第百十一話「やーい雑用係ー」「黙れロリ店主」
軽く聞き込みをした結果、傭兵もとい盗賊団の残党である彼らが『キビシス商会』に雇われたというのは、どうやら本当のようだ。
そして通報して捕まえてもらっても直ぐに釈放され、また横柄な態度をとり、機嫌を損ねると当たり散らして物を壊していくという。
「この時期は他所から物を発注して取り寄せるにも時間がかかる。それなのに頻繁にあちこち壊されるもんだからたまったもんじゃない。直す為に使う資材の減りが早いし、オマケにその資材を買えるのはあのクソ商会だけだ」
「……資材が他の商会にいかないよう、取られる前に大量に集めている、ってことですか」
「だろうな。値段も普段よりも高く設定してやがるからこっちの費用がかさむんだ。……ケッ、買いに行ったときの、あの足元見るような態度ときたら……」
これ以上は何か新しい情報は聞けそうにないな、と延々と愚痴をこぼし始めた修理業を営む男性を見てそう思い、一杯の酒と適当なツマミを奢って、僕は酒場を出る。
「お待たせ、ロルフ。行こうか」
「ワフ」
酒場の前で伏せをして待っていたロルフを連れて移動する。
「それにしても、あの二人が協力してくれるなんてね」
今はルイズと共に別行動している小さな姉妹。王都で貴族も利用する人気店『黒兎亭』を営む、店主のフェイルメールと妹のアンリスフィ。
『私もお仲間にいれてくれないかしら?』
『実力ならご心配なく。私も、お姉ちゃんも、そこらの冒険者よりは戦えますので』
彼女達は、ジブリール様に言われて協力者を探していた僕達の前にいきなり現れて、向こうから同行してもいいかと聞いてきたのだ。
『どうして、と思うかもだけど、私としても今の状況は無視できないのよ。それにちょっと個人的な事情も絡んでるの。……まあ詳しいことは今は置いといて、せめて足場を固めるまでの間だけでも二人の力になりたい』
ふふふ、と穏やかな笑み。しかし『黒兎亭』で会った時には感じなかった、幼いその見た目から出しているとは到底思えない気迫に、僕もルイズも頷くしかなかった。
ちなみに、店を空けても平気なのかと聞くと、冬は客足が遠のいて全く稼げず、食材の確保も大変だから冬季は休業しているらしい。だから問題ないわよ、とのことだった。
(……ここまで来る道中、魔獣との戦闘は無かったからどのくらい戦えるのか見れなかった。少し残念だと思ってしまうのは、ユキナさんのがうつったかな?)
『マルカ村』でユキナさんが、カイトさんがどう戦うのか楽しみにしていたのに結局は帝国騎士とも戦闘らしいことはなく、とても残念そうにしていたのを思い出す。
『───全テヲ■セ、全テヲ■セ───』
…………ああ、まただ。
汚泥のように湧き上がり、聞いてるだけでも、とても不愉快な気分になる声。
咄嗟に左手で、衝動のままに動きそうになる右腕を抑え込み、忘れた頃にやってきたその雑音を振り払うように軽く頭を横に振る。
(あー、くそ、心が荒れる。……ルイズ達と合流するのはもう少し後にしよう、どこか静かな場所は───)
先に宿を探しを任せていたルイズ達に今のままでは会いたくない。あの女主人は、僕の心の機微に敏感だ。一目見られただけで気づかれるかもしれない。
「どうか、このまま話を聞いてくれないか」
人通りが少ない、落ち着ける場所はないかと思ったその時、後ろから誰かが来て僕の隣に並んだ。
「確認するが『月鏡刃』のレンでいいな?」
「……何者ですか」
「否定しないってことは、間違いなく本人か……っと」
「グルルルルル……」
小さく威嚇しながらロルフが僕と謎の人物の間に割り込む。
「大丈夫だ、お前のご主人には何もしない。少し話をするだけだ。もうちょい離れるからそんなに唸らないでくれ。な?」
見ると深緑色のローブにフードを被った男だった。ロルフに睨まれて少し腰が引けているが、どうにもわざとらしく見える。
「僕になんの用ですか? それに貴方の隠形、只者じゃないですね」
全く気配を感じなかった。
まるで、いきなり僕の近くに現れたようだった。これほど高いレベルの隠形は初めてで、思わず『月夜祓』を抜こうとしていた。
「あー、悪いが、正体は明かせない。でも味方と思ってくれていい」
彼のその言葉に偽りは無い。ハッキリと味方だと言わないあたり怪しいけど、一先ずは大丈夫だと思った。
「さっき言ったように話を聞いてほしい。もしかしたら、この都市が今かかえている、傭兵の問題を解決する鍵になるかもしれない」
「それは……」
「信じるも信じないもお前次第だ。俺はただ、俺自身が直接調べて掴んだ情報を無償で提供する、それだけなんでね」
……情報屋、なのだろう。
僕が誰であるかも知っているようだ。そして提供してくるという情報を無償で、ときた。
「間違いのない情報なんですか?」
「俺がこの目で見て、思ったことをそのまま伝える」
嘘はつかない、真実と異なっていても責任は取らない、そんなところかな。……だから信じるかどうかは僕次第と言ったんだ。
「タダよりも高いものはないと言いますが」
今は真偽問わず情報が欲しい。でも無償と彼は言った。そういうのは決まって後になって無理な要求をされるものだ、面倒なことは避けたい。
すると彼は一瞬、僅かに驚いたような反応をして、ククと小さく笑った。
なんだかカイトさんみたいな笑い方だけど気配が違うから彼とは別人だと分かる。
「確かに、こっち側で『タダ』という言葉ほど信用出来ない言葉はない。聞いていた通り、綺麗事しか知らない若造ではないらしい」
そう言ってローブの下から男は紙切れを一枚、僕に差し出した。
「傭兵の中に一人、帝国騎士が紛れている。それも現役のな」
「っ!? 帝国騎士が……」
「ソレに相手の本名が書いてある。ソイツを殺さずに身柄を確保し、俺に引き渡して欲しい。簡単なことだろう?」
受け取った紙切れに視線をやる。そこに記された名前は、
「……ラウ・カフカ、これは……女性、ですか?」
「男に聞こえなくもないが、女だ。相手が異性だからと、その刃が鈍るようなお人好しではないはずだ」
「もちろん。男女問わず、敵であれば斬ります」
「ならいい」
『ニホン』はそんなことを気にしながら戦えるような場所ではなかった。
戦闘中に少しでも躊躇い、動きを止めてしまえば、その直後に死ぬのは自分だ。だから『法剣士』になる前に徹底して教育された。
───例え味方でも、異形の怪物になったのなら、即座に切り捨てられるよう思考を瞬時に切り替える術を身に着けろ、と。
「無償の言葉に引っ掛からなかったご褒美だ。元々提供する情報とは別に、追加で情報をやろう。……国内で起きている問題の数々は王国の現状に不安を抱いた国民達の暴走、そしてこの現状に乗じて何か良からぬことを企んでいる犯罪者達の仕業なのは理解しているだろう」
僕は頷く。不安や恐怖が伝播して大きなうねりとなって混乱や暴動が起きるのも、そんな状況を好機と見てほくそ笑む誰かがいるだろうことも、僕だけでなくルイズも察していたから。
「……しかし、お前達が解決するべき問題の発生原因であるそれら、その全てとは言わないが、自然に生じたものではないと思われるのがいくつかある」
え……?
「他の情報屋達からかき集めた情報を机に広げて見ていたら気付いた。───数件ほど、同時多発的に、大小関係なく、まるで待っていたかのように、こちらの手間を増やすように、各地で異変が起きたことにな」
国内で起きている騒ぎや異変。
解決しなければいけない問題の数々。
その内のいくつかが、同時に起こった。あり得ない話ではない。たまたまタイミングが合っただけなのかもしれない。
でも、手間を増やすようになんて、それは、つまり、
「何らかの妨害の可能性……何者かによって、意図的に引き起こされた?」
「それを可能にする男をお前は知っているはずだ」
「っ!!」
そう言われて、直ぐに理解した。そうだ。『彼』の特異な体質を活かせばそのくらいのこと容易くできる。そして帝国の側に付いたならば、『彼』がやっていることがどういう意味を持つのかも。
「先手を打たれた訳ですか。……貴方は、あの人のことを知っているんですかっ?」
「何度か一緒に仕事をしたことがある。それだけだ。まさか、王国を裏切るとは思わなかったがな」
ここまでが追加の分だ、と男は一息つく。
「そしてここからが本題の分だが───この大陸にはいくつもの港町があり、その中で最大なのがこの『アルスト』。流通の要。販路の中継地点。心臓部。ここで何か起こればその影響は大陸全土に及ぶだろう」
……確かに。もし仮に、物流の出発地点でもありその中継・補給地点でもある『アルスト』の機能がストップした場合、王国や帝国どころか他の国々へ物資が行き渡らなくなる。それほどまでにこの都市は場所が良かった。
『ニホン』でも運送業が専門の大きな企業が一つあった。各地に支店を置き、中小企業や個人経営店と提携を結んで、国土全域に荷物を運んでいた。
でも過去に数回、異法関連の事故で業務が滞り、その結果提携していた他企業をも巻き込んで、とんでもない損害を出している。
『アルスト』でもそれと似たようなことが起こる可能性があるということだ。
「敵の目的は───恐らく、この都市と周辺の土地を抑えて自治州として独立させることだろう。その足掛かりとする為に、今はまず戦力を集めているというところか」
「でも、独立してなんの得が……? ここは国際貿易の最大拠点で、王国にとって大きな利益を生んできた場所のはずです。独立なんてされたら……」
「勘違いされがちだが、利益の全部が王国に入る訳じゃない。それに中立の都市としてある程度の自由を『アルスト』に与えているぞ」
ここの貿易に頼りきっている他国からしたら、貿易都市をかかえる王国は怒らせたくない存在として見られる。だが王国がそういう目で見られるのを嫌い、敵を増やさないようにした結果、もうほぼ独立しているような扱いになった、と男は言う。
「独立自体は問題じゃない。だからこの際、完全に独立してもそこまで困ることはない───なんてことには、残念だがならない。なぜか分かるか?」
いきなり、そう問われて僕は考える。ここまで集め、聞いた情報の数々からその問いの答えを探す。
(都市の重要性、超大手商会の支店の影響力、何者かによる妨害と思われる各地での異変、雇われた傭兵、それに扮した帝国騎士、困りはしない独立……問題なのは、恐らく───)
独立後に、誰がそこを治めるかだ。
「……独立後、最低限の権利しか持てなかった代理管理者のリヒトさんではここを仕切りきれず、代わりに強い影響力を持つ『キビシス商会』の支店長がトップになる。そして支店長が、もし女傭兵ラウが帝国騎士と分かっていながら雇っていた場合、帝国の思惑が絡んでいるということ」
そこまで言うと男は、そうだ、と頷いた。
「もちろん、まだ可能性の話だ。だがこれが事実だとするなら、支店長を通じて実質この都市は帝国に支配されることになる。何色にも染まらず、中立だったこの地と販路は帝国の赤に染まるだろう」
「支店長がラウの正体を知らないまま雇っていたら?」
「元々、ここを独立させる予定だったところに、それを知った帝国が先んじて一人送り込んだとかだな。あの支店長……完全に独立して王国から脱し、ここがいかに重要なのかを訴えれば、帝国と王国の争いに巻き込まれることから避けられると思っているのかもしれない。俺としてはこの線が濃厚だと思っている」
「なるほど……」
中立といえど、王国にとってここは、大事な補給線であることに変わりはない。真っ先に帝国に狙われるだろう。支店長はそれを回避しようとしているのか。
「大事な販路や商品を戦火で焼かれたくはないですからね」
「何も無くては商売にならないからな」
気がつけば都市を見渡せる高台に来ていた。
だいぶ日が落ちてきている。
「都市から少し離れたところにゼンダー伯爵が住んでいた豪邸がある。今は支店長サマと、その部下達が使っている。調べるならそこだな」
「分かりました。女傭兵についても、努力します。……それにしても、情報屋にしては、ずいぶんとお喋りなんですね?」
「プライベートでの用も込みだったからな。そちらにいる小さな上司にも、よろしく伝えておいてくれ」
うん? ……小さな、上司?
「情報屋……上司…………って、まさか貴方は!?」
思い出した。以前、カイトさんが僕に紹介しようとしていた『黒兎亭』にいるという、もう一人の情報屋のことを。そうか、この人が、
「フェイルメールさんが言ってた雑用係の人!!」
「誰が雑用係だ、誰が!! ス・レ・イ!! 情報屋のスレイだ!! 」
しまった、彼にとって最悪な覚え方をしていたようだ。スレイと名乗った彼は、フードを取っ払い、叫びながら僕の肩を掴んで前後に揺らしてくる。
「フェイルメールだな!? 俺を雑用係と呼ぶのは、俺が知る限りアイツくらいしかいないからな!!」
「……えぇっと、その、カイトさんも言ってましたよ。雑用係の男と……」
「あの野郎、次会ったらマジぶっ殺す!!」
なんか、すごいイケメンでカッコいいのに、さっきまでと印象がガラリと変わったなー。
「レン、もしカイトを見つけたら顔面に蹴り入れといてくれ。暫く鼻血が止まらなくなるくらいにだ!! いいな!!」
「あっ、は、はーい……」




