第十二話「お出かけ」「残念だけど無しで」
早いもので俺が『サザール騎士団』に入団してから半年が経った。
運が良いのか気づかない向こうが馬鹿なのか、非正規どころか無断に入団したことについてバレていない。一度団長さんに付いて行って俺も王宮の執務室を覗いてみたが、扉を開けた瞬間に書類の荒波が襲ってきた時は驚いたよね。
それから問題の勇者については空いた時間が出来た時に調べてみた。
名前はカムイ・カリオス。略してKKくん。年齢は18。彼は俺が転生する一年前に別の世界から勇者として召喚されたらしい。
一年前、この世界は魔獣が大量発生し多くの国が窮地に立たされていた。そこで『神聖アテリア王国』の国王は、王宮の地下に保管されていた勇者を選定する『聖剣レーヴァン』を用いて勇者召喚を行い彼を召喚し、事態の収拾を図ったとのこと。
召喚された時、KKくんは魔法が使え、一振りの魔力を宿した剣を持っていたことから恐らくは『オースティナント』とは別のファンタジー世界の住人だろう。
その剣の名前は『魔剣グナロッグ』───彼曰くその剣は魔力を与えれば与えるほど強化される魔力喰らい。勇者として選ばれた所持者を強化し、常時魔力を与える『聖剣レーヴァン』と併用することで燃費の悪さは克服。世界中を駆け巡り魔獣の軍勢を数日の内に全滅させることに成功。
その後、KKくんは当時彼をサポートしていた聖女と王女の二人に気に入られこの世界に残る。今は国王が用意した大豪邸で優雅でふしだらな日々を送っている。今では国を救った勇者だからと色々好き勝手にやってることで人々の不満が少しずつ溜まってきている、と。
「……手当たり次第に女を連れ込んでは、ベッドの上でハッスルするだけの欲情した猿。文句を言おうにも、国を救ったという事実とその恵まれた実力に誰も強く出れないから余計に増長してエスカレートしていく、か……」
何人か貴族の娘がそれで大変な目に合って、抗議したその親たちを国王は金で黙らせたって情報もあるが、たぶん本当だろうな。
「まあ、大豪邸でお盛んだからあまり外に出てこないのは有難いか。下手に接触して俺の正体がバレなくて済む」
そう言いながら俺は王都『エイドス』の中央広場の噴水前で相棒を待っていた。いつもの『黒羽』スキンは騎士団に入団するに合わせて黒基調なのはそのまま、ところどころに白色のラインを入れ、プロテクターは銀色にしてみた。マントも白にして、騎士団に所属している証の腕章も付けてある。
「ごめんなさい、遅くなっちゃった」
少し息を切らして走って来たのはいつもの白銀の軽鎧姿のオウカだ。
「走ってきたのか、急がなくてもいいって言ったろ」
「でも、誘ったのは私だし……それなのに今日の掃除当番が私なの忘れてたし……」
今日は俺もオウカも休みを貰っている。
この半年、魔獣や盗賊の被害で『サザール騎士団』はそれなりに忙しかった。しかも俺とオウカは偵察班として被害現場やその周辺の調査、魔獣や盗賊の住み処の特定、相手が少数で可能であるならそのまま討伐とかなり働かされた。
何度かは引き際を誤って苦戦したりと反省することもあって心身共に疲れが出てきた所に、我らが団長と副団長から一週間の休みを貰ったのだ。今日がその一日目で、オウカから一緒に外出しないかと誘われたのが昨日の夜、そして隊舎の掃除当番なのを思い出して慌てて隊舎の中に走ってったのが一時間前だ。
「オヤジ、冷たい果実あるか? 果汁たっぷりのやつ」
オウカを噴水前で待たせ、露店で果物を売っている店主の男性に声をかける。
「それならオーレンだな。今朝仕入れたばかりの新鮮なもんだ」
「二個くれ」
氷水に浮かぶオレンジ色の果物を指差す。それは見た目どころか味も蜜柑そのものというか完全に蜜柑だ。他にもリンゴやバナナなど良く知る果物や食材がちょっと変わった名前で存在している。
常連と呼べるほど頻繁ではないが見かけたら買いにいく程度にはこの露店を利用している。
「優しいねぇ、彼女にだろ?」
「なんだ見てたのか。今日は一緒に外出しようと誘われてね」
「かーっ、あんな美人さんと一緒なんて羨ましい限りだぜ。ほれ、二個で銅貨三枚だ」
頷いて懐から金銭袋を取り出して銅貨を三枚取り出す。
「また買いにくるよ」
「おう、その時は彼女さんも連れてきな。少しは値引きしてやる」
銅貨を渡すとそんな事を言ってきた。
「その心は?」
「美人……特にデカイのは目の保養になる」
「オヤジとは気が合いそうだ」
ガハハと笑う男性からオーレンを二個貰ってオウカのとこに戻った。
「これは……」
「ここまで走って来たから暑いだろ、涼むにはちょうど良いと思う」
「ありがとう」
オウカは受け取ったオーレンにそのまま齧り付いた。こっちでは物にもよるが皮を剥かずに食べるのが主流だ。
「んふ……」
お気に召したようでオウカは笑みを浮かべている。モフモフの尻尾も彼女の感情を表すようにゆらゆら左右に揺れている。その笑顔を見れただけでも買った甲斐があったというものだが、いつの間にか俺の手からもう一個のオーレンが消え、見ればオウカがそれを食べ終わった後だった。俺も食いたかった……。
「それで、俺を誘ったってことはどこかに連れてってくれるのか?」
「王都の見回りをしながら私がよく行くお店とか案内しようかなって。最近、顔を出してなかったしカイトの紹介もしたいの」
『サザール騎士団』がやっている王都の見回りは暇だから自主的にやってるだけで、別に強制とかではないし休みなら休みで好きに過ごしていいのだ。だというのにやらなくて良い見回りを兼ねるのは彼女の性格故だろう。
(効果はあるからやらないよりは良いってのもあるか……)
見回りをやり始めてから王都での犯罪率が減ったのは隊舎の資料室で調べものをしている時に知った。
国王のお膝元ともいえる王都で犯罪を犯そうとする馬鹿は少なからずいるが、騎士がそこにいるだけで犯罪の抑止力にもなる。鎧姿で適当にあるくだけで犯罪率が減り、都市に住む人々が安心出来るのならお安いご用である。
「じゃあ早速案内してもらおうかな」
「分かった、ここから一番近いとこは───」
「なんてものを連れてきたのアンタは───!?」
「っと、なんだ?」
「耳が……っ」
どこからか大声が聞こえてきた。声からして女、少女の声だ。
「あまり遠くないな、どうする?」
「もちろん行く」
耳が回復したオウカに問い掛けると、予想通りの返答が来て、俺たちは合図もなく同じタイミングで声がした方へ走り出す。
「休みなんて有って無いようなものだなぁ……」
「今更ね」
そんな事を言いながら俺とオウカはその現場へと到着して、
「なんで銀狼なんか連れてきたのよ!?」
「いやだってルイズ、犬が欲しいって言ってたから……」
「確かに言ったけどこれ犬じゃなくて魔獣!! しかもこの大きさはリーダー格じゃない!!」
「キュ~ン」
「デカいくせに声かわいいわね!?」
そこには少女に怒られて正座している青年と潤んだ目をしながらお座りしている一匹がいた。
「「…………なにこれ?」」