第百十三話「なんか出来ました」「ちょっと予想外です」
翌朝、宿で朝食をとった後、僕達は打ち合わせ通りに『アルスト』を出てから二手に分かれ、それぞれのルートで高い丘の上にある旧ゼンダー伯爵邸へと向かった。
僕とフェイルメールさんは真正面から。『キビシス商会』の支店長へ挨拶、という体で訪問する。そして傭兵として雇った元盗賊団のことや、都市の独立について聞き出す。
ルイズとアンリスフィさん、ロルフは裏から。僕達が時間を稼いで、その間に支店長の思惑を探るべく潜入してもらう。同時にルイズの魔力量問題を解消───とは言わずとも改善になる程度には指導してくれるという。
「支店長の名前はニレイ・クナラスカ。商会を仕切ってる若旦那からここの支店長を任されている、期待の若手商人よ。基本的には私が彼と話をするけど、たまに貴方にも話を振るからその時は素直に答えていいわ」
「それだけでいいんですか?」
「私みたいに話術に長けてるなら口を出してもいいわよ」
「…………。…………、仕草とか観察して、真意を見抜きます」
「本当? すごいわ、そんなことが出来るのね」
そう言って僕の頭へと手を伸ばすフェイルメールさん。
「……あら? ちょっと……んっ、ふーんっ、……はぁ、はぁ……ふーんっ……」
……たぶん僕の頭を撫でようとしているんだと思うけど、明らかに僕と彼女では背丈に差があり過ぎる。つま先立ちに背伸びまでしているけど、届くはずもない。
「〜〜〜〜っ」
「……………」
次第に体勢がツラくなったのか、顔を赤くしてプルプル震えはじめ、僅かに涙目になりながら僕を睨みつけてきたところでこのままはまずいなと思い、視線は合わせずしゃがんだ。
「会話の方は、お願いします…」
「───……ええ、見抜く方は任せたわよ。フフッ」
さっきまで苦戦していた様子はどこへやら。彼女はいつものニコニコ顔になって、優しく僕の頭を撫でるのだった。
「これはフェイルメールさん!! まさかこの都市にいらっしゃるとは思いませんでしたよ、言ってくだされば送迎の手配をしましたのに」
門番に名前と訪ねた理由を伝えて一分も経たずに現れたこの男が支店長のニレイ・クナラスカ。
短い黒髪をきっちり七三分けにして、眼鏡をかけた、利発そうな印象。装飾は控えめながらも上質と見えるスーツを着こなしていて、とても様になっている。
「フフフ、ちょっとしたサプライズよ。こんにちは、ニレイ。約束もなく急に来てごめんなさい。この子の付き合いで来ていたのだけれど、最近はウチにも来ていなかったから顔を見たいなと思って」
「彼は……ああ、第二王女殿下が仰っていた、勇者の悪行を止めたという噂の剣士ですか!! 始めまして、私は『キビシス商会』のニレイと言います、どうぞお見知りおきを」
僕の顔を見たニレイさんはまるで大物と会ったように興奮した様子で握手を求めてきた。
「はは、なんだかかなり有名になったみたいですね……。僕はレンといいます、Aランク冒険者として『月鏡刃』の名を殿下から頂きました」
握手に応じながらこちらも名乗る。
「いやあ、その若さで相当強いのだとか。いつかはウチの品を買いに来て頂けないものかと、商会の皆が楽しみにしてましたよ。さあ、どうぞ中へ。話したいことや聞きたいことが沢山あるんですよ」
興奮が収まらないまま、彼は僕達を中へと招き入れた。
今のところ彼の言葉に嘘はない。この感じは本心だ。フェイルメールさんとはもちろんだけど、僕とも話が出来ることを嬉しく思っている。
その嬉しさの裏には多少の───商人として新たな良客獲得の為、僕を通じて他の誰かと繋がりを持つ為の、そんな打算が見え隠れしている。
(さて、僕の眼でどこまで観れるかな……)
勝負事とは別種の腹の探り合い。
昨日、スレイさんから聞いた都市の独立や、傭兵、帝国騎士、それらを繫ぐ何かを知る為の対話に、僕は少し緊張しながら足を踏み入れた。
■■■
「───お姉ちゃんとレンさんが中に入ったのを確認しました。行きましょう、ルイズさん」
「は、はい!!」
旧ゼンダー伯爵邸は『アルスト』から少し離れた高台にある。レン達の様子を雑木林の奥から見ていたわたしはアンリスフィさんの後をついて行き、裏口まで回り込む。
「それでアンリスフィさん、どうやって中に入るんですか? 周囲は塀と鉄柵で囲われていて、越えるのは無理そうだし、見張りまでいますが……」
敷地の内外を三人一組で傭兵と思われる人達が歩き回っている。潜入なんてやったことないわたしが、ロルフまで連れて、誰にも知られず中に入るなんて出来るのか不安だ。
「……彼等をよく見て下さい。常に数人いるという安心感、そしてここで何か異常事態が起きる訳が無い、そんな思いを感じさせる余裕そうな雰囲気を」
確かに……見張りの人達は仲良く談笑しながら、当てもなく散歩しているかのようでとても和やか。すれ違う他の組と『今夜飲むか』と晩酌の誘いまでしているわね。
「完全にゆるみきっていますね。全く、仕事人としてちゃんと役目を果たさないなんて……」
苛立ち混じりに嘆息するアンリスフィさん。……なんだか、昨日から不機嫌じゃないかしら、この人。
「これでは警戒といっても周りを見て回るくらいしかしないでしょう。なので、ここは───」
タン、タンと。彼女は小さな足で二回地面を鳴らす。
「起きて。起きて。隆起、隆起、立ち上がれ───『目覚めて、大地の巨塔』」
途端、地面から勢いよく現れたのは、周りの木々よりも少し低いくらいの太い土の塔だった。付け足すなら、筋肉隆々の両腕が付いた土の塔だ。
「な、ナニコレー!?」
「創造魔法……周りのモノを利用して、形を成す魔法です。まあ、これを使えるのは私だけなので、固有能力みたいなものですね」
「えっと……地面の土を集めて、塔として固めた……?」
「はい、その通りです。既存の魔法に似たような芸当のものはいくつかありますが、私の魔法は規模に関してはそれらを遥かに上回ります。でないと固有とは言えませんし」
つまり、これよりもずっと、もっと大きくすることも出来るってことよね。そんなトンでもない魔法を使えるなんて、やっぱり只者じゃないわ……。
そこらの建物よりも大きな腕付きの塔を思い浮かべていると、
「では、ルイズさん。潜入する前にササッと特訓を終わらせましょう」
「ササッと、って……そんな直ぐに?」
「大事なのは感じ取る力。それが出来れば大丈夫です。手のひらに魔力を集めて球状にしてみて下さい、無属性でいいですから」
「分かりました……」
わたしは言われた通りに右の手のひらに無属性の魔力を球状にしたものを作る。
「私から教えるのは魔力精錬による供給の効率化です」
曰く、魔力には純度があるという。
雪が溶け、大地によって清浄を保ち流れ出る雪解け水のような清らかな魔力から、長年放置されて汚れた古池のような淀んだ不純物だらけの魔力まで、純度は様々。
そして精霊や魔獣など、この世界で自然界で生きる生物は純度が高い魔力を好む。ほんの少しだけでもその魔力を得れば、長期間の食事が不要になるくらいに。
対して人間は魔力よりも食事が必要な為、食事要らずになるような効果はないが、純度の高い魔力を用いて魔法を発動した時───必要な魔力よりも少ない量で、なおかつ劇的にではないものの威力や規模が強化された状態で発動できる、と。
「……なるほど、その純度を高くした魔力なら、必要な魔力量を抑えつつ、召喚した『異端』の維持も楽になるってことですね。でも、不純物って……?」
なにか、魔力を体外から出す時に混ざるのかしら?
「その不純物というのが……属性です」
アンリスフィさんは人差し指を立て、そこに魔力を集めて小さな球状にする。見たところ半透明、わたしと同じ無属性だ。
「無属性。それは火や水などのような『色』を持たない、自然界で発生するものと同じ、何色でもない『無』の属性。ですが人が出すものと自然界で発生する無属性の魔力には一つだけ違いがあります。それが……」
魂の色───生まれながらに人が持つ、先天的・後天的問わず獲得する得意な属性。それが不純物であると、アンリスフィさんは言った。
「人が無属性の魔力を扱う時、どうしても自分の得意な属性の魔力が混じってしまうんです。私の場合は土と風の二つで、見たところルイズさんは光ですね」
「その属性の小精霊を召喚することが多いからだと思います。でも、わたしには光属性が混ざってるなんて分からないんですが……」
「そこは慣れです。……そしてここからが大事なところなのでよく見て下さい」
アンリスフィさんは自分が出した魔力に視線を向けると魔力が徐々に輝き出した。
「人が自然界と同じように『完全なる無属性の魔力』……つまり純度の高い魔力を発することは不可能ですが、こうして外に出した後なら手のつけようはあります」
輝きは増していき、同時に色が消えていく。
「純度の高い魔力は本来見えないもの。半透明でそこに有ると目で分かるようなものは、不純物である他属性が混ざっている証拠に他なりません。……全く、純度については昔から知られていることなのにこれに気づかないなんて、『ガタノゾア騎士団』は何をしているのでしょうか」
最後にパチン、と。何か弾けるようにアンリスフィさんの魔力球は見えなくなった。見えなくはなった、けど、これは……っ
「どうやら、感じ取れているようですね。分かるのなら話は早いです。あとは取り除くだけですから」
僅かに微笑んだアンリスフィさんは、手伝います、と言って空いたわたしの左手を取り、右の手のひらに作った魔力球へと持って行く。
「意識を集中して。私の純魔力とルイズさんの魔力を見て、感じて、その違いを理解して下さい」
「違い……わたしの魔力は───」
アンリスフィさんの魔力は綺麗な透明の水晶玉のよう。もう視認は出来ないけれど、その清浄な魔力の初めて感じる存在感のせいか、今どんな形をしているのかまで分かる。
(それに比べてわたしの魔力は薄い靄が入ったガラス玉。……そうだ、この靄だけを取り除くことが出来れば、あの水晶玉のように───)
ガラス玉と表現したけどこれはただの魔力。
その中にある靄にだって触れられる。
余計な魔力ごと取らないように、丁寧に、少しずつ、この靄だけを外へ……。
「───っと……できた、できました!!」
私の手にある魔力球はガラス玉から水晶玉へと生まれ変わった。
「…………驚きました。ほんの少しくらい混ざってても、取り除ける段階まで行けたら合格にするつもりだったんですが、まさか一回で完璧に精錬するとは思いませんでした」
「この魔力を使って、魔法を発動したり、召喚した『異端』に与えればいいんですよね!」
「はい。あとはこの精錬をより早く出来るようにするだけです。さっきは丁寧にやっていましたが、戦闘中はそんな暇はありません」
そうよね。もっと早く、一回で取り除けるようにしなきゃ。もう一回だけやってみようかしら。無属性の魔力を集めて、と……あれ、そういえば、
この方法って他の属性でも出来るのかしら……?
「まあ、今はこれくらいにしましょう。時間は有限です。早く潜入しま───ルイズさん!?」
アンリスフィさんがわたしの手を見て声を上げた。
「……えっと、その、無属性以外でも精錬したら、どうなるのかなーって思って試してみたんですけど……これ、うまく出来てますか?」
恐る恐るとアンリスフィさんに聞くわたしの手。
そこには八つの、
混じり気のない、
純度の高い各属性の魔力球が浮かんでいた。
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(───……?)
なにか、とても清い力を感じた僕は思わず顔をあげた。
「レンさん、どうかしましたか?」
「あ、いえ。鳥……でしょうか、何か外を横切った気がして」
「ああ、そうでしたか。近くの雑木林には多くの野鳥がいますからね」
応接室に案内された僕とフェイルメールさんは、ニレイさんが直々に淹れてくれた紅茶を飲み、先ずは軽い世間話から始めていた。
(今のは、ルイズ……?)
いつも感じていた彼女の魔力とは明らかに違った。まるで月の光を全身に浴びた時のような、とても綺麗で、澄み切った魔力だった。
(……どうやら、上手くいったみたいだね、アンリスフィさんには感謝しなきゃ)
であるなら、あとは僕達がどれだけ時間を稼げるか、だ。
(ニレイ・クナラスカ。……貴方の真意、この目で見定めさせてもらいます)




