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良縁悪縁ひっさげ歩む我が人生  作者: あすか
第二章
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第百十九話「貴方の道具として」「存分にワタシを」

「───カイト様!!」


港湾都市『アルスト』を出て、内陸方面に広がる森林地帯を走ること三十分。合流地点として指定されていた大樹。そこにできた樹洞の中で休んでいる彼へ声をかける。


「来たか……予想よりも早かったな、ラウ」

「カイト様をお待たせするわけにはいきませんので!!」


樹洞から出てきたカイト様の前に片膝をつく。


「あれだけ無茶したんだから少しゆっくりめでも良かったんだけどな。まあいい、ご苦労さん、ラウ。見事な仕事ぶりだった」


見事、とカイト様からそう言われただけで、ワタシの心は歓喜に震えて疲労が吹き飛ぶようだった。


「───と、言いたいところだが、減点だ」

「……え?」


しかしその震えは極寒によるものへと変わる。


「質問だ、ラウ。お前は俺の何だ?」


聞いたことがない彼の低く冷たい声に、ワタシの心臓が絞め上げられたように苦しくなった。その冷たさと、言いようのない恐怖が、全身を震わせる。


「カ、カイト様の副官で、カイト様の姿を隠す為の道具です……」

「ああ、そうだな。続けて質問。お前は俺の道具だが、他に道具となる者はいない。唯一の道具だと言ったのは覚えているな?」

「はい、覚えています……」


怖い。カイト様が、どうしてか分からないけど、ワタシに対して怒っている。怒っている原因は? なにかワタシは駄目なことをやってしまったのか、やるべきことを忘れてしまったのだろうか。


(言われたことはちゃんとやりきったはず。でも、カイト様が怒っているなら、ワタシはどこかを間違えて……あ、ああ……嫌だ、嫌だ、このままじゃワタシ、カイト様に失望されちゃう───)


ワタシは、カイト様に言われたこと全てをやり遂げると固く誓った。だからこそ汚点となるようなことは決してあってはならない。そんなことは赦されない。


だから今回、ワタシは全力で遂行した。


ミスはなかったはずだ。


でも、カイト様から見たら、どこかが駄目だったんだ。


誓いが偽りだと、思われてしまう。


「申し訳ありません!! ワ、ワタシは……なにか間違ったことを、してしまったのでしょうか……!!」

「ああ、そうだな、見ててヒヤヒヤした。……お前に命じた仕事は確かにやり遂げた。だが、これからのことを考えると、一つだけ注意しておきたいことがある」

「それは……」


なんでしょうか、と言う前に、カイト様はワタシの近くまで歩み寄ると、ワタシの左肩を強めに掴んだ。


「ッ───ぎ、ああァ!?」


物凄い激痛に体が仰け反った。


「あ、ぐぅっ……い、たい……っ」

「はあ、やっぱり完全には治ってなかったか。動くなよ、それから鎧も外すからな」


カイト様はどこから出したのか綺麗な箱を地面に置いて、そこからパンパンに詰まった真っ白な包帯を取り出す。そして邪魔な鎧だけを外して、一見ただの包帯を左肩に巻いていく。


「お前は俺の道具だ。そして唯一ってことは他に代えはいないってことだ。この意味が分るか?」


ゆっくり、丁寧に。労るように包帯を巻きながら問いかけるカイト様の声は、さっきまでの怒気を孕んだものではなく、落ち着かせるような優しい声だった。


「あ───」

「俺は、お前以上に務まるヤツは他にいないと思っているし、任せるつもりもない。そう言えるほどにお前は有能だ」

「で、でもっ、ワタシがなにか間違ったから、カイト様は怒って……」

「そりゃ怒るさ。お前ほどの道具が早々に壊れるなんてたまったもんじゃないからな。……流石に無茶し過ぎなんだ、バカが」


包帯を巻き終わると僅かに光ってから包帯は消えた。そして肩の痛みも、全く感じなくなった。すごい、巻くだけで治るなんて……。


「ラウ、お前はもう少し自分を大事にしろ。あんな戦い方を続けていたら、お前の身がもたない」

「大事に、ですか……」

「今回はこうして治してやれるが、もしまたお前がわざと攻撃を受けて傷ついた時に、俺がいなかったらどうするつもりだ? 攻撃や防御はともかく、治癒魔法は得意じゃないだろう」


そう、ワタシはあのアレイスターの『召喚士』と同じで、治癒魔法は初級くらいしか使えない。良くて傷を塞ぐ程度で、中まで完璧には治せない。だからカイト様の言う通り、また同じことをやった時、回復できたとしても───。


「後のことを考えていませんでした……」

「気づけたなら良し。まあ、相手が相手だからな、無茶するなとは言わないさ。でも無茶の仕方は考えるように、いいな?」


無茶の仕方……確かに、毎回傷つくような手段ばかりじゃいけないよね。それ以外のやり方、手段、戦術───そうか、これが『手札を増やす』に繋がるんだ!!


「あ、いたいた。戻ったよ」


カイト様の言葉の意味が分かったところに剣聖様が戻ってきた。


カイト様と別行動していたのかな?


「ラウちゃん、お疲れさま。イイ戦いを見させてもらったよ」

「は、はい!! ありがとうございます!!」

「おいユキナ、さっき叱ったところなんだ、あまり甘やかすなよ」


ワタシの頭を撫でる剣聖様に、カイト様が軽く睨むような目つきで言う。


「えー、初の国外での実戦を終えて、ちゃんと帰ってきたんだから良いじゃないか。あれだけの戦いをして消耗してるだろうに、疲れて弱った私達女の子に追い打ちをかけるものじゃないよ、カイトくん」

「ハン、なにが『私達女の子』だ。ラウはともかく、悪鬼に連なる名持ちのお前が言うな。凶悪過ぎて結びつかないんだよ」


悪鬼に連なる?


(剣聖様の名前───ユキナ・レイズ、だよね。そして二つ名が『絶圏の剣聖』……どこに悪鬼と言える要素が?)


初めて聞くことに首を傾げていると剣聖様は少しだけ目を見開いた。


「……おや、それは殿下に、セレネス、ネラリアちゃんしか知らないはずだ。カイトくんにはそこまで言った覚えはないはずだけど、どこで知ったのかな? 」

「色々と調べていた時に、な。知ってるのはその名前くらいだ。全部は知らねえよ」

「ふーん……まあ、いいや、カイトくんならそれくらい知っててもおかしくないからね」


剣聖様はそう言うとなぜかワタシの後ろに回って、失礼しまーす、と抱きしめてきた。


「あの、少し苦しいですっ」

「ゴメンゴメン、でもちょっと我慢しててねー。その消耗した状態で長距離移動は堪えるだろうから、私の気を分けてあげる」

「気を分ける? それってどういう……あれ、なんだか体があったかい……」

「魔力を分け与えるやつの体力版って感じか。そんなことまで出来るんだな、お前は」


まるで柔らかな羽毛に包まれたような、そんな心地よさが全身に広がり、疲労が消えていく。そして剣聖様はワタシの心臓付近に手を当てると、ドクンと鼓動が高鳴り、汗が噴き出した。


「っ───は、ぁ……ふぅ、体が軽くなりました……」


程よい高揚感。準備運動を終えた後と同じ感覚だ。頭が冴えて、今にも動き出したくなる。これなら『月鏡刃』ともう一度戦えそうだ。


「うん、イイ戦いを見て昂っちゃったせいか少し多めになったけど、()た感じ大丈夫そうだね。あ、そうだ、カイトくんにもやってあげようか?」

「気持ちだけ受け取っておく。どうせ無駄だからな。……そろそろ行くぞ、長居していたら王国騎士───特に長距離哨戒してる偵察班に見つかりかねない」


カイト様は右手人差し指につけた指輪を触り、白く染められた細長い板状の物を三枚召喚。それは材質は一見鉄のようで、地面に落ちず、地表スレスレのところで浮遊している。


「ふろーとぼーど、だっけ。私これけっこう好きだよ。魔力の痕跡も、足跡が残ることもないし、良い移動手段だよね」


それはフロートボード。


カイト様の能力で召喚する、移動用の道具だ。これに乗ることで浮いたまま宙を滑るように高速で移動できる。帝国から王国に移動する時もこれを使って移動してきた。


ワタシもこれは好きだ。最初はバランスを取るのに苦労したけど、慣れてくるとだんだん楽しくなってきて、剣聖様なんか大ジャンプしてから空中で体を捻って五回転していた。


「哨戒ルートは把握済み。これを避ける為、目的の場所まで時間はかかるが遠回りだ、そして最低限の補給以外では都市部には寄らない───と騎士団側が俺の動きを読むと踏んで、あえて一直線に突っ切る」

「思い切りがいいね。でも、もし見つかったらどうする?」


フロートボードに乗ってクルクル回りながら剣聖様が聞く。


「先手必勝、一撃必殺」

「つまり私だね、任せてよ」


ストレス発散ですね、ソレは。


「道中、草原地帯のような見渡しのいい所ではラウの隠蔽魔法(ハイド)と俺の『消音』の魔道具を使うから、その時は合図する。ユキナは周囲の警戒だ。並びは先頭からユキナ、俺、ラウで行くぞ」

「うん、了解」

「はい!!」


そうしてワタシ達は出発した。


フロートボードは音もたてずに直進し、意のままに動いて森の中を滑っていく。


早速、森を抜けて広大な草原地帯に出たところで、カイト様が手で合図したのを見て隠蔽魔法(ハイド)を発動。この魔法は遠くから見た時にモヤのように見えづらくなり、近づかれたらあっさりバレる程度のものだ。


「そうだ、ラウ」


次いでカイト様が『消音』の魔道具を起動させる前にワタシを呼んだ。


「は、はい!! なんでしょうか」

「さっき森の中で言ってた話の続きだ、最後に言おうとしてた時にユキナが来たから言いそびれていた……」


そう言ってカイト様はフロートボードを反転させてバック走行をしながらワタシへと顔を向ける。



「───今回は本当によくやった。お前のような副官を得たことを、俺は幸運に思う」



マスクで目元から下を隠しているから、声と目でしか感情は読み取れなかった。けど、その言葉と彼の優しくも温かい目を見れば答えは一目瞭然だった。


「これからもお前に任せきりになるだろう。こんな、お前の陰に隠れて減点だとか言うようなカッコ悪い上官だが、それでも俺の頼みに応えてくれるか?」


……そんなこと、聞かれるまでもない。あの日から意は定まっているのだから。


「ワタシは───『撃鉄公』カイト様に、全てを捧げ、全てに応えると誓いました。この言葉に嘘偽りはありませんし、違えるつもりもありません」


何もかも上手くやれず、失敗を繰り返し、正規軍に入団してからは人として当然の扱いすらされず、奪われ、汚されたワタシをカイト様は選んでくれた。救ってくれた。


「カイト様のお役に立てるのであれば、ワタシはどんなことだろうと成し遂げてみせます!!」


救われたのだから、その御恩に報いることが出来るよう尽くすだけ。それがワタシに出来る最大の恩返しだ。


「この身は道具で、持ち主はカイト様です。どうか存分にお使い下さい。それだけでワタシは幸福なのですから」

「そうか……」


カイト様はそう一言だけいって正面へと向き直る。


「じゃあ、今度ともよろしく頼む。そうだな……やることが終わって帝国に戻ったら、セレネスに言って正式な手続きをしよう───『撃鉄公』の右腕であることを認める手続きを、な」


それを聞いて、一瞬頭が真っ白になった。


「え───ええっ!? 本当ですか!? ワタシが、カイト様の、みみみみ、み、み右腕にぃぃ!?」

「なるほどね、帝国を出発する前にセレネスと何を話していたかと思ったらこのことだったわけだ。ハハッ、そんなご褒美があるならますます頑張らないといけなくなったねラウちゃん」


ご褒美としてはあまりにも破格すぎますよ剣聖様ぁ!!



 ───こうして、王国での初仕事は終わった。『月鏡刃』の実力は明らかに上であることを、身を以て理解したし、課題も出来た。再びあの剣士と対峙した時はもっとうまく戦えるように鍛え、今よりも強くならなくてはいけない。


そうしなくてはいけない。


カイト様の唯一の道具であり、


カイト様に捧げるに相応しい働きを以て、


カイト様への恩返しとする。


それこそがワタシの存在意義なのだから───。


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