しろと命令が下るだろう。それまでに準備が間に合うかという時に、この破壊工作は痛手だ。
技術開発局は騎士たちの武具の製作や整備も請け負っている。報告書を見れば、技術開発局でやっているあらゆる業務に多大な被害が出ている。これは早急に解決しなければならない。
「ジルク殿下の小遣い二ヵ月分を設備の修理や修繕の費用に回す。帝都にいる業者の手配もやっておこう。それから、局員たちがかなり気落ちしているようだから、見舞い金を全員に出そう」
「助かるわ。壁に大穴が空いた上に、空調設備もやられたから凍え死にそうなのよ」
「……大至急でそちらに向かわせる」
炊き出しも必要だろうか、とセレネスは頭の中で必要なものをリストアップしていると、
「あ、そうそう、頼まれていた『左腕』の件たけど」
「無事だったのか?」
「ええ、私の研究室は被害が無かったからね。とりあえず試作は出来てる。あとは実際に繋げてみて、彼の意見を聞きながら調整して、完成させるだけね」
そうか、とセレネスは安堵する。タタルの研究室が無事ならいつカイトが戻ってきても大丈夫だろう。
「それで、私たちの新たな同士はいつ頃帰ってくるわけ? 呪毒を受けたんでしょ? 硬質化する前にと左腕を斬り落としたにしても、背中のこともあるし、医者としては念の為にも精密検査したいんだけど」
「ああ、タタルがここに来る少し前に、同士から連絡が来た。もうじき目的地である『マルカ村』に到着するようだ。……正念場、だろうな」
左腕を失い、背中に刻んだ王国の第二王女との契約の罰則を受け続けながら、目的を達成できるのか。
「まあ、大丈夫だろう。私が同士として認めたのだから」
■■■
「───『転移』っ!!」
その会話を、忍び込ませた使い魔の野狐を通じて盗聴していた黒髪の女は直ぐに行動に移る。帝国からでは距離があり過ぎて全魔力使い切ってしまう為、一先ず王都の近くまで転移した。
「っ───まさか、王国に来ていたなんて……。入れ違いだったってこと?」
一気に魔力が減ったことによる疲労が来るが気にせず、女は『変化』を解いて元の姿に戻ると急いで王都へ向かう。そして『サザール騎士団』の隊舎に寄る。
「あなたは、オウカ先輩!? 戻ってきたんですか!?」
「うん、久しぶり。シム団長は?」
「確か、王城に行くと言ってましたけど……」
つまり第二王女のところだろう。ありがとう、とだけ言ってオウカは走り去る。王城の門番に話して中に入れてもらい、急いで第二王女がいる部屋へ突撃する。
「失礼します!!」
「ひぇえあ!? な、なんスか、敵襲ッスかって、オウカさん!?」
「オウカ、お前……何しにここに───」
部屋の中には第二王女ジブリール、シム、そして近衛騎士長のグラジオがいた。
「会議中だ、部外者となったお前に聞かせるものではない。ここから出ていけ」
鋭い眼光と威圧感を放って睨みつけるグラジオ。だがオウカはそれを真正面から受けながら、いいえ、と拒否する。
「カイトの行方が分かりました」
「「「えっ!?」」」
三人が書類を片手に、あちこちに印をつけた王国の地図とにらめっこしている様子から、恐らくカイトの追跡が難航しているのだろうとオウカは思っていたが、反応から見てその通りだったらしい。
(カイトを追跡していた騎士たちの被害報告、見つけても『デコイ』だった場所、本人だった場所……ここから───)
オウカは、カイトの性格を鑑みて『一番被害があり、カイト本人だった』場所のみを線で繋いでいく。
「やっぱり……」
完全に直線でなくとも、確実に、カイトはその村に近づいている。
「『マルカ村』です。カイトは、この村に向かっています」
「ここは……確か悪魔神像が発見された場所だったッスね、今は『聖女』が浄化する為に滞在してるッス、まさか彼女を狙って?」
「それはまずいですね、殿下。彼女の『守護』は帝国との戦いには必要不可欠です。直ぐに追加の戦力を用意して向かわせましょう」
グラジオが事の深刻さにそう提案する。
「だが、護衛という形で騎士や冒険者を大人数付けさせてあるだろう。流石にカイトでも手が出せないはずだ」
「でもシム団長、カイトは目的を果たすなら、辺り一帯を爆破させることも厭いません。彼の力はよく分かっているでしょう?」
「それは、確かに……」
「グラジオさん、直ぐに向こうと連絡を。カイトさんが来た場合は───ん? カイトさんと、あの『聖女』?」
そこで、ジブリールの脳裏にカイトが『聖女』になんと呼ばれていたかを思い出した。
───『共犯者様』、と。
「あ、ああああっ!! シム団長、直ぐに戦力を集めて『マルカ村』へ!! 護衛で『聖女』に同行させていた戦力は使えないッス!!」
「ど、どういうことだ!?」
いきなりのことにシムが戸惑うも、ジブリールは叫ぶ。
「カイトさんと『聖女』……あの二人は、クソ姉の件で手を組んでいたんスよ、たぶんその関係はまだ続いてる。つまりはまだ共犯ッス!!」
違っていてほしいという願いと、この予感は当たっているという確信が、ジブリールの中を入り乱れる。
「きっと用があるのは『聖女』ではなく悪魔神像ッス!! カイトさんはそれを使って、な、なにか、良くないことをやるつもりなんスよ、とにかく急いでえええええええ!!」




