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良縁悪縁ひっさげ歩む我が人生  作者: あすか
第二章
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第百二十話「銀狼走らせ」「次の戦いへ」

急いで旧タチアナ子爵邸に向かった僕達が見たのは、見覚えのある鎧を身にまとった騎士が、数人がかりでリヒトさんを拘束しているところだった。


「あら、来たのね」

「フェイルメールさん、これはどういう状況なんですか? それにあの人達はサザール騎士団ですよね」

「ええ、簡単に言うとリヒトは泳がされていたのよ」


少し離れたところでアンリスフィさんを後ろから抱きしめていたフェイルメールさんから話を聞くと、僕とルイズがラウと戦っていた時、火傷を負った傭兵の救護をしていると『サザール騎士団』が現れ、まるで全て把握しているような迅速な行動で救護を引き継ぎ、そしてリヒトさんを拘束したという。


「彼はこの『アルスト』が独立することに反対だった。完全に独立することになった場合、ここで生まれた利益の一部は王国に渡らなくなる。一部とはいえその額はとんでもないわ。それを失うのは王国にとった大きな損失だ、というのがリヒトの考えの一つ……」


そしてもう一つは、とフェイルメールさんは一区切りをいれて続ける。


「ここを完全に王国の領土と定めて、各国のみに輸出入の制限や禁止のような……厳しい経済制裁を課す、そういった圧力をかけると脅すことで、起こるかもしれない帝国との大戦を回避もしくは遅延、仮に開戦しても経済制裁で物資不足にさせれば勝因の一つに繋がるかもしれない……そんな思いが、リヒトにはあったのよ」


戦争には沢山の物資が必要になる。それを揃えるにはお金もかかるし、人員だって割かなければならない。『アルスト』という貿易の窓口の利用を制限されるのは各国にとってかなりの痛手になるだろう。


「……まあ、そう言われれば、なるほどと思えるでしょうけど、これまでこっそり自分の懐に入れてた『アルスト』で出た利益の一部の何割かが無くなるのが嫌だったから、というのが本音かしら」


横領、か。お金に目が眩んのかな。


「泳がされていたというのは?」

「あの第二王女がね、宰相を通じてリヒトの動きを探っていたらしいの。賄賂の話もリヒトがやったことで、独立反対に賛同してくれないかと掛け合っていたみたい」


まあ、全部第二王女に筒抜けなんだけどね、とフェイルメールさんは笑う。そこへ男性の騎士が一人、僕達へ近づいてきた。


「貴方は確か、偵察騎士の」

「はい、王都の見回りの時に何度かお会いしましたね。『月鏡刃』のレンさん、そしてルイズさん、この度はお疲れでした。フェイルメールさんから、貴方が帝国騎士と戦ったと聞きましたが……」

「一度拘束するところまではいけたんですが、逃げられてしまいました。申し訳ありません」


最後の煙幕……あれは、僕達とラウを遮るように真上から落ちてきた球体から発生したものだ。


ラウはしっかり拘束してあったし、ジュリアンがラウの後ろから見張っていたから、彼女の仕業ではない。そうなるともう一人、ラウの味方がどこかにいたのだ。その人物が煙幕でラウの逃走を手助けした。


「───なるほど、かなりのやり手だったようですね。そうなると……その逃走を手助けしたもう一人も、同じく帝国騎士で間違いなさそうだ」


ラウの目的と、どう戦ったのか話すと、男性騎士は顎に手を当てて呟く。


「リヒトは……『アルスト』の商人達をまとめ上げ、都市の独立を推していたニレイを、以前から敵視していたようです。そして『キビシス商会』を利用してレン様と戦うのが目的だった帝国騎士の動きを情報屋から聞き、影から支援した、と」


帝国騎士がいることを、私怨からあえて黙認した……これも十分に処罰の対象だ。そして資材の独占に、それを高額に設定しておき、傭兵についても手抜き対応、あとは賄賂に横領、ラウが商会の評判を落としてくれるなら万々歳を狙うとは……。


ルイズによると、ニレイの執務室に忍び込んで調べた結果、書類に改竄や捏造をした形跡は無かったとのこと。冬季休暇で長く執務室を使っていなかったのか、軽く埃を被っていて誰も触っていないのは一目で分かったらしい。


ニレイさんは休みで屋敷にこもっているところを良いように利用されただけだったことが確定したわけだ。


「帝国騎士の情報を知ると、都市管理者としての権力は全て与えられていながら、それが不十分なものだということにして、設立した自警団を通じて『キビシス商会』の偽りの情報を流した。自警団の者達はリヒトの直属の部下なこともあり、信じ込んでしまっていたようですね」


リヒトさんとラウはお互いに計画を知り、干渉はせず、ただ利用し合っていただけ───それが今回の騒ぎの真実。


「帝国騎士が王国に入り込んで暗躍しているのはこれで明白です。それに各地で起きてる騒動の原因が、裏切りの騎士であるという情報を得ています」

「ラウを助けたもう一人も、もしかしたら()かもしれません。騎士団の皆さんはどう動くつもりですか?」


僕とルイズがそう質問すると男性騎士は難しい顔をした。


「やはりカイトだったか……。騒動の多くが小火なものなので少人数送り込んで鎮圧に当たっています。しかし何分その数が多く、おまけにこの季節ですからね、積雪で移動は困難ですし……あの裏切り者が同胞達を殺したこともあり対応に割けれる人員が不足しています、全て片付くまでは時間がかかるかと……」


裏切り者───そう言った彼の顔には憎しみが滲み出ていた。カイトさんが絡んでいることは、騎士団もなんとなく分かっていたようだ。


「そうだ、王女殿下から伝言を預かっています。……『穴持たず』の目撃情報が複数あり、その対処をお願いしたいとのことです」

「『穴持たず』?」

「特定の場所に巣穴を作らず、動き回り、年中活動する魔獣をそう呼びます。こういった個体は強力で、討伐にはそれなりの戦力を必要とするのですが、今の我らにはその余裕がありません」


なるほど、各地の騒動はやるから魔獣は頼んだ!!ってことか。


ルイズを見れば、いいわよ、と頷いている。正直、今回のような人絡みの問題よりは、ただ討伐するだけでいいこちらが楽ではある。


「その魔獣のランクはどの程度ですか?」

「そうですね……『穴持たず』は通常種と比べて大きく、特殊な力を持っていることがあります。Aランク相当と思ってもらえれば」

「分かりました。僕達で討伐してみます。その目撃情報があった場所を教えてください」

「ではこちらをどうぞ、赤い印が『穴持たず』を目撃した場所です」


地図を受け取って確認する。どこも小さな町や村からそう遠くない場所で目撃されている、このまま放置していたら人々に危険が及ぶだろう。


「もし討伐が困難な場合は、可能なら撃退、もしくは撤退、そのどちらでも構いません。我々もなるべく早く騒動を片付けて討伐に当たりますから」


それでは、と男性騎士は頭を下げて仲間と共にリヒトさんを連行していった。




 ───今回の騒動についての詳細が都市中に知れ渡るのにそう時間はかからなかった。


管理者に騙されて『キビシス商会』を恨んでいた人々は謝罪するべくニレイさんの下へ押しかけて平謝り。しかし、休暇で屋敷にこもっていたことで実害といえば店を勝手に利用されたくらいだったニレイさんは、


『では、もっと沢山人を呼んで話をしましょう。私とリヒトは互いの意見をぶつけ合うだけで理解しようとしなかった。理解し合えないと諦めてしまった。今回のことは、それで起きてしまったことだと思っています。……だから、皆さんとで意見を出し合って、皆さんも納得できるような答えを見つけていきたい』


そう言いながら笑って許して、都市に住む人々を呼び集めて大会議を始めた。だいぶ白熱したのか丸一日続き、次の日にはみんな爆睡していた。


空席となった管理者には多くの商人からの推薦でニレイさんが選ばれ、支店長の業務との両立に苦労しながらも、部下の手を借りてなんとか上手くやれているようだった。


「一段落ついて良かったわね」

「うん、騙されていたとはいえ、下がってしまった『キビシス商会』の評価が回復するか不安だったけど、あの様子なら大丈夫そうだ」

「ニレイさんの人柄があってこそ、でしょうか」

「そうね、部下達ともいい人間関係を構築出来ているし、普段から対話は欠かしていなかったみたい。リヒトとは諦めてしまったのね」


僕達は、ニレイさんが新たな管理者として職務に励んでいるのを確認した後、直ぐに『アルスト』を発った。『穴持たず』という強力な魔獣の討伐は、早急に対処しなければ人命にかかわるからだ。


(諦め、か……)


僕がリヒトさんと話した時に感じたのがそれだ。


彼は僕達が『アルスト』に来たことを知った時点で自分の悪事がバレたのだと全てを諦めていたらしい。


その日の内に引き継ぎ用の書類を用意し、証拠となるようなものもひとまとめにしていて、騎士団が来た時にそれらを提出した、と。その書類には『アルスト』の行く末を案じるようなことが書かれ、彼なりにこの都市を守ろうとしていたことが伺えた。


まあ、その裏で横領なんてやっていたら、そりゃ捕まりもするだろう。


「ロルフ、その着け心地はどう?」

「ワオン!!」


ロルフの右前足には革製のベルトに固定された鞘に収まった剣がついている。この剣は傭兵から奪ったものだ。ニレイさんから職人を紹介してもらい、専用の固定ベルトと鞘、そしてロルフの歯型に合わせて柄を作り直し、刀身の長さも調整して専用の武器して作り直されている。


「気に入ったようね」

「あとで使い所や扱い方を教えておくよ」

「それがいいわ、より良い連携プレーをするには相互理解が何よりも大切だもの」

「ワフ!!」


僕とルイズの間をご機嫌なロルフが割り込んできて二人で撫で回す。プロペラのように回転しだす尻尾に、近くにいたフェイルメールさんとアンリスフィさんの前髪が風で持ち上がった。


「ふぁ」

「フフフ、仲睦まじいようで何よりね。でもレン、あまりゆっくりは出来ないんじゃない?」

「っと、そうでした」


『穴持たず』の対処はなるべく早くやらなければいけない。アンリスフィさんの言う通り、今はゆっくりしている場合ではなかった。


「ロルフ、またお願いね」

「ワオン」


用意したのは犬橇。


この季節は積雪が物凄く、僕はともかく、女子三人が歩いていくのは厳しい為に王都で購入したもので、『アルスト』に来る時も使った。本来は複数頭で引かせるんだけど、ほぼ子供体型なメンバーなのでロルフの力だけでも余裕だった。


ロルフにこれを引っ張ってもらうと、楽しそうに延々と走るものから、無理矢理にでも途中で休憩を挟みながら向かうつもりだ。


幸い今日は気温は低いものの晴れている。吹雪いてこないうちに突っ切って、少しでも早く目的地までの距離を稼いでおきたい。


「レン、操縦は交代でやるわよ。それから寒くないように保温の結界を張っておくから」


橇は前方に風除けとなる壁付きの操縦する為の席、その後ろに横に三人掛けできる後部座席、そして荷物を置くスペースを備えた大き目のもの。少し値が張ったけどその分、性能は高い。


「ありがとう、ルイズ」

「っ……お、お安い御用よ」


笑いかけるとルイズはそっぽを向いてしまった。


「どうしたの? 顔赤いけど、どこか気分悪い?」

「なあ、な、なんでもないわよ!!」

「あらあら……」


顔を近づけるとルイズは逃げるように後部座席に乗った。何を思ったのか、フェイルメールさんはそれを見てニコニコしているけど、いったいどうしたんだろう。


「全員乗ったね、じゃあ出発だ」

「ごーごー」


アンリスフィさん、なにその掛け声。


「アオォーン!!」


そうしてロルフが動き出す。


いきなり急加速したら揺れでルイズ達が危ないことを分かっているのか、こちらを気遣うように、最初はゆっくりと歩き、徐々にスピードを上げていく。本当にロルフは賢い。


ルイズの躾もあるけど、初めて会った時からロルフは魔獣にしては、意思疎通ができて話の分かる頭の良い狼だった。()()()()()()はあったものの、番犬になって欲しいというお願いをあっさり快諾してくれたっけ。


「疲れたら構わず言うんだよ、ロルフ」

「ワフ、ワフ!! ワオォン!!」

「わっ、イヤなんで速度上げるのさー!?」


爛々と目を輝かせ、橇を引いて雪原を疾走するロルフの顔は、それはそれは楽しそうでした……。

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