第百二十五話「姐ちゃん、さっきの客……」「オウカさんには内緒ね」
「───サクラ様、お待たせしました。これで再登録は完了となります。こちらが新しいギルドカードで、準Aランクからのスタートです」
帝国首都、帝都『クルルカン』にある『冒険者ギルド』の受付嬢に呼ばれ、赤く縁取られたギルドカードを受け取る。
「ありがとうございます。……その、ギルドマスターは大丈夫でしたか? 加減はしたつもりなんですが、まだ上手く魔法の威力の調整ができなくて」
「あー、あの人は頑丈なのが取り柄なので、気にしなくてもいいですよ!! 気絶してたのも数秒くらいだったので」
「そうですか、それなら良いですけど」
そう言う受付嬢に私はホッとする。
その後、帝都での活動についての注意点や、周辺地域の特徴について学べる講習を受け、参考資料を貰ってからギルドを出た。
(はぁ……性別をそのままにしたのは失敗だったかな、キツめの印象にしたのに構わず絡んでくるなんて……)
建物のガラスに反射する自分の姿を見て私は大きくため息をつく。
長い漆黒の髪に、切れ長で金色の目、やや細身ながらも女性の平均よりやや高い身長をした、近寄りがたい雰囲気を抱かせるサクラという名前の人間の女性───それが帝都で活動する、王国から移住してきた冒険者としての私、オウカの姿。
なんとか『ザスラット峡谷』を横断した後、私は同行していたルコアさんと一度別れ、最短ルートで帝都まで来た。そしてギルドで再登録して、身分証明書としてのギルドカードを発行してもらおうとしたんだけど、
(酔っ払いに絡まれ、思わず反撃したら乱闘に発展、軽く鎮圧したらそれを影から見てたギルドマスターが面白そうだからと試験官になって戦うことになって、軽く吹っ飛ばそうとしたら調整ミスって一発で試験終了……準Aランクからのスタートという派手な珍事を起こすなんて)
あまり騒ぎは起こしたくなかったのにいきなり注目の的になってしまった。
『狐妖族』が得意としている姿形の偽装───『変化』で男性の姿になっていればこうはならなかったのかな、なんて思ったけど、再登録も終わったから意味のないこと。熱りが冷めるまで大人しく、でも着実に準備は進めるとしよう。
(『門』の配置場所を決める為にも軽く帝都を散策しようかな。もし、衛兵に呼び止められても、そういう性分だと言えば納得してくれるだろうし)
うん、と頷き私は歩き出す。
帝都の広さは王都とそこまで変わらない。大きな違いと言えば、魔道具や昇降機を使って、快適性や利便性を高めていることだろう。幸福度の面でも王国より上なのは間違いない。
それから帝国の人々は、貴族も、平民も、武闘派なところがある。特に戦闘の機会がある職業───冒険者はもちろん、帝国正規軍やそれと関わりがある職をもつ者は、話し合いよりも殴り合いで物事を決める傾向にある。
(───自分の実力に疑問をもたない自信家、小細工や罠をしかけるよりも戦いを好む脳筋だっけ。それが旧くから伝統として続き、だからこそ真っ向勝負で一番実力を発揮できる性質)
以前、私がカイトと一緒に王都に潜んでいた元帝国軍の軍人である殺し屋を始末しようとした時に、殺し屋に対してカイトが言っていたっけ。
勝者こそ正義。敗者こそ悪。
命を賭けた決闘で自身の正しさを証明する。
それがまかり通るのが、この帝国という国。
(よし……候補はある程度は絞れたし、今日のところはここまでにしておこうかな)
一度帝都から出て、人目がつかないところまで来てからパンと手を合わせて『転移』。森の中にポツンとある一軒家の前まで戻って来た。
「ルコアさん、ただいま」
「あっ、お帰りなさい、オウカさん」
『変化』を解いて家の中に入ると、修道服に鋭い爪をもつ金属製の篭手をつけた女性が、満面の笑みで迎えてくれた。
『ザスラット峡谷』を横断する時に同行することになった彼女は、弟と共にこの家で暮らしている。そして私がまだ拠点を持たないことを言うと、空き部屋があるから良かったら好きに使っていいと言ってくれて、今はありがたく居候させてもらっている。
「ギルドでの用事はどうでした?」
「再登録できたよ、ちょっと一悶着あったけど」
「でも、その顔を見るにちゃんと解決してきたみたいですね。怪我もしてないようですし、無事で良かったです」
そう言いながら炊事場で食器を洗う彼女。
「あれ、誰か来てたの?」
見たところ、洗っているのは二人分のティーカップに、菓子用の小皿が一枚。彼女の弟は基本森の中で過ごしているし、私は帝都にいたから、ルコアさんの他にもう一人、誰かがティーカップを使ったことになる。
「ああ。オウカさんが帰って来る前に、近くの都市に住んでるこの家の大家さんが来たんですよ。格安でこの家を貸してくれてて、今日が家賃の支払日だったんです」
「近くの……って、それ国境都市の『カリファ』だよね。ここまで徒歩で一時間かかるじゃん。こんな冬場にわざわざここまで来たの?」
「徒歩じゃないですよ。スノーモービルっていう、魔道具を使って動かす橇で来たんです。最近作られた物みたいで、氷上と雪原限定ですが馬よりも速く走れるんですって」
それを聞いて内心で驚愕した。
この季節はどの国も積雪で移動が困難になり、国外へ行くことは実質不可能。しかしスノーモービルという物があれば話は変わる。馬が使えず、雪でまともに動けない中、そんな物で迫られたらたまったものではない。
ルコアさんから詳しく聞くと、まだ試作段階で、運搬業などをしているところで試験的に運用しているらしく、でも量産体制は既に整っているという。
(それがもし量産されたら、春が来る前に、帝国正規軍がそれを使って王国に攻めて来るんじゃ……)
機動性で圧倒的な差をつけられ、なす術なく『サザール騎士団』のみんなが蹂躙される光景が目に浮かぶ。
「───っ!!」
居ても立ってもいられなかった。
量産させるわけにはいかない。
氷上と雪原限定というのなら、完全に春になって、氷と雪が解ければ使えなくなるだろう。なんとか妨害して、少しでも開発を遅らせれば、戦争で使われることはないはず。
「ルコアさん、今日まで住まわせてくれてありがとう。もうここには戻らないと思う。もし何かあったら、私に脅されていたとか、適当に言っていいから」
使わせてもらっていた空き部屋から荷物を取り、ルコアさんに頭を下げる。すると彼女は私の顔を見て何か察したのか、フフッと微笑んだ後、私に背を向けて夕食の準備を始めた。
「……まあ、なんとなくは察してましたよ。オウカさんには何か帝国には知られたくない目的があって、わざわざ姿を変えてるんだろうなって」
そう言いながらトントンと包丁で手際よく肉や野菜を切っていき、鍋にいれて煮込んでいくルコアさん。……それはそれとして、せめて調理する時くらいは篭手を外さない?
「普通に帝国に移住して冒険者やるなら変装なんてしません。それに、あなたが帝国のことを語る時、激しい怒りと慟哭、そして誰かを追うような……そんな印象を瞳から感じました」
「……驚いた、だいぶ見抜かれてる」
「瞳は心の覗き窓、とでも言いましょうか……わりと分かりやすいものなんです」
簡単そうに言うルコアさん。私の目的はかなりぼかして伝えていたのに、そんなに分かりやすかったかな。
「スノーモービルの話を聞いて直ぐにオウカさんは出立しようと言った、その瞳から見えたのは『焦り』と『危機感』……まあ、これで大方の事情はわかってしまいますね」
───思わず、身構える。
ここまで見抜かれては、流石に警戒しないわけにはいかない。もし彼女が帝国の者だったらこの場で始末することも視野に入れた。けど、
「私も、弟も、帝国人ではありません。たまたま領土内に暮らしているだけです。だからオウカさんが何を考えて、何をしようが、私には関係のないことです」
だからお好きにどうぞ、とルコアさんは言い、私は袖の中に隠していたナイフから手を離す。
「どうか、お気をつけて。あなたのこれからが、望まぬ悲劇にならないことを、ここで祈っております」
「ルコアさん……、…………そうだね、悲劇なんて誰だって嫌だよ、だから、私一人でどこまで出来るか分からないけど頑張ってみる。もし、また会うことがあったら───」
「はい、今度は弟と、あなたのお連れの方もいれて、ゆっくりお話しましょう」
最後にこちらを、とルコアさんはさきほど鍋で煮込んでいたものが入ったタンブラーを差し出す。
「私特製の野菜とお肉の煮込みスープです。薬草や香辛料を加えてるので、寒い場所にいても体が温まりますよ」
「あはは、いきなり調理をし始めたと思ったら。……ありがたく頂きます」
荷物の中にタンブラーを入れ、行ってきますと言って私は家を出る。空は相変わらず雲が覆い、雪は止む気配がない。夜になれば今よりも気温が下がるだろう。
さて、と雪降る森の中を歩きながら、頭の中でやるべきことを確認する。
先ずはスノーモービルがどのような物か調べる必要がある。国境都市『カリファ』でスノーモービルを使っている運搬業者を探し、性能の把握、どこで作られたかの調査、そして妨害工作で量産を遅らせるか中止に追い込む。
既に量産体制は整っている。試験的に使われているのも最近の話ではないはず。調査に時間をとられていては妨害する前に大量生産されてしまう。
(仮に、もう大量生産されようとしていた場合……妨害ではなく破壊工作に移るしかないね)
「ねえカイト───」
思わず、隣にいるはずのない彼の名を呼ぶ。
「あ……そっか、今は私、一人だけだった……」
敵の陣地に侵入して工作活動するような時、大まかな悪巧みをカイトが考えて、私の提案も取り入れながら二人で笑い合っていた。
カイトが召喚した爆弾を、私の『変化』で武器に形を変えてからわざと敵に奪わせ、勝ち誇ったところを爆破したり、
使い魔のコンを標的に憑依させ、それを通して私が常に位置を特定できるようにして、カイトにタイミングを伝えて狙撃したり、
予め私の魔力をこめた銃弾をカイトに撃ってもらって、仮に外してもその銃弾を起点に、魔法を発動という二段構えをしてみたり、
───まあ、色々とやったものだと思い返す。
「カイトはどこにいるんだろう……」
帝国正規軍の元帥が直々に迎えにくるほどだし、彼の職業や能力をいかすなら、やはり軍か、もしくは関連組織に所属しているのは間違いない。
裏方に徹したり、暗躍したり、基本的に表舞台には出ない彼の性格を考えると、普通に探したところで先ず見つからない。探すなら、たとえそこが帝国の裏側───帝国が秘匿している闇の世界だとしても、恐れず踏み入れるしかない。
「大丈夫、今の私なら一人でも……やれる」
焦る必要はない。
カイトとは、暗躍していればいつか会える。だから今は王国の為に行動すればいい。
『仙狐』としての力を使えば、大抵のことはなんとかなる。どんな妨げであっても誤魔化し、欺き、乗り越えて───帝国の勝ち目を一つ一つ潰すのだ。
「あの時の返事も、いつか聞かないとね」




