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良縁悪縁ひっさげ歩む我が人生  作者: あすか
第二章
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第百二十九話「閃く救いの月光」「観測する外れし者たち」

「ワォン!!」


ロルフの呼び声が聞こえてそちらへ走る。


「フェイルメールさん!!」

「ルイズ、良かった……無事だったのね」


大きな岩の陰からフェイルメールさんが顔を出し、わたしを見て安堵の表情を浮かべた。岩の上にいたロルフは飛び降りて、尻尾を振りながらわたしにすり寄る。


「ごめんなさい、ロルフ。心配かけたわね」

「キュゥン」

「ずっとソワソワしてたもの。私たちの護衛をしながらも、ルイズの方を見て今にも行ってしまうんじゃないかってくらいにね」


大きな体からちょっと想像しにくい可愛らしい鳴き声に、このグリグリと頭を押し付けてくる感じから、ロルフがどれだけ心配だったかがうかがえる。


「……フェイルメールさん、アンリスフィさんは?」

「それが、少し前までは狂乱状態で、なんとか抑えながら精神汚染を浄化していたのだけれど、いきなり事切れたように静かになって……」


見るとアンリスフィさんは岩にもたれかかっていた。眠っているようだけど、よほど泣いたのか目尻には涙の跡があり、疲れ切った顔をしている。……精神汚染は解けたのかしら。


「解呪された、ということですか?」

「どうやらそうみたいね。アンリスフィが自力でやったわけではないから、ルイズが何かやったのかと思っていたの。私たちを逃がした後どうなったか教えてくれる?」

「は、はい。……でも、わたしが特に何か変わったことをしたとかではないんですけど───」


そうしてわたしはさっきまでの事を話す。


「そう……誰かを想って怒りと悲しみに叫ぶレン、動かなくなった邪悪の眼(イヴィルアイ)、それにアンリスフィのあの反応は……ああ、なるほど……」


フェイルメールさんは手を口元に当てて少し考え、何か分かったのか下げていた視線が上がる。


「たぶんだけど……あの精神汚染は、その人にとって忘れることができない、かなりデリケートな記憶を掘り起こすんだわ」

「それは、トラウマとかですか?」

「分かりやすく例えるなら、そうね。邪悪の眼(イヴィルアイ)の赤い閃光を受けた人は、そういった記憶を再び追体験させ、現実と混同させるのよ」


それを聞いて色々と納得した。


最初に精神汚染されたアンリスフィさんのあの怯えようは普通じゃない。事故や事件などよりも最悪で、正気か疑うほどに最低な、かなり酷いものを経験したんだろう。レンは、彼女(だれか)を殺されたことを嘆き、殺した者(だれか)がその人の皮を被って成り代わろうとすることに怒りを抱いていた。


確かに、そんなことをされたらわたしも赦せない。なんでお前が、ふざけるな、と怒り狂う。


そんな、もう思い出したくもない酷な記憶をズケズケと踏み荒らし、掘り起こして、再び体験させる。なんて悪辣極まりない魔獣なのか。


「それから、邪悪の眼(イヴィルアイ)が動かなくなったのは、より良い『依り代』が見つかったからだと思うわ」

「依り代……って、まさかレンが!?」

「あの魔獣は悪意や怨念が集まって他の魔獣の死骸に宿って生まれるもの。本体はそういった意識体で、肉塊は言ってしまえば容器ね。これは仮説だけど───他にない激情を持つ容器を見つけたから、『依り代』として使う為に、本体である意識を送り込んだのよ、アレは」

「そんなっ!?」


仮説とアンリスフィさんは言う。確証だってない。それでもわたしは、それが事実なんだと思った。


「レンの異法は感情を糧にするんです。最悪の場合、それが引き金になって暴走して、怪物になってしまうって!! 今の状態が長引いてしまったら、レンは!!」

「今は過去の追体験と、邪悪の眼(イヴィルアイ)の意識体が、レンの意識を飲み込もうとしてる。アンリスフィの精神汚染が解けたのは、そっちを優先したからね。早く手を打たないと確実に暴走するわ……でも、彼ほどの実力者、どう抑えれば……」


剣戟の音はまだ聞こえてる。


ジュリアンがまだ戦ってくれている。ただ、そろそろ魔力よりも先にジュリアンの体力が持たない。


通常、召喚した魔獣や精霊は倒されたとしても死ぬことはなく、一度退去し、時間はかかるものの復活する───()()()()()()がこの世界には存在する。契約をしていれば、『召喚士』の魔力を使って復活する時間を短縮することもできるけど、わたしにはそれが当てはまらない。


わたしが召喚する『異端』はこの世界から外れた存在。そのせいか、この世界での復活できるという法則の対象外で、一度でも倒されてしまえば、ジュリアンという『異端』は消滅し、二度と召喚できなくなる。


(ジュリアンは貴重な戦力、失いたくない。新たな『異端』を召喚するにしても魔力に余裕が無い。ロルフに手伝わせるのもダメ、今のレンは躊躇なく斬る。アンリスフィさんも動けないし……)



『好き……とはちょっと違うかな。『ニホン』では、月の光は清い力を持っていると言い伝えられているんだ』



「……!? そうよ、月の光……っ」


思い出した。以前、確かに彼はそう言っていた。


闇に潜む悪しきモノを祓い、静かな浄闇の夜へと変える、月が出ている夜だけは異法を使う人々全てが心を落ち着かせられた、と。


空を見上げるが星はあれど月は出ていない。だったら、何か月の代わりになるような───、


「闇を祓う……月の光……浄化……なら光属性……」


……………あー、一個だけ、作戦思いついちゃった。


「───我が敬愛する、至高なるアルジぃぃ!!ワたクシめ、そロそろ限界デスゥゥぅ!!」


頭の中で閃きが一つ。すると、そんな泣き言を言いながらジュリアンが飛んできた。というか、受け身も取れず地面を転がる辺り、大方レンに飛ばされたと見た。


「もう、ホントに、レン様ハ強いでスネ!! 体格差ヲモノともセず、ワたクシめを蹴り飛バすなんて!!」

「アォオン」


分かるよ、とでも言うように項垂れるジュリアンの横でロルフが鳴く。


「わたしの従者だもの、強くて当然よ。───ちょうどいいわ、作戦を一つ思いついたの。でもその前に、ジュリアン、ロルフ、あなたたちの主として一つ問うわ」


本当に無茶な作戦だけど。


でも効果があるとすれば、これしか思いつかなかった。本当に……本当の、本当にっ、無茶で、無謀で、最悪死ぬような作戦だけど。


レンを取り戻せるのなら、わたしはこれを実行したい。



「あなたたちの命、ここで捨てられる?」

「「………………」」



つまりは最悪捨て駒になれということ。そんな、わたしの問いかけに、ジュリアンとロルフは目を見開き、そしてお互いに顔を見合せると、小さく頷いた。


「当然デす」

「ワフ、ワンワン!!」

「そう、ありがとう……」


ふざけるな、とも言わないのね。我ながら良い従者を持ったわね。自分の実力が他より劣っているなんて、些細なことのように思える。


「わたしがレンにキツいのをお見舞いする。それが確実なものになるよう、なにがなんでも……それこそ致命傷を受けたとしても動けなくして」

「ルイズ、あなた、なにをするつもりっ?」

「なにをって、決まってるじゃないですか───」


雑嚢から小さな瓶を取り出して中にある液体を飲み干す。これは即効性のある劇薬。一時的に魔力を増幅させる効果があるけど、代わりに数日は魔法どころか魔力すらまともに扱えなくなる。


「っ、はあ……。わたしの従者の目を覚まさせてあげるのよ、彼の主人として!!」


心臓の鼓動が一際早く、強くなる。薬が直ぐに全身へと巡り、少なかった魔力が一気に増えていく。まるで体が膨れ上がるような感覚だ。


「───返せ、返せ、返せ……っ」


蹴り飛ばしたジュリアンを追って来たレンが現れる。


「行きなさい!!」

「はイ、行きまシょう、ロルフ様」

「アォン!!」


走り出す二人。


わたしはそれを見ながら左手に魔力を集める。属性は光。放出し、凝縮し、圧縮する。この魔力で二人を強化してあげたいところだけど、増やした魔力は全部レンの為に使いたい。だから、今はロルフとジュリアンを信じるしかない。


ジュリアンがレンと大立ち回りをし、ジュリアンの隙を埋めるようにロルフが機動力と速度を活かして一撃離脱、レンは煩わしそうにしながらも全ての攻撃をいなし、迎撃の一刀を見舞っていく。


(傷一つ与えられないどころか攻めてるこちらが傷を負っていくなんて、ほんとフザけた強さをしてるわね。致命傷は避けてるけど、早く終わらせないと先に力尽きるのはこっち……!!)


集めた魔力が限界になりかけたところでわたしも駆け出す。今のレンには、きっとわたしが、『彼女』に成り代わろうとする敵に見えているのだろう。


だったら、それを利用しない手はない。


「こっちを見なさい、レン!!」

「っ!? おまえは、お前はぁぁアアアアアアア!!」


予想通り。レンはわたしを見るなり、ジュリアンとロルフを無視して飛びかかってきた。当然、傷だらけになりながらも追走するジュリアンとロルフ。


「ガウッ!!」

「ぐっ、離せェ!!」


ロルフが牙を剥き、刀を持つレンの右腕に噛み付く。


だけどレンに懐いているロルフは無意識に手加減したのだろう。本気で噛めなかったのか、直ぐに振り払われ、レンに喉元を掴まれると地面に叩きつけられる。


そしてそのまま首の骨を折ろうとするレン。今の彼ならそれくらい容易いのだろう。足を止めて手に力を込める、その僅かな一瞬を、


「失礼しマス!!」

「な───」


ジュリアンの強烈な張り手がレンの背中に直撃。顔面から地面に叩きつけられる。積もってる雪がクッションになったとしてもかなりのダメージだろう。


「ヌゥゥっ……我が、アルジぃ!!」


()()()()()()()()()()()()、残った片腕でレンを抑えつけ、叫ぶジュリアン。


張り手を受けると同時に反撃したのね。一撃くらっても深手を負わせることで、追撃するどころじゃさせなくするために。


(今しかないっ!!)


わたしは駆け寄ってレンから刀を奪う。軽傷とはいえ、ロルフが噛み付いて握力が弱まっていたのが幸いして、刀は直ぐに取れた。


「グゥゥゥ───かえ、せ、返せェェ……!!」

「直ぐに、返すわよっ!!」


ジュリアンの抑え込みをものともせず起き上がるレン。わたしは予め準備していた、限界まで押し硬めていた光属性の純魔力を刀に叩き込み、


「レンの中から消えなさい、邪悪の眼(イヴィルアイ)!!」


彼の体へと、刀を突き刺した。




■■■




光属性と闇属性は互いに()()()()性質がある。だからこの二属性の戦いはいつだって弱肉強食で、相手より強い魔力で対抗する、となる。


邪悪の眼(イヴィルアイ)が悪意や怨念の集合意識体であるなら、その正体は意識をもつ闇属性の魔力とも言える。そして集合意識であるなら、同じ負の感情であるものの、その方向性は別々。なら純粋な魔力ではないはず。


仮に闇属性の純魔力だとしても、これを打ち消す、もしくは怯ませることが出来るのは───あちらよりも強大な、光属性の純魔力だけだ。



 ───そういったルイズの推測のもと、レンの体内で炸裂した光属性の純魔力。


それは、異法武器としての作用でルイズの、正気に戻って欲しいという、感情を糧にし、


月夜祓(つくよのはら)という名前に込められた意味がもつ力が加わり、


月の名を冠するその刀身から放つ輝きは、擬似的に、月の輝きそのものとなって、レンの中を照らし出した。



「が、ッ……あ……ぁ───月の、光……」



本来なら、いかに月下では万全の状態となる『法剣士』としての性質があっても、正気に戻らないほどに邪悪の眼(イヴィルアイ)の精神汚染は強力だった。だが、体外ならともかく、体内からとなると話は変わってくる。


激流の如き勢いで、弱点でもある光属性の純魔力がレンの全身を駆け抜け、彼を乗っ取ろうとした意識体の邪悪の眼(イヴィルアイ)はなす術なく、精神汚染ごと押し流されるという……魔力を体内から炸裂させて呪いを無理やりに解呪するのと同じ現象が起こった。


『オノレ ニンゲン メ アト スコシノ トコロ デ───』


自身よりも強大な光属性の魔力により、邪悪の眼(イヴィルアイ)は耐えられず、レンの体外へ押し出される。意識体は容器となる『依り代』が無ければ存在を保つことができず、そんな恨み言を最後に、消えたのだった。




■■■




「おお、アレが、我らの新たな主……」


「ふむ……ジュリアンが主と認めたのなら、我らとも上手く付き合えるでしょう」


「あまりにも矮小で、主とするには些か不満だが、成長する過程を間近で見るというのも、また一興か。───では皆、次の召喚に備えるとしようか」



「「「我ら、世界より外れし『異端』なれば。新たな主に忠誠を誓わん」」」


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