第百十五話「(カチカチカチカチ)」「鯉口鳴らすなコラ」
『キビシス商会アルスト支店』───この都市において最大の店舗であり、食材や日用品、服、アクセサリー、家具など手広く商売をしている。
本来なら冬期休暇で閉店中であるのだが、厳重に施錠された入口は開け放たれ、中には大勢の人で溢れかえっていた。しかし、彼らは支店で働く従業員でも、客ではない。
「なァ、あの女、けっこうイイ体してたよな」
「顔はいまいちだが、ありゃあ娼館でも中々お目にかかれねぇぜ」
「この仕事が終わったら仕掛けてみるか? ここまで付き合ってやったんだからヨ、ちょーっと味見しても良いだろ」
全員が武装し、下卑た笑みを浮かべる男集団。彼らの正体は、ここ最近都市で話題になっている傭兵として雇われた元盗賊団の集まり。
王国で悪事を働き、騎士団の手で拘束され、留置場に押し込められていたが、情報提供など騎士団の捜査に協力してその成果に応じて減刑するという、誰が決めたかも知らない昔からある決め事で早く釈放された者達だ。
「んで、あの女の話じゃ、ここに来るっつー例の若造をブチのめせばいいんだよな?」
「ああ、昨日はかなりボコられたが、全員で袋叩きにすりゃあ楽勝だろ。そんで近くにいる女子供は好きにしていいってよ」
「そりゃいい!! まだまだガキだったが将来は期待できる顔してたからなァ、だーいじに育ててオレら専用の娼婦にしてやろーぜ!!」
「犬っころは捕まえた後、目の前で痛めつけてから殺してやるか。ヒヒヒ、どんな顔をするのか、楽しみだぜ」
ニタリと汚い歯を見せて大笑いする傭兵達の会話を、吹き抜けとなっている二階から見下ろして、聞いている者が一人いた。
(どこの犯罪者も言うことは同じ、か……)
もう少しまともな傭兵を雇えば良かったと後悔しながら彼女は三階へと上がる。
『───あー、あー、俺の声が聞こえているか?』
「っ!! はい、ちゃんと聞こえてます!!」
突然、頭の中に響く声に驚きながらも、声の主が誰か理解して彼女の声に喜色が帯びる。
『目標が動いた。支店長も護衛を二人連れて、五分後にはそっちに到着するだろう』
「分かりました。こちらはいつでも大丈夫です。……あの、本当にこのままでいいのですか? 目標が来るってことはもう支店長の悪評が嘘だとバレたってことですよね」
『気にしなくて良い。お前は予定通りに……ほどほどにやり合ってから、素直に白状して撤退しろ。やり方を間違えなければ殺しにかかってくることはないはずだ。出来るな?』
その優しくも期待に満ちた問いに、彼女は力強く頷く。
「はい、お任せ下さい。ワタシは貴方の全てに応えます───カイト様」
彼女の瞳に妖しい光が灯った。
■■■
「こ、これは、どういうことだ!?」
支店に着くとニレイさんが驚愕の声をあげた。
「へへへ、ヨウ、てんちょーサマ」
「良いモン揃ってたからよ、勝手に使わしてもらってるぜェ」
「ギャハハハハ!!」
大手の名に恥じない豪華な作りの大きな、今は冬季休暇で閉店中のはずの支店。急いでそこに向かった僕達を出迎えたのは、大勢の傭兵だった。
「レン!!」
「お姉ちゃん」
「ワフ」
僅かに遅れてルイズ、アンリスフィさんの二人を乗せたロルフが到着する。
「お前達、私の店で何をしている!!」
「見りゃ分かんだろてんちょーサマ。客がだーれもいないんじゃ商品がかわいそーだと思ってよォ、ここはオレらが一肌脱いでやろうってな」
「そっちはたっぷり稼いでんだ、金はいらねぇよなあ!!」
よく見れば傭兵達が所持している武器や、身につけている装備はよく手入れされている。『キビシス商会』のタグが付いたままだし、保管していた物を勝手に盗ったのだろう。
「……ニレイさん、そして護衛のお二人に一応聞いておきますが、彼らに見覚えは?」
「全くありません!!」
「「同じくありません」」
なら、遠慮はいらないね……。
「全員、無力化した後、真相を吐いてもらいます」
「ハッ───この人数相手に、そんな強気なことを言っちまってイイのかよッ!!」
一番近くにいた傭兵が動いたのを皮切りに、支店の外にいた者、次に店内にいた者と、雪崩のように迫る。
数はざっと五十。支店の周囲は整地された敷地。そしてここは市街地。戦闘区域を広めたくはないし、被害も抑えたい。見たところ脅威となるような敵はいないようだから強化異法を使うまでもなさそう。
それに、
「魔力精錬、早速使うわ。───久々に出番よ、わたしを守りなさい『正直』の怪物、ジュリアン!!」
戦うのは僕一人ではない。
「ああ、アアァ!! なんッッと美味ナ魔力なんでシょう、マルで雪解け水ノヨウに、ワたクシめの五臓六腑に染ミ渡りマすゥゥゥ!!」
ルイズが右手に集めた半透明の魔力に左腕をサッと振る。すると一瞬、輝いたと同時に、魔力は完全に透明になり、それを用いて召喚された異形のメイドが興奮で身を震わせた。
(なんて澄んだ力……。あれがアンリスフィさんから教わった、新しい魔力の使い方か)
近くで感じたからこそ、その力が今までと明らかに違うことがよく分かる。ただの魔力にしてはあまりにも綺麗で、見てるだけで気持ちが晴れるようだ。
「ひ、ヒィィィ!! なんだあの化け物はァ!?」
大人よりは一回り大きいサイズで召喚されたジュリアンを見て傭兵達の足が止まる。
「久しぶりね、ジュリアン。前と魔力が違うけど、召喚する時に貴女に送った魔力量で、その姿ならどれくらい暴れられる?」
「そウですね───追加の供給無シでも待機維持で三十分、戦闘は十五分、元の大キサでなら五分デス。しかシ我がアルジ、魔力を供給すル余裕ハ……」
片膝をついて目線を合わせるジュリアンに、ルイズは笑って返す。
「安心して、完全に貴女に任せる前提なら供給はあと二回はできるわ。……うん、いいわね、三倍も伸びてる、アンリスフィさんっ、この純魔力すごいです!!」
はしゃぐルイズに向けて、ぶい、とアンリスフィさんが指を二本立ててVの字をつくる。
「よーし、ジュリアン、貴女は前衛として飛び道具を使う相手を優先的に無力化しなさい。ロルフはレンの援護よ!! 思ったより余裕はあるから、少しだけど強化魔法を付与してあげる!!」
「かしコまリました、我がアルジ。そレではレン様、ロルフ様、お先ニ頂きマすね!!」
手に持った特大の錆びついた包丁を振り上げて駆け出すジュリアン。お先にって、別になにか競う訳でもないのに、そう言われると変に焦ってしまうのはなんでだろう。
「あ、ちょっ、ロルフ、行くよ!!」
「ワォォォン!!」
後に続く為に駆け出して傭兵達へと距離を詰める。
「ジュリアン、殺しは無しでお願い!!」
「ハイ、レン様。でスが、加減してもワたクシめの力では骨の一本ヤ二本は折れまスので、ご容赦を!!」
弓や魔法で攻撃しようとする傭兵に対して、ジュリアンは特大包丁の腹や峰の部分を使って打撃を行い、空いた左手で掴み上げては上へと高々に放り投げていく。
「ガウ!!」
「コイツ、デカい図体してるクセに早すぎだろ!!」
「ギャアアア!?」
ロルフは僕が後ろを気にしないよう、離れすぎず常に僕の後方で戦ってくれている。ルイズに手入れされた牙と爪、そしてロルフ自身の速さと力が合わさり、容易く傭兵の武具を破壊する。
「あっ、オレの剣───ギャッ!?」
しかも剣を奪い、口に咥えて、数回頭を振りウンと頷くと、傭兵へ高速で迫ってすれ違いざまに浅くとも切り裂くという芸当までしている。
(あとで特注の剣でも作ってもらおうかな。ロルフの口に合わせて咥えやすいように……)
「テメェ!! よそ見してんじゃ、グエッ」
ジュリアンとロルフが一緒なら、この程度の相手が五十人もいようと余裕だ。昨日は散々彼らの相手をしたんだ。どのくらいの力量で、どんな戦い方をするのか、完全に理解している。
「直線的で駆け引きもなにも無い。個々人の能力が低い。感情的で頭が悪い。一人に対して数人がかりなのは、まあ、いいとして……相手の力量を計れないのは致命的です」
最早、抜刀するまでもない。納刀したままで、蹴りを混ぜつつ、棒術の要領でただひたすらに殴り、突き、払う。
「よくも私達の、店長の店を!!」
「これ以上好きな真似はさせん!!」
ニレイさんが連れてきた護衛の二人も槍を使って上手く立ち回っている。
「あらあら、これじゃあ貴女の出番は無いわね、アンリスフィ?」
「そもそも……無人ならともかく、一般人がいる都市内で『大地の巨塔』は使えません。建材を集める途中で建物が崩れます」
「そうね、ここは大人しくニレイの後ろにいましょうか」
「ですね」
「さり気なく盾にしようとしてませんか!?」
なんていう会話を聞きながら、次第に戦意を失っていく傭兵を無力化していく。───結局、僕と、ジュリアン、ロルフが五十人の傭兵のほとんどを倒し、あっという間に全員無力化したのだった。
「お疲れさま、ジュリアン。いったん霊体化して魔力の消費を抑えていて」
「ハい、我がアルジ」
戦闘が終了し、ジュリアンは姿を消す。維持はしつつも余計な魔力を使わないようにする霊体化で、今もルイズの後ろに控えている。
「レン、ロルフもお疲れさま。あのくらいの相手は苦にもならないようね」
「アハハ、僕一人だけだったなら流石に抜刀してたよ。それにしてもロルフ、剣の扱いなんてどこで覚えたのさ?」
「そうよ!! 剣を咥えて斬っていくとか、教えた覚えはないわよ」
「アフーン」
すごいでしょ、と言わんばかりに自慢気に鳴くロルフを僕とルイズがワシャワシャと撫でる。
「さて、ニレイさん、あとは彼らに今回の件について問いただすだけですね……」
「ええ、素直に答えてくれるかは疑問ですが」
がっちり縄で手足を縛って拘束し、一箇所に集められた傭兵達は顔を合わせようともしない。何も話さないぞ、という固い意識を感じる。
「うーん、尋問なんてやったことないし、どうしよう───ッ!?」
一瞬、僅かに視界が翳る。
見上げると一本の松明が落ちてきて、そのまま、傭兵達へと。
「あ、アア、アアアアア!? 」
「誰だ、火なんかつけた奴はァ!! お、おい、早く助け」
「ああ、ああついい!! あ、あついいいいぃぃ!! いやだ、こんなの、いやだああああ!!」
一箇所に集めていたせいで、松明の火は瞬く間に傭兵達に燃え移った。まずい、炎に包まれて、このままでは彼らは全員が───
「集まれ。集まれ。水流、水流、押して流せ───『目覚めて、清流の猟犬』」
真っ先に動いたのはアンリスフィさんだった。
恐らくは都市の各所にある水場から、大量の水が彼女の周りに集まり、大型犬の形になる。そして群れとなって燃え上がる傭兵へ突撃し、鉄砲水の如き勢いで炎を飲み込んでいった。
「すごい……」
今のが、アンリスフィさんの魔法。今まで見たものとはどこか違う。魔力で魔法という現象を生み出すのではなく、周りのモノを利用したかのような……。
「残念、どうせ煉獄の炎に焼かれるのだから、そのままでも良かったのに」
「っ、誰だ!?」
開け放たれたままの支店の入口。その奥から女性の声が聞こえて向き直る。
「始めまして、ワタシはラウ・カフカ。……見ての通り、帝国騎士です」
出てきたのは赤い鎧に黒のマントを羽織った女性で、静かな声でそう名乗った。同時に、大きく跳ぶ。
「手合わせ願います、Aランク冒険者……『月鏡刃』のレン」
■■■
「───あ、始まった。ねえねえ、ラウちゃんはどこまでレンくんと渡り合えるかな?」
「仮に少し本気を出されたとしても、ラウの【身体能力】なら無事に撤退してくるだろ。今のアイツにはピッタリな力だからな」
『キビシス商会』の支店から離れた建物の屋根の上で、女剣士が呟くと、隣で単眼鏡を覗いている男が答える。
「帝国を出る前に調べたんだっけ。万能型? それとも特化型?」
「特化型……それも、かなり特殊な部類だった」
「特殊?」
コテンと首を傾げる女剣士。
「任務遂行特化型───上官から命じられた事を遂行する場合のみ、全ての能力が強化される。基本的にはAランクまで。でも本人の気持ち次第では、瞬間的だがSランクにもなるんだと」
淡々と話したその能力を聞いて女剣士は目を見開いた。
「うわ、なにそれ、今のラウちゃんにぴったりじゃん」
「代わりに、命じられた事以外については、非戦闘時も含めて常時不運になる。『教練所』で酷い目にあってたのはこれが原因。人の上に立てないことを運命づけられた、生まれながらの仕える者ってわけだ」
「なるほどね、フフフ……やはりこの世界は面白い、どこまでも私を愉しませてくれる!!」
これは見逃せないねと食い気味に観戦する女剣士。この距離をよく単眼鏡も使わず目視で見えるな、と男は思いながら、ぶつかり合う男女二人をレンズ越しに見る。
(さあ、お手並み拝見だ。格上相手でキツいだろうが、どうにか凌いでみせろ)




