第百十二話「訪問前夜」「不機嫌な雛鳥」
活動拠点にする宿屋を見つけたルイズ達と合流し、僕はスレイさんから提供された情報を共有した。どうやら彼女達は彼女達で、それと似たような話を商人から聞き出したらしい。
「お店の常連さんだったのよ、その商人が。だからちょっとおはなししてみたの」
そう言って、いつものようにフフフと笑うフェイルメールさんだったけど、そんな穏やかなものじゃないと言わんばかりに、ルイズが後ろで顔を蒼くして首を横に振る。
「ざっくり言いますと、ここ最近の出来事に話題を絞った世間話から始まり、気が緩んで商人がうっかり口を滑らせたところを逃さず、話題を変えようとする商人の揚げ足を一つ一つ丁寧にとりながら問い詰めて、最後にこれまで相談にのってあげたことへのお返しを要求。出来ないのであればお店の出禁と商人の秘密を他の商人に暴露、応じるなら逆に他の商人の秘密を開示……という感じです」
どうだったのか、とアンリスフィさんに目を向けるとそう補足説明してくれた。
「商人でも口を滑らせる話術ってことか……」
「そうね。それに商人の近況を先に聞いたからこそ、さっきと話が違うじゃないって揚げ足を取れた。そこに追い打ちで秘密を暴露するなんて言われたら、もう素直に吐くしかないわ」
「完全に脅し文句ではあるのですが……お姉ちゃんのお店を二度と利用出来ないというのは、貴族や商人にとってそれだけでも痛手なんです」
アンリスフィさんによると、なんでもフェイルメールさんと常連の人達は独自のルートがあり、沢山の情報を共有しているのだという。
もちろん、それぞれの商会が懐にしまっておきたい情報だってあるだろうから、魔獣や盗賊団の出没頻度、災害で通行出来なくなった街道の有無、各拠点でのなんらかの変化等───そういった共有してもよい情報だけだ。でも、それが有るからこそ、常連の人達は時には他よりも先んじて、時には協力し合って、安全に行動を起こせる。
そしてその商人は共有される情報に頼りきりで、自分ではなんの対策もしていなかったらしい。だからこそ、出禁されて仲間外れにされることだけは絶対に避けたかったのだろう。
「初めて見たわ、仲間外れは嫌だって大の大人が幼女に泣いてすがりつく光景……」
「彼とは長い付き合いだったもの。常連さんの中でも古参ね。今は隠居した先代から紹介された時は、まだ新芽のように小さな子供だったかしら。商会の長になってからは何度も相談にのってあげたわね」
子供って……その時からの付き合いということはおおよそ三十から四十年ってこと、だよね……。それだけの月日が経っていてなおこの容姿か。やっぱりエルフのような長命な種族は、人とは成長の過程が異なるようだ。
「なるほど……それで、怪しいのは『キビシス商会』だって?」
その可哀想な商人の話によると、度々他の商会と会合を開いていて、今までの曖昧な立場ではなく、都市の完全な独立について話し合っているらしい。
「ええ。それから、リヒトさんが管理者としての権利を最低限しか持てなかったのも、宰相に賄賂をおくった結果みたいなの」
「支店長と宰相が結託して、リヒトさんの立場をわざと弱いものに、か……」
「その結果、宰相になんの得があるのかまでは分からなかったようですが、賄賂の話は本当だと力強く断言してくれました」
お姉ちゃんはすごいです、と胸を張るアンリスフィさん。
「私なんて大人のエルフに比べたらまだまだよ、アンリスフィ。でも、あなたがそう誇ってくれると、とてもやる気に満ちてくるわね」
「ワオン!!」
「あら……フフッ、そうよ。アンリスフィもとても凄いの。私にとって自慢の可愛い妹なんだから」
魔獣の言葉が分かるというフェイルメールさん。
ロルフがなんと言ったのかは分からないけど、彼女の言葉から察するに、アンリスフィさんもきっと凄いのだろう? って感じのことを言ったのかな。そこでふと、僕は『アルスト』に入って直ぐに悪漢に絡まれた時のことを思い出す。
アンリスフィさんは直ぐにフェイルメールさんを庇うように前に出て臨戦態勢をとっていた。僕が悪漢全員を無力化したから彼女は戦ってないけど、その行動からただ守られる妹ではない、ということが分かる。
「明日、旧ゼンダー伯爵邸に行ってみようか。挨拶という体で会って、軽くクレームをいれる。それで相手の反応を見てみたい」
独立する分には構わないとして、雇われた傭兵達が今のまま好き勝手に振る舞うのを許し続けていたら、この都市の治安は悪くなる一方だ。それで他の商人や、ここに住む人達が離れてしまったら───
(あれ……もし、そうなったら、誰も寄り付かなくなった都市の全てが支店長の手に……?)
突然浮かんだその展開。まさかそんな、と笑い飛ばすことは僕には出来なかった。
「じゃあ、その訪問は私とレンで行きましょう。アンリスフィとルイズは、私達が時間を稼ぐから、その隙に忍び込んで決定的な証拠が無いか探りなさい」
「わたしとアンリスフィさんでですか!?」
驚いて自分を指差すルイズ。
「支店長とはいえ相手は『アルスト』の頂点に立つ存在。会うなら最低限の格を示す必要があるわ。私なら相手のことも見知っているし、いくつか貸しがあるから、突然の訪問でも追い返されることはない」
「それからレンさんは今や王国の新たな抑止力。商人の情報網ならば、既に顔も名前も、その強さも知られているでしょう。お姉ちゃんと二人なら、十分な格と言えます」
「格、ですか……」
二人の言うことは分かる。
相手は支店長でありながら貴族にも匹敵する地位を持っている。そして貴族は、そう安々と平民の訪問を許さない。『会う価値無し』と蔑まれ、追い返されるのだ。
フェイルメールさんは王都で貴族達の悩みを解決して支えるエルフであり支店長にも貸しがあるという。そして僕は、ジブリール様に認められた抑止力───と言えば聞こえはいいけど、半ば勇者の代理みたいな扱いだ。会うに十分な格があると見ていい。
でも、ルイズは……、
「わたしでは、不十分って……ことですか……」
「ルイズ……」
本来なら、アレイスターの家名がまだ健在だったなら格としては十分なもので、同席することも出来たのかもしれない。でも、今やその名は地に落ち、再び元の地位を取り戻せるかどうかは分からず仕舞いだ。
「……まだ王族はアレイスターの名をどうするか決めかねているようね。私からもあの王女様に言っておくわ。いつまで持たせるの、って」
「はい、ありがとうございます……。でもフェイルメールさん、わたしは潜入なんてやったことは───」
「大丈夫、そこはアンリスフィがなんとかするわ。それから貴女が抱えている課題についてもね」
課題? とルイズが首をかしげる。すると徐ろにアンリスフィさんがルイズの手を取り、フニフニと手のひらを触る。
「『異端』を召喚し、制限無しで戦わせる為に、今よりももっと魔力を増やしたいんですよね。確かにルイズさんの歳にしては魔力量が少なく感じます」
「は、はい……だから今は『ガタノゾア騎士団』の人から魔力を増やす為の特訓をしてもらってます」
「『ガタノゾア騎士団』……」
アンリスフィさんがその騎士団の名を聞いた途端、雰囲気が変わった。
「それは……ひたすら魔力を限界まで使い切っては回復させてを繰り返して、魔力を貯める器である身体そのものに負荷を与えて鍛えるアレですか?」
「そうです、アンリスフィさん。この方法が一番だと言ってました……」
特訓内容がどういうものか確認して、ルイズが頷くと、アンリスフィさんは僅かに眉をひそめる。
「……そう、ですよね……はい、そうでした……『ガタノゾア騎士団』は所詮自身の研究にしか興味のない連中。少しは進歩したと思っていた私が馬鹿でした」
心底呆れたとばかりに深々とため息するアンリスフィさん。いつも感情を僅かにしか見せない彼女が、ここまで分かりやすく不機嫌に、そして落胆したことに、僕もルイズも驚いた。
「お姉ちゃん、あのやり方でルイズさんを鍛えます。出来るだけ話を長引かせてください」
有無を言わせない、圧がこめられた強い口調でそう言ったアンリスフィさん。それに対してフェイルメールさんは、ニコリと笑って頷いた。
「ええ、良いわよ。善処するわね」
「あの、アンリスフィさん、そのやり方っていったい……」
「今は言いません。現場で、実戦形式で教えます。その方が身に入りますから。大丈夫です。懇切丁寧に教えますから」
「ええぇっ、少しくらいは教えてくれても……」
不安になるルイズを安心させようとしたのか微笑を浮かべるアンリスフィさん。でも、よく見れば目が笑っていないから、ルイズからしたら逆効果だった。
(フェイルメールさん、貴女の妹さんって何者なんですか? ただの人間の女の子じゃないでしょう?)
ルイズとアンリスフィさんが話しているのを見ながら小声でフェイルメールさんに聞いてみる。
(フフッ、そうね……この通り種族も違うから、本当の姉妹でもないわ。あの子は純粋な人間で、ちょっと色々あった可哀想な雛鳥。そんなあの子を私は保護した……今はそれしか言えないわ)
可哀想な雛鳥、か……。色々あったと聞いて思い浮かぶことはいくつかあるけど、『今は』と言うのだから、余計な詮索はせすにあちらから言ってくれるまで待とう。
(魔法や魔力についての知識を知りたいならあの子が一番よ。直ぐに、とは言えないけど、騎士団でやる特訓よりは早く解決すると思うわ)
(助かります。ルイズは僕達の前では隠したがるみたいで、焦って無茶なことをしないかと心配してたんです)
ルイズは、僕を召喚したことへの責任と、力不足な自分の情けなさで、今も誰も見ていないところで苦しんでいる。
早く、強くなりたい。
早く、頼ることをやめたい。
どれだけ特訓しても直ぐに結果が出る訳ではなく、だからこそ余計に焦る。まだなのか、いつになったら変わるのか、と。
だから、今の彼女に必要なのは、成長したという明確な結果だ。
それはほんの少しでもいい。彼女自身が以前よりも強くなったとちゃんと理解できて、自分は強くなれると安心できるだけの結果が出せれば、少しは心の余裕が生まれてくるはず。
(直接ご主人様に言ったりしないのね)
(言われたくないから隠してるんでしょう。なら、僕からは何も言わず、こうして隠れてお願いするだけです)
(他人ならともかく、あなたからだったら大丈夫だとは思うけど……。いいわ、アンリスフィには後で話しておく。明日は頑張りましょう、レン)
(はい……!!)
フェイルメールさんに迷惑をかけないよう、僕も気合をいれて臨むべく、今日のところはこれでおしまい。女子三人は大部屋へ、僕は一人部屋に分かれて寝ることにした。
「キュウウン……」
なお、魔獣は宿に入れられなかったので、隣接していた厩舎の隅で寝ることになったロルフの細い鳴き声が外から聞こえてきて、明日は甘やかそうと思った。




