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良縁悪縁ひっさげ歩む我が人生  作者: あすか
第二章
108/170

第百八話「全てを捧げます」「どうか、ワタシを」

私は、何をやっても上手くいかなかった。


子供の頃からそうだった。今度こそはと意気込んで、失敗しないよう注意して、工程を何度も何度も確認して、それでも最後はドジを踏む。


そんな私はいつも周りから笑いものにされてきた。失敗ばかりのバカな子。自分では何も出来ない無能。運からも見捨てられた哀れな女───散々な日々だった。


実力主義のこの国に私の居場所なんて無く、それでも見捨てずに私を育ててくれた両親にはとても感謝している。でもずっと守られているだけ、頼るだけなのは、あまりにも情けなくて耐えられなかったから。


私は両親の反対を押し切って『赤枝騎士団』の入団試験を受けた。


『───剣術、魔法、共に及第点ではあるが最下位だな』


結果はギリギリ合格。


最下位という最低の成績だとしても、自分の意思で行動し、ドジを踏まずにやりきれたことがとても嬉しかった。


『おい、そこの最下位。魔法の的になれ』

『お前のような無能は俺達の肉壁にでもなっていろ』

『目障りなんだよ、お前は。雑魚なら雑魚らしく、這いつくばって俺達に奉仕しろ』


そして合格した喜びは騎士見習いになった初日に消え去った。


『あれはあれで必要な存在だ。ストレスと欲望の捌け口にちょうどいい。明らかに他者よりも劣り、奴隷のように扱われる無能が一人でもいれば、こうはなりたくないと皆が思い、そして意欲向上に繋がる』


入団前となんら変わらない。むしろ悪くなった。


教官が影で言っていたその言葉通り、みんなは私を嘲笑い、蔑み、傷付け、汚して、まるで消耗品のように使い潰した。



(私は、いつまで、こんな───)



もはや反抗する意思すらわかず、()()()()()()で使われる人形のように、ただただ道具として使われる毎日。


「───貴様のようなヤツが『剣皇公』様に認められるはずがない。いったいなにを企んでここに来た、王国騎士!!」

「はあ……なあ爺さん、帝国騎士はみんなこうも喧嘩腰なのか?」

「なっ……『泰山公』様に、そのような馴れ馴れしい言葉を使うな!!」


今日もまた最悪の日常が始まる。


そう思っていたけど、どうやらこの日は少し違うようだ。




■■■




「───貴様のようなヤツが『剣皇公』様に認められるはずがない。いったいなにを企んでここに来た、王国騎士!!」

「はあ……なあ爺さん、帝国騎士はみんなこうも喧嘩腰なのか?」

「なっ……『泰山公』様に、そのような馴れ馴れしい言葉を使うな!!」


通称『教練所』───正式名称は『泰山校』と名付けられた、ススランカ宮殿の横に併設された帝国騎士育成機関。


寮と思われる建物から少し離れたところに、体育館ほどの広さのある長方形のフィールドが五つほど並んでいて、そこで多くの若い騎士がそれぞれの武器を持って模擬戦をしていた。


そして、イブキに気づいたのか、軍服を着た教官らしきチョビ髭の男が駆け足で寄って来て、俺も軽く挨拶をしようとした矢先にこの怒声である。


「即刻帝国から出ていけ、ここは貴様がいて良い場所ではない!!」

「ウム、血気盛んであるなドクズ教官よ。善哉善哉」

「善哉じゃねーよ」


これを血気盛んと言うのかアンタは……。


「はあ……ドクズ教官、俺は既にセレネスやジルク皇太子殿下からも認められてここにいる。どれだけ貴方が俺を嫌って騒いでも、それは徒労に終わるだけだぞ」

「黙れ王国騎士!! あの方々に上手く取り入ったようだが、この私の目は誤魔化せないぞ!!」

「いや、もう王国騎士じゃないんだが」

「私と決闘しろ!! ここを貴様の死地にしてくれる!!」


話を聞けぃ。それから声がデカいぞアンタ。ほら、みんな手を止めて注目の的になってんぞ。


「決闘……それに死地、ね。つまり俺を殺すと」

「フフフ、王国のような生温い決闘ではないぞ。帝国式の決闘は力こそ正義。勝った者が正しく、負けた者は屍となる」


そう、帝国の決闘において、勝敗を決める基準は殺すか殺されるかだけという純粋で完全な殺し合いだ。


武器や魔法の制限は特に無く、己の力を総動員して正しい者であることを証明する。降参や意識を失ったとしても完全に命を断つまで相手の攻撃する手は止まらないし、審判や見ている者達だって止めようとはしない。


帝国人にとって、負けを認めることは死と同義であり、敗残兵となるのは最も不名誉なことなのである。


「ふん、怖気づいたか? どうしても死にたくないのなら、そこに跪いて私に許しを乞え」


ニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべて地面を指差すドクズ教官。やれやれ、ここで言う通りにしたらボロカスに言ってくるんだろうな……。


「良いでしょう。やりますよ、決闘。殺すと仰った以上は俺だって殺しにいく。逆に殺される覚悟はあるんでしょうね?」

「抜かせ、そのような結末は断じてあり得んわ!! ───おい、フィールドを一つ空けろ!! これより私がこの無礼者に帝国式の決闘がどういうものか叩き込む!!」


ドクズ教官は視線をフィールドに移し、退け退け、と指示を飛ばす。どうやら見習い達にも見せるつもりのようだ。


「王国の出がそんなに嫌なのか、あの教官は……」

「カイト殿、その体で戦えますかな?」

「お気遣いどうも。まあ、見てなって───」


俺はフィールドへと向かっていくドクズ教官の後を付いていく。


「ドクズ教官、決闘の前に一つ言いたいことが」

「なんだ、戦う前に降参でもするか?」

「いやいや、そうではありませんよ。ただ───」


俺が言った言葉の意味を理解する前に俺はドクズ教官の背中へ右手を伸ばして、



「あの世でラウに懺悔してな」



カチッと人差し指を引いた。




■■■




 ───赤い、とても赤い花弁に見えた。



今から決闘すると息巻く教官の胸に、突然ドンッと何か破裂したような重くも響く音と共に、大きく真っ赤な華が迸った。


「あ、ぇ……?」


自分の胸元を見て何を思ったのだろう。教官はそれ以上の言葉を発することはなく、風穴が空いたところに手を持っていこうとして、そのまま倒れて絶命した。


「き、教官が……」

「なに、なんで、し、しし死んでっ」

「血が……あんなに───」


なにが起きたのかは兎も角、さっきまで生きていた教官が私達の目の前で死んだこと。それだけは周りにいるみんなも、私も遅れて理解した。


ある者は怯え、ある者は吐き、ある者は悲鳴をあげて。


誰もが、今も体から流れ出る血の池に横たわる教官から、目を離せなかった。でも私の視線はその近くに立つ見慣れない格好をした男の人へと向けていた。そして男の人も私を見ていた。


「爺さん、あの子か?」

「ウム」


男の人は『泰山公』様に確認をとり、私へと歩み寄ってくる。


「……………」

「あ、あの……」


丈夫そうな厚い布地の黒の戦闘服。赤いラインが入った黒のマント。口元から首元を隠す髑髏柄のマスク。黒髪で黒目の、若い男性だった。


彼はしばらく私を見ると、うんと頷き、おもむろにマントを脱いで私に羽織らせた。


「名前は?」

「……ら、ラウ・カフカです」

「俺はカイト、ここの元帥殿から同士……『撃鉄公』としてスカウトされたモンだ」


それを聞いて背筋が伸びた。


元帥殿───それは帝国軍正規軍元帥の『剣皇公』セレネス様のこと以外に有り得ない。そしてあのお方が、王国から新たな同士として一人の男をスカウトした、と噂で聞いていた。


『剣皇公』『天輪公』『悪路公』『泰山公』の帝国軍最高戦力の四公に加わる新たな存在───まさかその人だとは思ってなくて、何か失礼な態度を取ってしまったのではとさっきまでの私の言動を振り返っていると、


「なるほど。いや良かった、まだ保っていたか」

「あの、それはどういう……?」


なにか安堵したように肩の力を抜く『撃鉄公』様。


「あの教官や、ここにいる誰かが原因だろ? お前をそこまで追い詰めた犯人は?」

「っ!?」


まさか、この人は私の状況を知ってる?


「ここに来る前に爺さ───じゃなかった……『泰山公』から相談されていたんだ。良からぬことをしている者がいるから見せしめに一人消したい、ってな。さっさと全員処分すればいいのに、大事に育てた者達だからって一人に絞ったらしい」


ほら、と彼は後ろを指差すと、離れたところで『泰山公』様がみんなを集めて何か話している。そのうち何人かは、明らかに顔が真っ青になって震えていた。


「あの教官に、見習い達も『泰山公』を相手にいつまでも隠し通せると思っていたのかね。……さて、実はキミにはもう一つ、用がある」


そう言いながら、私に羽織らせたマントに目をやる。


「……帝国では、誰かに自身の剣を預けるということは信頼の証であり、仲間と認めることを意味する、と聞いた。生憎、剣は不慣れだから持ってないから代わりに、広義的な意味で『私物』と捉えて……その私物(マント)をキミに預けようと思う」

「ええっ!? そ、それは、つまり……」


全身に久しく感じなかった熱いモノがこみ上げてくる。


分かる、これは……興奮だ。


私が入団試験に合格した時に感じたもの以上の歓喜が、冷え切った体と心を優しく包み込み、そして同時に、ここが分岐点だとも理解した。


このまま苦痛と虚無に苛まれながら生きるか、


差し出された彼の手を取ってこれからの人生を大きく変えるか。



「キミを本日付けで、俺の副官に任命したい」

「やります!! やらせてください!!」



もう誰も私に酷いことをする人はいない。


四公と同列の彼の傍なら誰も私に手を出せない。


そしてなによりも、私を掬い上げてくれた彼の一助になりたい。



 ───どんな命令でも、私は必ず遂行する───



これまでの自分は、もう要らない。


またドジを踏んでこの人に見限られたくない。このひとの役に立ちたい、恩を返したい、傍に仕えたい。


だからもう二度と失敗は赦されない。


これから私があげる戦果も、勝利も、達成も、その全ては彼のモノだ。


汚点なるようなモノを出してはならない。


あってはならない。決して。



「───私、ラウ・カフカは『撃鉄公』カイト様にこの命、この身、この心、全てを捧げます。どのようなことでもお命じ下さい。私はその全てを、ご希望の通りにやり遂げることをお約束します!!」




■■■




彼女の中で、なにかが変わったのが分かった。


灰色のサイドテールに、濁った池のような水色の瞳をした、やや痩せ型。怪我をしているのか手首や額には包帯が巻かれ、頬にはガーゼをテープで貼り付けた、覇気のない少女。


それが、さっきまでの弱々しい様子は消え去って、声を張り上げてそう力強く断言する様に、俺にとってはこれが()()だと悟った。


イブキから話を聞いて助けるだけ、副官にするのは他のヤツも見てからにしようと思っていたというのに、一目見て確信したのだ。───彼女以外にいない、と。


(そんなに爛々と目を輝かせて、狂気すら感じる……これじゃあ俺が洗脳したみたいだ)


たぶん、というか確実に。


彼女はこれから先、その言葉通りに俺の言う事に従い、実行して、成功させるのだろう。身も心も、命すら使い切る覚悟で。


その果てに待つのがいったいどんな未来なのか。


彼女にとって幸となるか不幸となるか。───うーん、ロクな結果になるとは思えないなぁ……。


「じゃあ、副官としてさっそく初仕事だ」

「はい!!」


俺はピストルを召喚する。


レア度は通常武器では最高の(レジェンダリー)


武器のレア度によってどのくらいこの世界での戦闘に影響を与えるかは検証済み。急所に当てればレア度は関係なく殺せるが、だからと言って最低レア度の(コモン)では性能や威力が頼りない。


「使い方は()()()()()()()。これを戦闘スタイルに組み込んで戦え。練習する時間はない、一発勝負だ」


このピストルをラウに差し出す。


「余計なことはするな。無関係な者は巻き込むな。常に残弾を把握しろ。この三つを念頭に───今までお前を苦しめてきた奴らを、この場で全員始末しろ」


躊躇いも、迷いも、疑問も持たず。


「行きます!!」


彼女はピストルを受け取り、銃身を少し見つめてから、自信に満ちた表情で駆け出して行く。



「あなたと、あなた、そこのあなたに、あなた達……全員を、『撃鉄公』様のご命令に従い、始末します!!」



右手にピストル、左手にショートソードを逆手に持って、ラウはイブキが集めた見習い達へと突っ込んでいく。


「悪いな。見せしめは確かに有効だが、後腐れなくやるならキッチリ過去を清算させた方がいい」

「……まあ、仕方ありますまい。天塩にかけて育てた故、胸が痛みますが、後顧の憂いを断つのは必要なこと。そういう運命だった、と諦めるしかありませんな」


いつの間にか隣に移動していたイブキは本当に残念だと首を振る。


「カイト殿の監視は、我らの方から後程命じておくことになっています。念の為、我らにもある程度は従うよう、彼女に言い聞かせてもらえますかな? あの様子では優先順位はそちらが明らかに最上位でしょうから」


俺は頷きながら、反撃に出る数名を相手に、大立ち回りを演じるラウを見る。


戦闘スタイルは近接が主。移動速度強化の魔法で敵に張り付き、取り回しの良さと威力を求めてのショートソードと与えたピストルでとにかく負傷させ、離脱するタイミングでは魔法による閃光や爆発系での目眩ましを行い確実に距離を取る。迫る時は速度重視の魔法とピストルで牽制。


剣、銃、魔法。その三位一体で、書類上では格上であるはずの見習い達を五分もかからずに始末した彼女は、俺の視線に気付くと駆け寄って来て直ぐに片膝をつく。


「ご命令通りに、全員始末しました」

「ああ、ちゃんと見ていた。良くやったな」

「はい!!」


褒められたのがよほど嬉しいようだ。返り血を浴びて、何人も殺した後だというのに、俺に見せるその表情はとても輝いていて───。


「これからも、お役に立ってみせますので!! ご存分にワタシをお使いください、『撃鉄公』様!!」


あまりにも真っ直ぐで、突き刺さるような、その眼差しには例えようのない狂喜の光が灯っていた。



今後、俺は何度も彼女に無茶なことを要求するだろう。そして彼女はそれを達成しようと、文字通り死力を尽くして臨むだろう。


『撃鉄公』の右腕と。数々の無茶を重ねて、周囲からそう呼ばれる頃には、俺という存在を隠すにはちょうどいい優秀な前衛として成長する。


俺を慕い、俺を敬い、俺に尽くす、そんな彼女との関係を()()()()()()()()()───。



「簡単に離れてくれるようなタイプじゃねえな、彼女は……」



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