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良縁悪縁ひっさげ歩む我が人生  作者: あすか
第二章
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第百十四「なんか怒鳴り声が」「レンさん、怒ってますね」

「それで、本日はどのようなご要件で?」


世間話もそこそこにニレイさんは姿勢を正しながら問いかけてきた。さっきまでの和やかな雰囲気は消え、常連客の一人としてではなく、大手商会の支店の長として仕事に臨むような……。


「確かに、ここ数ヶ月はフェイルメールさんのお店には行けませんでした。だから、レンさんの紹介も兼ねてでもこうして会えたのは嬉しいです。……ですが、まさか、それだけという訳でもないでしょう」


……流石は支店の長を務める商人、本題が控えていることに気づいていたみたいだね。


「私に用があるのはフェイルメールさんではなく、レンさん……貴方ですね?」

「あら、どうしましょうレン。もうバレてしまったわ」

「隠してる訳でもなかったでしょうに。はぁ……フェイルメールさんはいつもそうだ、目的があるのか無いのかの判断がつきづらいんですよ。今回は分かりやすかったですが……」


チラッと僕へ視線を向ける。そろそろ貴方の口で話したらどうか、といったところだろうか。


「ご存知だと思いますが、帝国が周辺諸国を支配下に置き、その影響で王国各地で混乱が起きています。僕はそれを調査し解決するべく、先ずは治安が悪化しているこの都市に来ました」

「なるほど、やはりそうでしたか。私も困っていたところなんですよ、あの傭兵達───元は盗賊団の残党の振る舞いは……」


彼曰く、素行の悪さには相当頭を悩ませているらしい。何度注意しても直らず、誰かが自警団に捕まったと聞く度に「また奴らだな」と頭に残党達の顔が浮かぶとか。


「ああ、そうか。昨日また大勢の傭兵が騒ぎを起こして捕まったと聞きましたが、対処したのは、まさか……」

「たぶん僕ですね。宿を探してた時に何度か絡まれました。面倒でしたが鎮圧しました」

「もしや、その時、近くにはフェイルメールさんも……?」


恐る恐るといった様子で聞くニレイさん。


「ええ、ちなみにアンリスフィとレンの主人をしてる女の子もいたわよ。金銭の要求だけでなく、私達を捕まえて高値で売ろうともしてたわ」


笑顔で答えるフェイルメールさんだけど、なんか、少し圧を感じる。彼女も多少は傭兵に対して苛立っているようだ。


「なんという……」


恩人にまで迷惑をかけたと聞いて彼は頭を抱えている。


「僕はいいんです、どれだけの数の傭兵が来ても、殺さずに鎮圧することくらい造作もないですから」


でも、と区切る。ショックを受けているところで悪いけど、苛立っているのは僕も同じだ。


「フェイルメールさんに、アンリスフィさん、そしてなによりも……僕を従者として拾ってくれた主人を連れ去ろうとした。それだけは、赦せない」


気づけば左手は『月夜祓(つくよのはら)』に触れていた。それを見たニレイさんは恐怖で顔を強張らせる。


「ニレイさん、貴方は自分が雇った彼らの管理を怠っただけでなく、注意はしてもこれといった制裁もなく釈放金を払って解放し、また放し飼いにした!! ……これはいったいどういうことか、説明してくれますか!?」


隣では「ちょっと、少しは抑えて」とフェイルメールさんが小声で言いながら僕の服の袖を引っ張る。


参ったな、思ってたよりも感情がこもって、殺気まで出してしまった。でも、ここまで圧をかければ白状してくれるだろうと思っていると、


「ま、待って下さい!!私が彼らを雇ったとは、それはどういことですか!?」


そう困惑の表情で問い返された。


「私は若旦那様から支店長という責任ある立場を任されました。素行の悪い者を、それも盗賊団の残党という前科ある者を雇うなんてあり得ません!! そもそもこの商会は独自に戦力を有しています、新たに雇う必要は無いのです。仮に雇うとしても、制裁無しで釈放金を払って放し飼いなんて、他所に迷惑をかけるようなことはしませんよ!!」


僕とフェイルメールさんは顔を見合わせた。


僕達が集めた情報では、傭兵達は彼が雇っていて、特に何もするでもなく野放しにしていて、一部の商品を独占、値上げまでしていて買いに行く人達が困っている。


それに、宰相に賄賂を送って代理管理者のリヒトさんに与える都市運営に必要な権利を最低限なものに抑えたことで、自身の影響力を実質トップにした。更には他の商会と会合を繰り返し、都市の独立化について話し合っている、と。


これらについても聞いてみると、


「そんな情報は、いったいどこから……。私はなにも……商品の独占に値上げ? 賄賂? いや、私はそんな指示をしたことも、行ったことも……そもそもこの時期、私の店は───()()()()()()()()()!!」


その言葉に、その表情。一切を見逃すまいと観ていた僕には分かった。


この人の言葉に嘘はない。


集めた情報を聞かせた時、本当に混乱していた。なにがどうなっていると驚いていた。間違いなくこの人は……(シロ)だ。


(これは、どういうことだ? 都市で話を聞いて回っていた時、誰も彼もが『キビシス商会』を恐れ、憎み、嫌っていた。そこに嘘偽りは無かった。彼らの心を僕が読み違えた? まさか、そんなはずは……)


うーん、こっちまで混乱してきた。


「ねえ、ニレイ。営業していないって?」

「冬期休暇ですよ。従業員や兵達は実家に帰らせているんです。私一人でも店の営業は出来ますが、店長にだけ働かせる訳にはいかないから、と休暇を後回しにする者が出てきます。それはそれで困るので、この際完全に休業にしようと……」

「そうなのね、でも何人か警備をしてる人がいたようだけど」

「色々な事情で帰る場所を失った者達です。グループを作って旅行に行ったりする者もいれば、ああして自主的に交代制で休むから仕事したいという者もいて……」


それじゃあ、つまり……今都市にいる支店の関係者は、この旧ゼンダー伯爵邸にいる人で全員ということ?


「会合については事実です。ある程度の自由は認められていますが未だ王国の庇護下にあり、その事実が他国が王国を警戒する要因になっている。それは平等ではない。商人として、私は全てのお客様に平等で接するべきだと思っています。なので完全に独立し、全ての国がなんの憂いもなく利用できるようにしたいと、宰相にも伝えています。戦争がおきたとしても、王国とは無関係になればここは守られ、仮に被害を受けたとしても最低限で済むはずだと、私は───」


そこまで一息で言って、彼は大きく息を吐いた。


「すみません。いきなり訳もわからないことを言われたので、つい声を荒げてしまいました……」

「いえ、僕なんか殺気まで出してしまったので」

「そちらはお身内に危険が迫ったのです。お気になさらず」


お互いに頭を下げ、すっかり冷めた紅茶を飲んで一息つく。今はこの冷たさが心地よく感じる。


「そうなると……都市内で聞いた話は、いったいなんなのかしら? ウチの常連さんも賄賂の話は間違いないって言ってたのに、仲間外れはイヤだからって嘘をついたとも思えないし」

「ニレイさん、冬期休暇の間、外出は?」

「完全に引きこもってましたよ。寒いのは昔から苦手でして、この時期は出不精になります。まるで冬眠だなと若旦那様に言われるくらいです」


緊急を除き、後回しでもいい仕事かの判断は残っている従業員でも出来る。そして彼らも店長に似たのか基本的には外出せず、来客の対応に、敷地の警備や簡単な事務をして、あとは室内でのんびり過ごしているという。


「……じゃあ、急用とか相手から何か用があってここに来ない限り、この時期は人との関わりがほぼ無くなるということよね」

「そうなりますね。休暇前には代理管理者のリヒトや、他の商会に周知する為に、私が直接挨拶に行きましたから」

「「………………」」


ここまで話をして、頭の中を整理する。


都市で聞いた『キビシス商会』への不満の声、そしてニレイさんから聞かされた話、双方共に言っていることに嘘は感じられない。


でもこれではおかしい。商会が休暇中でなにも事を起こさないなら、不満の声や都市の治安悪化なんて起こらないはずだ。それに、そうなってくると、


元盗賊団の傭兵は誰が招き入れたのか、


営業していないはずの支店がなぜ営業していたのか、


この二つの疑問が浮かび上がる。


「フェイルメールさん……一度、支店の様子を見に行った方が良さそうですね」

「ええ、そうね。思えば私達は聞き込みはしたけど実際に支店を訪ねてはいなかったわ。これは落ち度ね」

「で、では私も!! 勝手に私の店を使っているとあっては、居ても立っても居られませんから!!」


僕は頷き、フェイルメールさんをチラッと見る。


彼女はニコリと笑って返し、ニレイさんには見えないように、つま先でチョンと床を小突く。すると小さな光の球体が現れて、壁をすり抜け、忍び込んでいるであろうルイズ達へと飛んで行った。


「ニレイさん、もしかしたら支店にこの混乱の元凶がいて危険な目にあうかもしれません、それに都市にいる人達は本気で貴方や商会を悪い者と思っています。来るなら相応の準備が必要かと」


気持ちが逸っているニレイさんを落ち着かせるよう、そしてルイズ達が脱出する時間を稼ぐのも兼ねて、少しゆっくりと話す。


「そ、そうですね……。では、二人ほど優秀な兵が残っていますから彼らを私の護衛として同行させましょう。私から事情を説明してきますので、お二人は外でお待ち下さい」

「分かったわ、先に外に出てるわね」


そうして僕達は、少し冷静になりながらも早足になってしまうニレイさんと共に応接室を出て、彼とはそこで一度別れた。


「……もっと、ちゃんと調べておけば良かったかもしれない。昨日の内に支店を見に行ってれば……」

「仕方ないわ。昨日の聞き込みは宿探しのついでで、しっかりやるつもりではなかったもの。ニレイに確認して進展はしたのだから、プラマイゼロってことにしましょう」


外に出るべく廊下を歩きながら呟くと、フェイルメールさんが優しくそう言ってくれた。


「今回の件、ちょっと引っかかります。まるで商会を悪者に仕立て上げるような……そんな意志を感じます」


盗賊団である傭兵が好き勝手しての治安の悪化。これを解決したとしても、都市の人達と商会の間に出来てしまった溝を埋めるのは大変だ。冤罪だとしても、信用を失うというのは、いくら大手商会でも痛手のはず。


「休暇で引きこっているのをいいことに、誰かがそうしたってことね。仮にそうだとしたら、かなり大掛かりね。盗賊団を傭兵として雇い、直ぐに釈放金を出し、支店を営業、商品の独占……単独でできることかしら」

「単独ではなく数人……それか、強力な後ろ盾が相手にはある……?」

「そういえば、帝国騎士が紛れてるんでしょ? もしかしたら帝国が戦争を始める手始めに、手を出してきたのかもしれないわね」


そうだ、スレイさんからの頼まれていたっけ。拘束して引き渡して欲しい、と。


「悪評を作り、不和を生じさせて内側から崩す……それが目的ってことですか」

「まだ確定ではないけれど、その可能性が高いわね。帝国騎士は強敵よ、私達では手も足も出ないわ、もしもの時はお願いね、レン」

「分かりました、でもサポートは頼みます」

「フフフ、もちろんよ」


任せて、と笑みを浮かべるフェイルメールさん。


未だ実力が知れない彼女だけど、不思議と不安はないんだよね。なんか、こう……安心感が凄まじい。でも頼りきりになるつもりはない。


(どんな相手でも、僕が必ず討つ……!!)


思い浮かぶのは帝国の元帥、セレネスの顔。彼とはいつか必ず、また相対する。その時の為にももっと強くならなければ───そう自分に言い聞かせ、拳を強く握りしめた。

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