第百十七話「勝てない戦い」「それでもワタシは」
魔法、煙幕を使い、相手が得意とする強化を使わせる前に、超短期決戦を仕掛けてもなお押しきれなかった王国の抑止力。
【身体能力】の強化と、強化魔法を使っていたというのに相手は素の状態で捌ききり、傷一つつけられなかった。……一対一でこの結果だ、三対一の状況になっては、最早これ以上の戦果は期待できないだろう。
『───いいか、ラウ。今のお前の実力じゃあ先ずアイツには勝てない。強化魔法と似て非なる、異法という力を使われる前に速攻を仕掛けても、良くても傷をつけられるくらいだろう……』
あの人はハッキリとそう言った。
その隣で剣聖様が頷きながら、私が鍛えた自慢の弟子だからね、なんてドヤ顔をしていて、なるほどそれは勝てないなと思った。
それでもこうして戦うことになったのは、この先『月鏡刃』と戦うことになった時、避けられない場合を除き、ワタシが相手をすることになるからだ。
あの人も、剣聖様も、まだ表舞台に出るつもりはないらしい。───剣聖様はどこかで我慢の限界がくるみたいだけど。
可能な限り痕跡は消すが、王国には優秀な騎士がいるから、いずれは王国の領土内に潜伏していることがバレるだろう。そうなったらなったで仕方ないと割り切る。でも目的の場所に着くまでは絶対に身を隠している、とのことだった。
『だから、かなり大変で無茶なことだとは理解しているが、お前には頑張ってもらう。目的を果たし、無事に帝国に戻るまで、お前はただの一度も敗北してはならない』
『勝たなくてもいい。逃げ帰ってもいい。最悪目的を果たせなくてもいい。ただ……自ら諦めて武器を手放し、相手に倒され、力尽きること───敗北することだけは、絶対に赦さない』
『常に全体を見ろ。何が出来るか把握しろ、把握した上で更に手札を増やせ。泥臭くてもみっともなくてもいい、ひたすらに足掻いて、生きて、戦い抜け』
『お前は俺という存在を覆い隠す為の、眩しく光るただ一つの道具だからな』
ワタシとあの人の関係を知らない人からすれば、年下の女の影に隠れ、やること全て押し付け、道具呼ばわりする、最低な上司に見えるのだろう。
『お前だけが頼りだ。いいな、ラウ』
『───はいッ!!』
我ながら単純だとは思ってる。
もしかしたら、あの人はワタシのことを本当に道具としか思っていないのかもしれない。いつか使い物にならなくなった時、紙くずをゴミ箱に投げ入れるような感覚でワタシを捨てるかもしれない。
それでもいい。そうなってもいい。この体も、心も、全てあの人のモノ。どう使おうとあの人の自由。ワタシはそれに応え続けることこそが、ワタシに手を差し伸べてくれたあの人への、何よりもの恩返しなんだから───。
「ロルフ、ジュリアン、僕に合わせて!!」
「お任セを!!」
「ワフ!!」
だから、ここからは、ワタシという道具がどこまで凌ぎ切れるかを試す、あの人のただ一つの道具としての価値があることを示す戦いだ……!!
「"電光石火"……この身は刹那に輝く雷光なり!!」
こちらが消耗して動きが鈍くなったのを見て急速に速度が上がる『月鏡刃』。まるで雷そのもの。目で追えない。それに彼にばかり気を取られていたら、
「避ケナいと痛いデすよ」
「オォン!!」
『異端』の怪物と剣を咥えた銀狼が死角から襲い掛かってくる。
「っ、う、……ゲホッ、この、はァ!!」
縦横無尽に飛んでは駆け回ってこちらを翻弄しながら一撃を入れてくる『月鏡刃』。
その一撃を確実なものにする為に、必ずどちらかは死角から連携して仕掛けてくる、二体の使い魔。
全て対処するには、目も、手も足りない。敗北につながる攻撃だけはなんとか防御か回避でやり過ごすけど、もう全身傷だらけだ。
(反撃する暇もない。勝ち目は、端から無い……。あの人も言ってたし、実際に戦ってみてワタシも理解した。これは……勝てないや)
じゃあ、諦める? ───否。否、否否否!!
「カァッッ!!」
「なっ!?」
『月鏡刃』の一撃に自ら当たりに行く。
致命傷にならないよう位置をずらしながらも、彼の刃はワタシの左肩を刺し貫いた。彼が驚愕して動きが止まったのを逃さず、直ぐにショートソードを右手に持ち替え、激痛に耐えながら、空いた左手で彼の腕を強く掴む。
「また、捕まえた……ッ」
どれだけ速く動こうと、攻撃を仕掛けてくるのなら、必ずその軌道の先にワタシはいる。ならこちらの行動は最低限の自衛のみに抑え、その攻撃ごと受け止めるのみ。
「こ、この距離は───」
「逃さない!!」
掴んだ腕を引っ張り刀をより深く刺す。ワタシの血が刀を伝って『月鏡刃』の手を汚す。……そういえば、血を流したのは、いつぶりだろう。
「自分から刺されに行くなんて、正気なのあの女!?」
「こレハ、ヤリづライですね……。迂闊に攻撃スれば、レン様ヲ巻き込んデしまいマス」
そう、この密着状態なら簡単には手を出せない。
「なら───ロルフ、アイツの背中を!!」
「アォン!!」
「いや、ダメだ、ルイズ!!」
銀狼がワタシの背中を斬りつけようと背後に回る。
その前にショートソードで『月鏡刃』に突きを放ち、彼が横に回避しようと体を動かした勢いを利用、互いの立ち位置を入れ替える。
複数の敵を相手にする時、誰か一人……主戦力となる者に粘着することで、他の敵に味方を巻き込む可能性をよぎらせて範囲攻撃という選択肢を無くさせ、ワタシの左右か背後を狙って来るのなら、立ち位置を変えることで粘着している相手を肉盾にする。
これが、ワタシのひたすら近付いて攻撃する戦い方を見たあの人から教わった対集団戦法。
「レンを盾に!? ロルフ、ストップ!!」
「ッ───グルルル……」
直前で止まり、彼を盾にしたワタシを睨みつける銀狼。
「随分と、思い切ったことをっ」
「普通に戦ったところで相手がAランクでは手も足も出ませんから!!」
貫かれた左肩の筋肉と、掴んだ手に力を込めて、刀を引き抜こうとするのを阻止する。傷口が余計に広がり、血が出るけど、そんなのは今は無視だ。
「なんて力だ……っ」
「『月鏡刃』……あなたの武器は封じた。そしてワタシの武器は、まだ健在!!」
完全に間合いの内側に入った今、ここで全ての力を使って一気に攻めたてる。今こそが最後の好機!!
下から突き上げるように、順手で持ったショートソードで『月鏡刃』の胴を狙う。これは相手の空いた片腕で阻まれる。
一度腕を引いて今度は顔面に斬りかかり、のけ反ることで避けられたところを、今度は逆手に持ち替えて首へ突き刺さんと腕を引こうとして、ワタシの腹に彼の拳が食い込んだ。
「カ、ハ───アアッ!!」
雷を纏った拳撃を受けた。"電光石火"とやらの強化は、行動そのものの速さが上げられているのだろうか。全身に電気が駆け巡る。
それでも攻撃は続行する。
大きく踏み込み、相手を更に押し込んで体勢を崩しながら、ワタシは彼を目掛けてショートソードを振る。
「止まらない!? くそっ」
しかし、ここで彼は武器を手離してワタシに蹴りを入れ、無理矢理に離れた。ショートソードの切っ先が微かに彼の首筋を斬り、浅く赤い一筋をつくる。
傷を負わせ、刀も彼の手から離れた。ここまでやってようやく得られた戦果。それが嬉しくて、高揚感で体が熱くなる。
「よし、まだまだ、今度は切り刻んで───あ、れ……?」
勢いにのって追撃しようとショートソードを振り上げ、そして───急激に体の力が抜けてきた。まさか限界が来たというのか。
「イイところ、だったのに……っ」
今回の戦いは、前半の猛攻の後、消耗した状態でどれだけ戦えるかを知る為でもあった。一応まだ余力はある。これを残さず使うのなら、戦闘の続行は可能だけど、残しておかないとあの人の下に帰れない。
「───『月鏡刃』……」
「……なんですか?」
「刺されに行った自分が言うのもなんですが、刀を抜いてくれますか……」
見れば刺し貫かれた肩以外にも、彼らの攻撃で受けた傷から血が滲んでいる。どれも軽傷だったはずが、無茶し続けたことに加え、電を纏った拳による電撃に、最後の蹴りも受けたことで傷口が広がったか。
「ワタシは、もう戦えません。大人しく白状します」
「フム……レン様、我がアルジ、彼女は嘘ハついてイません。それニ、戦意も消えまシた」
「ジュリアンがそう言うなら本当なのね。……レン、ロルフ、ここまでよ」
『異端』の怪物が嘘を嫌うことはあの人から聞いていた。だからこうして本音で言えば、あの『月鏡刃』や彼の女主人が疑ったとしても、『異端』の怪物が判断してくれる。そうなれば無事に戦闘は終わりだ。
まあ、嘘を嫌うというのが、嘘を見破るという可能性を考えて、聞かれたことも素直に話すしかないけど。
「じゃあ抜きますよ、せーの……っ」
「ぐ、ぁあ!? ……あ、ありがとう、ございます……」
刀が抜かれて更に血が噴き出す。
あー、これ、ちょっとまずいな。血が出過ぎ。頭がスーッとしてきてるし、軽く意識がトビそう。
「ルイズ、彼女に治癒魔法を」
「そこまで世話になるつもりは───」
「いいから黙って大人しく回復されてなさい」
膝をつくワタシに『月鏡刃』の女主人が治癒魔法をかける。
「悪いけど、全身の傷は治せても肩の傷は塞ぐまでしか出来ないわよ。確実に傷跡が残るわ」
「いえ、動かせるなら問題ありません。お礼は言っておきます。ありがとうございます、アレイスターの『召喚士』」
「フン、帝国騎士にお礼を言われる日が来るとは思わなかったわ」
彼女の魔法技能が低いことは知っている。だからあまり期待はしてなかった。
「……さて、帝国騎士さん。白状すると言ったわね。それはどこまで話してくれるのかしら?」
回復してもらった後、ワタシは手足を縄で縛られ、そのまま取り調べが始まった。
「この都市で起きていた問題についてだけ、です。本国の動きについては教えられません、というかワタシのような末端が、そちらが欲しがっているような情報を持っていると思いますか?」
「まあそうだろうけど、あなたで末端なのか……」
刃についた血を払い落として刀を納めながら『月鏡刃』が呟く。
「ああ……帝国騎士と戦うのは初めてですか、ワタシはちょっと特殊な方みたいなので、他の帝国騎士と戦う時はワタシと比べない方がいいですよ。あちらはもっと分かりやすいです」
そもそも全うな帝国騎士なら敵を前にして自ら戦いを止めたりしない。
「じゃあ質問、この都市で起きた問題にあなたはどこまで絡んでいるの? あと、言っておくけど、嘘をついたらジュリアンが反応するから」
目の前には女主人、右に『月鏡刃』、左に銀狼、後ろに『異端』の怪物と完全に囲まれた状態。これでどう逃げようかな、と考えながらワタシは聞かれたことに答える。
「まあ、結論から言うと……ハイ、全部ワタシがやりました」




