第百二十六話「邪悪な先手」「崩れるパーティ」
『穴持たず』の討伐を受けてから、僕達は目撃情報があった場所に向い、時には僕達のみで、時には先行して対処に当たっていた『サザール騎士団』と協力して討伐していった。
討伐した魔獣の中には魔力を含んだ攻撃の威力を大きく軽減する能力を持ったのもいて、この一体に関しては異法という魔力ではない力を持った僕がいなかったら討伐も撃退も不可能だったことから、騎士団の人達からはかなり感謝された。
今は近くの村にある小さな食堂で昼食をとっているところだ。
「うーん、魔力精錬、もう少し早くできないかしら……。今のやり方だとどうしても戦闘になった時に隙ができてしまうわね」
「……ですが前よりも格段に手際よくやれています。一回で不純物を残らず取り除けていますし、二つまでなら同時に異なる属性の魔力精錬だってできてます。今は速さよりも使いこなすことを意識した方がいいかと」
「そうですよね。全属性を同時にはできないし……うん、進歩しているのは実感できるし、これ以上のことを望むのはまだ早いわ。失敗して全部台無しにはしたくないもの」
ルイズは変わらずアンリスフィさんの指導を受けている。
暇があれば二人でずっと魔力談義したり、後々大きな負担にならない程度の特訓を繰り返して、以前よりも遥かに戦闘継続時間は延びた。魔力量の悩みはだいぶ解消されたらしい。
今は魔力精錬の時短や、自身で行使できる魔法の種類を増やせないかと、ウンウン唸って試行錯誤している。
「とりあえず、あなたのご主人様の焦りは、ほぼ無くなったと言ってもいいわね」
「はい。魔法が使えない僕ではどうしようもなかった。お二人には感謝しています」
「ワォン」
頭を下げるとロルフもならって同じことをした。
「あの子はすごいわ。……少ない魔力で上手くやりくりする為に魔力精錬で効率化を図りながらも、練習を繰り返して負荷を与え、体内の魔力生成量を増やすという騎士団のやり方を同時にこなしている。一見、消耗を抑えているように見えるけど、これけっこうキツいのよ」
フェイルメールさん曰く、魔力精錬にはかなり集中力を使うのだという。ルイズの様子を見るとそうは思えなかったけど、実際は精神的に疲労する。体力的に疲労する騎士団のやり方と同時進行した場合、一日で根を上げるのだとか。
「アンリスフィの管理が上手かったのもあるけれど、アレイスターの血、そして才能、これまで一人でやってきた特訓の成果……かしら。結果が出せていなかっただけで無駄にはなっていなかった。たぶん、晩成型なのよ、あの子は」
「それは───」
それは、少し前の彼女にとっては、どれだけ残酷な言葉だっただろうと思う。
早く結果が欲しいのに、どれだけ努力しても実感も達成感も得られない。無茶をして、自分で自分を傷つけて、死に物狂いで強くなろうとしているのに、変化が見られないという苦痛に苛まれながら、彼女は今まで過ごしてきた。
なかなか結果が出ない努力をそれでもやり続けるというのはツラいものだ。これ以上続ける意味はあるのか、もう何をしても無駄なのではないか、そんな疑念に心が陰る。けど、続けなければその成果は絶対に得られない。
どんなに薄く、小さく、軽いとしても、積み重ねればそれはいつか大きな山となるのだ。
「継続は力、ですね」
「あら、良いこと言うのね」
「僕の故郷で使われていた言葉です。……まあ、直ぐ結果を出せないと大変な目にあうところだったので、そう思う人は少なかったんですが」
直ぐにでも戦える増員が欲しい、まだ使い物にならないから待ってくれ、いいや待てない、使えないならソイツは捨て駒にする───それがまかり通る世界だ。そうして捨て駒にされた『法剣士』が恐怖と絶望で暴走するまでがワンセット。
敵陣の真ん中で暴走してくれれば敵を一掃できるだろうと上層部は考え、これを実行。戦場では連絡が遅れて巻き添えをくらい、暴走した人の討伐もやるしかなく大勢の人が死傷する。あの世界をなにかに例えるなら、
(地獄───よく、この歳まで生きられたものだと、思い返すたびに実感する。増員よりも消費が多いあの世界の最期は考えるまでもなく……破滅だ)
あの時、ルイズの召喚に応えていなかったらと思うとゾッとする。あっちで終わりのない死を目の当たりにしながら戦うよりも、ここで彼女の為に、そしてユキナさんのように高みへ至らんと刀を振っていく方が何倍も良い。
「それでレン、明日はどうするの?」
「予定通りだよ、ルイズ。残りの『穴持たず』を討伐する。騎士団に合流するのはその後だ」
「そうね。それにしても、まさか帝国に行って早々騒ぎを引き起こしてその間に戻って来ていたなんてね。ほんと、迷惑な人だわ」
「全くだよ……」
裏切り者であるカイトさんが発見されたと知ったのは、夜行性の『穴持たず』を討伐し、朝方この村に来た時のことだ。『サザール騎士団』の人たちが大急ぎでやって来て、
『───騎士団の部下が、カイトと遭遇したとのことです。奴は同行者二名を連れ、部下が相手をしていた『穴持たず』を代わりに討伐するも左腕を欠損した、と』
『……同行者の方は吹雪と戦闘による怪我で顔はよく見えなかったようですが、どちらも帝国騎士団、それも女であるようです』
『これより騎士団は、動ける人員を全て投入し、カイトを追うことになった。レンさんには残りの『穴持たず』を討伐して欲しい。可能であれば、その後に我らと合流し、協力を頼みたい』
そう言って、合流しやすいようにと、地図に今後騎士団が活動する予定地点を記して去っていった。
捜索の協力が強制ではないのは、私情が混じった仕事を優先するべく、結局『穴持たず』は僕たちに任せっぱなしになり負担をかけてしまうことへの謝罪のつもりだろう。僕たちよりも間違いなく騎士団の人たちの方がカイトさんと深く関わっていたのもあるんだし。
「それで、これから討伐しに行くのは確か……」
「邪悪の眼ね、けっこう厄介な相手よ」
昼食をとり夕方まで休息し、入念に準備を済ませ、村を出る。次の討伐対象は、暗闇を好むという性質から、主に洞窟や地下空洞でしか遭遇しない魔獣だ。しかし『穴持たず』となって外に出てきたらしい。
「肉塊のような体に大きな赤い一つ目の、気味の悪い魔獣よ。子供の腕力でも潰せるくらいに柔らかく、初級魔法でも簡単に倒せるんだけど、それを困難にしているのが赤い一つ目。体の一部でも見られた者は、心に翳りがさすから、気をつけて」
フェイルメールさんの説明にルイズがハイッと手を上げる。
「それは精神汚染のようなものでしょうか」
精神汚染───精神や人格が歪められたり、変質させる呪いの一種、だっけ……。相手を状態異常にさせる魔法が得意な冒険者の人から少し聞いたことがある。
「そうね、その認識で間違いないわ。そして『穴持たず』としてこの能力が強化されている可能性が高いわ。物陰に隠れたとしても、指先とか、頭髪がチョロっと出てるところを見られたら、その時点でアウトと思いなさい」
「つまり……完璧に隠れられているなら精神汚染を受けず安全に倒せる、ということですか?」
「遭遇率が低いのもあって、対処法を直ぐに思い出せず、そのせいで毎年必ず被害者が出るけど、本来は布一枚でも全身を覆えば簡単に倒せる魔獣よ」
本来は、を強調して教えてくれたフェイルメールさん。たぶん『穴持たず』の邪悪の眼はそれで倒せるような相手ではなさそうだ。
「対策として私とアンリスフィでみんなに精神を保護しつつ浄化する魔法をかけてあげる。ただ、どこまで強化されてるか分からない。無効化は出来ないと思ってなさい」
「そうなると……汚染される前か、されても汚染が進む前になるべく早く倒すしかないわね。もしくは視認される前に奇襲で倒す、か」
「あまり長引かせたくはないね」
先ずは相手の様子を見て奇襲が可能ならそうする。仮に失敗した場合、精神汚染を受ける受けない問わず、なにもさせずに最速で倒す───初見の相手に出来ることといえばこれくらいだろう。
「では、私の魔法で上空から索敵します」
村からだいぶ離れた草原で、アンリスフィさんはそう言いながら右手を上へ、左手を下へ伸ばす。
「飛んで。飛んで。風雪、風雪、羽ばたいて───『目覚めて、雪華の白鳥』」
吹き上げるような風が起こり、彼女の足元の雪を上空へと飛ばすと、雪は集まって数羽の白鳥の形となり暗くなった空を飛んでいく。
「あの鳥は使い魔を使って索敵するやり方と同じものですか?」
「はい。私も、お姉ちゃんも、使い魔と契約はしていませんからその代用ですね。私の視覚を同調させていますので、見つけたら直ぐに───」
知らせますとアンリスフィさんがそう言いかけようとした時、
「なにあれ!?」
ルイズが声をあげ、指差した方向を見る。ここから遠く離れたその先に、なにやら赤い光が妖しく明滅していた。
「なんでしょう……ちょっと見てみますね」
アンリスフィさんが全ての白鳥を赤い光がある方へと向かわせる。視覚を同調させて、光の正体を見ようと彼女が目を閉じると、
『ピッ───』
その場所から赤い光線が夜空を走り、全ての白鳥を、同時に貫き、
「いやぁあああああああぁあァァァァァ!!!!」
アンリスフィさんが突如、悲鳴をあげた。
「どうしたの!? アンリスフィ、答えなさいアンリスフィ!!」
「いや、イヤ、イヤぁ!! ヤメて、来ないで、わ、わたしの中に……入ってこないでええぇえェェェェェェ!!」
フェイルメールさんが血相を変えて駆け寄る。
アンリスフィさんはなにかに怯えるように蹲り、手で顔を覆い、体を震わせ、涙ながらに叫んでいて。
指の隙間から覗く彼女の瞳は、さっき見たのと同じ、赤色に染められていた。
(白鳥を貫いた光と同じ……まさか、あれは───)
「みんな、アンリスフィさんの目を見ちゃ駄目だ!!」
嫌な予感がして僕は急いで彼女が来ていた防寒用のローブにあるフードを目深にかぶらせる。
「フェイルメールさん、この状態はっ」
「ええ、精神汚染よ!!」
「っ……!!」
瞬間、ゾワッと寒気がする。なにか良くないモノが近づいてくる気配に、即座に月夜祓を抜く。
「そうなると、さっきの赤い光は邪悪の眼によるものですね……っ」
「でも直接見られなければ、精神汚染は受けない。だからこれは間違いないなく『穴持たず』としての力ね」
「ぁ、ァあ───助け、て、たすけて、だれか、おねえちゃん、おねえちゃん……!!」
フェイルメールさんは目を合わせないように気をつけながら、今も泣き叫ぶアンリスフィさんを抱きしめる。
「白鳥とアンリスフィには魔力を送る為の繋がりがある。たぶん、あの赤い光には精神汚染の効果があって、白鳥を貫いた時に繋がりを通じてこの子に精神汚染を付与したんだわ。それにこの魔力、この子と目を合わせたら精神汚染がうつる……!!」
何かしらの繋がりがあればそこを通じて伝播し続ける……これではまるで病原体だ、庇わなきゃいけなくなったと同時に、慎重に扱わないといけない爆弾になってしまった。
「レン、このまま戦うのはマズいわ。一度村まで戻りましょう!!」
「そうしたいところだけど、どうやら向こうはそうはさせてくれないみたいだ。───防御異法"破砕城壁"!!」
赤い光源が近づいて相手の輪郭が分かるのと、三重の城壁で赤い光線を防いだのは同時だった。
『ハハ フセイ ダ ナ』
「え───」
不気味な声が聞こえ、視界が真っ赤になった。




