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良縁悪縁ひっさげ歩む我が人生  作者: あすか
第二章
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第百十話「わたし達、少年探偵だ」「はいストップ」

「───アテリア王家の紋章入りの書面……確かに本物だ。部下が失礼なことをした。噂には聞いていたがそれよりも若く見えて、思わず疑ってしまったようだ。申し訳ない」


少し古いがよく手入れされた鎧姿の男が頭を下げる。後ろに控えている真新しい鎧姿の若い二人も、それに続くようにして深々と謝罪した。


なんてことはない。ただ身分とここに来た目的を若い二人に話したら、聞いていた情報と差があったからなのか疑われ、問答無用で追い返されそうになったところに上司と思われる人が現れて話を聞いてくれただけだ。


「ようこそ───港湾都市『アルスト』へ。何か問題があった場合は、我ら自警団を頼ってくれ」


山と海に囲まれ貿易が盛んなそこは、多くの国から商人が船と共にやってくる金と権力の都。大小様々な石を積むように、古くから人々が重ねてきた長い歴史を持つ、権利と欲望が集積する場所。


「よう兄ちゃん、ここは子供が入っていい場所じゃねぇぜ」

「どうしても入りたいなら入場料を払いな」

「なんなら代わりにそこのお嬢ちゃん達でもいいぜ」

「ヒヒヒヒ、後ろのデカい犬も売れば高くつきそうだァ」


国籍問わず人が集まり、契約を結び、商品を売りさばく。信用第一の世界で一度でもそれを失うことがあれば二度とこの地で商売は出来なくなる。───故に、裏で何を企もうが、()()()()治安が良くてはならない。


「お姉ちゃん……」

「あら、ずいぶんと洗い甲斐がありそうな大人達ね」

「……ロルフ、近付いてきたヤツだけ対処しなさい」

「ワフ」


雪が降る中、一週間かけて王都からやって来た僕達は、聞いた話では基本的には季節問わず活気がある都市に一歩踏み入れた瞬間、下卑た笑みを浮かべる悪漢達にいきなり絡まれた。


「これは、ジブリール様が言っていた通りだね……」


流血沙汰は避けたいので抜刀はせず鞘に納めたまま。棒術の要領で顎や喉、鳩尾を鐺で突いて無力化させながら、僕は早速自警団を頼ることにした。



「───傭兵、ですか」

「実際は盗賊団の残党だがな」


絡んできた悪漢を制圧して自警団に引き渡した後、この都市で何が起こっているのかを自警団の詰所で聞いた。ある程度のことはジブリール様から教えられていたからその確認だ。


「帝国やその他の国と戦うことになる場合、貿易の主要都市であるこの都市は、海路はもちろん、陸路でも補給線の中継地点に使われるだろう」

「そうですね……ここには船も、馬車もたくさんありますから」

「ああ。潰されてはいけない動脈、と言っても過言ではない。もし国境を突破され、国内に帝国の騎士が王国の地を踏んだなら、真っ先にここが狙われる」


僕もルイズもマックスと名乗った自警団のリーダーの言葉に頷く。


補給線を断たれたら王国は物資に頼れなくなり長期戦が不可能となる。対して、帝国はその気になれば支配した国から補給し放題だ。わざと消耗戦を仕掛けられるだけで王国は敗北となる。


その理不尽な状況に、この都市は表では自警団を設立、裏では傭兵を集めて、それぞれの戦力で有事の際に動けるよう独自に対策しようとしたらしいんだけど……。


「表側の……リヒトという王都から来た代理の管理者は、よくやってくれている。信用できるし能力的にも文句なしだ。問題なのは裏側だな……」


裏で集めた傭兵、そして絡んできた悪漢もとい盗賊団の残党、これだけでなんとなく察せられるというもの。


「なるほど。集めた傭兵達が軒並み盗賊団の残党だった、ということね」

「はい、フェイルメールさん。……さきほどは挨拶出来ず申し訳ありません。早い内にあの部下達を叱っておかないと逃げられるので」

「気にしてないわ。去り際に目礼してくれたもの」


謝る彼に、伏せた状態のロルフの上で、ご満悦の様子で腰掛けているフェイルメールさんが笑みを浮かべながら言った。


(アンリスフィさんも彼とは知り合いなんですか?)

(はい、頻繁にではありませんが、何度かお客として来てくれた方です)


小声で左隣の椅子に座るアンリスフィさんに聞くと予想通りの答えが返ってきた。


「『アルスト』はただ貿易だけで成り立っている訳ではない。もちろんそれだけでも莫大な金が動くが、それ以上の稼ぎを生むのはいつだって裏側からここを牛耳っている奴らだ」


この都市に支店を置いている『キビシス商会』という大きな商会。


表側では他の商会や店を構える人達の代表として精力的に動き代理の管理者と協力して都市をより盛んになるよう働く一方で、裏側では有力貴族と繋がって違法一歩手前のことをして金を荒稼ぎ稼しているらしい。


「傭兵と偽って盗賊団の残党を集めるだけ集めて、あとは都市の中に放し飼いだ。騒ぎを起こして捕まえても商会から保釈金を支払われて直ぐ釈放の繰り返し。調べようにも捜査権がないからどうしようもない」


マックスさんの自警団はいわば民間組織。


代理の管理者から『アルスト』の治安維持のみに尽力することを条件に、武器の所持や戦闘行為を認められているけど、それ以上のことをする権利は与えられていない。


だから彼らは、あそこはなにか怪しい、と思いながらも手出しが出来ず、己の役目を全うするしかなかったと。


(代理のリヒトって人、まさかとは思うけど───)

(うん、まだ断定は出来ないけどね……)


右隣にいるルイズはなんとなく察したようだった。そうであって欲しくはないけど、この都市は人の欲望が集まる場所。だからこそ、あらゆる可能性を考慮しなきゃいけない。


「僕達の役目は───傭兵……盗賊団の残党が、いったいどこから来たのか、そして彼らによって遠からず無法地帯になる可能性があるならそれを未然に防ぎ、解決することです」


それこそが、僕達がジブリール様から頼まれたことだ。


この『アルスト』だけではなく、王国各地で、混乱や不穏な動きが見られるらしい。王国の外は敵だらけになったのだから、そうなってしまうのも無理もないこと。


まだ暴動になってないだけ良かったと思うけど、それも時間の問題だ。正直、今の段階では、どう転んでも王国にとって良い展開になる未来が思い浮かばない。でもなんとかしなきゃいけないんだ。


「……あーあ、あんな目しちゃって………」

「? ……ルイズ、何か言った?」


声が小さくて上手く聞き取れなかった。聞き間違いかと思って念の為に聞いてみると、ルイズは首を横に振る。


「いいえ、何も。……マックスさん、一度わたし達はわたし達で調査しようと思っています。もし進展があったらご報告した方がいいでしょうか」

「そうしてくれると助かるが、先ずはリヒトにも話を通した方がいい。第二王女殿下からの書面があるのだから自由に動けるだろうが、彼からも調査の許可を得ていれば更に動きやすくなるからな」

「確かに。では、わたし達はこれで。手を貸して欲しくなったらまた来ますね。行きましょ、レン」


返事をする暇もなく、ルイズに手を引かれて、僕達は自警団の詰所から出た。


その後は、管理者のリヒトさんという人がいる、旧タチアナ子爵邸へと向かい、マックスさんにした時と同様の説明をした。かなり忙しそうで、書類の山に囲まれながらも話を聞いてくれて、すんなりと調査の許可を得られた。


「───では、よろしくお願いしますね」


一度、仕事の手を止めて、リヒトさんはこちらに頭を下げた。


「『キビシス商会』は大陸全土に販路がある、超大手の商会です。王国と帝国から特別に許可を得て、独自に戦力を有しています。どこで産まれたとか、どこで活動していたとか、そういうのは気にせず雇い入れているようですね」


男性……のはずだけど、まとめ上げた長い茶髪と中性的というには女性に見える顔、白い肌、細身の体という容姿。独特な色香があって、少し頭が混乱する。


「……リヒトさんの方から、その、警告みたいなことは出来ないんですか?」

「それとなくは注意しましたよ。あの支店長、こちらが強気に出れないと分かってますから、話半分にしか聞いてないと思いますが」


リヒトさんはあくまで代理。本来、管理者として持つ権利の全てを行使出来る訳ではないらしい。


「私兵は待てないので、自発的に集まったという体で自警団を設立し、傭兵を捕まえて、都市の安全化を図ってみたものの商会から保釈金を出されて終わり。これでは埒が明かないのでなんとか出来ないか王城に手紙を送りましたが、この積雪です、届くのはまだまだ先になるでしょう」


確か、彼を派遣させたのは宰相だったはず。『魔剣武闘会』でジブリール様が言ってたし。ちゃんとした管理者を決めるまでの代理だから、必要最低限の権利しか与えていなかったのだろうか。


(宰相、か……)

(わたし達とはあまり接点がないから、どういった人なのかはよく分からないわね)


そう、僕達は王国の王女二人と会って話をしたことはあっても、国王に女王は遠目から見ただけだし、宰相にいたってはまだ会ったことがない。


王族を除けばこの国のトップ。王国の外では戦争が起こっていたというのに、行動も発言も無かったとされる人物。確証は無いけど疑わしき者として、一先ず頭の隅に置いておこう。


そして───僕はリヒトさんの体から伸びる()()を見る。


(カイトさんの『縁』……この方角は、確か───)


帝国(かの国)にいるであろうあの人は随分と手広く活動していたようだ。


「私は代理として都市の運営を管理するだけの駒で、実質ここを牛耳っているのは『キビシス商会』の支店。あちらの機嫌を損ねるようなことをすれば、他店もろともここを離れ、他国に渡ってしまうでしょう。そうなるのは避けたい」


王国に行き渡る物資の大半がこの都市から発送される。もし『キビシス商会』が超大手としての影響力を使って他の商会も巻き込んで、王国での商売そのものを止めてしまったら───。


「それは、迂闊には動けませんね」

「ええ。……レンさん、相手は支店とはいえ、この都市の未来を簡単に変えられる大きな組織です。探るならどうかお気をつけて」


強大な相手に一人で、実は思うように動けない立場を与えられながら、何とかしようとやれることをやってきたリヒトさん。彼の言葉からは、非力な自分を許してくれと言外に言っているように感じた。


「はい、全力を尽くします」


()()()()()()()()()()()()()()


この場ではそれを最後にして、僕達は商会について調査するべく、活動拠点となる宿を探しながら都市を練り歩くことにした。


その道中で横暴に振る舞い、物を壊し、絡んでくる傭兵を流れ作業のように叩きのめしていく。最初は自警団を呼んでたけど、途中から面倒になってきたから放置だ。


(今のところ、一番怪しいのは『キビシス商会』。だけど決めるのは早計かな。リヒトさんから感じたもの、そして宰相に、自警団。……たぶん鍵はこの中に───)


最低限の権利しか与えられていないリヒトさん。


自発的にという体でリヒトさんが集めた自警団とそれをまとめるマックスさん。


代理とはいえ管理者が持つ全ての権利を与えなかった宰相。


『アルスト』を牛耳っているとされる超大手商会の支店。



そして、ちらほらと見られる───『縁』による流れ。



「はぁ、探偵みたいなことは得意じゃないんだけど、あの人まで出てきたら余計に面倒なことになりそうだなぁ……」


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