第百二十三話「お酒に漬けてみる?」「丸ごとは無理だろ」
呪毒蛇───最大で全長二十メートルを超える巨大な蛇型の魔獣。
赤黒い皮に覆われた体は優れた伸縮性と耐久性を備えており、生半可な物理攻撃は効かない。そしてこの魔獣を相手にする時に一番注意しなければならないのが牙から滴る毒もとい体液だ。
呪毒という、硬質化する呪いが付与された毒。噛まれて毒を流し込まれたら血液、筋肉、骨、皮膚が石のようになり、全身ガチガチの死体に成り果てるのだ。そして、
「ジャアアアァァァォオオ!!」
「しまっ───」
大口から放たれる血のような色の無数の針が、俺を見て驚いていた『サザール騎士団』の先輩方の鎧を貫通し、体に突き刺さった。
(ああ、終わったな……)
通常種なら噛まれないよう注意すればいい。しかし『穴持たず』となった場合、厄介なことに毒そのものを硬質化させて針として口から射出する。
その威力は『サザール騎士団』が使う特注の鎧を容易く貫通する。鎧だけなら良かったものの、完全に体にも刺さってしまっては、あとは硬質化の呪いが発動してそのまま瞬く間に───。
(教会で買える聖水や魔法で呪いを浄化しても、毒そのものが体を犯す。逆に解毒薬だけでは呪いは浄化できない。二つ揃ってようやく毒の魔の手から逃れられる)
下手に傷つければ呪毒をたっぷり含んだ返り血を浴び、だからと言って離れて遠距離攻撃をしても毒針を飛ばしてくる。毒以外にも、噛まれるだけで十分に致命傷になるし、巻き付かれて絞め殺されもする。
とてつもなく非常に危険な魔獣だ。
「ユキナ、ラウ、見ての通りかなり厄介な魔獣だ。接近戦は控えて遠距離から攻撃しろ」
聖水が入った瓶を雑嚢から取り出そうとしたものの、間に合わず硬質化の呪いで苦しむ間もなく死んだ騎士達を見て、ユキナは強敵の登場に笑みを浮かべ、ラウは身震いしながらも臨戦態勢となる。
……ふむ、全身硬質化するまで十秒ってとこか。
「まったく、戦士殺しにもほどがある。あの毒を浴びるだけでぜーんぶガチガチになるなんて」
「お前って遠距離から攻撃する手段はあるのか?」
「斬撃を飛ばせるから大丈夫。あの巨体を切断するのは苦労しそうだけど、良い練習相手になりそうだ」
「カイト様、今から逃げるとかって……」
ラウが聞いてくるが、まあ……相手がこっちをジッと見て牙を剥いてるから予想は出来てるだろ。
「毒だけはくらうな、こっちは聖水も解毒薬も用意してないからな。……んじゃ───散開!!」
「はーい」
「やっぱりぃ!!」
余計な指示はいらない。
ユキナは斬撃を飛ばせるとは言いつつも、安全な遠距離からではなく、返り血を浴びない最低限の距離間で戦う。
ラウはショートソードは使わず、後衛に位置取り、ピストルと魔法でユキナの援護。
そんで俺は最後方で有効な武器を探りながら頭部を狙って早期撃破といきたいところ。
「先ずはアサルトライフル、呪毒蛇の強さは準どころか完全にAランクだろうし……レア度はLに設定だな」
召喚するのは通常のアサルトライフルに比べ、連射力を犠牲に一発一発の威力が高いヘビーアサルトライフル。反動がすごいんで実装時は慣れるまで時間がかかったもんだ。
(先ずは三発ほど……)
ダン、ダン、ダンと短連射で放たれた弾丸。
ゲームでは胴体ヒットで威力40、ヘッドショットで威力60。HPとシールドの数値が100ずつだから、単純にヘッドショット二発でシールドゲージ全部とHP20もってく高威力の武器。
頑丈な殻を備えた魔獣に何発もブチ込めば粉々に破壊できるお気に入りだ。
「───、───ッ!!」
「……なに?」
貫通しなくても抉るくらいは出来るだろうと思っていたそれを、まるで弾道が見えているように、相手は僅かに体をくねらせて回避した。
「"穿て、硬き焔"───フレアバレット」
ラウがすかさず魔法を放つがこれも同じように回避。
「ハハ……!!」
そして回避後の隙をユキナが突く。瞬間移動したのかと思える速さで距離を詰め、その時には既に抜刀し振り抜いていた。何かキラリと閃いたものが宙を飛び、呪毒蛇の皮を真一文字に切り裂く。
「ジャアアア───ッ!?」
「よっと、アハハッ、あぶないあぶない」
噴き出る血を見てユキナが距離を取る。
(俺とラウの攻撃だけ完璧に回避したのに、ユキナの接近には気付いたが斬撃は命中した……?)
そこで俺は気付く。いくら魔獣とはいえ相手は『蛇』だ、ならあの器官を備えてるだろうし、高ランク魔獣に相応しく強化されていてもおかしくはない。
(蛇に備わるピット器官……俺達の位置はもとより、ラウの火属性魔法と、俺のヘビアサの発火炎の熱に反応して回避行動をとったわけか!!)
魔法はいわば放つもの。魔法の発生地点から基本的には直線に進む攻撃だ。それを知っているからこそ、あの蛇は弾道を予測できたわけだ。対して、ユキナは温度のない攻撃。位置はわかってもその飛ぶ斬撃を感知できない。
「……っていうか、普通のアサルトライフルより弾速は遅いとしても余裕で見てから回避したよなアイツ。チッ、ラウ!! 火属性は感知される、周囲の温度と差がない属性の魔法で攻撃しろ!!」
「火……温度……あっ、そうか熱感知!! だったら、"疾走れ、不可視の刃"───ウィンドカッター!!」
この世界でも蛇の熱感知は認知されているのかラウは直ぐに把握して属性を切り替えて攻撃を再開する。
一陣の風と共に鎌鼬をぶつける魔法は、雪が降る今の気候と相まって、目視が難しい上に熱感知に引っかからない。呪毒蛇が魔法に気付く時にはもう命中し、浅くとも傷をつけていた。
「余裕があれば頭部を狙え、眼か鼻先を損傷させればいい!! だが無理はするな!!」
「心得たよ。ラウちゃん、援護お願い」
「はい!!」
ユキナが真正面から、ラウが側面から、交互に攻撃することでヘイトを分散させる。
魔獣との戦闘は何度かやっているから連携は出来るようにしている。メンバー的にも役割がハッキリしていていたから変に揉めたり、位置取りが被ることもない。
特に、ラウの成長スピードには驚かされる。
実力差がありながら、前衛で暴れるユキナの動きにしっかり食いついて援護しているし、俺の射撃から意図を汲んで的確に動く。帝国に戻れば俺の右腕になれると知って、かなり張り切っているようだった。
(さて、熱感知がある以上、発火炎に反応して回避されるなら射撃でのダメージはあまり期待出来ないな。だったら……分からせるか)
この際回避されてもいい。ただしその回避の重要性と、失敗による危険性。これを爆上げしてやるよ。
左手人差し指にはめてある指輪を操作。
新たに召喚するのは真っ赤にカラーリングされ、銃身には炎をイメージしたイラストが描かれた、派手なスナイパーライフル。
Uと呼ばれる、通常武器の最高レアリティであるLのような高性能という訳でもなく、アルティメットブレイドのような超特別武器であることを証明するМと比べれば遥かに劣る性能だが、なかなかに個性的な性能から多くのプレイヤーに時に愛され、時にネタにされるレアリティ。
武器の名を───ドラゴンブレススナイパー。
持つとほんのり温かく、冷えた体にはちょうど良い。そしてこれに気付いた呪毒蛇がバッと俺へと顔を向ける。
「ゲームで唯一、徹甲炸裂焼夷弾を撃てるライフル。一時期戦車が登場して調整のミスで戦車ゲーになりかけたところに、戦車キラーとして実装された武器。フィールドのあちこちで戦車が吹っ飛んでいくあの光景は忘れられないぜ」
毒針が俺目掛けて飛んでくる。うん、それ死ぬからダメだね。
【脚力強化:B→S】
飛び退いて毒針を回避し、後方の太めの木を足場にして飛び上がり木の上へ。そのまま猿のように木々を飛び移って離れる。
(脚力強化の条件も把握済みだ。だいぶ判定が緩めだが、これは神さまのお陰かね?)
さて、ここまで下がれば大丈夫だろう。ドラゴンブレススナイパーの温度のお陰で体温が上がった。あの蛇野郎の熱感知に引っかかるギリギリの距離だ。
『───あー、あー、聞こえるか二人とも』
『ひゃあ!? か、カイト様!?』
『聞こえるよー、カイトくん』
こめかみに指を当てて、声に出さず念じる感じを意識して前方で戦っている二人に話しかける。案の定、ラウは飛び上がり、ユキナは俺の方を見ながら手を振る。
『今から指定した場所を狙撃する。軽く爆発するから気をつけてくれ。当たると火傷じゃすまないぞ』
俺の能力である【設定変更】。これはゲームで使える設定の一つ一つを能力とし、それらを統合したもの。FPSゲームなら必ずある通話───いわゆるボイスチャットだって魔法を使わずにできる。
『先ずはラウから見て右側、地面に接地している胴体』
引き金を引く。ダァンと大きな銃声と共に銃口が火を噴き、赤い軌跡を残して弾丸が放たれる。
「シィイイ───!!」
呪毒蛇は着弾する前にその場から離れた。弾丸は地面に触れた瞬間、爆発し火炎を撒き散らして雪を溶かす。……反応が速いな、やはり警戒されてたか。
『次、頭』
「あっ、そうか!!」
意図に気付いたラウが動く。
爆発に気を取られている呪毒蛇の頭部に狙いを定めて発射。その直後にピクッと反応。すぐに慌てた様子で頭を下げて、
「そこォ!!」
待ち構えていたラウが零距離でフレアバレットを右目へ見舞った。
「ジャアアアァァ───!?!?」
「ククク……」
上手くいって思わず笑いが漏れる。
初弾はわざと避けやすいように狙いをズラして撃った。
そして爆発と火炎を見て、感じて、これが当たるのは危険だと蛇野郎は思っただろう。だからこそ二発目は慌てて避けた。回避先にラウが待ち構えていることをピット器官で感じ取る余裕もなく、だ。
(避けなければ危険な一発。それに反応し、避けられる素早い動き。これだけでもう俺なら逃げ出してる相手だ。……だが、あの二人がいれば話は変わってくる)
当たらなくて良い。避けた先には、頼れる二人がいる。俺を脅威として気を取られていると、二人が命を刈り取ろうと迫ってくるのだ。蛇野郎からしたらもうどうしたらいいか分からなくなるだろう。
『二人はちょっかいを出しつつも引き気味に動いてくれ。まずは一番警戒すべきは俺だと認識させる。恐らく、あと四、五発撃った辺りでたまらず俺のとこに突撃してくるだろうから、二人はそこを突け』
ラウに右目を焼かれ、それでも俺へ顔を向ける呪毒蛇。そうだ、まだ、そのまま俺を見ていろ。俺はお前を殺せる手段があるんだからな。
『絶対に今、悪人がする笑顔してるよね』
『そりゃあ俺は悪い人だからな。そら、次は二発続けて撃つぞ。尻尾付近、胴体左側の後ろ寄り』
ドラゴンブレススナイパーは、ボルトアクション式ではなくセミオート式。弾が尽きるまで連続で撃てる。これがあったからゲームでも修理する暇を与えずに戦車を爆破してきた。もしボルトアクション式だったなら、戦車側も余裕ができて一方的に負けることはなかっただろう。
「後方への攻撃……そして爆破の範囲から逃げるなら、回避先は前!!」
「その通りだよ、ラウちゃん!!」
二回の狙撃から逃れようと呪毒蛇が動き出すが、しかしその先にいたラウの風属性魔法とユキナの斬撃が迎える。足止めをくらったことで、尻尾あたりに徹甲炸裂焼夷弾が命中。爆発で尻尾の一部が吹き飛んだ。
「ッ───シャオロロロロォォン!!!!」
絶叫する呪毒蛇。
「熱感知が優れてるってことは、それだけ熱に敏感だってことだ。自分でも無視はできないほどにな。相手の武器は必ずしも相手だけのモノではなく、上手く使えばこちらの武器にもなる。───思い知ったか、蛇野郎」




