第百十六話「ねえ、カイトくん」「ダメだ我慢しろ」
「"照らせ"───フラッシュ」
(目眩ましかっ!!)
飛び掛かってきたラウを目で追ってしまい、眩い光を直視してしまった。辛うじて顔の向きをずらして右目だけは守れたけど、一時的とはいえ片目のみというハンデを背負うことになった。
逆手に持ち、振り下ろさせるショートソードを『月夜祓』を抜いて防ぎ、鍔迫り合いに持ち込む。力ではこちらに分があった。
「"天撃腕"【攻転】!!」
左手を握りしめて拳をつくり『月夜祓』の峰へ拳撃を叩き込む。
「っ!?」
【攻転】即ち、攻めに転じる───鍔迫り合いで密着した状態から"天撃腕"を繰り出し、衝撃で相手を吹き飛ばしながら、その勢いのままに踏み込み刀を振り抜く零距離攻撃。
それを、彼女は踏ん張ろとせず、自らわざと後ろへ転倒することで衝撃を軽減しつつ斬撃から逃れ、同時に黒い球体を僕の方へと転がす。球体は直ぐに弾けて白煙を辺りに撒き散らした。
「……それ、だけじゃないよね!!」
「"穿て、硬き焔"───フレアバレット」
白煙の中から小さくも赤く燃える焔を纏った魔弾が四発飛び出してくる。そしてその狙いが僕ではなく、
「ルイズ!!」
「きゃっ」
僕を迂回するよう外回りに。焔の魔弾がルイズへと迫るけど幸い彼女とはそこまで離れていない。対処することは可能だ。
「ありがとう、レン」
「レン様、あの魔法くラいナラ、ワたクシめでも防ゲましタが……」
「あはは、つい体が動いちゃった。……っ!!」
今度は僕を狙って、ルイズへ目を向けたわずかな隙をつくように焔の魔弾が、白煙の向こうから飛んでくる。
(煙でこちらの位置は見えないはずなのに、魔弾を散らして制圧するのではなく、僕を狙い撃つような正確な攻撃……これは───)
何発もくる魔弾を切り払いながら白煙を注視する。
「……ジュリアン、ルイズをお願い」
「はイ」
避ければルイズに当たる。彼女の守りはジュリアンに任せ、僕は白煙の中にいるであろうラウへと駆ける。
迫る僕を追い返そうとするように魔弾の数と連射力が増していく。変わらず正確な狙い、かと思いきや時折回避したら当たるコースを突いてくる。ならばここは余計なことはせず、回避もせず、ひたすら直進するのみ。
ひたすらに切り払い、前へ。前へ。
「───はッ!!」
魔弾の発射地点、即ちラウがいる場所へ渾身の横薙ぎ。それは立ち込める白煙を吹き飛ばし、隠れていたラウの腹を峰で打つが、
「"鉄の戒めにて、疾く地に伏せよ"───チェーン・バインド」
そこにラウはおらず、僕の足元に魔法陣が展開され、僕を縛らんと無数の鎖が伸びてきた。
(……っ、誘われたか!!)
確かにラウの気配はあった。だから煙の中に潜みながら魔法を連発していると思った。いや、思わされた。
ラウの狙いはこうして迫った僕を拘束することだったんだ。
判断を誤った。そう後悔した時には鎖が蛇のようにうねりながら手足に巻き付き、このまま拘束されようとした時、
「あなたは縛られない」
僕の体は鎖をすり抜けた。
「……え? 今のは───」
「一時的な法則の付与……"権能"ですか、聞いていた通り厄介な力ですね」
その声は吹き飛ばされ、風に乗って流れていく僅かな煙の中から聞こえた。煙の切れ間から出てくるラウに僕は驚愕する。まさか、横薙ぎを回避すると共に吹き飛ぶ煙へ飛び込んでいたとは思わなかった。
「あら、そこまで知ってるなんて思わなかったわ」
「王都で王族や貴族がこぞって助言を求めるという、料理屋『黒兎亭』を営むエルフの女店主。帝国でも有名です」
照れるわね、なんて言ってフェイルメールさんは頬に手を当てる。
「レン、今のは何度も使っていい力じゃないの。だから手助けはこれでおしまい。私達は傭兵さん達を手当てするから、あとは頑張りなさい」
「はい、ありがとうございます。助かりました」
「フフフ、どういたしまして。…アンリスフィ、ニレイに、護衛の二人も手伝って。思ったより重症よ、彼ら」
焼かれた傭兵達を見て表情を険しくしたフェイルメールさんが指示を出して、アンリスフィさんが魔法で浮かして運び出す。これで巻き込む心配はなくなった。
「彼らを助けたところで、そちらが欲しがっている情報は持ってません。徒労に終わるだけです。……全く、かなりの大金を使ったというのに、それに見合った働きの一つも出来ないなんて……」
まるでゴミを見るような目つきで運ばれていく傭兵を見ながら愚痴をこぼすラウ。
「彼らを雇い、商会の名前で釈放金を出していたのは、あなただったんですね」
「さて、どうでしょう。どうしても詳しく聞きたいというなら───」
トン、と彼女は地面を蹴る。
「ワタシを負かしてみて下さい」
目眩ましの閃光も煙幕も使わず彼女は真っ直ぐ僕へと迫る。
(速いっ、これは……移動速度強化の魔法!!)
詠唱はしていなかった。恐らく煙の中に隠れていた時に済ませていたのか。もし敵を前に詠唱すれば、それを阻止するか同じく魔法で対抗されるから。
「シッ!!」
「はあ!!」
リーチはこちらが上、でも取り回しの良さはあちらが上。懐に潜り込まれまいと迎撃するも、彼女はショートソードで捌きながらどんどん距離を詰めてくる。
「せい!! はっ、やあ!! たあああああ!!」
「っ───」
最早、執念さえ感じる。
彼女の攻撃は、息継ぎさえ度外視して、相手が反撃する隙さえ与えず、なにがなんでも前進してひたすら連撃することしか考えていないような、凄まじい猛攻だった。
狂気を孕んだ水色の瞳は僕しか見ていない。灰色の髪を振り乱し、多少の怪我を追っても無視。
生命が続く限り止まることのない、凶刃の嵐。
「ハッ───ハッ───ハッ───ハッ……ぅ、あ、あああああアアっっ!!」
(まずい、強化異法をする暇が無いっ!!)
呼吸が乱れてもなお加速するラウの攻撃。
まだ片目が薄らとしか見えず、ここまで攻めに特化されては防ぐので手一杯だ。せめて……"水天一碧"で対応するか、"一気呵成"で攻撃速度を同等にするかしないと!!
「ァああ!!」
頭を狙ったラウの蹴りを左手で防いだ瞬間、ラウはショートソードを持っていない右手で、僕の『月夜祓』を持つ右腕を掴んだ。
「かひゅ、っ、づ、がまえ……だ!!」
「しま───」
そして即座に僕の顔面に突き刺そうとショートソードを振り上げる。
「ロルフ、ジュリアン!!」
「チッ」
そこへ挟み込むように二振りの刃がラウへと襲いかかる。挟撃に気付いたラウは攻撃を中断して、舌打ちしながら素早く後退した。
「相手は一人よ!! わたしのことは気にせず、互いにフォローしながら追い詰めなさい!!」
後ろからルイズの指示がとんでくる。
「───とイうコトなので、ワたクシめとロルフ様も参戦致しマス。ロルフ様、一応周囲ヲ気にしナガら一撃離脱で援護をお願い致しまス」
「ワフ!!」
ラウに立ちふさがるようにジュリアンとロルフが並び立った。
「ごめんルイズ、助かった」
「初めから強化異法を使わないからそうなるのよ。相手の強さごとに手段を選んでないで、敵なら問答無用の全力で倒しにかかりなさい!! 貴方の実力なら強化しながらでも殺さないよう加減出来るじゃない、このおバカ!!」
うっ、ごもっともです。
「ウフフフフ、我がアルジの声は本当ニよく通りまスね、こう……胸にクると言イマすか、聞いていルと元気にナります」
「まあ、それは同意かな。───スー、ハー……よし、これ以上、僕達のご主人様にカッコ悪い姿は見せられない。いざ、全力で参らん……!!」
今度は好きに暴れさせない。反撃も許さない。数的有利を活かして、連携して畳み掛け、彼女のスタミナを削り切る。
「覚悟はいいか、ラウ・カフカ!!」
■■■
覚悟を問いてくるAランク冒険者。そして、どちらも推定Aランクであろう銀狼と『異端』の怪物が、いつでも動けるように構える。
(ワタシのやる事、その全部が捌かれた……。あれだけ攻撃したのに、向こうは無傷で、ワタシは何度か刃が掠めた。これが本物のAランク、王国の新たな抑止力……)
猛攻でかなりスタミナを使った。
また同じことをやれるだけの余裕はない。
でもこの結果は、ワタシが自ら選択したこと。こうなることは始めから決まっていた。
「ハァ……ハァ……ハァ……ッ」
息が苦しい。胸が張裂けそうだ。ショートソードを持つ左腕は酷使したせいで重く感じる。
(でも、ここからだ……)
ワタシの特化型である【身体能力】の強化はまだ続いている。あの人から下されたご命令を遂行する為にと、この体が、この心が……なによりもワタシが、この状況が不利だとは、一切感じていない───!!
そうだ、この感情こそが、
「かくご、カクゴ、ああ……覚悟!!……そっか、そうだ、これが覚悟なんだ!!」
はっきりと自覚した。
でも、ソレは元から出来ていたんだ。
ワタシがあの人に全てを捧げると誓った時にはカタチとなり、強固で揺らぐことのないモノとして、心の中心に在った。
あの地獄の日々がワタシの色んなモノを壊し、忘れさせていたから。今になって改めて理解できたことだ。
「ワタシはあの人の為なら、あの人のご指示なら、どんなに危険なことでも、それこそ死地であっても!! その全てに赴き、遂行してみせましょう!! その覚悟はもう出来ています、キマっています!!」
疲労は消えていない。けど、まだ動ける。もっと、足掻ける。
ワタシの戦いを、きっとこの都市のどこかにいるあの人は見てくれていて、ワタシも自分をあの人に見せられる。
こんなにも喜ばしいことが他にあろうか!!
ショートソードを上に投げてはキャッチするのを何回かやって腕の具合を確かめる。……うん、大丈夫、もっとトばせる。
「そちらこそ、覚悟をして下さい」
今、ワタシの顔はどうなっているだろう。口角がつり上がってるのが、大きく開いた目に風が当たるのが、感覚で分かる。きっと女がするものではない、悪い顔が出来上がってる。
「ワタシの覚悟がどれほどのものか、『月鏡刃』……貴方に見せてあげましょう!!」
同行している剣聖様から言われた。この顔が、あの人が悪巧みをした時に浮かべる笑みと同じものであるという。それが、
「ぁ、ああっ、キマるぅ……」
脳が痺れるほどの多幸感をワタシにもたらすのだ。




